第25話 ドレスを着た憤怒

 第25話 ドレスを着た憤怒


 主塔の地下へとたどり着き、巨大なクォーツ、

 そしてベルタ嬢の遺品を見つけた私たちを出迎えたのは

 無惨な死を遂げた人間たちの悪霊だったが。


 続いて現れたのは、とても恐ろしく奇怪な姿をしていた。

 ボロボロのドレスを着ているが、

 骨と皮だけの足は何もはいていない。


 鎖で手首をグルグル巻きにされていて、

 重たそうな鉄球をズルズルと引きずっている。


 禿げた頭はデコボコと肉塊が付き巨大化しており、

 両目は細かなブツブツで埋め尽くされ、どこが眼球かわからない。

 鼻は潰され、あごが大きく右にずれていた。

 おそらく強い力で、あごを殴られたのだろう。


 その姿が現れたとたん、悪霊は悲鳴をあげて去っていった。

 彼らは死してなお、この存在を恐れているのだ。


 あれが……捜索隊の報告書に記されていたベルタさん?

 もしそうなら、彼女に一体、何があったというのだ。

 主導者たちに、何をされたというのか。


 私たちを古城に連れて来た時、ストルツは何かに怯えていた。

 ルドルフに”ベルタさんに何をした”と問い詰められた時も、

 ”俺は止めたほうが良いって仲間に言ったんだ!”

 と叫んでいたが。


「……ダメです。皆さん、絶対に攻撃してはいけません」

 リベリアがめずらしく、早口で言う。

 見ると、目を閉じ、ひたいに汗をかいているではないか。

「この者の魂は凄まじい怒りに囚われています。

 これは私たちの知る次元を超えています」

 横で、クルティラが見たことのないほど緊張している。

「それにものすごく強い……尋常じゃないほどね。

 人間でも妖魔でも、滅多にいるレベルではないわ」


 私はうなずく。

 ただ目の前に立っているだけなのに、

 ものすごい憤怒と闘気が伝わってくる。


 ドレスの女は右に体をよじったと思ったら

 腕を動かし、勢いよく鉄球を振り回した。

 ブン、と鈍い音を立てて鉄球が飛んだ後、

 左側にあった壁にめり込んでから、落下する。

 鉄球が落ちた振動で床が震える。


「ここは引きましょう」

 リベリアが言い、私とクルティラがうなずく。

 そしてクォーツの左右に分かれ、

 逃げるための経路を探った瞬間。


「……うわあああああああ!」

 ルドルフがドレスの女に向かっていく。

「ダメよ、ルドルフ!」

 ドレスの女は再び、鉄球を振り回そうと身をかがめるが。


「ああああああ! なんていうことだ!」

 ルドルフは彼女に駆け寄り、その鎖に巻かれた腕を取った。

「爪が全部はがされているじゃないか!」

 ワアワアと泣き続けるルドルフ。

 彼は恐怖よりも、彼女の身を案じ、いかったのだ。


 ワアワアと泣き叫び、怒り狂っている。

「俺は! あなたにこんなことをした奴らをっ!

 絶対に、絶対に許さないっ!」

 その言葉を聞き、ドレスの女の動きがピタリと止まった。

 ルドルフのほうも、何故かピタッと泣き止み、

 改めてドレスの女を見る。

 ドレスの女の曲がった口が動き、何かの音を発した。

「……ふぃ……え……う?」


 その隙をついて、クルティラが彼を後方に引き離し、

 リベリアが渾身のバリアを張って、壁を作る。

 私はすでに骨や靴を拾い、鞄に入れていた。

 そしてドレスの女の左右を抜け、一気に走り去る。

 ルドルフもちゃんと走ってくれた。


 私が落ちた穴まで戻り、ロープで上の階へと上がる。

 そして瓦礫のちらばった床に座り込み、

 ハアハアと息を整える。


「何やってるのよ、あなたも感じたでしょう。

 あの尋常じゃない怒りと、強さを」

 私がルドルフに言うと、ルドルフは呆然としていた。

 口を開け、息を切らしながらも、

 その目はどこか遠くを見ているようだった。


「ともかく、いったん戻って報告だわ」

「再調査は、いろいろな対策を立ててからですわね」

 私とリベリアが話していると、

 クルティラがルドルフに尋ねる。

「……気付いたのね、あなたも」

 ルドルフを見ると、彼はクルティラにうなずく。

 それは、どこか嬉しそうにも見えた。


「何に?」

 私が尋ねると、ルドルフが答える。

「さっきのあいつはベルタさんじゃない」

 驚く私に、ルドルフは続ける。

「ベルタさんは薔薇の花柄のドレスなんて着ない。

 以前、”自分には絶対似合わない”と手紙に書いていた」

 クルティラが驚く。

「そこなの?」

 弁解するようにルドルフは続ける。

「他にもある。あの女は鉄球の重さで膝を伸ばせずにいた。

 たぶん膝をのばしたら俺よりも背が高いだろう」

 そういえば、ガニ股で膝を曲げた姿だった。

 あまりにも奇怪な姿だったから、

 女性の骨格ではないと気づきにくかったのだ。


 クルティラが呆れたように言う。

「そもそも、両足あったでしょ」

 あ! というように三人は目を合わせる。

 私たちはなんだかんだ、報告書の影響を受け過ぎていたのだ。


 これで、捜索隊を惨殺したのはベルタ嬢ではないと立証できる。

 ルドルフはそれで、嬉しそうだったのだ。

 私もベルタ嬢の両親である子爵夫妻の顔を思い出す。

「あの子はたとえ化け物になっても、

 人を傷つけるような子ではありません」

 母親が信じた通りだったのだ。


 私は一刻も早くそれを伝えたいと思い、

 城の中庭へと走った。


 時刻は昼頃。ちょうど、この古城に入った頃合いだ。

 私は用意していた連絡用の発煙弾を飛ばした。

 細く長い尾を引きながらそれは高く飛んでいき、

 上空で煙を巻きながら弾けた。

「これで良し」


 そう言って眺めていると、

 クルティラがこちらに駆けてきて驚くことを言った。

「大変よ。ストルツが消えたわ」


 ************


「……なんで、ロープが切れているの」

「首なしの死体も無くなっているわ」

 私たちは侍女の部屋で呆然としていた。


 私が合図を送っている間、

 リベリアたちはストルツと首なし死体を回収しに行ったのだ。

 しかし部屋に戻ってみると、縛っておいたはずのロープは切られ、

 部屋には誰もいなかったというのだ。


「……誰かがここに来たということね」

「エルロムたちが迎えに来たのかしら」

 私たちは主館この建物の入口へと走った。


 するとドアの前にはピクピクと転がる何かが落ちていた。

 それは昨夜、廊下で魔物に縊り殺された主導者の左腕だった。

「他の部位は食べられたのね、きっと」


 左腕だけでもここから逃げたい、という思いなのか。

 ドアを必死に引っ掻いているではないか。

 私がそれを確保しようと手を伸ばした瞬間、

 左腕は大きく痙攣したかと思うと、

 急にコロンと転がったのだ。


「……何が起きたの?」

 私がつぶやくと、リベリアが眉をひそめて言う。

「完全に亡くなりました。

 残りの半分の魂も破壊されたようです」

 最高主導者が預かっているという、主導者たちの霊魂の一部。

 それが完全に破壊された、ということは。


「最高主導者は、この左腕のぬしが昨夜、

 魔物に襲われて亡くなったことを知ったのですわ」

 私は悔しさに唇を噛んだ。

 ”動き続ける遺体”は、かなり有力な証拠になるのに。


 その時、中庭から竜の咆哮が聞こえた。

 私たちは顔を見合わせ、声がする方へと走った。


 中庭の上空には、壮麗な火竜サラマンディアが弧を描いていた。

 ああ、来てくれたのか。私は思わず笑顔になる。

 そして両手をあげ、ぴょんぴょんと跳ねながら

「ここだよ! ここ!」

 とぶんぶん手を振ってみた。


 リベリアがそれを横目で見ながら、

「もうちょっとお淑やかにお呼びいただけませんか?

 古城に囚われた姫は、

 そんなにアグレッシブなアピールしないものですわ」


 反論しようと横を向いた瞬間、

 サラマンディアが空中停止ホバリングしたかと思いや

 ものすごいスピードで主塔の先へと爆炎を吐きだしたのだ。

 灼熱のマグマを超える高温を浴び、一瞬で炭と化す主塔の上部。

「……いきなりやったわね」

 クルティラがつぶやく。


 サラマンディアは次に、足爪で頑丈な城壁を破壊し、

 侵入口を新たに作っていく。

 これなら納品施設を通らずに、

 陸路から皇国兵を城へと侵入させることができるだろう。


 ”侵入を阻む、堅牢な呪われた古城”はあっという間に

 ”ちょっと焼けてるけど、誰でも大歓迎な城”へと変わっていった。


 一通りの作業を終えた後、緋竜サラマンディアは羽をバッサバッサと動かしながら

 私たちの目の前に着陸したのだ。


 そしてその背中から、ルークスが降りてくる。

 私を抱き上げ、額にキスをして言う。

「捜索対象者を発見。

 しかし不審なものをいくつか発見したため

 引き続き捜査は続行する」


 そしてリベリアに言った。

「大変な手間と苦労をかけたな、リベリア。

 本当にありがとう。

 ……アスティレア、もう大丈夫か?」

 私はうなずく。リベリアも笑いながら答える。

「こちらは全然問題ございませんわ。

 それより”動かぬ証拠”を丸焼きにしてしまって良かったんですか?」


 ルークスは焼けた主塔の上部を見ながら笑う。

があの場にあったことは、

 イクセル=シオ団の者ですら知らないことだ。

 誰の罪でもないし、回収の必要すらない」


 はあの場でずっと作動していた。

 イクセル=シオ団はそんなこととは知らず、

 それがもたらす効果だけを利用していたのだ。

 ”霊魂をクォーツに変える”という効果だけを。


「どうしてクォーツが出来るかなんて、

 彼らには興味が無かったのね、きっと」

 クルティラは呆れたように腕を組む。


 突然、皇国の将軍が現れたことに驚愕していたルドルフが

 私たちに問いかける。

「主塔の上に、何があったんだ?

 クォーツを作っていたのは、何なのだ?」


 私は彼を振り返り、答える。

「主塔はね、禁忌の古代装置、その送信鉄塔だったのよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る