第23話 偽りの目標

第23話 偽りの目標


 私たちは廊下にあふれる魔物たちの咆哮を聞きながら、

 ストルツに詳しい話を聞くことにした。

 彼は、首なし死体から目が離せず震えている。

 かつての仲間は横たわったまま

 手足をもぞもぞと動かし続けているのだ。


「魂の半分を、最高主導者に捧げるのが”契約”ってこと?」

 私の問いに、ストルツはゆっくりとうなずいて言う。

「そうだ。主導者になる時、最高主導者様との面談で取られた……」

「会ったことあるんだ。どんな人だった?」

 そう尋ねると、ストルツは首を横に振った。

「カーテンの向こうに、シルエットが見えているだけだった。

 声は聞いてない。エルロム様が俺の代わりに聞いて、

 その言葉を俺に伝えてくれた」

 噂通り、顔を知っているのはエルロムだけなのか。

 口頭伝達とは、面倒なことをするものだ。


 うつむいて両手で顔を覆いながら、ストルツは言う。

「その時、言われたんだよ。

 ”あなたの魂の半分を、こちらで預かろう。

 一緒にさらなる高みへと向かおう”、って」


「そういえばたまに、国王や貴族にもいるわね。

 ”魂を捧げよ”とか言い出す奴」

 私の不遜な言葉を上目遣いで睨んだ後、ストルツはつぶやく。

「俺だってそういうたぐいだと思ったんだよ。

 俺だけじゃない。みんなそう言っていた。

 主導者の仕事を全力でやれよ、くらいの意味かなって」


 そして最高主導者はエルロムを介して、

 ストルツに対し、井戸を覗き込むように言ったそうだ。


「あの井戸は深そうだったから不安だったけど、

 エルロム様もついてきてくれた。

 ”落ちないように、僕が支えているよ”って言ってさ。

 横に立って、手のひらで俺の胸を押さえてくれたよ」

 妙に親切なエルロムが気になる。

 アイツはそんなに優しい人間ではないはずだ。


「覗き込んた瞬間、ものすごい突風が吹いて、

 俺は後ろに飛ばされたんだ。

 何か重たいものが床に落ちる音が聞こえた。

 尻もちをついた俺の横には、

 見たことないほどデカいクォーツが落ちていたんだ。

 人の頭くらいはあったんじゃないか?

 それをエルロム様が拾って、

 カーテンの向こうの最高主導者様に捧げたんだ」


 そして戻ってきたエルロム様が笑顔で、

「今日から君も主導者だ」

 って手を差し出してくれたんだ。

 そして立ち上がった俺に言ったんだ。

「”これからは絶対に、最高主導者様に逆らってはいけないよ?

 君のたましいは、あの方が預かっているんだからね。

 笑顔なのに全然、目が笑ってなかった。

 その時は意味が分からず、俺も笑ってしまったけど」


 目の前の、を見てつぶやく。

「こういうことだったなんて……」

 頭を抱えるストルツに私は尋ねる。

たましいって聞いて驚かなかったってことは、

 このクォーツが霊魂の欠片だってことは知ってたんだ」

 私が言うと、ストルツは目を見開いてこちらを見る。

「お前らこそ、知っていたのか!」


 私はストルツを蹴るマネをして言う。

「よくもまあ、団員からさんざん搾取してくれたわね」

「仕方ないだろ! 昔死んだやつのクォーツなんて

 もうほとんど取れないんだよ!

 それに……エルロム様が、最高主導者様に言われたんだ。

 ”特に生者のクォーツを集めろ”って」


「なんで? 何か違いがあるの?」

「知らねえよ。俺が知ってるのは、

 生きてる奴が出したクォーツのほうが、

 断然長持ちするってくらいかな」


 ここのクォーツは1週間くらいで消えてしまう。

 ……ほんとにこれ、水晶クォーツじゃないよね。

「いざという時のために備蓄しておきたかったのかしらね」

 クルティラが首をかしげる。


「死人が極端に減ったのも、それが理由だな」

 ルドルフが語る。

「エルロムは団員の家に激励と称して訪問するんだ。

 するとみんな元気になるって評判だった。

 死にそうだった老人や病人が、

 意識はなく寝たきりのままだが、

 不思議と命は長らえていると」


 その実は、魂を中途半端に抜かれて

 ”死ねない状態”になっているのだろう。

 家族の気持ちを思うと、残酷なことをするものだ。

 死者が減った理由はそんなことだったとは。


 でも寝たきりの人から、どうやって搾取したんだろう?


「みんなの誠実さや懸命さにつけこんだんだ、お前らは。

 最悪のゲス野郎どもめ!」

 ルドルフはストルツに怒りをぶつけ、重要な質問をする。

「……お前たち、ベルタさんに何をした」


 ストルツは急に、ビクッと身を縮める。

 そしてルドルフの殺気立った視線に怯え、

 一生懸命言い訳を始めた。

「……あの時は、全員必死だったんだ。

 このままじゃ団は活動停止だし、俺たち捕まってしまう。

 これまでやってきたことが無駄に……」

「だから、殺したのか」

 ルドルフはストルツの胸元をつかむ。


 苦しくて真っ赤な顔になったストルツは悲痛な声をあげた。

「俺は止めたほうが良いって仲間に言ったんだ、本当だよ!

 それに死ぬとは思わなかったんだ!」

 その言葉にルドルフは思い切り彼を殴り飛ばした。

「ルドルフ!」

 私が彼の腕を抑え、リベリアがストルツの様子を見て言う。

「気絶しているだけですわ」


 ルドルフは息を整え、私を振り返って言う。

「こいつらは、人間の屑だ」

「そうね、知ってる。

 だから彼らがやったことを世間にさらして裁きましょう」

 私が言うと、ルドルフは首を横に振る。

 ”そんなことをしても、ベルタさんは帰ってこない”

 そう言いたいのだろう。でも。


「彼らは死ぬより辛い思いをしてもらわないと」

 私がそう言うと、意外だったのかルドルフは眉をひそめる。

「……お前たち、何者なんだ?

 ただの潜入班じゃないだろう」

 ただの神霊女王と、皇国の誇る暗殺者”冥府に招く貴婦人インフェルドミナ”と、

 教皇も凌ぐと言われる聖職者です。

 ……とは言えないので、笑顔でごまかしておいた。


 どうせ言わないか、とつぶやき、

 ルドルフは壁に背をつけて座り込む。

 私たちもそれぞれが休憩の体勢を取る。

 体力を少しでも回復しないとね。


 しばらくの沈黙の後。

 ルドルフはぽつぽつと話し出した。


「こいつらはクズだと言ったが、

 この国の人間は、基本的にはみな善良で優しい奴だ」

「うん。それも知ってる」

 私は答える。みんな頑張り屋さんで向上心あふれる人たちだ。


「でもみんな純粋すぎて……浅慮なところがある。

 このイクセル=シオ団のおかげで活気づいていると思っているが

 実際は違う。エネルギーを搾取されているだけだ」

 私はうなずく。


 焦りや偽りの向上心で生きる人間は

 ドーピングと同じ状態で一見、ハイに見え、

 かなりのエネルギーを放出する。

 それがその辺にゴロゴロ転がるクォーツ。

 その代わり精神的に疲弊し、

 中身を失っていき、最後には生ける屍となる。


「みんな”高尚な目標”に惑わされているわね」

 私がそういうと、ルドルフは苦笑いで言う。

「でも、俺には団員たちの気持ちもわかるんだ。

 素晴らしい目標を、自分の望みだと信じ込んでしまう気持ちが」


 その様子に、クルティラが気が付く。

「皇国兵の仕事は合ってなかったの?」

 ルドルフはちょっと言いよどんだあと、つぶやいた。


「うちは親兄弟だけでなく、親戚のほとんどが本に関わる仕事だ」

 そうだ、彼の苗字はビブリオテ。

 司書や作家などを生み出す、なかなかの名門ではないか。

 まあ個人の自由だけど、兵士を選んだ理由はなんだろう?


 私の不思議顔に答えるように、

 ルドルフはいたずらな笑みを浮かべて言う。

「俺はそんな家族や親せきに反発したんだよ。

 ”俺は違う、俺だけは剣士になってやる!” なんて言ってさ」


 家を飛び出して入隊したものの、

 その生活は想像以上厳しいものだった。


 何にでも適性ライトスタッフというものがある。

 何かを身につけるのに、何の苦労もなく出来る者と、

 人の何倍も努力しなくてはならない者がいるのだ。


 それでも彼は必死に努力をした。

 資質なんてなくても、一流の剣士になるために。

「でも、どうしても伸び悩む時期があったんだ。

 何をしてもダメ、むしろ劣化している気さえした」


 そして気が付いてしまう。

 自分が、なぜ剣士になりたかったのか。

「”黒竜の魔剣士”のアレス。彼になりたかったんだよ。

 俺が望んだのは、物語の剣士の存在だったんだ」

 やはり彼もまた、”本”や”物語”を愛する一族だったのだ。


「本当の気持ちに気付いてからも、

 俺は引き返すわけにはいかなかった。

 ここで本の世界に戻るのは、単なる逃げだから」

 彼は賢く、誠実な男だったのだ。


 懸命に努力をするが、それでも報われない日々が続いた。

 毎日が無為に思え、苦しかった。


「そんな時、手紙が届いたんだ。

 その日から、俺の日常は本と物語であふれ出した」

 ベルタさんの手紙だ。

 私は彼女の手紙を思い出す。

 謙虚で優しいが、独特ユニークで知的な女性。


「本当に、楽しかった。何を話しても面白かった。

 本の趣味が合う時と合わない時もあったが、

 それすら意外性ある刺激となって

 俺をワクワクさせてくれた」

 照れたような、はにかむような顔をするルドルフ。


 言葉だけの会話。手紙だから、どうしても間隔は空いてしまう。

 それでもお互いがお互いの手紙を心待ちにしていたのだ。


 ルドルフは感慨深げに言う。

「すると伸び悩んでいた状態から抜けることが出来たんだ。

 剣の技術も上がり、訓練自体も楽しむことが出来るようになった。

 皮肉なのか、当然なのかわからないけど」

 わかるような気がした。思いつめた状態よりも、

 肩の力が抜けたほうが習得しやすい技術もある。


 ルドルフは目を閉じる。

「彼女の言葉が、俺を救ってくれたんだ。

 腐り落ちそうな日々を、鮮やかによみがえらせてくれた」


 そしてうつむき、小さな声で呟く。

 だから、絶対に助けたかったのに……と。


 ************


「日が昇り始めましたわ」

 リベリアの言葉に、私たちは目を開ける。

 最高主導者の件は戻ったらエルロムを問い詰めるとしよう。

「さて、と」

 大きく伸ばし、身支度を整える。


 ストルツも起きていた。そして焦ったように言う。

「おい、俺を犯罪者として突き出すのか?

 本当に証拠はそろっているのか? なあ……」


 私は彼を横目で見て、

「まあ、後でね。今はすることがあるから」

 ルドルフも立ち上がる。

 彼の目的はもともと、ベルタ嬢の痕跡を探し

 何かあったか明らかにすることだ。


 ルドルフは立ち上がってナイフの状態を確認しながら言う。

「お前たち、”すること””とは何だ?」

 自分の邪魔をしないか、気になるのだろう。

 私は高窓から、だんだん白んでいく空を見ながら答えた。


「私たち、”行方不明”にならなければいけないのよ」

 ルドルフとストルツが驚いて目を見開く。


 だってそうしないと、皇国が古城ここに乗り込んで来られないからね。

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