第22話 古城に行く前に
第22話 古城に行く前に
すでに皇国兵たちは、要所要所に配置されていた。
城へ向かう前にルークスは、屋外でシュケル兵と対面していた。
二年前の事件について、生還者から詳細を聞くためだ。
生き残り兵は、なぜかとてもビクビクしていた。
まるで、悪いことをしたかのように。
怯えた様子の彼をねぎらうように、ルークスは言う。
「無事に戻ってきてくれて本当に良かった。
……申し訳ない、まだ話すには悲しいだろう?」
しかしその兵は”え? 何が?”という顔で首をかしげる。
ルークスは言葉を言い換える。
「仲間のことを思えば、悲しくも恐ろしいとは思うが、
いま、あの城には俺の大切な人がいる。
ぜひ話を聞かせてほしい」
ルーカスの言葉に、兵はああ、というように納得する。
仲間のことなど、みじんも思い出してはいなかったようだった。
そしてゆっくり話し出す。
「あの日、俺たちは城に入りました。
すぐ、見つかると思ったんです。
どこかで足をくじいてるんだろうって」
優しい笑顔でうなずくルークスに、
生き残りの兵は安心したように続ける。
「歩きながら、誰かがここの財宝のウワサをしたんです。
大昔ここは何か、
そして彼らはしだいに、彼女の捜索よりも、
城の中に残っているかもしれない宝探しに夢中になっていった。
誰かが言った、”見つけた奴は大金持ちだな!”の言葉を皮切りに
いっせいに地下へと駆け出した。
「だから城の居住区である本館の捜索ではなく、
地下へと向かったというわけか」
ルークスは納得がいったようにうなずく。
皇国の調べでも、そこが謎だったのだ。
女性はひとりで、決して地下に向かったりしないだろう。
それなのに捜索隊が向かったのは地下だったのだ。
彼は気まずそうに、
「僕は新入りだったから、みんなに遅れを取りました。
……結果、それで助かったのですが」
そして彼は、その時の状況を語り出した。
************
やっと追いついたけど、地下は暗くてよく見えない。
「ちょっと、先輩、先に行かないでくださいよ……」
そう言いながら奥に行くと、何かにつまずいてよろけてしまう。
なんだ? と思ってみると、それは人間の胴体だった。
「ひっ!」
それは仲間の一人だとはわかったが、
頭部がないので誰かはわからない。
思わずのけぞると、どこからか
暗闇に目をこらして見れば
奥には仲間が何人も転がっていて、全員、頭がないのだ。
恐怖で動けずにいると。
奥から、ボロボロのドレスの女が現れた。
大きな鉄球の付いた鎖で両手首を巻かれ、
頭髪がまばらに抜け落ちた頭は
ボコボコと球体が集まったように巨大に膨らみ
体や手足は骨と皮だけになっている。
そのグロテスクな頭を左右に振りながら、、
骨ばっかりの両手で鉄球を抱えながら、
意外な速さで近づいてきたのだ。
************
「みんな、こいつに頭を潰されたんだって思って。
そいつが鉄球を投げてくる前に、逃げ出したんです。
でも、そいつは追いかけてきました。
迎えに来てくれた見張りが手投げ弾を投げてくれなかったら
どうなっていたことか」
地下への階段ごと吹き飛ばしたので、
結局仲間の遺体は回収できなかった。
戻った兵たちの報告は、
うわさに尾ヒレをつけてあっという間に蔓延していった。
”最下級として城に送られたベルタ嬢に
何らかの悪霊が憑りつき、捜索隊を殺した”、と。
しかしそれはシュケル国だけでなく近隣国まで
恐怖のどん底へと突き落とした。
ほんの数日の間に、ほとんど全ての国交や貿易が途絶えたのだ。
だからシュケル国は、
”あれは事故である。城は古く破損個所も多いため
子爵令嬢はどこかに落ちてしまったらしい。
捜索隊は何かを見間違えて集団パニックを起こし、
古城の劣化による転落や落石などで死亡した”
と宣言したのだ。
その安直で稚拙な対応に、皇国が介入を申し出るも、
化け物の住む国というイメージを
この国に定着させたくない、と主張し
国王も国民も、捜索隊の遺族すら
詳しい調査を拒否したのだった。
話してくれた兵にお礼を伝えて別れた後、
彼の話の不可思議な点に、考え込むルークス。
そんな彼に、ギルがまた走り寄ってくる。
彼はルークスが皇国の将軍だというのを聞いても、
その地位の高さにピンと来なかったようだった。
相変わらず、あどけなく質問をぶつけてくる。
「そろそろ行くの?」
「ああ、そうだ。
ルークスもにこやかに答える。
優しいギルは、ルークスの身を案じたのか、
この辺りでの心得を確認してくる。
「メイナは、絶対に使っちゃだめだよ?」
「ありがとう、分かっているよ。
皇国の者は、メイナを使った攻撃は最後に学ぶんだ。
十二分に剣の鍛錬をしてからだな。
だからメイナ無しでも問題なく戦える」
はぁー! と感心するギルと周囲の団員たち。
「ものすごい練習したんだね、毎日毎日。
ここだったら、とっくに1級、いや主導者になれるくらい」
ギルが言うと、ルークスは首をかしげる。
「いや、みんな初級のままだろうな」
その言葉にギルは文字通り飛び上がる。
「なんで? どんどん強くなっても?
出来る技とか、戦って勝った相手が増えても?」
ルークスはしゃがみ込み、ギルに目線を合わせて言う。
「鍛錬はその内容に区切りはつけられても、
修得した者に対する評価は己だけが決めるものだ」
ギルが首をかしげたので、ルークスは言い直す。
「今日はこれを練習する、と決めることはできるが
自分の実力や価値に、スゴイも偉いもないんだよ。
常に、まだまだって思うものだ」
ギルはええっー! と不満げに口を尖らせる。
「そんなの、
ルークスは笑ってギルの肩に手を置く。
「ははは。まあ、階級は目安にはなるかな。
でも頑張る理由を
本来、何かを得ようとする時は、それが欲しいと思う時だ。
力も、
しかし別に本当は望んでいないことを
頑張って得ようとするなら苦痛でしかないだろう」
ギルは唇をかむ。確かに自分は、将来靴屋を継ぐだろう。
別にそれは嫌ではない。でも、心から望むかと言われると。
「でも、やらなくちゃいけないんだ……」
自分に言い聞かせるように言うギルに、ルーカスは言う。
「本当にやりたいことと、
義務はたいてい別のものだからな。
完全に一致しない場合、両立しなくてはならない」
「どっちもするの?」
「そう。どっちも、だ。
大変そうだが、君の生活を必ず豊かにしてくれるだろう」
ギルはルドルフに言われたことを思い出す。
”好き”や”楽しい”、”美しい”はエネルギーになる。
それ無しでは、人は生きていく意味が無い、という言葉を。
最後にルークスは付け加える。
「ただし両立と混合は別のものだ
どんなにすばらしい目標でも、他人のためになる事でも
それが己が心から望むものでないなら
自分の主軸ではないことを自覚しなくてはいけない」
今度はルークスが自分自身に確認しているようだった。
神霊女王の配偶者になると決めたあの日から、
覚悟は出来ている。
自分にとって”皇国の守護者”であることは、
もはや主軸ではないのだ。
黙って聞いていた団員たちの心に、
少しずつここのやり方に疑問が生じてくる。
”人を常に目標へと駆り立て、昇級を目指させる”
このイクセル=シオ団の手法、
本当に素晴らしいものといえるのだろうか。
ルークスはふと何かに気が付き、
皇国兵に向かって手を挙げて叫ぶ。
「彼女たちが城に入ってすでに24時間経った。
それでは救助に向かう!」
************
あの後エルロムは王妃に、捜査を止めてもらうよう連絡した。
「頼むよ、僕たちの未来のためなんだ」
そう伝言が届き、王妃は数年ぶりに王の間へと向かっていた。
まあ、自分が頼めばすぐ言うことを聞くだろう。
離縁を言い出したのも、きっと私の気を引くためだ。
今までも、あの人はそうだった。
ドレスをひるがえしながら、王妃はほくそ笑む。
私を見初め、この国の王妃にしたいと申し出があった日から
10も年下の私を、貴重な宝石のようにありがたがって、
望むものは何でも用意してくれた。
でも、私はガッカリだった。
平凡な容姿で話術もなく、男としての魅力はゼロだったんですもの。
だからたくさんワガママも言ったし、自由にさせていただいたわ。
王太子が生まれた時だって、
喜び勇んで部屋に飛び込んできたあの人に
「義務は果たしました」
なーんて冷たく言って言ってやったのよ。
あの時の、国王様のショックを受けた顔ったらなかったわ。
第二王子が生まれた時なんて
おそるおそる産室を覗き込んだあの人に、
「スペアもご用意出来ましたわ。
もう、お相手しなくて良いでしょう?」
って言ってやったのよ。爽快だったわ。
あの人、一瞬さすがに怒ったけど、
すぐに泣きそうな顔になって、うなずいていたっけ?
それからは、完全に自由にさせてもらったわ。
お金を使うだけの王妃、なんて陰口叩かれても別に気にしない。
私が結婚してあげたんだから、その権利はあるはずだもの。
それが今になって、離縁するだなんて。
私が望むところだわ。
泣いてすがられても許してあげないんだから。
王妃が王の間につくと、国王のそばに侍女頭が立っていた。
若い頃は仕事が出来るだけでなく、美しいと評判だった女だ。
”今ではすっかり年老いたオバサンだわ。私と大違いね。”
王妃は侮蔑の笑いを浮かべるが、
その横に立つ、侍女頭の娘を見て不快な表情に変わる。
王子たちと一緒に、なごやかに談笑していたのだ。
それを見て王妃はイラっとする。
”王子たちが幼い頃から、この娘はやけに王子に親し気だった。
それを咎めると、後から息子たちからの猛抗議が届くのだ。
「彼女は僕たちの妹のようなものです!
いつものように、僕らのことはほっておいてください!」
なんて言って、激怒するものだから叱れなくなったのよ。
いまだに王子たちの近辺をちょろちょろしているのね、あの娘”
「……国王様、ちょっとよろしいかしら?」
「おお、これは久しぶりだな」
よほど楽しい話をしていたのだろう。
笑顔のままで国王が答える。そして。
「離縁についてなら、お前の実家からの同意はすでに得ている。
今まで散々勝手なことをしてくれたからな。
お前の父上は、平身低頭で詫びてくれたよ」
思いがけない言葉に、王妃は目を見開く。
「あんなに離縁したがっていたじゃありませんか」
「良かったですね。どうぞお好きなところに行ってください」
王子たちも口々に
王妃はカッとなって、彼らに言い返す。
「あなた方、母親に向かってなんということを……」
その言葉に、王子たちは鼻で笑う。
「あなたが一度だって母親だったことがありますか?
病気の時の世話も、悩みに苦しむときも
支えてくれたのはこの人だった」
そういって第一王子は侍女頭を見る。
「何も王妃としての責務も、王子の母親としての仕事もせず
文句を言うか、勝手なことをして迷惑をかけるばかり。
僕らの母親はずっと昔から、この人だと思っています」
第二王子も優しい目で侍女頭に向き直る。
侍女頭は彼らの言葉に、感激して目頭を押さえている。
王妃はキッと国王に向き直る。
「なんと失礼な! 王子たちに処罰を……」
「なんで処罰の必要がある? 本当のことを言ったまでだ」
そこにいたのは、王妃が知っている、
あの自分の機嫌を必死に取っていた国王ではなかった。
憎しみどころか、どうでも良い、といった顔でこちらを見ている。
国王はゆっくり立ち上がり、侍女頭の手を取る。
「私もずっと、君のことを妻だと思っていたよ、オルガ」
侍女頭は感激のあまり泣き出してしまう。
「なんということを! 私というものがありながら!」
王妃が目をつりあげて叫ぶと、国王はそちらも見ずに答える。
「お前が言ったのだ。もう私の相手をするのは嫌だと。
自分を解放してくれ、愛妾でもなんでも持てば良い、とな」
「”義務”と”スペア”を用意したから、ですよね」
国王と王太子の言葉に、王妃は凍り付く。
そうだ。私が言ったのだ。
国王は侍女頭の手を取り、感慨深げに言う。
「これで正々堂々と、
私の妃は君であると世界に知らしめることができる」
王子は侍女頭の娘に向かって
「そうだよ。これで僕らの可愛い
シュケルの姫としてみんなに自慢できるようになるんだ」
王妃は両手で口を押える。
この娘は、国王と侍女頭の子どもだったのね。
本当に妹だったなんて。
そういえば、侍女頭が結婚したなんて話聞いてなかった。
興味が無かったから、深くは追及しなかったけど。
……宮中の全員がきっと、知っていたんだわ!
国王が冷たい目で言う。
「で、用事とは何かな? 元・王妃どの」
王太子も馬鹿にしたように言う。
「いつまでこちらにいらっしゃるおつもりです?
他に行くところが無い、なんて言いませんよね?」
第二王子はイライラしながら言う。
「別れの挨拶をしに来たなら、さっさとお済ませください」
屈辱と、焦りと、ズタズタになったプライド。
こうなった要因が自分にあることに気付きつつ、
王妃はそれを認めたくなかった。
違う。捨てられたんじゃない。捨てたのは自分の方だ。
王妃は意地と見栄から、つい虚勢をはってしまう。
「ええ、もちろんお別れの挨拶を。
支度が済み次第、すぐにここを離れますわ。
わたくし、ずっとお待たせしていた方がおりますので」
国王のいぶかしむ顔、
王子たちの苦虫を嚙み潰したような顔を見ながら
王妃は必死に笑顔を作り、
自分の今後がいかに幸せであり、愛情にあふれたものかを
ものすごい勢いでまくし立てたのだ。
それがさらなる窮地へと、
自分を追い込むことになるとは知らずに。
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