第21話 ミューナの転落(第三者視点)
第21話 ミューナの転落(第三者視点)
エルロムが、ディクシャー侯爵に捜索令状を突きつけられた後。
イクセル=シオ団の団員たちは困惑していた。
それは調査に訪れたという皇国兵がみな、兵服ではなく、
それぞれが山歩きかキャンプに行くような恰好だったから。
「……あの、何の調査ですか?」
団員の1人が恐る恐る尋ねてきたので、
皇国兵はにこやかに答える。
「どうぞご心配なく。この辺りや城を調べるだけですから」
城と聞いて、団員たちの顔はさらに不安そうになる。
「大丈夫だ。心配するようなことはおきない。
君たちはいつも通り過ごしていてくれれば良い」
爽やかな声が聞こえたので、団員たちが振り返ると、
白いシャツに作業ズボンを履いた青年が立っていた。
ものすごくカジュアルな格好なのに、
そこだけ光が差しているような、目を奪われる恰好の良さだ。
すらっと高く、鍛えられた姿勢の良い体躯。
知性と高貴な生まれを感じさせる整った容姿だが、
オレンジの髪と明るい茶色の目が温かく、
優しさと親近感を抱かせる。
「でも、あの城は……」
心配そうな団員に、彼は丁寧に答える。
屈託のない、親しみやすい笑顔で。
「不安に慣れてしまうのは危険だ。
人々のそんな状態を継続するのは後の不利益しかない。
どこに行っても安心して暮らせるようにするのが
行政の役目だからな」
青年の足元にギルが走り寄って尋ねる。
「皇国の人は……あそこが怖くないの?」
青年はかがみこみ、ギルに視線を合わせて答える。
「もちろん恐ろしいな。みな、充分に警戒している。
未知のものや凶悪なものに対して恐れることは
恥ずかしいことではなく、生きるために必要なことだ」
そして力強く答える。
「しかし決して臆することはない。
我々は、人民の生活や安全を損なうことを最も恐れる」
包容力や頼もしさ、それに加えて温かさ。
力強い青年の言葉に、ギルや他の団員たちは落ち着きを見せ始めた。
「そうなんだ……お兄さんも城に行くの?」
ギルは尋ねる。青年はうなずいて言う。
「現場で指揮を取る必要があるからな。
内部の状況がわからない以上、
俺が最初に入ることになるだろう」
危険な場所だから、自分が最初に入る。
それを当たり前のこととして言う彼に、
大人の団員たちは言葉を失った。
ここの主導者たちは、危険な作業はもちろんせず、
ちょっと汚い場所にすら行かないのに。
団員の女性たちは、ギルを羨望の眼差しで見つめている。
”自然に話すことができるのは、ギルが子どもだからよ”、と。
あんな素敵な方を目の前にしたら、
私だったら舞い上がって、何も言えないだろう。
ほとんどの娘たちはそう思っていたが。
青年の背後から、甲高く甘えた声が響いた。
「あのぉ、皇国の方ですよねっ?
私、ミューナって言います。
最高主導者様に付けて頂いた
そう言って両手を胸の前で合わせ、ウフッ、と笑う。
急に自己紹介を始めたミューナを、ギルはきょとんと見つめる。
青年は振り返り、会釈をした。
彼が何か言う前に、離れた場所から皇国兵が飛んで来て言う。
「ご質問はこちらで承ります。
なにかございますでしょうか」
”この人が飛んできて話に割り込んだのは
私がすっごく可愛いから、自分が相手をしたいのね”
ミューナはそれを前向きにとらえて笑う。
しかし実際は、子どもならいざ知らず、
本来は考えられないことだったから、なのだか。
まあ気にするな、というように片手を上げ、
青年は彼女に向き直り、
「挨拶いただきありがとうございます。
しばらく騒々しくなるかもしれませんが
ご理解いただけますと幸いです」
彼の言葉を、ミューナはほとんど聞いていなかった。
遠めに見て、あ! あの人素敵じゃない!
そう思ったから話しかけたのだが。
目の前にしてみると、その格好良さは別格だった。
ボーっと青年を見つめながら思った。
”今まで、この世にエルロム様より素敵な人なんていない。
そう思っていたけど。全然、そんなことないのね。
もっとカッコよくて、ハンサムで、
しかも家柄も良さそうで強そうな人、いるんだわ”
計算高いミューナはさらに考えを巡らせる。
”エルロム様は最近なんだか冷たくなったし、
私のファンも前より格段に減ってしまった。
でもクォーツ集めなんて面倒なことしたくない。
さっきこの人、現場で指揮をとるって言ってたわね?
ってことはかなりの上官だわ。
……この方に見初められたら、皇国に行けるかも!”
ミューナは頬を赤らめ、首を傾けて言う。
「良かったらあ、ミューナが案内しますね。
私、1級団員ですし。主導者様たちはお忙しそうですから」
そう言って、青年の腕を取ろうとするが、
彼はさっと身をひいてかわす。
「せっかくのご提案ですが、案内は必要ありません。
行く場所も行き方も、すでに決定しております。
どうぞおかまいなく」
ミューナはそれでも、青年に追いすがっていく。
「それではミューナもご一緒しますねっ
詳しい人がいたほうが絶対スムーズですから」
「え? ミューナ様、あの城に詳しいの?」
ギルの叫びに、ミューナは一瞬、はあ? という顔をする。
そして、あっ! と気付いて動揺する。
そうだ、さっきこの人、城に真っ先に入るって言ってたじゃない。
その時、主導者のひとりから招集がかかった。
「クォーツ採集に出てない者は全員、広間に集まれ」
そしてミューナを見てニヤニヤしながら言う。
「おい、ミューナ。お前はすぐに行け。
エルロム様がお呼びだ」
ミューナは驚いた。
”もしかして、エルロム様、どこかで見てた?
私が彼と
先日の冷たい対応は、単なる駆け引きだったのかも”
「では、後でまた!」
と青年に言い、ミューナはいそいそと広間へと走った。
”うーん、迷うなあ。エルロム様と、さっきの人。
どちらからも求婚されたらどうしよう”
そんなことを思いながら。
広間では地獄が待っているとも知らず。
************
エルロムはあの後、応接間を出ていったディクシャー侯爵に
”調査の前にすることがある”と伝言を出した。
そして急遽、主導者たちを集めて
その後、広間に団員たちを集めたのだ。
一つの目的のために。
広間の前方には、エルロムと主導者たち、そしてミューナが立っている。
その前に、団員たちがワラワラと集まってきた。
そしてその右側には、先ほどの青年と
ディクシャー侯爵など皇国の者たちが、見守るように並んでいた。
全体を見渡しながら、エルロムは衝撃を受けていた。
みんなの視線が、皇国の青年に集まっていることに。
広間に入ってきた彼を見た時、
エルロム自身も言葉にならないくらい動揺してしまった。
舞台俳優のように容姿端麗で、スタイルも良く美形で、
間違いなく育ちが良いことがわかる立ち居振る舞いをしていた。
そしてカジュアルな格好に似合わない、緋色の剣。
なんて立派で、彼に似合うのだろう。
そして視線を団員に戻す。
自分の時よりずっと強い憧れや崇拝の眼差しで、
みんな、彼を見つめているではないか。
自分の格好良さや美しさが、
生まれて初めて誰かに負けてしまった瞬間だった。
焦りと悔しさを振り切るように、エルロムはみなに挨拶する。
「残念だが、少々の誤解により、皇国の調査が入ることになった。
もちろんこのイクセル=シオ団にやましいことなどひとつもない。
みな、自分自身を向上させ、
日々を良いものにする努力を続けているだけだ」
団員たちは大きくうなずく。
先ほどギルと話していた青年が、右側から声を発した。
「何も気にする事はない。君たちに対する調査ではないのだ。
むしろ、君たちにとっての長年の脅威を取り去り、
この国の評価を向上させ、生活を安定させるのが狙いだ」
そしてその横に立っていたディクシャー侯爵も言う。
「一般的な団員の方は間違いなく処罰などの対象ではありません。
……まあ、被害者としての救済処置は取られる可能性はありますが」
その言葉にエルロムはギョッとした後、胸に手をあてて言う。
「それは良かった。団員はみな善良なものばかりだからね。
僕や主導者の皆も、立場はみんなと一緒だ。
全て最高主導者様の指導に従って行動しているだけなのだ。
あの方から”そうすべき”と言われたら逆らえるものではないよ」
その言葉に、団員たちは少し困惑する。
今までのいろんな指示は、
エルロム様の意思ではないって、言いたいのか? と。
さらにエルロムはみんなに向かって叫ぶ。
「先日皇国から来た女性を、最高主導者様の判断により
最下級に落としてしまった。しかし、これは間違いだった!」
団員たちの間に動揺が走る。中にはやっぱり、という声も聞こえた。
悔し気に、悲し気にふるえながらエルロムは言う。
「そもそも
誤った情報があの方に伝わったためだ」
そして、横に立っていたミューナを見て、厳しい声で言う。
「ミューナ。君は結局、納品できたのかい?」
それまでポカンとした表情で話を聞いていたミューナの顔が一気に曇る。
しばしの沈黙の後、半泣きの顔を作り、
「……まだです」
と、答えた。
あの後結局、アスティレアたちから奪った収納箱を
開けることは出来なかったのだ。
主導者たちが、問題の収納箱を運んでくる。
「君の箱なんだろう? それに彼女たちに盗まれたと言ったね?」
「そ、そうなんです! 盗まれたショックで暗証番号を忘れてしまって」
ミューナは甘えた声で必死に言い訳をしたが
エルロムは悲し気に首を振る。
「このダイヤルはダミーだそうだ。
詳しいものが調べたら、生体認証の可能性が高いと言っている。
君がどこでそんなものを手に入れられる?
そもそも君のものなら、生体認証ですぐに開けられるはずだろう?」
これが、この集会の目的だ。
皇国の前で、”アスティレアたちに冤罪をかけた罪”、
そして”城へと送った罪”を、全てミューナに負わせるため。
ミューナはショックで何も言えなかった。
自分の可愛さに絶対的な自信があった彼女でも
エルロムや主導者に見捨てられ、”生贄”にされたのがわかったからだ。
視線を泳がせ、ストルツを探すが、何故か彼はいなかった。
次に団員の方を見て、自分の親衛隊を探すが、
返ってきたのは彼らからの凍えるような冷たい視線だった。
……もう、ダメだ。
エルロムはチロチロとディクシャー侯爵や青年を見ながら
申し訳なさそうに、そして悔し気に言う。
「我々はみな、君に騙されたのだ。
……彼女たちになんて、お詫びすれば良いのか!」
エルロムや主導者は口々に、悔恨やミューナに対する怒りをつぶやく。
その時。
「ああ、あの件か!」
急に青年が、何かを思い出したように声をあげる。
ミューナはとっさに、彼に助けを求めることに決めた。
ここはもう見切りをつけて、この人に守ってもらうのだ。
今までで一番、可愛くて魅力的な姿をみせなくては。
「違うんですぅ! 私、ここでみんなに意地悪されててぇ」
そう言って青年に駆け寄り、ポロポロ涙をこぼす。
「濡れ衣を着せられてるんですぅ、ミューナ何もしてないのに」
涙で潤んだ目で見上げ、精一杯のシナを作る。
そして青年の胸に頭をもたれかけようとすると。
そんな彼女を完全に無視し、青年は言い放つ。
「間違いなくあれは皇国製であり、生体認証だ。
あれをアスティレアに送ったのは俺だからな!」
あまりのことに、会場がどよめく。
名前で呼んだ? 収納箱をみずから送った?
びっくりして後ずさり、彼を見上げるミューナ。
「君が彼女たちに濡れ衣を着せた娘だったのか。
一部始終は録画で見せてもらったよ」
朗らかな調子のまま、青年は軽蔑した目でミューナを見下ろす。
「な、な、なんで」
羞恥と怒りで声が出ないミューナに代わり、エルロムが尋ねる。
「その時の様子を撮ったものを、白シギで送ってもらったからな」
青年の答えに、ミューナはブンブンと首を横に振って叫ぶ。
「なんでアンタが、あの箱をあの女に送ったのよ!」
はがれ切った化けの皮を意にも介さず、彼は答える。
「アスティレアは俺の婚約者だ。
望むものは何でも贈ることにしている」
そう言って”皇国の守護神”と呼ばれる
ルークス・フォルティアス将軍は笑顔を見せた。
************
アスティレア、いや将軍の婚約者に冤罪をかけた罪を
ミューナひとりに背負わせる茶番が終わった。
そろそろ現場に向かうといい、皇国の者たちは広間を出て行った。
事の成り行きにショックが隠せない団員たちが残される。
床に座り込んで呆然とするミューナに対し、
エルロムは無表情で告げる。
「ミューナ。君の処分を下す」
ミューナはがばっと顔を上げる。
まさか、最下級に落とされるの? そして城に……
そこまで考えて、良い作戦を思いつく。
”さっきの彼は城に行くって言ってたわ。
それなら、城で助けてもらおう。
そしてあの女から奪ってやれば良いのだわ”
まだまだ大丈夫。そう思うと笑みが浮かんでくる。
そんなミューナを訝しみながら、エルロムは言う。
「君は初級に戻るんだ。
”最初からやり直し”、そう言ったろう」
「ええっ! 最下級では……」
「そんなものはない!」
ミューナの言葉をさえぎり、エルロムは怒鳴る。
皇国に聞かれたらどうするんだ、この低能め。
内心でそう罵りながら。
そしてミューナを、ニヤニヤと主導者たちが取り囲む。
「はーい、最初からやり直しでーす」
その言葉を聞き、ミューナはビクッと体を硬直させる。
かつて自分が、エルロムの元・婚約者に言った言葉だ。
「再・初級の仕事は、お前が一番わかってるよな?」
人のクォーツを探すため、山の中で丸一日作業する。
泥だらけになった団員の靴を、その日のうちに全部洗う。
大量の書類をたった一人で休まず処理する。
次々と負わされる雑務に加えて。
「あ~トイレ掃除もだな。
「待機室でさ、昨日、飲み過ぎて吐いたんだわ。片付けといて」
「団員たちが帰ってきたら、全員に頭下げて出迎えろよ。
お前がここで一番、格下なんだからな」
あれから2年。さすがはイクセル=シオ団。
彼らの傲慢さや残酷さは、さらなる成長を遂げていた。
元・婚約者以上の屈辱やひどい扱いに、
ミューナは発狂寸前だった。
真っ赤な顔で震えるミューナを離れた場所で眺めながら
エルロムは近くの主導者に小声で尋ねる。
「ミューナは、”鏡の間”の儀式を終えているよね?」
「はい、もちろん」
彼らはニヤリと笑いあい、その場を後にする。
「じゃあ、準備しておかないとね」
そう呟きながら、エルロムは広間を出て行ったのだ。
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