第20話 皇国の捜査(第三者視点)

 第20話 皇国の捜査(第三者視点)


 エルロムは、本部二階にある自室の高級ソファーで寛いでいた。

 外は暑いが、この部屋にはクーラーが効いており

 冷蔵庫があるため、飲み物もよく冷えている。


 本来、メイナ液を注ぐことで稼働するそういった装置を

 代わりにシュケルウォーターを注ぐことで動かしているのだ。

 それ以外も、重いクォーツを運ぶエレベーターなどにも使用していた。


 一部のメイナ技能士だけが作り出すことのできる、

 メイナの力を帯びた燃料水。それがメイナ液だ。

 購入すれば高額だが、シュケルウォーターなら無料でいくらでも手に入る。

 女王アリのために、せっせと働きアリが運ぶように

 エルロムのために団員たちが集めてきてくれるのだから。


 この水について、いろいろ教えてくれたのは父だった。

 メイナ液と間違えてカンテラに入れたら、灯りがついたこと。

 手を洗ったらハリと艶が戻ったこと。

 そして。


 父はどう見ても20代くらいの若者だったが、

 本当の年齢をエルロムだけに教えてくれたのだ。

「実はもう、40歳を過ぎているんだよ」

 父は一度、大量のシュケルウォーターの水に落ちた。

 それ以来、全く年を取らなくなったのだ、と。


 エルロムは鏡を見る。自分もずっとこのままの姿でいたい。

 それが世界のため、人々のためだろう。

 何故なら自分の美しさは、世界の至宝なのだから。


 でもそれには、大量のクォーツが必要だ。

 顔や手など部分的につけても、徐々に元に戻ってしまう。

 しかし大量のシュケルウォーターに全身浸かることで、

 老化を止め、20歳そこそこの外見でいられる。

「この水は、時間を止めてくれるんだ」

 エルロムの父は、そう話していたのだ。


 しかしクォーツの保存期間は短く、

 どんなにたくさんのクォーツをため込んでも、

 短いものは一週間、長くても一か月で消滅してしまう。

 一度に大量のクォーツを手に入れなければならない。


 最近はさらに集まりが悪くなっているし、

 団員のノルマをあげなくては。

 ”低レベルな奴らは、せめて僕の役に立ってもらわないと

 生きてる価値がないからね”

 そんな風に思い、笑みを浮かべていたら。


 ドンドンドン!

 激しくドアがノックされた。

「どうしたんだい?」

 エルロムが返事をすると、

 焦った表情の団員が顔をのぞかせる。


「皇国から使者が来ました! 最高主導者様にお話があると!」

 エルロムは眉をひそめる。

「皇国の使者だと?!」

 ”なぜ、このタイミングなのだ?

 いや、これも皇国と国王が仕組んだのだろう”

 激しく動揺し、そのまま固まって返答ができない。


 しかし、必死に気持ちを立て直す。

 ”でもまあ、まだ何も証拠はないのだ。

 いつものように、簡単に丸め込んでやろう”

「わかった。すぐ行くよ。

 ……最高主導者様は不在で、所在が不明だとお伝えして」

「そんな……」

「仕方ないよ。僕が行くしかない」


 団員が去っていく。

「……所在が不明、か」

 エルロムは鼻で笑った。そして鏡の前で身支度を始める。

 艶めく長い金髪、すらりとのびた鼻梁、

 長いまつげに宝石のような青い瞳。

 完璧な美しさだ、自分自身でそう思った。


 今まで数え切れないほどの人間に、

 ”この世にこんなに美しい人間がいるのか”

 そう賞賛されたこの姿。

 無味乾燥で機械的な皇国の人間が見たら

 ショックを受けて何も言えなくなってしまうかもしれないな。

 そんなことを思い、笑みを浮かべながら部屋を出て行く。


 ************


 エルロムは応接間に着いてすぐに、

 彼の思惑が大きく外れたことに気が付いた。

 そこにいたのはただの連絡員などではなかったのだ。


 深い青色に、金色の縁取りの制服。

 腰には逸品と思われる剣を帯刀している。

 衣装だけではない。

 若いことはさぞかし美男子だったであろうその男は

 年齢を経た今でも充分に魅力的であり、

 シュケル国の王族にすら無い、威厳と品格を醸し出していた。


 団員が緊張しながら紹介する。

「皇国の立法院、上級議員のディクシャー侯爵様であらせられます」

 想像以上に格の高い相手の登場に、エルロムは言葉を失う。


 ディクシャー侯爵はいつもの通り

 張りのある声で挨拶の言葉を述べる。

 エルロムは威圧に負けぬよう、精一杯笑顔を保とうとし、

 自分が一番美しく見える角度を作った。

 そんなの、皇国の議員にとって何のアピールにもならないのだか。


「最高主導者が不在のため、シュケル国においては男爵位を持ち、

 ここでは第一主導者のエルロムがお相手仕ります。

 今日は、どのようなご要件で?」

 エルロムの問いに対し、ディクシャー侯爵は済ました様子で答える。

「本日はこの団体の内部調査に伺いました」


 エルロムは平静を装いつつ、困った顔を作る

「いや、事前にご連絡をいただかないことには。

 こちらにも準備というものがあります」

 ディクシャー侯爵は軽く首を横に振って言う。

「準備をされては困るのですよ。普段通りの姿をみたいのですから」


 エルロムはぐっと詰まるが、なめられてはいけない、と語気を強めた。

「最高主導者の許可が必要なのですが。

 連絡が取れるまで、お待ちいただけますか?」

 それに対し侯爵は、肩をすくめて笑った。

「ご心配なく。そんなお手間は取らせません。

 この国の最高権威である国王様の許可をいただいておりますから」


 エルロムはさすがに引きつった顔になり、

 舌打ちしたいのをぐっとこらえて言う。

「……どこをご覧になるのですか?」

「まあ、いろいろですなあ」

 のんびりとした口調で、侯爵が返す。


「別にやましいことはないので、

 どこを調べて頂いてもかまわないのですが

 皇国の調査が入ったとなると、団員たちが動揺してしまうでしょう。

 主導者が同行させていただくことと、

 事前に行く場所を教えていただくことを

 お約束していただけませんか?」


 ディクシャー侯爵は快くうなずく。

「もちろんです。いやあ、一緒に行ってくれるとはありがたい」

 エルロムは息をつく。側に自分や主導者が居れば、

 皇国調査員の目をごまかすことができるだろう。


「後は調査する場所ですね。これは今、お伝えしますよ」

 侯爵の言葉を聞き、エルロムはさらに笑顔になる。

 なんだ、今聞けるなら、先に手を打っておけるな。

「ぜひお願いします。……で、どちらです?」

 海のクォーツ採取場か、選別している場所か。それとも本部か?


 侯爵はにこやかに言い放った。

「納品施設の”納品の間”と”鏡の間”」

 エルロムは凍り付く。さらに侯爵は続ける。

「……そして、あの城です」


 しばらく沈黙が続く。


 最も見られたくない場所ばかりじゃないか。

 そもそもなぜ、その存在を知っている?

 エルロムは必死に考えるが、もちろん答えは出ない。


 振り絞るように出た言葉は

「……何故です? なぜその場所を」

 ディクシャー侯爵は首を傾けて、エルロムを見る。

「確認する必要があるからです。その理由は機密事項です」


 エルロムは焦りを顔に出さないよう、慎重に言葉を選ぶ。

 時間を稼がないと。出来る限り。

 いったん席を立ち、他の主導者に指示を出さねば。


 人を呼ぼうとすると、侯爵が喜んだ。

「もう出発ですか? いやあ迅速な行動ですな。

 実に皇国好みだ」

「い、いえ。ちょっと団員に事務連絡をしようと……」

「ああ、そうですか。

 こちらはすでに、全員についておりますので、

 同行される主導者様が決まりましたら、すぐ調査を開始いたします」

 その言葉に、エルロムはつい、声をあげる。

「配置についているだと? 納品施設にいるのか?!」

「正確には、納品施設のいたるところに」

 ディクシャー侯爵が絶望的な回答をする。

 これでは主導者がすぐに向かっても、

「主導者が来たから調査開始しましょう」

 となり、ずっと側に張り付いているのだろう。

 それではもう、何もできないではないか。


 もはや美貌アピールをしている余裕などなかった。

 エルロムは額の汗を拭きながら尋ねる。

「し、城はどうされます? あの場所には入れないでしょう」

「んん? どうしてです? 鍵をお持ちでしょう?」

「以前持ってはいましたが、無くしたと聞きました」

 皇国のスパイの女三人を、あの城に入れたことがバレたらまずい。


 それを聞き、侯爵はいきなり無表情になった。

 やりすごしたか、と思いきや。

「第一主導者殿。皇国は時間の無駄を嫌います。

 時間の無駄となる嘘を、大変重い罪ととらえます」

 だから! と言いながら説明しようとしたエルロムに対し、

 伯爵は丸い機械を差し出した。そこから聞こえてきたのは……


『確か……アスティレア、ん~、クラティオだったか?

 お前とその仲間は、今日から最下級団員だ』

 エルロムは目を見開く。

 これは、あの三人を断罪した時の音声ではないか!


 リベリアは録画したものを、納品施設に移動する際に、

 控えていた連絡用の白シギに渡していたのだ。

 周囲の者には、鳥とたわむれているようにしかみえなかったが。


 ディクシャー侯爵は薄ら笑いを浮かべて言う。

「この一声で始まり、その後、最下級の仕事として

 三人をあの城に連れて行きましたよね?」

 その言葉に、エルロムは苦し紛れの言い訳を返す。


「最高主導者様の指示で仕方なかったのです!

 我々は従うしかないのですから……。

 しかもその後すぐ、鍵をなくしてしまったのです!

 いま、我々はその問題を解決するため

 調査にご対応している余裕はありません。

 だから日をあらためていただき……」


ディクシャー侯爵は気にも留めない様子で笑う。

「おお、そういうことでしたか。まあ、問題ありません」

「何故です? どうやって城に入るのです?!」

 ディクシャー侯爵は黙って、指で上を指す。

 エルロムは眉をしかめる。彼には伝わらない。

 次に侯爵は、胸に付いた皇国のエンブレムを指し示す。

 黒竜が描かれたそれを。

「……まさか。ドラゴンで、空から……」

 この辺境国では考えられないルートだった。


 エルロムは必死に取り繕い、勢いよく立ち上がった。

「そ、それは良かった! すぐに安否を確認できますね」

 ディクシャー侯爵は困った顔になり、首を横に振る。

「おそらく、もうダメでしょうな」

 エルロムは驚く。彼女たちはすでに死んだと?

 彼女たちを潜入させ、見殺しにする作戦だったというのか?


 動揺が隠せないエルロムに、ディクシャー侯爵はつぶやく。

「あの城のについては、保証できかねますね。

 彼女たちに皆殺しにされていてもおかしくはありません」


 口を開けたままのエルロムに

 侯爵はあざ笑うような笑みを浮かべる。

「彼女たちの実力は、それぞれ皇国随一ですから」


 そんな、まさか。

 あの美しい、あの妖艶な、あの可憐な美女が。

 エルロムは口を開けたまま、ぼうぜんとしていた。


 続く沈黙。そして、ディクシャー侯爵は静かに宣言した。

「では調査の前に。……それではお伝えする」

 そして急に声色が代わり、厳しく強い声が室内を響き渡る。

 その手には捜索差押許可状が掲げられていた。

「このイクセル=シオ団にかけられた容疑は以下のものとする。

 不当労働行為、組織犯罪処罰法違反、詐欺罪、集団暴行、そして殺人。

 その証拠となる物品を押収し、団体の活動範囲を捜査対象とする」


 もう立っていられなくなり、椅子に座り込むエルロムを無視し

 侯爵は退出の礼をし、応接間を出て行く。そして。

「そして。最後にお伝えいたします。皇国は嘘が嫌いです。

 偽りを述べるものに、皇帝は容赦いたしません。

 そもそも、最高主導者だけに罪をかぶせるのは難しいですよ。

 人間には、やってよい事かどうか判断できる知性や理性を

 それぞれが持っていますからね」


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