第19話 悪霊の城
第19話 悪霊の城
そうだ。すでに日は暮れかけていた。
ベルタ嬢の手紙の通りなら、廊下を悪霊が
「ここが安全だと知れたのはラッキーだったわね。
ベルタさんに感謝だわ」
クルティラが扇を片手に言う。
そうは言っても、スタンバイしてるんだね。
ルドルフはその言葉を、複雑そうな顔でうなずく。
「でもなんで、ここは大丈夫なんだろ?」
私の問いにリベリアが、ベッドの横の古びた鏡を指差す。
「あれは魔除けの鏡ですわ。かなり強力な。」
デコラティブな装飾が
汚れと劣化で、ほとんど何も写してはいないのだが。
ってことは、マリーさんとライオネル君は”魔”ではなくて、
廊下に現れるのは”魔”ってこと?
「ここにいれば、彼らにも会えるだろうか?」
ルドルフが見渡しながら、ふとつぶやく。
マリーとレオナルド。
そして……もしかすると、ベルタ嬢にも。
彼女とルドルフの、初めての顔合わせが、
そんな形になるとしたら。切なすぎるではないか。
バターン!
その時、本館の扉が乱暴に閉まる音がした。
え? そっち?
手紙では館の奥から声がしたって……
「おいっ! どこにいる!」
「さっさと出てこいよ」
「ルドルフ、主導者に逆らうのかあ?」
それは、ストルツや他の主導者たちの声だった。
最悪のタイミングで、なんで来たんだ?
ドアを開けてみると、4人の男が見えた。
彼らは汚ったねー! なんだこりゃ、などと
ぶつぶつ言いながら歩いてくる。
時間的にも限界だったので、私はドアを開け、
「こっちよ! 早く!」
と叫んだ。
「お、いたいた」
彼らはニヤニヤしながら、のんきに歩いてくる。
すでに日は落ちているではないか。
「早く、この部屋に入って!」
焦る私の言葉に、ストルツがうん? という顔をして、
ピタッと歩みを止めた。
彼の後ろを歩いていた主導者たちを、手で遮って停止させる。
私の勢いに、何かあるのでは? と疑ったらしい。
「その部屋に? 何故だ? お前たちが出てこい。
……それに、ルドルフはどうした?」
ルドルフもドアまで来て、と手招きしたが
彼は動かなかった。まさか!
主導者たちを見捨てる気なの?
「おい、ルドルフ!
”皇国からの貢ぎ物”、独り占めしてんじゃねえぞ」
「主導者で
そう言って、下卑た笑いをする。
私たちのことを影で、
”皇国からの貢ぎ物”と呼んでいたことは知ってる。
わざと潜入させ、断罪裁判で私たちに退団宣言をさせる。
私たちに”行方不明者のルート”を歩ませる予定だったのだろう。
このイクセル=シオ団を退団した者が、
何人か行方不明になっているのだが、
だいたい理由はつかめてきたな。
しかし”行方不明にする方法”はどうやってるんだろう。
彼らは一様に、いったんは国外に出ているのだ。
そしてその後、忽然と消えていく。
だから今まで、イクセル=シオ団は怪しまれなかったのだ。
主導者が薄ら笑いを浮かべながら言う。
「俺たちが使い倒した後なら、貸してやっても良いけどさ。
どうせ
あ、やっぱこいつら見捨てて良いかな、
一瞬そう思ったけど、彼らを社会的な場で正当に罰しないと
他の団員の目を覚まさせることが難しくなる。
「……使いたいなら、早くこの部屋にお入りなさい」
クルティラが首を艶っぽく傾けながら、
怪しく微笑んでドアから顔を出す。
彼女にそんなことを言われて、抗える男は少ないだろう。
彼らは急に走ってきた。……実にわかりやすい。
彼らが部屋に飛び込んでくると
背後でルドルフが舌打ちをする。
すでに、殺してやりたいくらい憎んでるだろうな。
この部屋にこの顔ぶれで朝まではキツイぞ。
「なんで来たのよ」
私の問いに、主導者たちは嗤って言った。
「なんでって、ズルいだろ?
ルドルフだけが、イイ思いすんのは」
「よく考えたらさ、こんなとこ、何も出るわけないんだよ」
「楽しんだらすぐ帰るからさ」
そう言って真横に立つクルティラを舐めるように眺める。
結局は、呪われた城への恐怖より、馬鹿げた淫欲が勝ったのだ。
自分たちの
あまりにも愚かだ。そう思った瞬間。
聞こえてきたのだ。
館の奥から、地を這うような恐ろしい声が。
「なん……だ?」
「気味悪いな、あの声」
ドアを開け、主導者が廊下の奥を覗いている。
ストルツが叫ぶ。
「おい! ルドルフ! 見てこい!」
当然、ルドルフは手を組んで壁にもたれたまま、彼らを睨んで無視する。
「聞こえないのか? おい、ビビってんのか」
そう言ってストルツは近づいていき、ルドルフの胸ぐらをつかむ。
が、身長差がありすぎて見下され、一瞬で手を離した。
「お前、そんな態度で昇級できると……」
「
その言葉にストルツは顔を赤くし目をまるくする。
「貴様! 何を……」
「何を見つけたかって? お前らがやったことだよ」
まだ言うのは早いよ! そう思ったけど、ルドルフは止まらない。
彼は逆に、ストルツの胸元を掴み持ち上げる。
ストルツはつま先立ちになって震える。
「ベルタさんに何をしたか、忘れたとは言わせない!
必ず罪は償ってもらうぞ!」
その名前に、主導者たちは全員が固まってしまう。
そして、ゆっくりと私たちを見る。
仕方ない。大人しくしていてもらうためだ。
私は彼らに告げる。
「誘拐罪、監禁罪、強要罪、暴行罪、恐喝、そして殺人。
いろんな罪を犯しているわね。
すでに皇国も介入しているから大人しく従いなさい」
「嘘を付くな! 2年も前なんだぞ!」
持ち上げられたままストルツが叫ぶ。
「舐めないでよね。物的証拠が十分なくらいよ。
刑を軽くしたかったら……」
私がそう言い終わらないうちに、
主導者は側にいたクルティラにナイフを向けた。
ナイフの持ち方も、クルティラに向ける角度も、
何もかもが素人丸出しの脅し方だった。
「うるせえ! ガタガタ騒ぐな!」
案の定、彼が次に自分のナイフに視線を戻した時には
それは手から消え去っており。
「痛ってえええ!」
自分の足の甲に刺さっていたのだ。
そして私が一瞬のうちに、他の2人の腹に打ち込む。
1人は
その間に、リベリアが優雅にドアを閉めて言う。
「さ、皆さん。大人しくなさってくださいな」
二つ折りになってうめいたり、
半泣きで足のナイフを抜いた後、
彼らは信じられないような顔でこちらを見る。
私はため息をついて、説明する。
「……あのねえ、皇国が素人を潜入に使うわけないでしょ?」
そしてリベリアが状況を説明する。
「この城は、夜間に魔物が出るようです。
ただしこの部屋にいれば安全なので、
部屋から決して出ないでくださいね」
真っ赤な顔で主導者たちはこちらを睨んだ後、
互いに顔を見合わせている。
胸倉をつかまれたままのストルツは、
無理やりルドルフの腕を振りほどいて叫んだ。
「うるさい! そんな脅しが通用すると思うな!
俺たちは、イクセル=シオ団の主導者だぞ!」
そう言ってドアに向かって走るが、
クルティラに足を引っかけられる。
わああ!と叫んで、床に転がるストルツ。
その瞬間。
ドア付近にいた三人が一斉に飛び上がり、
1人がリベリアをクルティラのほうにつき飛ばし、
もう一人が乱暴にドアを開けたのだ。
「待ちなさい!」
「お前ら、俺を置いて行くなあ!」
私とストルツの叫びが重なる。
彼らは、出ていかなかった。
私に従ったわけでも、ストルツに情をみせたわけでもない。
ドアを開けたところに、兵士の魔物が立っていたからだ。
頭部は顔がわからないくらいに崩れ、
飛び出た眼球が垂れており、口から呪詛のような声が漏れている。
身につけた古代バイキング風のチェイン・メイルも、
片手に持った斧も血まみれだ。
一番最初に部屋から飛び出ようとした主導者は
後ずさりする間もなく、斧で胴を真っ二つにされてしまう。
クルティラが扇子をひるがえし、兵士の魔物に打ち込む。
魔物は恐ろしい叫び声をあげてのけぞったが、
しかしその横から新たな別の魔物が
奇怪な声をあげながら、転がるように出てきたのだ。
それはかつては人間だったものだろう。
痩せこけた体はどす黒い色に変わっており、
手足が異常に長く伸び、四つん這いで駆け寄ってくる。
そしてその長い長い手を伸ばし、
必死に部屋の奥に逃げようとしたもう一人の主導者を
絡めとるように奪って行った。
私とクルティラが廊下に出て追いかけると
捕らえられた主導者が、廊下の先で
その魔物に絡みつかれている姿が見えた。
大蛇に締め上げられるように、ぎゅっと絞られている。
ぐわっという短い声を上げ、
主導者は大量の血を流しながら息絶えた。
「嫌だああ!」
後ろで叫び声がしたので振り返ると、
先ほど足をナイフで怪我した主導者が、
また別の魔物に両肩を掴まれている。
今度の魔物は、真っ黒だった。
眼鼻のない頭部と、腕、そして影のように伸びる胴体。
ルドルフがとっさにその妖魔の腕を切り落とす。
もう片方も切ろうとした時。
何もなかった頭部に、横長の亀裂が入ったのだ。
あれは……
妖魔は大きな口を開け、
主導者の頭をパクっと包み込んだ。
ガリッ。
音がした後、胴体がゆっくりと前に倒れる。
「部屋に戻って下さい!」
クルティラが扇で、溢れ来る魔物たちにナイフを飛ばす。
私も短剣で伸ばしてくる腕を切りながら、
二人とも部屋に飛び込んだ。
すかさずルドルフがドアを閉める。
ドアの外には、ベルタ嬢が手紙に書いていた通り、
魔物や悪霊たちの叫びや泣き声があふれている。
この世のものとは思えない、恐ろしい響きだ。
ルドルフは胴だけの遺体を見て、片手で額を覆って言う。
「すまない。間に合わなかった」
殺したいほど憎んでいても、
彼は生粋の皇国兵で、情に厚い人間なのだ。
「私たちだって同じよ。一瞬だったわ」
私も息を切らせながら言う。
クルティラが眉をひそめてつぶやく。
「ここ。何なの? 異常だわ」
リベリアがうなずく。
「ここまで強い怨念や、死の恐怖に囚われた霊は滅多にいませんわ。
それも、こんなにたくさん」
そして、胴体だけの遺体を見下ろして言う。
「もう一つ、異常なことがあります」
私とクルティラ、ルドルフは驚愕した。
遺体が、動いているのだ。
事後硬直などではなく、のそのそと手足を動かしている。
リベリアは目を細めてそれを見ながら言った。
「この方、魂が分割されているわ」
部屋の奥で、ストルツがつぶやく。
「嘘だろ。こんなの、聞いてない……
最高主導者様との契約がこんな……」
私ははっと気が付く。主導者と、他の団員の違い。
ストルツはすっかり怯えたように目を見開いていたが、
急に取り乱して叫ぶ。
「俺をここから出してくれ! 主導者なんてやめる!
死ねないなんて……化け物になるなんて聞いてないぞ!」
リベリアは静かに言う。
「残りの霊魂はどちらに保存されていますの?」
ストルツは苦痛に耐えるよう、しばし黙ったあと。
うつむいたままで答えた。
「……最高主導者様がお持ちだ」
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