第15話 ルドルフの正体

第15話 ルドルフの正体


 私は城門を見上げ、ここまでたどり着けたことに安堵する。

 ”ベルタさん、必ず汚名を晴らしてみせるからね”

 心の中で、再度誓った。


 エルロムはこの国に戻った後、最高主導者の師事を受け、

 ”より良く生きる”ことを目標にする組織、

 ”イクセル=シオ団”の運営を始めた。


 同時に、この国の子爵令嬢ベルタが、

 王命によって半ば強引に、エルロムの婚約者として定められてしまう。

 美しく魅力的だが、出自の不明なエルロムに対し

 王家や貴族の子女が嫁ぎたいと言い出さないように。


 彼女は嫉妬や妬みによる嫌がらせをさんざん受けたあげく、

 そしてエルロムやその仲間からも侮蔑され続け、

 ついに二年前、なんらかの理由で”最下級”の位へと落とされ、

 その”罰”を受けるために古城に送られ、行方不明となってしまう。


 その知らせを受け、彼女を捜索していた兵たちは

 恐ろしい化け物の襲撃を受け、多くの者が惨殺された。


 それ以降、この事件は国内外において、

 ”シュケル国の呪われた古城を探検していた子爵令嬢は

 そこで呪いによって化け物となり

 何人もの兵を惨殺し、姿を消した”と噂されるようになった。


「あの子はたとえ化け物になっても、

 人を傷つけるような子ではありません」

 彼女の母親が血を吐くように叫んだ言葉を思い出す。

 ここで何があったか、そしてベルタ嬢はどうなったのか、

 何が何でも明らかにするのだ。


 決意を新たにする私の横で、

 跳ね橋を振り返り、クルティラが眉をひそめる

「おかしいわ。なぜ、側塔のあとに跳ね橋や城門があるの?」

 私は我に返る。確かにそうだ。

 通常、跳ね橋は侵入者を防ぐために、入口にあるものだ。


 リベリアもうなずく。

「土の色や盛り上がり方がおかしいですわ。

 もう少し平地にしてから城を建てるでしょうに。

 こんなに地割れしているのも不可思議ですし」


 と、いうことは。

 見渡す風景はたしかに、なんだか異常に思えた。

 城は古くて崩れかけている、というよりも

 崩れた後に風化したようだ。


 ここの地形は何かしらの理由で、大きく変形したのだ。

 地下に何が起きたのだ? 地形変動とか?


 私たちがキョロキョロと城門周辺を調べる間に、

 ルドルフはどんどん先に進んでいく。

 体格の良い彼は段差も瓦礫もひょいひょい越えられるのだ。


「ちょっと、待って!」

 慌てて追いかけると、ルドルフは立ち止まった。

 そして静かな目で、私たちを振り返って言う。

「……俺がここまでくるのに、どれだけかかったか。

 入るきっかけを作ってくれたことは感謝している」

 やはり、彼自身がここに来ようとしていたのだ。

 それは一体、何のために?


 身のこなしや持ち物から、彼は皇国の元・兵士だと推測される。

 しかしあの事件を調査する任務はなかったはずだ。

 この団体を詳しく調べるよう、お金で頼まれた?

 例えば、身内に失踪者がいる貴族の依頼とか。


 彼はたんたんと言葉を続ける。

「俺はお前たちの邪魔はしない。

 その代わり、お前たちも俺の邪魔はするな。絶対に、だ」

 その眼差しと言葉の強さに、一瞬怯む。

 彼から、ものすごい決意を感じる。

 これはお金で雇われた、などではない。

 みずからの強い意志で、ここに来たのだ。


 そして。彼はとんでもないことを言った。

「邪魔をするなら、お前たち殺す」

「お前たちってことは、殺すことが確定してる人がいるのね?」

 私の追及に、ルドルフは黙り、背中を向けた。


 イクセル=シオ団を退団した者が何人か、

 謎の失踪を遂げているのだ。

 彼は失踪者の身内なのだろうか。


 聞いても答えないだろう。

 私たちは黙って、彼の後に続いた。


 ”殺す”などと脅されても、私たちには彼に対して

 すでに根底的な信頼のようなものがあった。

 彼は、人として間違っておらず、

 とても心根の優しい人だと知っていたから。


 ************


 私たちが計画を早め、ミューナの愚かな作戦にハマってあげたのは、

 これ以上エルロムの好きにはさせられないと思ったからだ。


 私たちの巻き添えをくいかけたギル。

 あの子は初めて会った日からずっと、

 この組織について何も分からない(フリをしている)私たちに

 いつも親切・丁寧に教えてくれた。


 でも。

「目標を達成するのは良いことなんだよ」

「みんなの役に立つ人に一歩近づけるからね」

「どんどん上を目指して、頑張らないと!」

 まだ10歳くらいなのに、

 繰り返しそんなことを言うギルに時々戸惑うこともあった。


 彼の前を、サボって遊ぶ子どもたちが駆けていった時。

「ダメだよ、ちゃんとやらないと……」

 注意する言葉は尻つぼみになってしまう。

 悲しそうな眼をしたギルに対し、何も言えずに見ていたら

 海風が強く吹いた瞬間、

 ギルの足元にカラン、と石が転がった。


 その音に気が付いたギルは

「あ! ラッキー! 誰かが落としていったのかな?」

 などといいながら拾い上げた。

 私の横で、リベリアが両手で口を覆っている。


「じゃあ、行こうよ!」

 歩き出すギルをそのままに、私はリベリアに小声でたずねる。

「あのクォーツ……」 

「ええ。あれはギルから出たものです。

 風に吹かれた瞬間、魂がちぎれ、

 それが瞬時にクォーツ化しました」

「やはり、ね」

 クルティラがまゆをひそめる。


 そうだ。この地で取れるクォーツは、

 人の霊魂の欠片なのだ。

 私たちはすでに、彼らの魂は少しずつ、

 削られているのだと気付いていた。


 ギルに頑張りすぎるなとも言えず、困惑する私たちに

 全てを横で見ていたルドルフが声をかけてきた。

 彼はギルの両肩を押さえて言ったのだ。

 見たこともない優しい顔で。

「今日の目標にはまだ達してないのかい?」

「……うん。まだ皮のなめしができなくて……」

 彼の親は靴職人だ。彼もまた、その技術を学ぼうとしていた。


 俯くギルに、ルドルフは言う。

「それじゃあ、手伝いをしてくれないか?

 大人のお手伝いも立派な”成果”だろう?」

「うん、良いよ! 何をすれば良い?」

 急な頼まれごとに嫌な顔もせずうなずくギルに、

 ルドルフは後ろからボールを取り出す。

「運動に付き合ってくれ。

 ここんとこ、書類の仕事ばかりで体が固まってるんだ」

 ギルは彼の言葉を素直に受け取り、大喜びでボールを受け取る。

 嘘つき。ルドルフはここ数日、力仕事ばかりだ。


 そして1時間くらいパスやドリブル、シュートの真似事などを楽しんだ後、

 ルドルフは、息を切らせながらも嬉しそうなギルに言ったのだ。

「いいか、ギル。仕事というのは、それだけが出来てもダメなんだ」

 どういうこと? という顔で見上げるギルに。

「もしサッカー選手に

 ”もっとボールを蹴りやすい靴を作ってくれ”と言われたらどうする?

 ”もっと早く走れる靴を”と注文が来たら。

 君がもし、その動作をきちんと知らなければ、

 一生作ることが出来ないだろう?」

 うん、とうなずくギル。


「そして”好き”や”楽しい”、”美しい”はエネルギーになるんだ。

 それ無しでは、人は生きていく意味が無い」

 だから。

「君が楽しみ、幸せを感じることを、

 目標なんかのために失ってはいけない。

 少なくとも、完全に排除するのはダメだ。

 それは目標のためでもある」


 途中まで不安そうに聞いていたギルは

 ”目標のためでもある”と言われて、安心したようだ。

 ちょっと泣きそうな顔をした後、

「走りやすい靴、作ってみたいな」

 そう言って笑った。


 その日以来、ギルの子どもらしくない自制はゆるみ、

 たまに他の子と一緒に

 ボールを蹴って遊ぶ姿をみることが出来るようになった。


 私たちはルドルフに、心の中で深く感謝したのだ。


 ************


 崩れ落ちた瓦礫を避けながら進むと、本館への入り口が見える。

 石造りの堅牢なこの部分は、そのままの形で残っていた。

 クルティラが見上げながら言う。

「まずは、居住区にしていた本館ね。

 そのずっと先には主塔が建っていて、

 上には見張り台、真ん中は貯蔵庫。

 そして地下には捕虜収容所があるらしいわ」

 地域の伝承や、二年前の事件で生還した兵士の証言を元に、

 皇国がまとめたものだ。


 ルドルフは躊躇なく、重そうな扉を開け、本館へ入っていく。

 こちらをちらりと振り返ることさえない。

 はやる気持ちを抑えられない、というのが伝わってくる。

 あの様子だとやはり、何かを探しているのだ。


 私は小声で、リベリアたちに疑問をぶつける。

「ルドルフがミューナに優しかったのって、ここに来るため?

 いつも熱心に見つめていたよね」

 クルティラは首を横に振る。

「あれは異性を見る目ではないわ。少なくとも好意じゃない」

「え? じゃあ……」

 好意じゃなければ……もしかして殺意?


 本館はたくさんの部屋があり、主に居住区だった場所だ。

 かなり荒れ果てているが、通路は意外と片付いている。

 瓦礫や破損した家具などは、脇に避けられているのだ。


「お前たちはここについて、どのくらい知っている」

 唐突にルドルフが聞いてくる。

「ん? 数百年前に建てられた古城で、

 戦争で何度か奪われたり取り返したりした、ってくらいかな」

 ルドルフは鼻で笑う。

「……その通りだ。簡単に言えば、な。

 しかし、その過程で起きた出来事や、

 失われた人命を語るには、あまりにも単純すぎる」

 そう言って、壁にかけられている、切り裂かれた肖像画や

 乱雑に散らばるチェスト、風化を始めたクロスに目をやる。


「ここは多くの争いを収め、

 この地に平定をもたらした王の城だった」

 ルドルフは語る。

 神のように強く、そして兵や民を大事にする王だった。


 しかし他国に攻め込まれ、あえなく城を奪われてしまう。

「えええー強かったんでしょ?」

 私が驚くと、ルドルフはこちらをにらんで言う。

「戦いは強さだけで決まるものではないだろう」

 なんらかの事情があったということだろうか。


「しかし、問題はその後だ。

 他国から来た侵略者がこの地に居ついたという伝承は残されていない。

 宝物を奪い、去っていった、という記述も見られない」

 この城は奪われた後の記録がないのだそうだ。


「シュケル国王も、この城は立地が悪いから利用価値が低いし

 呪われているという評判もあって長年放置されてたって」

 首都からも遠く、周りには何もない。

 長い間、権力者からも無視されていた場所なのだ。


 私たちは廊下の探索をいったん終え、

 一番手前の部屋に入ってみる。

 そこは客間に使っていたようだ。

「あれ? ここも結構、片付いているね」

「お掃除した形跡がありますわ」

 リベリアが、立て掛けられたほうきを見つける。

 すぐ側にはバケツ代わりにしていたと思われる桶があり

 ふちには綺麗にたたまれた古布がかかっていた。


 ルドルフが急にそれらに駆け寄り、手に取る。

 そして大きな動作で部屋を見渡している。

 しかし特に何も見つからなかったので、大きなため息をついた。


「こっちの部屋も片付いているわ。人がいた形跡もある」

 隣の部屋からクルティラの声がする。

 私たちは大急ぎでそちらに向かった。


 中に入ると、かなりの年月を経て劣化はしているが、

 小物チェストや可愛らしいベッドなどが置いてあった。


 おそらくここは、侍女の部屋だろう。

 ここはさらに”こざっぱり”としており、

 不要なものがまとめられているだけでなく、

 ベッドの上には綺麗に畳まれ、ホコリがかぶったシーツがあった。

 まさか……


 私はテーブルに駆け寄る。そこには。

「……手紙?」

 その紙だけ、古い時代のものではなく、近代のものだった。

 こんなもの持ち込む人は、一人しかいないだろう。


「これ! たぶんベルタさんが書いた……」

 私が言い終わらないうちに、

 バシッと音を立てて手紙が奪われた。

 文句を言おうと見上げると。


 ルドルフは手紙を見つめ、目を見開いていた。

 しだいにその目から、涙が流れ出す。

 手紙を持った手が震え、しだいに嗚咽が抑えられなくなり。

 わあわあと声を上げて、ルドルフは号泣していた。


 私たちはその様子をあぜんと見つめていたが、

 彼が目を押さえた手布ハンカチーフを見て、全てがつながった。


 その布には、美しいカリグラフィーで

 ”R”の文字が刺繍されていたのだ。


 私は思わずつぶやく。

「あなたは、ベルタさんの文通相手ね、ロベルト」


 涙を流し続ける彼の持つ手紙には、

 美しい字で宛名あてなが記されていた。


 ”ルドルフ・ビブリオテ様へ”、と。

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