第14話 エルロムの過去(第三者視点)

 第14話 エルロムの過去(第三者視点)


「あの場へ行って、と良いね」

 あの女たちにそうは言ったものの、そう簡単に死なれては困るんだが。

 エルロムは王宮の長い廊下を歩きながら考える。

 勝手知ったる場所だ。

 呼びに来た近衛兵はさっさと下がらせた。


 彼の斜め後ろには、主導者のひとりがビクビクしながら付いてきている。

「あ、あの、エルロム様。

 最高主導者様には、なんとご報告を……」

 エルロムはめんどくさそうに、手を軽くふって答える。

「僕からこの後、報告する」


 それを聞いて、安心したのか主導者はため息をついて言う。

「全く、なんでこんなことに。

 ……あの女たちを手に入れるはずが……まさか」

 エルロムがミューナの浅はかな暴走を許したのは、

 そろそろ彼女たちを手に入れる時期かもしれない、と思ったからだ。


「あの、”皇国からの貢ぎ物”をな」

 エルロムは皮肉な笑いを浮かべる。

 アスティレアたちは主導者たちから陰で

 ”皇国からの貢ぎ物”と呼ばれていたのだ。


 内部を探ろうと送り込まれたらしい、美しき皇国のスパイども。

 騙されているように見せかけて、

 逆にこちらの良いようにしてやろうと思っていたのだ。

 そのほうが皇国に一泡吹かせることができるし、何より。

「あのような美女を、我々のにできる絶好の機会だったのに」

 ひどく残念そうに、主導者がうなだれる。


 エルロムは彼の肩をたたいて言う。

「別に失敗したわけじゃない。方法を変えるだけだ。

 さあ、みんなのところへ戻るんだ」

 主導者はぱあっと顔を明るくし、うなずく。

 そして一礼して去っていった。


 エルロムは、王妃の部屋の前まで来る。

 ドアを開ける前にため息をつく。

「泣いてないと良いが。……面倒だな」

 今まで何をしても許され、王に溺愛されていると信じていた王妃。

 いきなり離縁を言い渡され、さぞかしショックを受けていることだろう。

 それでも、エルロムは泣いている女が死ぬほど嫌いだった。


 母を思い出して眉をしかめる。

 エルロムの母親は、都合が悪くなると、

 すぐシクシクと泣いてごまかす人だった。

 子どもだった自分から見ても、

 弱々しく見えて、したたかでずうずうしい女。

 相手の怒りが収まるか、いなくなったとたんに、

 さっさと化粧をなおし始める母親を見て、

 幼いエルロムは気持ちの悪さで吐き気を覚えたほどだった。


 エルロムは頭をふり、通る声で叫ぶ。

「大変お待たせいたしました。エルロムでございます」

「どうぞ」

 すぐに返事があったので、エルロムはドアを開けた。


 部屋には、椅子から立ち上がったばかりの王妃がいた。

 ”良かった。泣いてない”

 そうエルロムが思ったのもつかの間。

 いや、なんだか変だぞ?


 ショックを受けて落ち込むどころか、

 王妃は輝くような満面の笑みを浮かべ、

 はしゃいですらいるのだ。


 困惑しながらエルロムは挨拶し、

「先ほどお聞きしました。国王陛下が、まさかあり得ないご判断を……」

「そうなのですわ! まさか、こんなことが!」

 そう言って王妃は、エルロムの胸に飛び込んでくる。

 ここで泣くのか? と苦痛を押さえて顔をのぞくと、

 ニコニコ笑って自分を見上げている王妃と目が合った。

 なんで、喜んでいるんだ?


「……ね、夢みたいでしょ?」

 エルロムは気付いた。

 必死に慰めて、王に撤回してもらえるように促すつもりが、

 王妃本人はあちらから離縁を言い出してくれて喜んでいる、と。


 ”ふざけるなよ、お前は王妃でないと、存在価値がないんだよ”

 とエルロムは苛立つ気持ちを抑え、

「この国の女王として、あなた以外にふさわしい者がいるでしょうか。

 僕は嫌です。シュケルで最も高貴な女性は、あなたでないと」

 と言い、王妃の座を逃さないように仕向ける。


 そんなエルロムの気持ちも知らずに、王妃は首を横に振る。

「良いのです。私は私にとっての最高を目指しますわ」

 なにが最高だ。エルロムはなおも食い下がり、

「しかし、このままではイクセル=シオ団の存続、

 それに僕の立場も危うくなります」

 と、自分を守るべきだと気付かせる。

 それを聞いて、王妃はエルロムを抱きしめた。

「大丈夫よ、エルロム。わたしたちの計画のためにはこれで良いの」


 引きつるエルロムに対し、王妃はささやく。

「……前にも話したでしょ?ワタクシの実家のほうが、

 この国なんかよりもしっかりとイクセル=シオ団をサポートできるって」

 確かに、とエルロムは黙り込む。

 この国の王や貴族にはもはや、かなり否定的に思われており、

 なんら協力を得ることはできない。

 それどころか、先ほどわかったように、

 もはやこの国の王族は皇国と繋がっているのだ。


 王妃は窓の外を見ながら、遠くに見える古城を指さす。

「離婚の対価として、お金だけではなく、

 あの辺りの土地を、ワタクシの実家である公爵家がいただくわ。

 そしてあなたは、その公爵家の娘と結婚するの」

 エルロムは目を見開く。

「……そう、分かったでしょ? 全てが解決する方法じゃないかしら?」

 王妃はいたずらっぽく笑った。


 確かにそれなら、あの土地での組織運営が続けられるし

 エルロムの地位は簡単には脅かされないはずだ。


 それに、おそらく離縁されても

 王妃は王太子たちの母親であることに変わりはないし

 それなりの王室費ももらえることだろう。

 加えて隣国の公爵家のつながりも出来るのだ。


 その”公爵家の娘”とやらは、自分にのめり込むだろう。

 彼女と王妃の二人に、自分の寵愛を競わせることで

 さらなる出資を得ることができるかもしれない。


 この女、思った以上に使えるな。

 それが顔に出たのが、とびきり優しい笑顔を王妃に向ける。

「あなたは……美しく可憐なだけでなく、とても賢い女性だ。

 僕の望みを、なんでも叶えてくれる!」

 そういって、


 王妃はそのご褒美にぽおーっと顔を赤らめ、エルロムを見上げる。

 エルロムは彼女の耳元で、そっとささやく。

「その作戦、なるべく早く進めてください。

 ……お待ちしております」

 王妃は強くうなずく。そして、目を閉じる。

 エルロムはギョっとして身を引いてしまう。

 まさか口づけしろというのか? 

 このシワでよれた厚化粧の顔に?!


 追い詰められたエルロムを救ったのは、

 ドアをノックする音だった。

「王妃様、公爵家の方がお待ちです」

 エルロムがふうっと息をつく。助かった。

 王妃はぷくっと頬を膨らませた後、笑顔に戻る。

「大丈夫、すぐに片付けますわ」


 ************


 王妃の部屋を退出し、エルロムはニヤニヤが止まらなかった。

 最大のスポンサーである王妃が離縁され、

 イクセル=シオ団の活動に停止命令が出された。

 今までで最大のピンチだったのに。


 それが、あの土地を支配する、公爵家の婿になれるとは。

 エルロムは達成感で満たされる。


 一時はどうなることかと思ったが、

 隣国の公爵家による運営ともなれば、

 シュケル国王もなかなか手が出せなくなる。

 かえって良い方向に向かっているではないか。

「まさに”より良く生きる”、だな。ハハハ」


 最も喜ばしいことは、あの土地を正式に、

 自分のものにできるということだ。

 あの呪われた古城周辺は、誰も買い手がいないため

 国有地として放置されていたのを

 王妃を通じて許可を取り、借りているだけだったのだから。


 あの城と、クォーツの秘密について教えてくれたのは父親だ。

 もちろん男爵などではなく、


 彼の父親は長い間、芸人として国内をめぐっていた。

 そしてあの城での不思議な体験をし、

 偶然みつけたクォーツの効果を

 息子であるエルロムだけに教えてくれたのだ。


「僕は公爵になり、財を築き……永遠を生きるよ、父さん」


 それは復讐でもあった。

 芸人だった実の父は、母親の身勝手な都合で殺された。


 浮気が男爵にバレそうになったエルロムの母が

 口を割られたら困ると、

 金で盗賊を雇って、父を殺させたのだ。


 エルロムが真実を知ったのは、

 父が行方不明と聞いて泣き暮らしていた母が

 真夜中、盗賊に後払いの金を渡しながら

「これで一安心だわ」

 と笑っているのを見た時だった。


「だから泣く女は嫌いなんだ」

 エルロムはそう呟きながら歩いていった。 


 彼もまた、古城へと向かうのだ。


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