第13話 いざ古城へ

 第13話 いざ古城へ


 古城の元・側塔を覆うように無理やり建造されたらしく

 イクセル=シオ団の納品施設は

 横長の四角い箱のような作りになっていた。


 いわゆる”ウナギの寝床”のような作りで、

 部屋がいくつも横に連なっているようだ。

 入り口のドアを抜けると、そこは広間になっていた。

 上級団員がクォーツを納品するために入れるのは

 この広間までだそうだ。


 だだっ広い広間の奥に、次の部屋へのドアが見える。

 他の人はここまで、だっけ。


 私は斥候隊に挨拶する。

「それでは、古城へ行ってまいります」

 私の言葉に、斥候の隊長は眉をひそめる。

「……しかし、やはり……」

「ご心配なく。本日の業務を終えたら戻ってまいりますわ。

 夕刻のお迎え、お願いいたしますわね」


 リベリアの答えに、誰よりも素早く反応したのはミューナだった。

「そ、そうよ! 可哀想だもの、ミューナ、許してあげるわ!

 夕刻までじゃなくて良いわよ!

 古城に入ったら、すぐに引き返してきなさい!」

 私たちに盗まれたと言い張ったクォーツの箱が、

 鍵がかかっていて、私たちにしか開けられないと知ったからだ。

 早く私たちに箱を開けさせてクォーツを納品しないと

 自分の死活問題につながるからね。


 親衛隊が”なんてお優しい”などと言っているが、

 この手の平返しの対応でさらに、

 ミューナに対して、他の団員は疑惑でいっぱいの眼差しだった。


 そしてその目は、私たちにも向けられる。

 団員の一人が、不服そうにつぶやく。

「どうして君たちは、すぐにカギのことを言わなかったの?

 そうしたら疑惑なんてすぐ晴れたのに」


 その言葉に、私は首を横に振る。

「何度も言いましたよ? ”無実を立証させてください”って」

「”犯人ではない証拠もあります”、とも申し上げましたわ」

「何を言っても犯人だと断定したのはそちらです」

 リベリアやクルティラも同意する。

 大盛り上がりで窃盗だ、犯人だと騒いだ覚えがあるのか、

 団員たちは気まずさと罪悪感で目を逸らす。


 ああいう場は、本当に人は、真実や善悪よりも

 イメージや雰囲気が全てだ。

 ”裏の顔”というのがあると聞いたら、そっちが本物だと思うものだ。


 ま、こっちはそれを利用したんだけどね。


 ストルツが慌てていう。

「で、では君たちは無実の可能性が……」

「それは違うだろう!」

 マズイ流れになるかと思いきや、ルドルフが割って入る。


「ではミューナさんのクォーツはどこに行ったのだ?

 その箱でないなら、どこにあると言うのだ?

 ミューナさんはその箱を、自分のだと言ったではないか」

 ミューナの顔が青を通り越して白になる。

 元々無いのに、そんなことを言ったなんて、

 絶対にバレるわけにはいかないだろう。


 そんな彼女を無視して、ルドルフは続ける。

「そもそも、さっきからを忘れたって言ってるじゃないか。

 なんでミューナさんを信じないのだ? みんな」


 誰かが確かにそうだな、なんて言い出したので、

 ミューナはおおいに焦る。

「で、でもミューナ、ドジなとこあるから勘違い……」

 小声で言いだした言葉をルドルフの大声がかき消す。

「とにかく、万が一この箱でなくても、

 ミューナさんのクォーツが消えたのは間違いないのだ!

 そしてミューナさんは彼女たちが盗んだところを見た、と

 何回も何回も言っていたじゃないか!

 俺は信じる! 彼女らが盗んだことに間違いないのだ!」


 引きつったミューナは、怒りのまざった眼差してルドルフを見る。

 そんな彼女に、ルドルフはとんでもないことを宣言する。

「大丈夫。俺も彼女らと一緒に古城へ行きます」

 ええええええ! その場の一同が驚愕する。

 もちろん、私たちも。


「怪しい動きをしないか、見張りが必要でしょう」

 その言葉にストルツが目を輝かせてうなずく。

「いろいろ聞き出せると思いますし。

 多少、手荒になるかもしれませんがね」

 ニヤリと笑って言ったその言葉を聞き、

 ミューナは弾かれたように生き返った。


 ”そうか、そういうことなのね?

 このまま無実だと解放してしまったら

 クォーツはひとつも手に入らず、私の立場も危うくなる。

 でも、ルドルフがあいつらを脅すなりして、

 開け方を聞き出してくれたなら!”


 って感じの文字が、彼女の頭上に見えたような気がするくらい

 わかりやすく彼女は上機嫌になった。

「ルドルフくん、やっぱり一番頼りになるね。

 でも、気を付けてね、ミューナ、心配」

「問題ありません。おまかせください」

「うふふ、戻ったら、二人きりで、お城のお話聞かせてね」

 サービスのつもりなのだろう。


 私たちは困惑していた。

 彼が私たちについてくる理由を想像して。

 邪魔をしたいなら、そもそも古城に入れないようにするだろう。

 ストルツにあわせればいいだけだ。

 手伝いたいなら、もっと普段から接触を図るだろう。

 でも彼は、明らかに、常にこちらの動きを警戒していたのだ。


 まあ、良い。

 ”手持ちの太刀で狼を退けた”男だと聞いた。

 身のこなしから推測するに、元兵士で間違いない。

 正体を探るためにも、連れていくしかないか。

 いざとなったら眠っていてもらえば良いし。


 私たちは”第一の扉”へ向かう。

 ここを開けると、隣の納品の間だ。

 ここに入れるのは主導者クラスのみ。

「どうぞ、お気を付けて」

 斥候さんが敬礼してくれる。


 ストルツが”第一の扉”を開けた。

 私たちはストルツに続いて中に入る。

 薄暗い納品の間の片隅には、室内だというのに井戸があった。


「へえ~ 昔の名残かなあ。」

 太古の昔、城を建てるときに、まず最初に行われたのが井戸掘りだ。

 城は見晴らしの良い山や丘に建てられることが多かったため、

 戦争の際に籠城ろうじょうできるよう、

 城の中で水を確保できるようにしなくてはならないのだ。


 カバーがしてあるから、使ってないのかな。

 誰かが落ちないようにしているのかも。

 私が近づこうとすると、ストルツが叫んだ。

「あれにがあるのは主導者だけだ!

 さっさと行け!」

 私たち三人は目を合わせる。


 愚かな彼は、余計なことは言わずにただ、

 先へ急がせれば良かっただけなのに。

 あの井戸が結構重要なものである、と

 私たちに知らしめてしまったのだ。


 はいはい、と言いながら、私たちは先へ進む。


 ストルツが鍵を使って開けたその奥、

 ”第二の扉”の先は鏡の間だ。

 上級団員の退団式は、そこで行われるという。


 そこはいっそう、暗さを増していた。

 しかし、その名前で呼ばれているにも関わらず、

 この部屋にはなんにもなかった。

 鏡なんて、ないではないか。

「どのへんが鏡の間なの?」

 私の問いにストルツは答えない。


 無視ですか、と思って彼を見て、ちょっと驚く。

 緊張しているのだ。とても。

 額に汗を浮かべ、ものすごく怯えている。

 城に行くのが恐ろしい、というよりも

 この部屋にいるのが怖くて仕方ないようだ。


 彼は急ぎ足で部屋を進み、一番奥のドアへまっすぐに向かう。

 そして私に振り返った。

「ここのカギはお前が持っているだろう。

 さっさと開けろ」


 ”第三の扉”。

 今までとは比べ物にならないくらい、大きくて古い扉。

 重々しい厚みを前に、私は息を整え、

 エルロムから奪ったカギを差し込む。


 ベルタ嬢の事件から2年。

 ここが開かれるのは、あれ以来だ。


 カチャ。

 案外、軽々しい音で開錠された。


 後ろでストルツがつぶやく声が聞こえる。

「俺は知らんぞ。お前のせいだからな。

 自分で最下級になると……古城にいくなんて言うから」

 様子がおかしいと感じ、振り返ると。


 暗闇の中、血の気を失ったストルツの顔が浮かんでいた。

 扉を凝視していたが、私と目が合うと、

「俺のせいじゃない!」

 そう叫んで、ものすごい勢いて走り去っていく。

 そして”第二の扉”を乱暴に開けて納品の間に飛び込むと、

 向こうから鍵をかける音がした。


「何、あれ」

「あの慌てよう、ただごとじゃないわね」

 私とクルティラが顔を見合わせると

「私たちに言った言葉ではないかもしれませんわね」

 リベリアが静かに言う。


「……さっさと行くぞ」

 ルドルフが言う。

 彼はこれまで進む間、まっすぐに前しか見ていなかった。

 歩みも、一番前を歩くストルツにぴったりと付くように

 時に追い越すくらい、早足になって進んでいた。

 まるで私たちよりも強く、

 古城に入ることを望んでいるかのように。


 ルドルフに促され、私たちは扉を開けた。

 クルティラが先に行こうとすると、

「俺が行く」

 といい、押しのけるようにルドルフが前へと出て行った。

 それは危険な場所を前にした際の紳士的な振る舞いにも、

 とにかく早く先に行きたい気持ちの表れにも見えた。

 おそらく、両方だ。


 私たちはルドルフに続いてドアの先に向かう。

 そこは……屋外だった。


 目の前には城の入り口にありがちな跳ね橋があった。

 そしてその先には朽ち果てた城門があり。

 そこに打ち捨てられた石板には、

 誰かがナイフで削った文字が見えた。


 ”最も早く死んだ者が、最も幸運である”、と。


 訪れる者が次々と亡くなるこの城は、

 ここで生き残れば生き残るほど、

 より多くの恐怖を味わうことになる……そう言い伝えが残されているのだ。


 この文字を前に、私は思わず笑みを浮かべる。

 私たちはついに、呪われた古城に入ることができたのだ。

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