第12話 そして窃盗事件

第12話 そして窃盗事件


 ミューナは業績が悪すぎて、

 一級団員からの陥落危機だというのは知っていた。

 取り巻きからの、”クォーツの貢ぎ物”が

 かなり減っているらしい。


 それはそうだ。

 クォーツが以前よりも取れなくなった今、

 みんな自分のノルマで精一杯なのだ。

 自分を犠牲にしてまでミューナに捧げたい、なんて者は、

 残念ながら親衛隊にいなかったようだ。


 週末が近づくにつれ、どんどんミューナの焦りは増していき

 団員たちに対する過剰なも激しくなっていった。


「あそこまでするくらいなら、

 ご自分で探した方がはるかに早そうですけど」

 呆れるリベリアの視線の先には、

 団員の腕にからまり、胸を押し付けながら

「あ~ん、もうちょっとだけ、クォーツが欲しいよお」

 などと甘えるミューナの姿があった。


 こちらの視線に気が付いたのか、

 ミューナが、部屋の隅にいた私たちを見る。

 そして私たちの手に持った収納箱に気が付く。


「あ、優秀な新人さんだあ」

 そう言って近づいてきて、私たちの箱を見ながら鼻で笑う。

「最近ずーっと山で探してるんだもんね?

 海よりもすっごく大変でしょフフッ、お疲れ様ぁ。

 ちょっとは見つかった?」


「ええ……なんとか……」

 そう言って私が濁すと、ミューナは意地悪く目を輝かせる。

「わあ! 見せて、見せて!

 どれだけたくさん取れたかな!」

 おそらく、私たちをバカにして憂さを晴らすつもりなのだ。


 毎日ミューナとルドルフの采配によって

 安定してクォーツが採取できる海からは外され、

 人が採ったばかりの山道などばかり、行かされているからだ。

 取れるわけがない、と高をくくっているのだろう。


 しかし、ミューナは自分で採取しないため

 ”クォーツがよく落ちている場所”を分かっていない。

 初めてルドルフが山道を案内してくれた時に言ったとおり、

「クォーツがあるのは、人がいる場所、通る場所」

 つまり、誰かが採取した道ということは、誰かが通った場所なのだ。


 だから。


 ミューナは意地の悪い顔で、

 私が抱える箱の蓋を勝手に開けて覗き込む。

「さぞかし、いーっぱい入ってるんでしょうねえ?

 ……え? えええ?!」

 ごめんね、今日は本当にいっぱいに入ってるんだ。

 いろいろ思うところがあって、今日はたくさん取ることにしたのだ。

 ミューナは私の箱の、山盛りのクオーツから目が離せない。


 クルティラが困った顔をして、

「私はそんな数では……」

 といって自分で収納箱を開ける。


 それを聞いたミューナはそっちをのぞく。

「あらあ~ダメじゃ……なにこれっ!」

 一瞬馬鹿にしかけたが、箱の中身を見て悲鳴をあげた。

 クルティラの箱は数ではなく、大きさだった。

 10センチ以上のものが、ゴロゴロ入っている。


「ちょっと二人とも。私が出しにくくなってしまいますわ」

 そう言ってリベリアが開く。

 もはや救いを求めるようにミューナは中を覗き込み。

「なんだ、全然入って……嘘……嘘でしょこれって!」

 リベリアの箱のクォーツは、真っ黒なものばかり。

 これは最高品質であり、エルロムですら絶賛するものだ。


 この真っ黒なクォーツは、リベリアいわく、

 大人数の霊魂がぎゅうぎゅう!というわけではなくて

 激しい怒りや悲しみなど、強い残留思念を持った霊らしい。

 だからリベリアの収納箱に入れたのだが。


 ミューナは私たちの箱を、かわるがわる凝視していた。

 そして。

「すごいわね。私と取れたのね」

 そう言い出した。

「私も偶然だけど、このくらいの数、このくらいの大きさ、

 このくらいの色のを、今週取ったから」


 そう言って、ニヤリと笑う。

「さっさと成果物を自分のキャビネットに締まったら?」


 去っていくミューナに、もう焦りの色は無かった。

 きっと、クォーツを見つけたからだろう。


 ************


「大変です! ミューナのクォーツ、盗まれちゃいました!」

 朝からミューナが大騒ぎしている。

「どうしましょうぅ~、もうすぐ納品日なのにぃ!」

 明後日、成長報告会なのだが、その翌日が納品日なのだ。


 ミューナは泣きじゃくりながら言う。

「実はね、みんなが心配するから秘密にしてたけど

 この一ヶ月、私のクォーツがいっつも盗まれちゃってたの」

「本当にですか! なんてことだ」

「ああ、だからミューナ様の成績が落ちたのか」

 親衛隊たちが怒りに震え、他の団員は当惑している。


 ミューナはすん、と鼻をすすり。

「でもきっと、誰かが困ってるんだって思って、

 ミューナ我慢したの……」

「なんてお優しい……」

「さすがは癒しの花!」


 そこでミューナはキッと顔を上げて叫ぶ。

「でも、今回のはヒドイわ!

 箱いっぱいたっくさん集めたし、

 大きいのもゴロゴロあったし、

 真っ黒のもあったのよ!」


 私たちは見つめるしかできず、状況を見守った。

 そして案の定。


「ミューナさん! ありましたよ!」

「本当にありました! ミューナさんの言ったとおりだ!」

 彼らはなんと、私たちの収納箱を持ってきたではないか。

 そして私たちを見つけると、怒りの形相で睨みつけて叫ぶ。

「こいつらが犯人か!」

「お前たち! ミューナさんのクォーツを盗んだな!」

「最低だぞ!」


 ミューナは私たちに向かって言う。

「あのね、私、見ちゃったんだ。

 あなたたちが私のクォーツを盗むの」

「盗んでなどいません。

 昨日、あなたにお見せしたとおり、

 これは私たちが自分で採取したものです」

「嘘つき! なんて汚らしいの……

 ねえ、そんな嘘ついたって、人は成長できないよ?」


 そこからはミューナと親衛隊の三文芝居の独壇場だった。

 そして正式な取り調べや事実確認もなく、

 あやふやな仲間内での証言などで

 私たちの有罪はあっさりと確定したのだ。


 そしてその日のうちに団員たちの間で、

 あっという間にそれが広がり。


 ここ一ヶ月の成長(ノルマ達成)は偽りだったとされ

 あんなに教えてやってるのに、

 親切丁寧に指導してやったのに、などと言われ。


 ”努力不足を嘘で誤魔化す奴”、

 ”頑張っても、たいした成果が上げられない奴”

 ”実は優秀どころか、かなりの無能”

 それが私たちの正体だ、と

 ミューナたちに広められたのだ。


 ************


 そして、とうとう本日の成長報告会。

 私たちに対し、最下級への降格が発表されたのである。


 計画どおりといったところだ。

 生半可なミスを演じたとて、

 ”初級に戻してやり直し”と言われるだけだったろうから。


 何か決定的な悪事、

 ミューナが私たちを退団に追い込めるような、

 そんなネタを用意しなくてはならなかったのだ。


 まあ彼女たちの計画では、

 私たちが泣いて拒否した挙句、退団を宣言すると思ったろうけど。


 残念でした。

 私は山道を歩きながら微笑む。

 最下級になった私たちは、団員や斥候と一緒に

 まずはその手前の納品施設に向かっているのだ。


 そこは元、城の”側塔”だったところで、

 城への侵入者は必ず通る場所だ。


 その側塔をイクセル=シオ団の納品施設として立て直し、

 月に一度だけ、選ばれた団員がクォーツをここに運ぶのだ。

 そして”退団の儀式”。

 それもここにある鏡の間で行われると聞いた。


 城へは細長い通路で繋がっており、他から入ることはできない。

 例の事件もあったことから、城と隣接するこの納品施設を

 団員はひどく恐れており、主導者たちですら

 ここに来るのに緊張が隠せないという。


 なぜこんなところに納品するのか?

 ここでなくてはいけない理由は?

 いろんな疑問があるが。


 納品施設の扉は頑丈に施錠されているため、

 ガチャガチャと開錠する作業が始まっている。


 その間に、私の横にストルツがやってきて言う。

「……本当に最下級で良いんだな? まだ間に合うぞ」

「いえいえ、最下級のお仕事、がんばります!」

 私は笑顔で返す。ストルツはムッとし、去っていく。


 代わりにミューナがやってきて、底意地の悪い顔で言う。

「ほんと、がんばってよね。で」

 私も笑顔でうなずいて、励まし返す。

「ミューナさんも納品ガンバってくださいね!」

 はあ? という顔をするミューナに。


 親衛隊に持たせている、私たちの箱を見て。

「いや、あれは、ミューナさんの箱なんですよね?

 良かった~! じゃあ、大丈夫か。

 万が一、私たちの箱だったら、絶対開かないですから」

「はあ? うちの収納箱に鍵なんてついて……」

「あの収納箱、この団体が使ってるのにソックリだけど

 実は皇国製なのよね。鍵付きなの」

 その言葉に、ミューナはハッとして、親衛隊のところに走る。


 蓋を開けようとして……もちろん開かない。

 親衛隊の一人が叫ぶ。

「……鍵がついてますね、これ!」

「えっ! そうだっけ? あれ、あはは忘れてたぁ。

 鍵無くしちゃったかも、ミューナのドジ!」

 ミューナが引きつり笑いをし、舌を出す。

 他の団員もなんだ、なんだと集まっていく。


「数字を合わせる奴じゃないですか、これ」

 収納箱の蓋を凝視していた親衛隊の一人がつぶやく。

「えっ? あ、そうか、えっ4桁?

 誕生日だっけな、えーっと、どうしよ、忘れちゃった」

 そういって、私たちの様子をチラチラうかがう。

 今どきパスワードのたぐいに、誕生日を使う奴いるのか?

 肩をすくめる私に、ミューナの顔が真っ赤になる。


 ガシャーン。

 ものものしい音が響き渡り、

 納品施設の扉が開いた。

「さあ、お入りください」

 緊張の面持ちで、斥候の隊長さんが私たちを案内してくれる。

 国王からじきじきに、私たちを守るよう、

 言われているのだろう。

 でも、ご心配なく。


「えーっと何番だったかなあ? 思い出せないよぅ」

「箱、よく見たら? なにか印とか……」

「もう、私って、ウッカリさんだから~恥ずかしい~」

「だ、大丈夫ですよ、1から順に合わせていけばそのうち……」

「叩き潰せばいいんですよ、こんなの」


 後ろでごちゃごちゃやってるミューナたちに教えてあげる。

「そのダイヤル、ダミーだから」

「は?」

 全員がいっせいにこちらを向いた。


「皇国製はね、そんなレトロな様式、

 子どものおもちゃ箱にも使わないの」

 だからそれは生体認証。

 私たち以外の者が触っても、永遠に開きません。


「あとね、新開発素材グラフェナで出来ているから

 燃えないし、メタルドラギアが踏んづけても壊れないの」

 唖然とするミューナ。嘘でしょ……とつぶやいている。


 では、改めて。

「それではミューナさん! 納品ガンバってくださいね!」

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