第11話 追い込まれるミューナ(第三者視点)

第11話 追い込まれるミューナ(第三者視点)


 ミューナは自室で、テーブルの上の箱を次々と開けていく。

 これには取り巻きからの貢ぎ物、

 つまりクォーツが入っているのだ。


 しかし開けるとすぐ、鼻歌交じりの上機嫌が仏頂面になり、

 一番期待していたストルツからの箱を開けたとたん

 鬼の形相へと変わっていく。

 1センチ弱くらいのクォーツが……2コ?


「何よ! これだけ? 馬鹿にしているの?!」

 ストロベリーブロンドの髪を振り乱し、空箱を全てなげ落とす。


 そしてテーブルの上に乗せられた、

 大小、いや、小ばかりのクォーツ数個をイライラと眺めてつぶやく。

「これじゃ、全っ然りないじゃない!」

 今週末の成果納品日が迫っている。

 先週も先々週も、その前からずっと、

 ミューナの成果は目標の数に足りていなかったのだ。


 最初は主導者たちや他の団員も

「あれ? 今週は体調悪かったのかな?」

 なんて特別に見過ごしてくれてたけど、

 だんだんあきれ顔になっていき、

 対応も厳しいものになっていった。


 もう、後がないのに。


 ミューナは焦りと怒りで顔をゆがめる。

 以前は大きなクォーツをたくさん入れてくれたし

 そもそも箱の数だって、もっとあったのに。

 もう、開けるのが面倒なほど。


 自分に好意のある団員の男たちは、

 こぞって自分が取ったクォーツを

「ミューナが応援してくれたおかげだ」

 などと理由を付けて、分けてくれていたのだ。


 だから、ここまで来たのだ。

 ミューナは1級の胸章を見る。

 もう少しでやっと、主導者になれるはずだ。

 ”主導者になれたら、

 きっとエルロム様は私を婚約者に選んでくださる。

 ずっと言っていたもの。私の目を見ながら。

 共に成長できるパートナーが欲しいって”


 それなのに。

 クォーツが全然集まらない。

 もちろん自分で必死に探すなんて論外だった。

 そんなの、女のやり方じゃない。


 減った理由は分かりきっている。

 自分の信奉者ファンが前より格段に減ったからだ。

 あの、皇国から来た生意気な女たちのせいで。


 ************


 以前は本当に違ったのだ。

 このイクセル=シオ団の不動のアイドルはミューナだった。


 たとえ平民の可愛い娘や、

 シュケル国の貴族の娘が入ったとしても、

 ミューナは難癖を付けたり、

 時には自分の親衛隊を使って脅すなどして

 さっさとこのイクセル=シオ団から追い出せていたのだ。


 この団で最も可愛く、愛されているのは自分でなくてはならない。

 そしてエルロム様に最も近しい存在であるのも。


 どんな嫌がらせをしても、屈辱を与えても

 なかなか追い出せなかったのは1人だけ。

 それが、エルロムの婚約者だった。


「あんな地味でみっともない女が

 エルロム様の未来の妻だなんてあり得ないでしょ」

 ミューナはそう思い、出来る限りの苛めを尽くした。

 自分が落としてしまったクォーツを探して来いと言って

 山の中で丸一日作業させたり。

 作業によって泥だらけになった団員の靴を

 今日中に全部洗えと命令し、

 後ろで紅茶を飲みながら、それをみんなで眺めたり。


 彼女の階級は、7級や6級まであがるとすぐ、

 適当な難癖をつけて初級まで戻してやった。

「はーい、最初からやり直しでーす」

 そういって笑うミューナたちを、

 あの婚約者は無表情で見ていた。


 泣きもしない姿を見て、

 ずいぶんイライラさせられたものだが

 エルロムは絶対に、婚約者をかばったりしなかったのが嬉しかった。

 彼女がどんな命令を受けても、

「そうか。がんばりたまえ」

 いつもそう言って、部屋を出て行くだけだった。


 ”でも、あの女は団を抜けるとも、

 婚約を解消するとも言わなかった。


 私は、私たちは知らなかったのよ。

 てっきりエルロム様に心底惚れてて、

 婚約者の地位に執着してるんだとばかり思ってた”


 彼女が化け物となって人を襲ったが起きて、

 いろいろ真相がわかったのだ。

 彼女は、団を辞めることも、

 婚約破棄をすることもできなかったのだ。

 そんなのとっくに、彼女とその両親が国王に願い出ていたそうだ。


 しかし、それは国王は絶対に許さなかった。

 理由はひとつ。

 自分の妻である王妃が、異常なほどエルロムにのめり込んでいたから。


 エルロムに婚約者がいて、彼女も組織にいることを理由に、

 王妃の謁見や外出などで、倫理をもって

 いろいろな制限を付けることができるからだ。


「婚約者のいる男と二人で会ってはならないだろう?」

「婚約者を差し置いて、君がその役割は僭越だろう?」

 そう言い聞かせることができたから。


 案の定、婚約者が死んで、王妃は解き放たれたように行動を始めた。

 朝から晩までエルロムの居場所に訪れ、

 公然としなだれかかり、甘え、ねだるのだ。

 それは元・婚約者よりもやっかいだった。


「そのうち王妃あのオバサンも追い出してやる……」


 そんな王妃の存在にただでさえ毎日イライラさせられていたのに、

 2か月前に加入した、あの三人の娘たちときたら。

 彼女たちの存在が、ミューナの転落を決定づけたのだ。


 ミューナは頑として認めなかったが、

 三人そろって、レベルの違う美しさだった。

 しかもそれぞれ個性が異なっている。

 ビックリするほど美しいのに明るく気さくな娘。

 穏やかで優しく、可憐で可愛らしい娘。

 上品で理知的、クールだが艶っぽい娘。


 団員たちは集まると、誰が一番好みか可愛いか、

 ワイワイ話し合っているのだ。

 そこにはもう、ミューナの名前なぞ、影も形もなかった。


 親衛隊はミューナが一番と言ってくれるが、

 今でも残っているのは、

 あの三人娘には相手にされないだろうと自ら諦めたような

 ミューナから見れば”残りカス”のような男たちだけ。


 彼らはムキになって、ミューナのことをアピールしようと

 彼女に付けられた二つ名である

 ”サニータ・フロス癒やしの花”を連呼する。

 その名で呼ぶことがすでに、

 他の団員に含み笑いをもたらしている、とは思わずに。


 しかもそんな親衛隊すら、ミューナの扱いが軽くなっていることは

 テーブルの上のちっぽけなクォーツを見ればよくわかる。


 でも。ミューナは思い出してニヤリと笑う。

 唯一の心の支えは、ルドルフだ。

 長身で体格もよく、めったに笑わないが結構ハンサムだ。

 他国出身らしい彼は、博識で物腰が洗練されているのに、

 森に狼が出た時は、手持ちの大刀であっさり退治したというから、

 腕っぷしも強いのだ。


 なんといっても彼だけは、

 あの新入り三人に見向きもせず、冷たく接してくれる。

 今まで通り、自分の気持ちを察して動いてくれるのだ。

「ま、シャイなのか恐れ多いのか、

 全然アプローチなんてしてこないけどさ」


 一番可愛いから大丈夫だと思うが、

 万が一、エルロムに選んでもらえなかった時のためのキープだ。

 ルドルフは期待してるだろうけどね。


 ミューナはほくそ笑むが、テーブルの上を見て我に返る。

「なんにせよ、クォーツが足りないわ」

 そう呟いて、いつもの方法で解決を試みることにする。

 まずは鏡を見ながら、衣服や化粧を直す。


 これからエルロムに会って、

 クォーツが足りない原因を、取り去らなくてはならないのだ。

 元の、”私が一番”の団体に、戻してもらわないと。


 ************


「で? どんな用かな?」

 エルロムは今日も、

 光り輝くような美貌でミューナを出迎えた。


 艶のある長い金髪をひとつにまとめ、

 長いまつげに彩られた大きな青い瞳と

 真っ直ぐに伸びた鼻梁。

 完璧に整った顔は中性的な美しさをたたえている。


 ”今日もカッコイイし、素敵だわ”

 内心そう思いながらも、

 ミューナは目を潤ませ、唇を小さく尖らせ、

 悲しんでいる様子を見せている。


「あの、一級団員としてぇ、団内の問題を報告したくて」

「えっ、何か問題が起きているのかい?」

 驚くエルロムに、ミューナは両手を組み合わせ、

 グイッと体を前に出して叫ぶ。


「新入りの子が、風紀を乱すというか、

 みんなにとって邪魔になる行動をして、目に余るというか」

 とたんにエルロムは、何かに気が付いたように

 あごを上げ目を細め、ああ……という顔をする。


「ああいうの、この団にふさわしくないっていうか、

 みんなの成長を妨げるっていうか。

 とにかくっ、退団してもらったほうが良いと」

「具体的には?」

「はい?」

 いつもとは違う流れに、ミューナは困惑するが

 エルロムは淡々と質問を続ける。


「具体的に、その団員は、どんな行動をして皆の成長を妨げているの?」

「ええっと、みんなが仕事しようとしてるのに話しかけたり」

「話しかけられたのは誰? 何人? 回数は?

 その人は迷惑だって言ってるの?」

 ようやくミューナも気が付く。


 自分に対する扱いが変えたのは、団員たちだけではなかった。

 エルロムもなのか。


 以前なら”あの人、迷惑です”って訴えるだけで

 すぐに優しく同意してくれて、

 その人が退団する運びに持って行ってくれたのに。


 低級だったら、本人が辞めるって言い出すような扱いに。

 もし1級に近いような上級ならば、

 へ案内し、退団の手続きを。


 ミューナは混乱し、ひどく焦った。

「えっ、でも、みんな言っていて」

「そう? 僕のところには1件も入ってこないよ」

 ミューナは目を見開いて黙り込む。

 どうして? どうして、エルロム様?


 追い打ちをかけるように。

「人のことより、ミューナ。君は長期間、

 かなり成績が落ちているね」

 ビクッと肩を震わせるミューナ。

「本来ならとっくに1級をはく奪されている成績だよ。

 僕の温情で留まらせてあげられるのも、

 そろそろ限界なんだ」


「で、でもミューナがんばって……」

「頑張ったのか、偉いな。で? 具体的に何をしたの?」

 他の団員なら泣き落としをするところだが、

 ミューナは知っている。

 エルロムは泣いている女が死ぬほど嫌いだ。


 ベソをかくふりなら、可愛い、と言ってもらえた。

 それは本当には泣いてないから。

 しかし本気で何かに悲しんで涙を流す女がいると

 エルロムは冷たい目で部屋を出て行ってしまうのだ。


 震えるミューナの前に立ち、

 いつものように優しい笑顔でエルロムが言う。

「約束したよね? 来週は成果を達成させるって」

 ゆっくりうなずくミューナ。


「実はね、他の主導者たちや団員たちと密かに決めたんだ」

 エルロムは困ったような笑みを浮かべ、ゆっくりを首を傾け。

「今週末、目標達成できなかったら君……初級に落とされるんだ。

 ””……ってね」


 ミューナの目が最大限に見開き、顔が真っ赤になる。

 エルロムに見放されるのだ、あの婚約者のように。

 あり得ない。あんなに可愛がってくれたのに。

 愛されていたはずなのに。


「ひどいっ! ひどすぎますっ!」

 我慢の限界に達し、部屋を走り出ていくミューナ。

 翻したドレスのせいか、大きな風が巻き起こり。

 エルロムの足元に、カラン、と小さなものが転がった。


 それは、クォーツだった。


 彼女が出て行ったドアを閉め、エルロムはそれを拾いあげる。

 5センチくらいの、濁った内包物を持つクォーツ。


「やっぱ激怒した人間は、良いもの出すなあ!」

 といって笑うエルロム。


 それはもう、光り輝くような笑顔だった。

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