第6話 光あふれる楽園の闇

 第6話 光あふれる楽園の闇


 私たちは斥候兵とともに、

 今までいたイクセル=シオ団の本部を出て、

 古城に隣接する”幣殿へいでん”と呼ばれる施設へと移動している。

 その施設からのみ、古城への通路が続いているのだ。


 後ろには、エルロムから”絶対に目を離すな!”という

 厳令を受けたストルツ、

 その施設での仕事を頼まれたミューナ、

 それから、2年ぶりに出た最下級団員の行く末をみようと

 多くの団員たちがぞろぞろと付いてきている。


 なぜなら、2年前に最下級団員が出た後には

 この国をゆるがす恐ろしい事件が起こったのだから。


 その件についてこの組織は、無関係だと主張している。

 証拠が無いため、国もそれを認めるしかなかった。

 しかし本当に無関係だったのかどうか、

 みなが心の底でひそかに気になっていたのだろう。


 私はため息をつく。ここまでやっと来たな。


 そして険しい山道を登りながら

 眼下に広がる一見のどかな風景を眺めた。


 ************


 私がこの国に着いたのは三か月前。

 ここシュケル国は海沿いの小国だ。


 この世界は、私の祖国「皇国エルシオン」を中心に

 皇国の東西南北に4大王国が、

 さらにその周りを大小の国が存在している。


 各国の立地が世界の関係をそのまま示しており、

 皇国は果てしなく強大であり、全てを統治する存在だ。


 このシュケル国は、皇国からかなり離れた場所にある。

 古くは周囲の国々と戦争など血なまぐさいいさかいが続いたが

 それが収まったあとは平和に暮らしてきた、と歴史の本にもある。


 任務開始の日、この地に初めて降り立った時。

「うわあ、こういう自然豊かで牧歌的な世界、

 本当に久しぶりだなあ」

 馬車を最初に降りた私は

 背伸びをしながら周囲を見渡した。


 のどかな田園が広がり、小川が流れ、

 さまざまな作物の畑がところどころに見える。

 羊や牛が点在していて、時間もゆったり過ぎていくようだ。


「大蜘蛛もアンデットの群れも、

 溢れんばかりの妖魔の大群もいなさそうだし」

 ふわふわと飛んでいくチョウチョを眺めて私がつぶやく。

 クルティラが私に続き、その後に眠そうなリベリアが降りてくる。


 シュケル国王が住まう首都は

 かなり近代化されているようだが

 イクセル=シオ団の本部は山の中、

 の古城は、さらにその先の断崖絶壁にある。

 きけばその城は”戦争の遺産”で、他国に何度も取られたり

 それを取り返したり、を繰り返してきた城だそうだ。


 去ってゆく馬車に手を振り、山道を進み始める。

 クルティラが手を顔の前にかざし、

 日差しを遮りながらつぶやく。

「のどかな田園風景ね。

 私は浮いてしまいそう、この平安で静穏な風景には」

 長く美しい銀の髪を高い位置で結び、

 紫色の瞳を陰らせるさまは、

 療養に訪れたどこかの国の姫君に見えなくもないのだが。


 皇国の誇る最高の暗殺者”冥府に招く貴婦人インフェルドミナ”は、

 可愛らしい野花や、木の枝に止まって首をかしげ、

 こちらを見ている鳥にとまどっていた。


 その様子を見て、最後尾を歩いていたリベリアが

 ふふっと笑って首を横に振る。

 彼女はいつも通り、髪は左右でそれぞれ三つ編みにして、

 頭の両横でまるめており、見た目は可憐な令嬢のようだ。


 リベリアが眠そうな目のまま言う。

「この世に、真に平和な場所なんてありませんわ。

 は平穏なだけか、平穏に見えているかの二択です」

 全ての神職の中より選ばれ、卓越した力を持つ彼女は、

 恐ろしいことをことも無げに言い放った。


「えー、こんなにうららかな陽気に包まれた世界なのに?」

 私が文句を付けると、リベリアは静かな声で答えた。

「ええ。皇国の調査通り、いいえ、それ以上です」

 私とクルティラは歩みを止めた。なんですって?


 リベリアは私たち2人を追い越す。

 私は自分の横を過ぎていくリベリアの額に汗を見つけて息を飲む。

 違う、眠いんじゃない。”力”を使い続けているんだ!


 そして彼女は数歩進んで、

 こちらにふりかえり、はるか先の古城を指さす。

は、死の匂いで満ちています」


 そう言った後、左手をかかげて手首を見せた。

 そこにはいつものように、

 呪いや悪霊を退ける銀の腕輪が付いている、はずが。


 それは今まで見たこともないほど、

 真っ黒に変わっていたのだった。


 ************


 皇国の調査とは。


 最初は、ちょっと変じゃない? という程度のものだった。

 例えばイクセル=シオ団員の住まう地域で、

 亡くなる人が極端に減ったこと。

 最初は国には認識されていなかったけど、

 棺桶の材料や蝋燭などの売り上げが激減したことで

 次第に明らかになっていったようだ。


 そして国外に行ったまま戻らない人々。

 イクセル=シオ団に加入した者が退団した場合、

 失踪する例が後を絶たないのだ。

 ”帰国する”という手紙をもらった家族が

 なかなか帰ってこないため気付いたのだ。


 しかし消えたのは、シュケル国内ではない。

 馬車にしろ、徒歩にしろ、ほとんどの者が

 一度は国外に出ていることが確認されている。


 さらに、この組織がある村に立ち寄った旅人が体験する、

 数々の恐ろしい心霊体験。

 霊感のあるものは”二度と行かない”と言ってきかないそうだ。


 何より、メイナを司るメイナースとして私が気になるのが、

 組織の本部や支部には、エレベーターや冷暖房など

 メイナを使ってないのに

 どうして可能なのか分からない仕組みが

 何点もある、ということだ。


 この組織の最大の特徴は

 聖なる力である”メイナ”を完全否定し、

 ”自分の力だけで全てのものを得る”ことを

 絶対のおきてにしていることだ。


 それなのに。


 シュケル王はもちろん、この組織に加入していないが、

 ”二年前に起きた事件”がよほど尾を引いたらしく、

 関わりを持つことをかたくなに拒否していた。


 しかし最近、その態度を変えなくてはいけない事態に陥ったのだ。

 それは、王妃が熱狂的な団員になってしまったから。


 そのため王妃は、彼女の侍女、近衛兵をはじめ、

 もはや成人している王子たちだけでなく

 その息子である孫たちまで、

 この闇の深い組織に引き込もうと

 ありとあらゆる手を尽くしてきた。


「お願い、信じてほしいの。本当に素晴らしいのよ」

「国と、あなたたちのためなのよ」

 そう言って迫る王妃に対して、

 もはや限界が来た国王たちは、

 反対派や懐疑派が、皇国に調査依頼を出すことを許可したのだ。


 ************


 リベリアの真っ黒に変色した腕輪を

 私たち三人は黙って見つめていた。

 そしておそらく、同じことを考えた。


 イクセル=シオ。

 ”自然に、そしてより良く生きること”を掲げた団体。

 そこは、想像以上に危険かもしれない、と。


 私はようやく口を開いた。

「……作戦を変えましょう。全員、最下級ルートで」

 二人は大きくうなずいた。


 本来は、いつものようにバラバラの役割をするはずたった。

 クルティラはどんどん昇級しふところに入りこむルート

 リベリアは途中で退団するルート(失踪ルートね)、

 私は、最下級になるルート。


 でも、それはリスクが大きい。

 絶対に成功させなきゃいけないのは、最下級ルートだったから。


 私は今回の調査のきっかけとなった

 皇国への嘆願書を持ち込んだ子爵夫妻を思い出す。


 彼らの娘はベルタ。


 かつてイクセル=シオ団に所属し、

 二年前、エルロムたちに最下級へと落とされ、

 その罰を受けるために古城へと送られた少女の名だ。


 そして彼女が、

 多くの死者を出すことになったあの事件のであり

 古城に対する人々の恐怖を決定的にしたのだ。

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