第5話 最下級は、最高

 第5話 最下級は、最高


 皇国私たちを出し抜き、追い込んだつもりが

 まさかの大逆転が起こり、

 自分たちのほうがピンチに立たされていることに

 主導者たちは呆然としていた。


 エルロムは我に返り、一瞬カギを取り返そうとしたが、

 すぐにその手は止まった。そりゃそうだろう。

 私たちが最下級だと宣言されると同時に、国王が発令。

 これが最初から仕組まれたことであるのは明白だ。


 しかも私が彼から古城のカギを取り上げたということは

 私たちがを知っている、

 ということに他ならない。

 どう動いていいかわからないだろう。


「どうしてこのタイミングで、そんな発令を!」

 鈍いストルツは、偶然だと思っているのか頭を抱える。

「王妃様が離縁されちゃうの? えー、お可哀そうに」

 そう言いながらもミューナは意地の悪い笑みを浮かべている。

 間違いなく、ざまあみろ! と思っているのだろう。

 エルロムに誰よりも近づき、甘え、

 ワガママをきいてもらえる王妃のことが大嫌いなのだ。


 エルロムは横を向き、目を細めて団員に問う。

「……その理由は? なぜ国王様が最下級団員に会いたがる?」

「国王様がおっしゃるには……

 ”この組織が、非人道的な事を行っている”と

 何件もの通報があったからだと」

「……誰だ? そんな通報など……」

 団員もうなずく。そして困った顔で続ける。

「それで、皆が死ぬほど嫌がる最下級という位が

 どのような扱いを受けているか、本人に聴取する、と」

「そんな……!」


 目を閉じて自分を抑えたエルロムは、

 もう一度、私の方に向き直り。

「とにかく、には僕も行く」

 と睨みながらいうが、私は残念そうな顔をして告げる。

「エルロム様は、忙しいから無理ですよ。

 行かねばならないところがあるだろうし、たぶん」

 エルロムが反論しかけた、その時。


 今度は、この国の近衛兵が広間に飛び込んで来たのだ。

 タイミングとしてはこれも最高。

「第一主導者様! 王妃さまがお呼びです!」

「何っ?! 今は無理だ!」

「いえ! 絶対に、すぐに連れて来いと言われました!」

 クソッと小声で吐き捨てた後、ストルツに命じる。

「最下級団員は待機させておけ!」


 まだ、わからないのかな? この人。

 皇国の作戦は”完璧、そして徹底的”なんだよ。


 近衛兵に続いてぞろぞろと入ってきたのは、

 このシュケル国の兵だった。それも斥候たち。

 その隊長は無表情のまま宣言する。

「国王の接見は本日夕刻。

 それまで我々は最下級団員と行動を共にする」

「今夜だって?! それじゃ何も……」

「何も?」

 私が意地悪く尋ねる。

 何も、裏工作できない、って言いたいんだよね、きっと。


 エルロムは私をにらみつけながら言う。

「夕刻まででは、何の作業も出来ないだろう。

 最下級の仕事は、一日では終わらない。

 ……今夜は無理だと伝えてくれ」


 相変わらずつまらなそうに、斥候隊長が答える。

「いや、本日の作業内容を

 我々が経過報告するので問題ない。

 明日以降もその予定だ。

 最下級団員が謁見するのは、後日でかまわないとのことだ」


 額に手を当てて唇をかみしめるエルロム。

 やっとわかったかな?

 君はすぐ王妃のところに行かなきゃいけないし、

 私たちは見張り付きで

 すぐに古城に行かせてもらう、ってことを。


 とどめに愚かなストルツが、さらに事態を悪化させる。

 彼はわざわざギルを引っ張ってきて、私たちに見せつけたのだ。

「ほ、ほんとに良いんだな? こいつも最下級だぞ」

「ストルツ!」

 エルロムが叫ぶが、もう遅い。


 すかさず斥候隊長が眉をひそめる。

「こんな子どもが最下級だと? どういうことだ?」

 リベリアがハンカチを目に当てながら訴える。

「主導者様がお決めになったのです。

 なんの罪もない子どもに、

 ”連帯責任だ”と言って最下級に落とすそうですわ。

 可哀そうに……」

 その様は可憐な少女が悲しみに打ち震えているようだった。


 クルティラも切ない目で斥候隊長に訴える。

「泣いて訴えても”規律は絶対だ”といって、

 許してくれなくて。……怖いわ。

 こんな厳しい判定では、誰がいつ、

 いきなり最下級に落とされるかわからないから」

 斥候たちだけでなく、団員の間に動揺が走る。


 ザワザワと、”やっぱギルは関係ないんじゃないか?”

 ”そもそも連帯責任ってひどくない?”

 などというつぶやきが広がっていく。


 いまさらかよ? ちょっと呆れるけど、

 まあ流れとしてはこっちのものだ。


 どんな組織もシンクロしている間は

 そこの異常に気づきにくいものだ。

 他者の視線を感じ、違う価値観を見せられることでやっと

 自分たちの異常さが分かるのかもしれない。


 こんな小さな子どもに連帯責任を負わせると聞き

 またうちの女優たちリベリアとクルティラの演技にすっかり翻弄された隊長は

「さっそく国王様に報告しなくては。おい、そこの……」

「待て! 違うんだ! その」

 エルロムが悲痛な声をあげ、隊長に向かっていく。


 その後ろ姿に、私は特殊な声で話しかける。

『ギルを巻き込んだのは失敗だったわね。

 3枚までならともかく、4枚集まったら”革命”でしょ』

 なんのことだ? という顔で、エルロムが振り返る。

『大富豪、ってカードゲーム、知らない?

 同じ数字のカードを4枚出すと”革命”が起こって……』


 団員たちのザワザワが広がっていく。

 組織に対する疑問、不明点……そして不満の声が。

 それを引きつった顔で見つめるエルロム。

『全てのカードの強さが逆転するの。つまり……』


「最下級は、最高よ」


 ************


 結局、エルロムは業を煮やした近衛兵に連れられ

 しぶしぶ広間を出て行った。


 にこやかに見送る私たちに対して、

『あの場へ行って、と良いね』

 と不吉なことを言い残して。

 そんなにすぐ死んでたまるものか。


 たとえそこが、人々に

 ”踏み入れた者の数だけ死霊の棲まう城”とささやかれていても。


 そして入り口の石板に

 ”最も早く死んだ者が、最も幸運である”と記されていても。


 私たちはやっと、あの古城に入れるのだ。


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