第4話 皇国の猫
第4話 皇国の猫
ギルという人質を手に入れたエルロムは
彼の横に立ち、手を肩に置いている。
そして困ったような声で語り出す。
「本当に残念だよ。
君も、ここのシステムはわかっているよね?
活動班は全員一緒に、賞罰の対象になるんだ」
「……え? ええっ? じゃあ僕も」
ギルは目を見開いて叫ぶ。
「昇級や降格は別ですよね?」
素早く私が反論するが
エルロムは悲し気に、首を横に振る。
「いいや。対象だ。
今回の最下級への降格は、
君の罪に対する結果だからね。
彼がそれを認めないということは
共犯であり、同罪ってことになってしまうよ」
「ギルは認めないなんて言ってませんが?
”許してあげてくれ”と言っただけです。
もし”心優しい人がムチ打ちを見ていられない、許してあげて”
と言ったら、その人もムチ打ちを食らうんですか?
この
私は一気にまくしたてる。
エルロムは一瞬ムッとしたが、大仰に肩をすくめる。
「それは違う。脱税した者の同僚が、
その反抗を一部始終見ていたにもかかわらず
脱税を許してやれと言ったようなものだ。
これを共犯といわずになんといおう?」
「脱税は犯罪ですが、私の降格理由は違います。
”他人の成果の横取り”、の濡れ衣を着せられての降格です」
降格理由の話になったので、ミューナが慌てて割り込んでくる。
「ぬ、濡れ衣じゃないわ、ほんとよ、横取りしたんじゃない!
私が一生懸命頑張って集めたクォーツ、
あなたたちが盗んだのよっ!
立派な泥棒だわ!」
事の真相は真逆だ。
私たちが集めたクォーツを、
彼女が親衛隊を使って横取り。
めんどくさいなーと思いつつ密かに取り返したら、
慌てたミューナが”盗まれた!”と大騒ぎしたのだ。
こういう組織での”裁判”は、
よそ者や少数派が間違いなく敗訴する。
「そういえばミューナ様の部屋に
その箱があったの見たぞ、俺」
「ミューナ様があんなに泣くなんて。
絶対盗まれたに違いない」
いい加減な証言が集まり、あれよあれよという間に
私たちは”成果”泥棒へと仕立て上げられたのだ。
エルロムはうなずき、厳しい顔に変えて言った。
こいつ、ほんとコロコロ表情が作れるな。
「子どもとはいえ、
盗む過程に加わっていた可能性もあるからな」
「そんなこと、してません!
僕も、アスティレアさんたちも!」
ギルは目いっぱい叫ぶ。
私は胸が痛くなった。
ごめんね、嫌な思いをさせて。
ニヤニヤしながらストルツが言い放つ。
「ずうずうしい窃盗団、ってとこだな。
これで仲間確定だ」
ミューナもその横で、
「こわぁーい、そんな汚いこと、私にはできなぁーい」
などとクネクネしている。
エルロムは皮肉な笑みを浮かべ、こちらに歩いてくる。
「皇国の人間は、一般人に迷惑をかけることを極力避け、
その安全を第一に考えると聞いていたが。
やはりあれは建前に過ぎなかったのだな」
ストルツも嬉しそうに同意する。
「どんな仕事でも、市民の利益優先なんだろ?
それに皇国の犬は、
どんなことがあっても規律は遵守するんだってな。
違反したら上が怖いんじゃないか?」
エルロムは私のところまで来て、
そっと耳元でささやいた。
「規律は守らないとね。
……チワワでもシバイヌでも、猫でもね」
ハッとする私たち。
聞こえていたんだ、
あの、”特殊な音声”での私たちの会話を。
彼はそうだ、というように、”特殊な声”で話し出す
『潜入調査だというのは最初から判っていたよ』
リベリアが両手で口を覆い、クルティラが眉をひそめる。
私はエルロムを見つめ続ける。
『君たち、”その他大勢”って顔じゃないからね。
すぐに気づいたよ。
どうせここを良く思わない貴族に頼まれたんだろうけどさ』
王妃がここの熱心な団員のため、表立って反対はできないが
この組織の存在を危惧したり、
不快に思っている貴族がいるのは確かだ。
『でも何も出てこなかっただろう?
どんなに調べても、誰に聞いたって。
僕たちは向上心あふれる良心的な団体だからね』
エルロムは髪をかきあげて、極上の笑顔を見せる。
特殊な音声で延々と話すエルロム。
みんなには聞こえないから、
はたから見たら、長い長い沈黙にみえるだろう。
業を煮やしたのか、ストルツが怒鳴った。
「おい、何か言うことあるだろ?
皇国の人間は詫びの仕方も知らないのか?
さあ、みんなのまえで、出来る限りの謝罪を見せてみろ!」
調子に乗った上級団員たちから土下座コールが沸き起こる。
泣いて謝れ! 一人一人に詫びろ! 脱げー!
口ぎたなく罵り、ヤジを飛ばす声が広がっていく。
なにが”より良く生きよう”だ。
いくら健全ぶっても、化けの皮は簡単に剥がれるものだ。
ピーーーーーーィ
その時、どこからか鳥の鳴き声が聞こえた。
ただの鳥の声。
それに反応したのは、私たち三人と、エルロムのみだ。
私は笑みを浮かべ、エルロムは驚愕の表情でこちらを見る。
「お前……お前たち?」
その声がかき消されるように、広間の入り口が騒がしくなる。
なんだ? という顔でみんながそちらを見ると、
両開きのドアがものすごい勢いで開いた。
「エルロム様! 大変ですっ!」
「ちょっと、そこどけよ!」
「急げ、早くしろ!」
飛び込んできた団員たちが口々に叫んでいる。
団員たちはこちらに駆けてきて、
エルロムの前で息を切らせながら叫んだ。
「王妃様が、国王に離縁を言い渡されました!」
「なんだと?!」
エルロムの顔が一瞬でこわばる。
王妃はこの組織の、最大のスポンサーであり後援者だ。
衝撃はそれだけはなかった。
「この”イクセル=シオ団”の運営も休止させるそうです」
「し、しかも、撤回して欲しくば……」
そこで、団員は息が切れてしまう。
エルロムは信じられないといった顔で固まっている。
「な、なんで、急に国王が動いた?
今まで一度だって……」
そう言ったあと、信じられないといった顔でこちらを見、
向き直って、ハアハアしている団員の肩をつかみ尋ねる。
「撤回して欲しくば、なんだ? なんと言ったのだ?」
団員は困ったような顔をして、首をかしげながら告げる。
「それが、なんか……訳がわからなくて」
「なんだ! なんと言った!」
いきり立つストルツが割り込んでくる。
団員は苦笑いで続けた。
「なんか……
”お前たちの組織の、最下級の者に会わせろ。
ただし、その者が最下級としての仕事をしてからだ”って。
でも、うちに最下級なんていませんよねえ?」
息を飲むエルロムとストルツ。
いま駆け込んできた団員たちは知らないのだ。
この組織に、
「はいはい! ここにいますよ、最下級。
しかも三人も! おまかせください!」
私たちが手をあげてアピールすると、
団員たちは驚きでひっくり返りそうになる。
エルロムは焦りながらも諦めない。
「いや最下級は、君たちだとは決まっていない。
……そうだ! クォーツの窃盗については調べなおそう」
「おお、そうだな。犯人は他にいるかもしれないな」
ストルツの発言に、ミューナの顔色が変わる。
で? 適当な人物を犯人にして、
その人を最下級だと言って国王に差し出し、
”最下級の仕事”について、嘘の報告をさせるってわけ?
そうは、いきません。
「いえいえ、私たちは犯人ってことで決まりで。
なにしろ”自白は証拠の女王”ですから」
私はにこやかに宣言する。
エルロムは最後のあがきを見せる。
「ギルが可哀そうだと思わないのか?
一般人に迷惑をかけるのは違反だろう。
皇国の規律はどうなる?」
私は彼の正面に立ち、首を横に振り、笑顔で言う。
「私が”皇国の猫”なのはね?」
ゆっくりと、彼の胸ポケットから鍵を取る。
”最下級”の仕事場である、古城の鍵を。
「皇国のいうことなんて、聞かないからよ」
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