第3話 最下級への攻防
第3話 最下級への攻防
組織としては降格を宣言された私たちに、
泣くかキレるかして欲しかったのに。
私たちが最下級になることを受け入れるどころか
絶対に譲らないため、
明らかに主導者たちは困惑していた。
微笑みをぶつけ合い緊迫する私とエルロムに対し
後方から甘ったるい女の叫び声が聞こえてきた。
「もお! いいかげんにくださいっ!」
ふりむくと、そこにはぷくっと頬を膨らませ、
両腕を真っ直ぐに伸ばし、手首を外側に折り曲げ、
ぷんぷん! という擬音が聞こえてきそうな姿で
ミューナという娘が立っていた。
赤みががった、通称”ストロベリーブロンド”の髪は
肩先でふわふわと揺れている。
首に巻かれたチョーカーと、
ごてごてと飾りがついたカチューシャには
ローズクォーツで作られた
それは彼女のトレードマークだった。
胸元が大きく開いたピンクのドレスを着ているが
可愛いのか色っぽいのかわからないけど、
団員の男性陣から、浮き立つような囁き声がもれてくる。
「おお、
サニータ・フロス”
それは彼女がその組織の最高主導者から賜った
一般の階級は、主導者クラスに近づくにつれ、
最高主導者からそういった二つ名が送られることがある。
付けられた本人たちは大喜びしてるけど
客観的に見れば昇進させない代わりに
聞こえの良いあだ名をつけてあげることで
モチベーションを上げようとしているのが
ミエミエなのだけど。
「ミューナ……君が巻き込まれる必要はない。
この件は大丈夫だから、後ろに控えていてくれ」
エルロムが首を傾け、彼女に優しく言い聞かせる。
名前を呼ばれただけで、ミューナの顔は上気した。
そして瞳をうるませながらエルロムを見た後
いきなりクルッとこちらを向いて、
片手を口元に当て、悲しげな声で言った。
「これ以上、エルロム様の目の前で、
醜いお姿をさらすのはお控えくださいな。
とても見ていられるものではありませんわ」
「そうだよな、ミューナがいかに優しくても
ここまで愚かだと救いがたいだろう」
その言葉にストルツがニヤニヤしながら言う。
この男はもともとミューナにベタ惚れだ。
どんな願いも叶えるし、どんな融通もきかせてあげるのだから。
まあ、当のミューナはストルツなぞ全く相手にせず、
熱狂的なエルロムの信者なのだが。
「そもそも、あなたのような人が
エルロム様の前に立つなどありえませんわ。
ほらあ、もっと下がって! 離れてくださぁい!」
「見ていらっしゃらなかったのかしら?
第一主導者様のほうがこちらに近づいて来たんだけど?」
手をシッシッとする彼女に、私は笑顔ででツッコむ。
ミューナは一瞬顔を歪めた後、泣きそうな顔を作る。
「ひどぉい、私のことを責めるような言い方。
いっつもイジワルなんですもん。
最下級になって当然よね」
ああ、やってられない。私は話を急ぐ。
「そう、最下級になったんです。
最下級になったわけだから、
今後について具体的にお聞きしたいと思います。
最下級のすべきことを」
最下級をアホのように繰り替えす私。
絶対、取り消しにもごまかしにも応じないんだから。
ミューナにデレていたストルツは、
また元の焦り顔に戻り、エルロムを凝視する。
こう言う場合はどうしたら良い?
と顔に書いてあるようだ。
「そこまで意固地になるということは
残念だが、自分の良くなかった点を
まるで理解していないということだね。
そういうことなら仕方ない。
僕が別室できちんと主導して……」
別室に行かれると、この結末をうやむやにされてしまう!
後から団員に対して、
「結局彼女たちは怒って国を出て行った」
と吹聴することで、国外失踪のコースにされてしまうだろう。
そっちはもう、他の皇国調査団が試しているのだ。
私たちは最下級へのルートを外すわけにはいかない。
すると思わぬところから救いの手が出てきた。
「いいえ、この人たちなんて
エルロム様に主導してもらえるような価値は
最下級で決定です!」
ミューナが必死にエルロムに訴えたではないか。
私はクルティラとリベリアと視線をかわす。
そうか、そういうことか。
しかも、そろそろ主導者入りすると噂されている。
甘え上手で、周囲の男性になんでも頼ることで
さまざまなミッションを切り抜けて
ここまで上り詰めて来たのだ。
彼女が一級であるということが
この組織の階級が、いかに意味がないものかわかるだろう。
ストルツが大慌てでミューナの腕を引っ張る。
「ミ、ミューナ! いいから、下がって……」
「ダメだよ、ミューナ。そう簡単に見捨ててはいけない。
上を目指す者は寛容でなくてはね。
さあ、先に幹部会の準備をしておいてくれないか」
エルロムも多少、焦っているようだ。
笑顔にこわばりが見える。
ミューナの勢いが弱まったのを見て、私が煽りを入れる。
「えー、じゃあ、エルロム様がつきっきりで説明してもらえたら
何が悪かったのか分かるのかなあ?」
「そうね。
聞いていただきたい想いはありますし」
そう言って、クルティラはエルロムの肩に手を添えて
苦し気な顔で唇を尖らせ、視線を横に流す。
ただそれだけなのに、ものすごい艶っぽさだ。
さすがは希代の暗殺者。
色仕掛けなんて基本テクニックに過ぎないのだろう。
さすがのエルロムも一瞬、口元をゆるめる。
それを見て発狂せんばかりにミューナが叫んだ。
「離れなさいよ! 最下級のくせに!
エルロム様に触らないでよ! もう、もう、もう!」
彼女はエルロムにとても近しい存在ではあるが、
まだこの組織の仕組みや真相を知らないのだろう。
どうやら一級団員と主導者の間には、
かなり大きな隔たりがあるらしい。
よし、このまま確定に……私がそう思った時。
子どもの声が広間に響き渡った。
「お願いします! エルロムさま!
アスティレアさんたちをお許しください!」
全員が声のするほうを見る。あれは。
そばかすのある日焼けした肌に
クリクリと動く大きな目。
10才だけど、とてもあどけなくて、
皇国の同じくらいの子よりもずっと幼く見える彼は。
「ギル!」
私は思わず声に出してしまう。
ここに入団してから、”先輩”としていろいろ教えてくれて
仲良くなった子どもだった。
ギルは涙でいっぱいだった。
泣きながら、恐れながら、それでも必死に訴える。
「ア、アスティレアたちは、がんばっていました!
まいにち、ずっとです!
そ、それに、とても仲間に優しかったです!
あと、あと、僕が頑張っていることを……」
「いいんだ、大丈夫だよ。
……ギル、と言ったね。そうか」
エルロムが優し気に言って、彼の前に進む。
最悪だ。
ギルの前で立ち、彼と目線を合わせて言う。
「君は彼女たちを仲良しなんだね?」
涙を腕でぬぐいながら、ギルはうなずく。
「だからアスティレアさんたちを擁護……かばっているんだね?」
ギルはうなずく。うなずいてしまう。
エルロムは満足そうにうなずき返し、
勝ち誇った顔でこちらを振り返って言い放った。
「では、この子も君たちの道連れになるのかな?」
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