第2話 信じる者はすくわれる、足元を
第2話 信じる者はすくわれる、足元を
私たちは先ほど、この組織の主導者から
最底辺への降格を宣言された。
『このために私たちを仲間に入れたくせにね』
とクルティラが言った通り、
それは
あらかじめ皇国調査団が得ていた情報により、
この組織の手口は大体わかっている。
イクセル=シオ団を構成しているほとんどの者は
ここシュケル国の国民たちだ。
初めは小さな集団だったのに、
この4,5年で指数関数的に団員が増加したそうだ。
そして純粋で素直な国民性に則して
入団するといっせいに”上”を目指す。
まるで魚が本能に任せ、川をさかのぼって泳ぐように。
”自分たちは日々、より素晴らしい存在へと変化している”
そう信じて必死に努力するのだ。
しかし頑張り続けるのは辛い。
どうしても中だるみや息切れがするものだ。
そんな時、どうしたらまた頑張れるのか?
しかも”昇格”という褒美はすぐに限界が来るし
”報酬”も人数が増えるほど本部の負担になる。
かといって放置すれば
”こんなに頑張っているのに報われない”と
気持ちが離反するきっかけを作ってしまう。
そこで、この組織が取った手段は。
”
努力し続けないことに対する恐怖を
団員たちに植え付けることだった。
生贄はまず、皆の前で”最下級”だと宣言され
その努力不足や不真面目さを叱咤されるだけでなく
能力や知性の低さ、果ては資質や外見までを
徹底的にこき下ろされ、プライドを叩き潰されるのだ。
さっきもストルツが一生懸命、
愚かだの、つまらない女”だの、怠惰だの無能だの
私たちをこき下ろそうと頑張っていたように。
普通はまあ、大人数の前でボロクソに言われたら
若い娘はウルっと? 来るのかもしれないけど。
クルティラは彼など気にせず、
団員全員の動きを探査していたし、
リベリアは私にシバイヌの愛らしさを熱弁していた。
号泣もせず、怒りも反論もしないというパターンが
予想外だったのだろう。
さて、降格宣言された後の、生贄の選択肢は3通り。
もっとも多いのは1つめ。
皆の前で泣き叫んで懺悔し、
主導者に土下座しながら詫びた者は、
なんとか初級への転落で許される。
それまで他の主導者から罵詈雑言を浴びせられていたのに
エルロムが優しく微笑みながら手を取り
「生まれ変わった気持ちで、最初から頑張ってごらん。
君は以前よりもずっと、高みへと昇ることができるだろう」
なーんて言うものだから、
みんな涙を流して歓喜し大感激し、
エルロムにいっそう心酔するのだ。
シュケル国の国民は全員このパターンだ。
何故なら親も親戚も、友人知人もここに属しているから
”ここから出る”という発想はまるでないのだ。
2つめはその扱いに激怒し、
退団を願い出る者もいる。……まあ、当然よね。
普通の感覚ならこっちが一番でしょ。
「こんな意味の分からない組織など
こっちこそ願い下げだ!」
そう、言い捨てて。
他の国から来て入団した者はみんな、
やはりこのルートを選ぶことが多い。
しかしこの選択は、奇妙な結末を迎えるのだ。
怒りに任せてこの組織を飛び出した、その後。
彼らは必ず、消息を絶つのだ。
それもシュケル国から
それも不可解だが、第三の選択肢が最も
甘んじて処分を受ける、つまり最下級になること。
その選択をした者は今まで1人しかいなかった。
それも、この国の貴族の娘だ。
私は今回の調査のきっかけとなった
皇国への嘆願書と、それを持ち込んだ子爵夫妻の顔を思い出す。
まだ壮年と言える年齢なのに、
二人ともすっかり老け込み悄然としていた。
娘がここで”最下級”になり2年経つというのに、
喪失感と深い憎しみと、
諦めきれぬ気持ちがせめぎ合っているようだった。
彼らの悲しみと怒りを思った。
私は絶対、彼女のところへ行かなくてはならない。
私はエルロムを見据えて、ハッキリと宣言する。
「十分理解しております。
降格、承知しましたわ」
「なんだとお! 最下級だぞ! 最下級!
いいのかそれでっ!」
ストルツが小さな目を見開いて叫ぶ。
「あら? ご自分で決定事項として宣言されてましたのに」
クルティラが扇で口元を隠しながら、皮肉な笑みを浮かべる。
「胸章もお返ししましたし、
もうすっかり私たち最下級ですわね」
リベリアが満足そうにうなずきながら言う。
ちょ、ふざけるな、などと慌てるストルツを片手で制し、
エルロムが私の前に立った。
彼が何か言い出す前に、私が大広間に響き渡る声で宣言し返す。
「第一主導者様。
私とその仲間は、今日から最下級団員です。
最下級なぞ不慣れな立場ではございますが、
何卒よろしくお願いいたします」
私の笑顔と、彼の笑顔がぶつかり合う。
さあ、これからよ、覚悟しろ。
純粋で可憐な貴族の娘を化け物に変えたこの組織を、
私は絶対に許さないんだから。
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