組織解体編~”君は愚かでつまらない人間だ”なんて降格してきたけど、そのせいで組織が解体されるのは仕方ないわね?~

第1話 追放ではなく

第1話 追放ではなく


「確か……アスティレア、ん~、クラティオだったか?

 お前とその仲間は、今日から最下級団員だ」


 私の名前なぞ覚えていないことを強調しつつ

(実際はそんなわけないのだが)

 つとめて冷静をふるまいながら

 第三主導者であるストルツが言い放った。


 ここは振興組織である”イクセル=シオ団”の本部にある大広間。

 今日は月に一度の””の日だ。

 大勢の団員が集まっている中、

 最後の最後に”そういえば言うの忘れてたよ”といったていで

 ストルツが私たちを教壇の目の前に呼び寄せ、

 先ほどの”組織最下層への降格”を宣言したのだ。


 ストルツは丸い顔の中の小さな目で、

 ちらっとこちらを見て、

 私の表情が変わらないことに気付き

 おそらく状況を理解してないと判断したのだろう。

 深い深いため息をついたあと、首を横に振って言った。


「ここまで飲み込みが悪いとはなあ。

 お優しい最高主導者あの方が情けをかけて、

 わざわざ”皇国の犬ども”を仲間に入れてやったというのに。

 ここまで愚かで、つまらない女ばかりだったとはな」


 そう。今までと違うのは、

 私たちが皇国の人間だと知っていて

(さすがに能力や階級は秘密にしているけど)

 このような暴言や狼藉を働いているのだ。

 いや、むしろ皇国の人間だからこそ、だろう。


断罪のためこのために私たちを仲間に入れたくせにね』

 私の左に立つクルティラが呆れたように、

 他の人には聞こえない特殊な音声でつぶやく。


『犬ですって。わたくしダックスかしら?

 チワワやテリアも素敵ですわね』

 嬉しそうな笑みを浮かべて、右のリベリアがつぶやく。

 彼女は見た目こそ、そういった愛くるしい犬種のようだが

 中身はグレートデンよりも強く噛みつく人間だ。


 私は前を向いたまま話に乗っかる。

『……ワンコも可愛いけど、

 私は猫がいいな。皇国の猫』

 そもそも”〇〇の犬”という表現は

 勤勉かつ忠実、愛情深い犬に対して失礼だろう。


 なんの反応もない(ように見える)私たちに

 少しイラつき始めたストルツは

「はあー、本当に嘆かわしいな。

 これがメイナによって堕落した人間の成れの果てだ。

 みんな、よく見ておけよ」

 うんうんとうなずく団員たち。


 このイクセル=シオという組織は、ここ数年できた団体だ。

 会社ではなく、かといって新興宗教でもない。

 ”同じ志を持つ者同士が、

 お互いを高め合う”ことを目的に作られた集団だそうだ。


 その志とは”自然に、そしてより良く生きる”こと。

 できるだけ自然の摂理に則し、

 それぞれがより良い人生を歩むため切磋琢磨する。


 グループワークや講演会などを行い、

 問題解決したり、能力を高めたりしていくそうだ。


 それだけ聞くと、”ふーん”で済む話なのだが。

 この組織にはもう一つ、大きな特徴がある。

 それがメイナの使用を絶対に禁じていることだ。

 ”メイナは自然に反するものであり

 危険で、人を汚し堕落させるものだ”と。


 そういう考えがあるのは知っていたし

 使用も含めて個人の自由だから

 今まで気にしてなかったのだけど。


 しかし黒いウワサや、

 不可思議な事件が多発しているとなれば、

 調べないわけにはいかないでしょう。


 そんなわけで潜入したのは良いけど、

 メイナの総本山(って宗教じゃないけどさ)のある皇国に対して

 この組織はかなり批判的な態度なのだ。

 皇国を表立って悪く言い、ことあることにこき下ろすのだ。


 それはまあ、”この程度の悪口を言ったくらいで

 皇国はキレないよね? ね?”って程度の反抗心だ。

 その証拠にこの組織は、

 面と向かって皇国に抗議したこともないし、

 それどころか皇国の行政に対しては大人しく従っているから。


 小物感を振りまきながら、ストルツは団員に叫ぶ。

「人として情けないじゃないか?

 高尚であり有意義なイクセル=シオの教義を受け、

 素晴らしい仲間たちの活躍ぶりを見せてあげたのに

 なんの成長も見られず、成果もあげられないとは。

 やる気がない上に、怠惰、無能、そして……」

「それは言い過ぎじゃないかな? ストルツ君。

 彼女たちは精一杯やっての結果なのだよ?

 それを責めてはいけないよ」


 キャー!

 団員の女性たちからぶわっと歓声が沸き起こった。

 私は思わず顔を上げる。

 横の二人にも緊張が走った。


 私たちを擁護するかのようにみせかけて、

 盛大にディスってきた男の名はエルロム。

 見た目は天から舞い降りた天使の容貌をしている。

 艶めく長い金髪、すらりとのびた鼻梁、

 バサバサ音がしそうな長いまつげに

 大きな瞳は青い宝石のよう。

 優美なアルカイックスマイル。

 完璧に整った顔は中性的な美しさをたたえていた。


 彼はこのイクセル=シオ団の第一主導者だ。

 この国の貴族であるため、ふるまいも優雅で教養も深い。

 団員の憧れを一身に集めている存在だ。


 先ほどまで姿を見せていなかったので、

 ”今月、自分の成し遂げたこと”を

 報告する団員のテンションは低かった。

 彼に褒めてもらいたい、

 認めてもらいたいという団員たちの姿は

 どこか狂気めいているようにすらみえるのだ。


「しかしエルロム主導者様。

 三か月もこちらに所属すれば、

 幼子ですら、めざましい成長を遂げるというのに」

 ストルツは不満げに、口を尖らせる。


 それを聞いたリベリアが思わず吹き出す。

『面白いことおっしゃるのね。

 どんな幼子も、毎日成長するものですわ』

 そりゃそうだろう。幼子は毎日が発見と成長の繰り返しだ。

 私も口元をゆるめて肩をすくめる。


「何を笑っている! 

 みなが一生懸命やっているのに、その態度はなんだ!」

 他人が一生懸命やっていることと

 個人が笑うことに何の関係があるのかわからないが

 期待していた反応を私たちがしないことに

 とうとう我慢できなくなったようだ。


 普通、最下級への降格を告げられた団員は悲鳴をあげ

 泣きわめき懺悔し、主導者たちに追いすがり、

 文字通り床に平伏して

 撤回を請うのがお決まりのパターンだからだ。

 今まで見てきた団員は、間違いなくそうしていた。


 最下級は、初級よりもさらに下。

 ”担当”も”扱い”も惨めで悲惨になると言われているから。

 この組織はそもそも上を目指す者の集まりだから

 下へ、それもいままでやってきたことが全て無駄になるなんて

 どの団員も耐えられないのだろう。


 そもそもこの組織は、軍隊並みの階級制だ。

 入りたては初級。

 そこから8級へと昇格したあとは

 がんばって1級を目指していく。


 その上の主導者になるには、

 この組織を作った”最高主導者”に

 ”結実”を収め、”素質”を認められなくてはなれない。

 たいていの団員はどんなに頑張っても1級が最高だ。


 第三主導者はいまのところ数人。

 第二は3人、第一主導者はエルロム一人だけ。

 エルロムは最高主導者に次ぐ存在であるため

 みなの尊敬や注目を一身に集めているのだ。


 なぜなら最高主導者は絶対にその姿を現さないから。

 主導者たちですら、めったに会うことができないと聞いている。

 どこかの地でひとり、みなを想い、

 世界の安寧について深く思索している、とのことだ。


 嘘臭い。

 それを聞いた時、私はそう思ったけどね。


 泣きもしなければ反論すらしない私たちの反応は

 おそらく初めての事だったのだろう。

 明らかにストルツは焦ってきていた。


「今すぐ、お前らは最下級だ!

 さっさと7級の胸章を返却しろ! さあ!」

 つばを飛ばしながらストルツが腕を伸ばして催促してくる。

 胸章の返却を拒否すると思ったのだろう。


 でも私たちはすぐ胸の胸章を外し、

 左右の二人の分を私がさっさと受け取る。

 そして無表情のまま前にすっ、と進んでストルツの手に置いた。

「はい」


 借りていた文房具を返すような気楽さで返却され、

 ストルツは目をむいた後、すがるようにエルロムを見た。


 エルロムが困った笑顔を作り、こちらに向かって言う。

「我らはけっして見捨てたりしないから、

 そんなにことはない。

 今後についてはように

 丁寧に説明してあげるから安心したまえ」


 どうしても私たちを無様で哀れな存在にしたいらしい。

 なんといっても”最下級への降格”は

 全団員に対する”見せしめ”なのだから。


 おそらくいったん別室に退いたあと、

 後で”私たちは撤回を請いて泣きわめいた”という報告を

 全団員に告げる目的なのだろう。


 そうはいかない。

 撤回など求めるものか。


 何故なら”最下級”になるために、

 この組織に潜入したんだから。

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