第29話 喪失と再建

29.喪失と再建


「1からのやり直しというより、マイナス100からですね。

 貧しい国へと逆戻りどころか、まずは復興しなくてはなりませんから」

 言っていることはネガティブだけど、軽い調子でジョゼフ王子は言う。


 デレク王子の不用意な決断により、ルシス国と皇国は急な決断を強いられた。

 それにも関わらず、人的被害は最小限に抑えることが出来たのは

 最悪を想定し、早めに皇太子や将軍に招集をかけた皇国の判断だ。


 それでもルシス国の損害は甚だしく、

 湖周辺の壊滅的な状況を回復するのも大変そうだが

 何より経済的な損失をどうやって補填していくかで頭を抱えていた。

 この手の災害はいつ起こるか分からない。

 人はいつ、富めるものから貧しいものへと転落するかわからないのだ。


「まあ、こんな異常な好景気が長く続くとは思っていませんでしたがね。

 少しでも長引かせたかったというのが本音ではありますが」

 そういって王子は笑うが、彼は着実に次へと進み始めている。

 彼の切り替えの速さはきっと、この国を救ってくれるだろう。


 この時点では、まだ調査中ということもあり、

 あの後に現場を調査した時に”見つけたもの”については黙っていた。

 カラドボルグとマルミアドイズのもたらした電撃と高圧、高温によって

 いろいろな場所の岩石が変質していたのだ。……あれはなんだろうな。


「国王様は回復されました?」

 リベリアの問いに、ジョゼフ王子は苦笑いで言う。

「父上は情が深い分、メンタルが弱いですからね。

 もうしばらくかかるかと思います。

 まあ動ける者が動けば良いだけの話です。

 王子も王妃も、数だけはいますからね。この国は」

 彼は冗談めかして語るが、実際はいくら人手があっても足りないだろう。


 別れ際、ジョゼフ王子はこちらを見ないままにつぶやいた。

「私はずっと、兄上は国にとって不利益をもたらし、

 まつりごとから完全に排除しないと思っていた。

 それは今でも間違っていないと言えるよ」

 そして、こちらに向き直り、悲し気に笑いながら言う。

「でもこのような意味での退場はあり得なかった。

 兄上自身から潔く、王太子を辞する形を取って欲しかったんだ」


 国のために、第二王子として、

 状況をなんとかしたかったジョゼフ王子の気持ちもわかる。

 私は彼に最後の言葉をかける。

「今回の件、あなた方にとってはとんでもない厄災でした。

 しかし湖に沈む妖魔は、いつか必ず解放され、

 それこそ国が滅ぶほどの被害を出したことでしょう

 被害は最小限に抑えられたのはルシス国の判断と協力があってのことです。

 この国は充分に、復興し再び栄える力を有していると思います。

 それに……デレク王子も最後に、立派に貢献してくださいましたし」


 私たちは、彼がオディア妖妃の触手をくわえていた姿を思い出す。

「そうですね。兄上の、最初で最後の”業績”です」

 そう言ってジョゼフ王子は寂しそうに笑った。


 *******************


 デレク王子は犯した罪の大きさにより王家の墓には入れず、

 公爵家によって密かに埋葬されることになった。


 私は皇国代表として先日面会した王妃を思い出す。

 シェーナ王妃は息子のデレク王子が死に至るまでの経緯を聞き、

「あの子にしては上出来だこと」

 と答えたのだ。妖魔の軍団を不用意に復活させ、

 この国の収入源を絶ったことを、褒めてあげたいと。


 王妃の歪んだ感覚に対し、私の気持ちは沈んだ。

 デレク王子は、自分のせいで妖魔の軍団が活動を始めたと知り泣いていた。

 そんなこと望んでいなかった。復讐したかったのは王妃だけなのだ。


 この人の価値観は、全て自分基準だ。

 デレク王子を溺愛していたように見えるが、

 彼が自分の持つ最大の手駒だったからに過ぎないからではないだろうか。


 私は冷たく答えておいた。

「湖の妖魔はいつかは必ず活動を始めました。

 皇国が準備し対応できるこのタイミングでそれを起こしたのは

 この国にとって大変有益なことです。

 実際、被害は最小限に抑えられたと皆、喜んでおります」


 王妃は一瞬とまどい驚くが、それでも嫌な笑みを浮かべて言う。

「でもこの国の収入源は絶たれたわ。貧しい国へと逆戻りね」

 横で控えていたクルティラは言う。

「どのみちラピアでの副作用が問題になっていましたしね。

 ラピアの死滅は問題の拡大を防いだとも言えるわ。

 それにジョゼフ王子はずっと以前から、

 あの魚で利益を上げることに疑問を感じ準備していたそうよ。

 先見の明がある方が、今後はこの国を支えてくれるわ」


 シェーナ王妃は最も忌み嫌う者を褒められて、顔をゆがませる。

「あの女の息子が王になるなんて……」

 リベリアが優しくなだめる。

「まあ、この国が衰退したら、真っ先に予算が削られるのは

 この塔の生活費ですわ。王妃様が安心して紅茶が飲めるように、

 彼を応援されてみてはいがかでしょうか」

「なんですって!」

 いつも高慢だった王妃の顔色が初めて変わった。

「第二王妃も正式に、この国の王妃としてされ、

 国王だけでなく国民にも頼られ、愛されています。

 すでに公爵家の後ろ盾もない貴女は、彼らの温情にすがるしかないですね」

 クルティラが冷たく言うと、王妃は呆然と立ち上がったまま動かない。

 私がとどめを刺す。

「これからは茶葉ひとつ頼むのも、長ーい依頼書を何度か書いて、

 やっと手に入れられる生活になるそうですよ」

「……そんな」


 やっと自分の現状を理解したのか。王妃は今後、生涯幽閉の身だ。

 生まれついて豊かに、ワガママに過ごしてきた彼女は、

 自分に貧しさを強要されるだけでなく、

 他人に気を遣い、ご機嫌を取りながら生きるなど

 想像したこともなかったのだろう。


 ましてや相手は、長年いがみ合ってきたジョゼフ王子と

 すでに第一王妃として格上げされた彼の母親だ。

 自分の待遇を現状維持してくれるかすら、怪しいものだ。


 死ぬほど嫌いな相手に媚びながら生きなくてはいけないと知り

 苦虫を嚙み潰したようで黙り込む王妃。

 皇国の牢に入れるのは簡単だが、それよりも

 ここで飼い殺しにされるほうが彼女にとって辛いだろう。

 また”自分より権力のある嫌な奴に理不尽な目にあわされる”という

 下層民の怒りや悲しみを体験させ、自分の振る舞いを反省して欲しいという

 公爵家家臣たちの願いでもあったのだ。


 一気に老けたような元・王妃に、私は告げる。

「デレク王子に必要だったのは、私ではありませんでしたわ。

 自分自身を良く知る者が、正しく評価してくれることです。

 私なぞ、彼の何の力にもなれなかったでしょう。

 ……あなたと違って」

 あなたには出来たはずだ。彼の努力不足をいさめ、導くことが。

 暗にそう告げる私に、王妃は反論しようと口を開きかけるが

 何も言える言葉が見つからなかったのか再び黙り込む。


 私はそんな王妃に笑顔で言葉を続ける。

「彼にとって私は、ただの”使えそうなメイナ技能士”でした。

 彼が本当に認めてほしかったのは貴方です。

 ……でも私は、デレク王子を忘れませんわ。

 貴方にとっても彼が、王子としての存在だけではないように」

 何かを思い出したようにハッと顔を上げる王妃。

 

 しばらく見つめ合う。

 王妃の口が泣きそうに歪み、目の端に涙が光った後。

 ゆっくりと、口角が上がっていく。


 本当にいろんなことがあって、その99%が腹が立つことだった。

 感情的にも、法的にも許しがたいこともされた。

 まあ、そういった意味でも忘れられないだろうけど。


 その存在を覚えているのは、貴女だけではありません。

 そして貴女も、彼を息子として忘れないでいてあげてください。


 微笑んだまま何も言わない王妃に、私たちは礼をして退出する。

 ドアが閉まる前、背後から王妃の声がする。

「感謝します。皇国のメイナ技能士様」


 **************


 まだ立ち入り禁止になっているフィレル湖の湖畔に立ち

 ルークスと一緒に、変わり果てた地形を見下ろしていた。


「今回は、本当にいろいろな新体験をしたわ」

 私がそう言うと、ルークスが笑った。

「”話したこともない相手から婚約破棄宣言された”と聞いた時は驚いた。

 彼は誰かと”つがいになる”ということを

 正しく理解していなかったのだろうな」

 ”つがいの鳥”は皇国における結婚や相愛の象徴だ。


 デレク王子は王位のために相手を得ようとしていた。

 それがそもそもの間違いだったのだ。

 王になりたければ、それにふさわしい努力をすれば良いのだ。

 研鑽するその姿が人に賞賛され、愛され、

 ひいては人を引き寄せてくれただろうに。


 そもそもたとえ”つがい”がいなくとも、人は自由に生きることができる。

 自己にも他者にも有益に、生産的に。

 人は、人間以外のものも作れるのだから。


「来たようだな」

 上を見上げてルークスが言う。

 霊獣カクタンに乗り、皇太子サフィラスがやって来たのだ。

 今回のカラドボルグの雷は”制裁”ではないため、

 ルシス国王との謁見が必要だったのだ。


「今後はどうするって?」

 私が単刀直入に尋ねると、無表情のまま彼も簡潔に答える。

「例の調査結果を伝えてきた。

 ルシス国王は涙を流したが、第二王子は笑っていたな。

 そういえば彼からお前に伝言がある。

 ”マイナス100からの出発が1からになりました”とのことだ」

 1からの出発、良いじゃない。私は笑ってうなずく。


 調査結果とは、いつも行っている、

 あの”カラドボルグの雷”を落とした後の現場検証だ。

 今回、湖底を確認した時に見えたキラキラについて、

 ものすごい結果が出たのだ。ある意味、デセルタ国の時以上の。


 サフィラスが雷撃と高圧を、

 ルークスが高温を発する攻撃の直撃を繰り返した結果。

 あの湖の底にあった地質に含まれていた岩石が変質していたのだ。

 高温・高圧処理を施したことにより生まれた石。

 それはまったく新しい鉱石だったのだ。


「また作れと言われてもできないな!」

 ルークスは爽快に笑い、サフィラスも口元を軽くほころばせ

「だからこそ希少な石と言える。彼らにとっては当面の資金源だ」

 もちろん皇国はその権利を放棄している。

 それだけではなく、その石についての調査に協力し、

 加工や販売先に付いても協力する旨、伝えてきたのだ。


 私は端正な顔で毒舌な石工の神と、彼の愛する可愛らしい婚約者を思い出す。

「メイスン家の出番ね。きっとワクワクしてくれるわ」

 ”新しい鉱石”なんて聞いたら、あの大きな瞳を輝かして

 ソフィーはここに飛んでくるのだろう。


「良かったね。これから皇国も……」

 そこまで言って私は黙ってしまった。

 私たちの懸念は、それだけではなかったから。

 ルークスも察して、腕を組んで考え込む。


 今回の事例の調査結果や膨大なデータをもとに、

 皇国のあらゆる機関が今後のために分析・評価を行った。


 その結果、クリオたち生物学研究所が新しい見解を示したのだ。

 今回、妖魔が進化した件で、

 彼らの予測はことごとく的中していただけに、

 かなりの現実味を帯びて、それは私たちにのしかかってきた。

 その内容とは。


 ”近々、知性ある妖魔が誕生する可能性が高い”

 というものだった。


 彼らが着眼したのはオディア妖妃の行動履歴や反応だ。

 極めて知性が低いはずの妖魔の行動に、

 ”選択”だけでなく、”怒り”や”迷い”があった。

 そして彼女がデレク王子の首を消化しなかった理由が見つからないのだ。


 デレク王子が以前、私を陥れようとして言った言葉。

「お前は自分の力を過信している。お前は妖魔を過剰に攻撃した。

 仲間を殺された妖魔たちが怒り狂って

 より強い妖魔を引き連れて復讐しに来たのだ」

 あの時は荒唐無稽さに吹き出してしまったが、

 そうなる可能性が出てきたということに身震いしてしまう。


 ……あれは、予言だったのだろうか。


 陰りゆく未来を憂う気持ちが広がってくる。でも。

「アスティレア」

 ルークスに呼ばれ、顔を上げる。暖かい瞳が私を包む。

 私は笑顔を思い出す。うん、大丈夫だよね。


 私たちだって進化するのだから。


 ふと思い出したように、サフィラスがケースから何か取り出した。

「これはルシス国王からだ。受け取っておけ」

 私の手のひらに乗せられたのは、1cmくらいの石だった。

 すでに多面体にカットしてあり、小さいながらもキラキラと輝いている。


「あの湖の新・鉱石を、サンプルとして持っていったのだ。

 全権利を放棄する旨は伝えたが、

 これはお前に贈らせてくれと依頼された」


 私はそれを人差し指と親指でつまんでみる。

「ダイヤモンドみたいだね。すごく綺麗」

「全てがこの透明度をもっているわけではないがな。

 濁ったものも色が付いたものもあったようだ」

「使い道もいろいろと言うことだ」

 サフィラスの言葉に、ルークスが笑顔で力強く答える。


 私はその石を日にかざす。

 それはいっそうキラキラと光を屈折させた。

 この国の収入源になるね、そう言おうとして思い出す。


 旧時代の神話にあった、パンドラの箱の話。

 たくさんの厄災が飛び出した後、箱の底に残っていたものは。


「この国の、希望になるね」

 どんなに辛い事の後でも、私たちはそれを見つけることが出来るのだ。


 【国土崩壊編 終わり】


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