第28話 消滅する妖魔の大群

28.消滅する妖魔の大群


 私たちは飛竜を呼び寄せ、湖中央の島から脱出する。

「遺骨や石碑を退避出来たら良いのだけど……」

 飛び去る途中、寺院を見下ろしながら私が言うと、

 ジョゼフ王子は首を横に振って言う。

「必要ありません。掃除は週に一回、参拝は年に一度。

 なくなっても何の問題もないでしょう」

 ……この人はドライだからそう言うだろうけどね。


 でもまあ、状況的に仕方ないだろう。

 これから行う策は、皇国とルシス国の間で、

 解決案のひとつとして最初から出ていたことだ。

 もちろん、最悪の事態を想定して出された案ではあったが。

 まさかが実行されることになるとは。


 私は空を見上げる。

 すでに、が到着していた。

 はるか上空に、彼を乗せた霊獣カクタンの姿が見える。


 これで全員そろった。

 さあ、最後の仕上げを始めるのだ。


 このおびただしい数の妖魔を、

 時間をかけず、逃すことなく滅するには

 皇国においても私たちでなくては出来ないことだから。


 ****************


 ジョゼフ王子を安全なところに避難させた際、

 ルシス兵に、近隣の住民が避難したことを確認する。


 そして私は湖の高台へ。

 ルークスは火竜で、反対側の低い位置へと移動する。


 私は金の錫杖を高く掲げ、この湖全域に生えていた神霊女王の蘭を眺めた。

 どこかでリベリアが”回復と成長の祈り”を捧げてくれているため

 花は見る間に増え、咲き誇っていく。

 湖の周りが、リベリアの放つ美しい文様に包まれ、

 まるでキラキラと輝く真っ白な光に埋め尽くされているようだった。


 私は祈りを捧げ、錫杖へと意識を集中する。

 私の金の錫杖は太陽のように明るい光を放ち始める。

 すると錫杖へ向かって、神霊女王の蘭から発せられる

 ナチュラルな”陽のメイナ”が流れ込んでくる。

 私が生成するものではなく、まさに天然ものだ。

 最初は緩やかに流れていたそれは、

 だんだんと回転が早まり、最後は竜巻のような速さで

 錫杖へと吸い込まれていった。 


 普通のメイナ技能士ならば、とうにパンクしている量だった。

 でも神霊女王わたしに”容量キャパシティーの限界”はない。


 だんだんと光の渦が薄れた頃、私は錫杖を剣へと変えた。

 そして右手を挙げ、上空に一本の光の柱を伸ばす。


 これが”開始”の合図。

 皇国、いや、世界が誇る名剣2つが同時に、

 その力をいかんなく発揮する時が来たのだ。


 *****************


 しばしの間を置いた後、

 辺りにひりつくような緊張感がみなぎり、

 空気がビリビリと張り詰める。

 重力が増したような威圧感が、この場を支配していた。


 上空に来ていたのは、言わずもがな皇国の皇太子サフィラスだ。

 彼は霊獣カクタンに乗り、カラドボルグを掲げている。


 晴天なのに空に何本もの稲妻が走り、

 カラドボルグの真っ黒な刃に吸い込まれていくのが遠くに見える。

 刃は徐々に金色に光らせながら発光し……


 まず一刀。


 パルブス国やトリスティア学園に”刺さった”ものより

 はるかに大きな青紫の稲光が伸びていく。

 下への距離も短いため空気抵抗を受けず、ほぼ一直線に落ちる。


 ものすごい爆音が響き渡り、世界が揺れる。

 サフィラスの発したカラドボルグのいかづちが湖に刺さり、

 水蒸気爆発が起きたのだ。


 皇族の、それも本来は皇帝のみが扱うことができる

 至高の剣”カラドボルグ”。

 皇太子サフィラスはそれを、

 父親である皇帝が現役のまま譲り受けたのだ。

 その理由はただ一つ。

 彼の力が父である皇帝を越えたから。


 ただし、そこに親子間の葛藤などは皆無で、

 皇国らしく合理的で適性に見合った決定として処理された。

 実際、有事の際に毎回呼び出されることは、

 政務に追われる皇帝には負担が大きいだろう。

 ……私もサフィラスのほうが頼みやすいし。


 視界が白く煙り、離れたところまで熱風が吹き荒れ、

 爆風で付近の建物は吹き飛んでいく。


 水はそれなりに電気抵抗が大きいため、電力の伝達範囲は結構小さい。

 しかしカラドボルグの雷が発する力はそれを大きく凌駕しており、

 さらにそのエネルギーはすぐに熱エネルギーへと変わり、

 湖水を沸騰させてしまうのだ。


 これを見るとわかるように、

 カラドボルグの扱いで最も困難なことは

 ”その出力を抑えること”だ。

 パルブス国の王城を破壊し、

 トリスティア学園の時計塔を燃やすなど

 ほんの少量のパワーしか必要無いから。


 カラドボルグがその力を最大限に発揮したのは、

 前時代の終焉、古代兵器によって人類が滅びかけた

 ”あの時”のみだと言われている。


 今回は、結構な出力だろう。

 何キロメートルに渡るような、この国随一の湖を枯渇 させ

 中に潜む妖魔たちに打撃を加えなくてはいけないのだ。

 この国の地盤に、どれほどのエネルギーがかかることだろう。


 住宅街にはリベリアが、最大限にバリアを張るが、

 その他の部分は、風圧で木が根ごと引き抜かれて飛んでいき

 養殖所の小屋などは全て吹き飛んでいった。


 クルティラは王族と共に待機し、

 全ての工程について国王たちに説明と

 周囲への被害を未然に防ぐため

 皇国兵への指示を行っている。


 暴風によって湖から逃げ出した妖魔が出た場合や、

 湖中の地形によっては影響が変化するため、

 状況や状態を確認しつつ、

 臨機応変に対応しなくてはならないのだ。



 体を押さえつけられるような緊迫感はまだ続いている。

 湖の上空、中央に向かって、ジグザグの雷光が走る。

 皇太子サフィラスがカラドボルグに、さらに雷力を集めているのだ。


 充分に満ちたころ、また一刀が振り下ろされる。


 それはさらなる爆発を呼び、今度は地面まで大きく削っていく。

 湖の水はほぼ蒸発し、湖の底から無数の妖魔が現れる。

 小さいもの、弱いものは今の雷撃で消滅してしまったようだ。

 ヒュドロスのような強い妖魔はまだ生きており、

 体の表面を水蒸気の高温で焼かれ、

 体の一部が欠損したり、表面が焼け焦げたものもいる。

 つまり……触手はかなり損傷したはずだ。


 私はそれを確認し、右手の手のひらを上にし”天秤”を生み出し、

 左手にとって掲げ宣言する。

「ルシス国におけるこの場の妖魔に対し、刑を執行する」


 そして右手の剣を正面で横一文字にし、祈りをささげた後、

 天高く、それをかかげた。

 剣から白い光線が伸び、天をく。


 しばしの間を置き、ものすごい速さで、細く長い光の筋が雨のように降ってくる。

 今回の”天のやり”は進化版ニューバージョンだからね。

 陽のメイナで出来ているの。

 進化した私をがいい。妖魔ども。


 ジャスティティアの”新・天の槍”は妖魔に突き刺さっていく。

 それは物質ではないため、妖魔は跳ね返すことや防ぐことも出来ず

 ただ全身に浴びるしかないのだ。

 しかもそれは彼らの体を覆いつくすほど、

 とめどなく空から降ってきていた。


 湖の底を見ると、突き刺さった”新・天の槍”でキラキラと輝き

 妖魔の形が見えないほどだった。

 充分に突き刺さったことを確認し、私は再び合図を送る。


 湖畔でマルミアドイズを構える将軍ルーカスに、だ。


 ルークスが湖畔の低い位置から、

 渦を巻く白色の閃光を連続して放射する。

 いつもはオレンジ色だが、かなり高温の攻撃なのだろう。

 彼を中心にして、半円の放射状に放たれた攻撃は

 湖底の妖魔を次々と焼尽していった。


 サフィラスが電撃なら、ルークスは火炎を得意とする。

 この両方に耐性のある妖魔はいないため、

 これで完全に滅する作戦なのだ。


 その炎は高熱の余り、通常の妖魔なら瞬時に灰となり、

 大きな妖魔は近くの妖魔を巻きぞえにしながら燃え盛っていった。


 ルークスは位置を変えながら、湖の広範囲を焼き尽くす。

 今朝までは多くの水をたたえていたこの地は

 高熱で溶けだした岩石が真っ赤に液状化し、

 炎と高熱の海と化していた。


 そして最後にもう一刀。

 さらに”カラドボルグの雷”がその灼熱のマグマに突き刺さったのだ。

 それは中央の島へと突き刺さり、わずかに残っていた寺院の跡まで

 すっかりと消え去っていった。


 ものすごい噴煙と轟音をあげ、湖の”全て”が消えていく。

 妖魔も、触手も、ラピアも、全てが灰と化していった。


*****************


 ほんの数十分の出来事だった。


 しかし熱風が消え去っても、煙るような水蒸気と

 何かが焦げるようなにおい、そして灰がふわふわと漂っていた。

 それはかなり長い時間、収まることはなかったのだ。


 そして全てが静まった後、そこに広がっていたのは

 中央の島を失い、崩れた土と転がる岩石を見せた

 広く削られた渓谷のような湖の後だった。


 こうして完膚なきまでに妖魔の群れは消滅した。

 そして湖を含む周辺が荒地に変わり果て、

 ルシス国の国土は大きく変容したのだ。


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