第23話 デレク王子の嫡廃(第三者視点)

23.デレク王子の嫡廃(第三者視点)


 リベリアに守られつつ、ルシス国王とジョゼフ王子たちは

 養殖所から無事に脱出することが出来た。

「城に戻られますか?」

 そう尋ねるリベリアに、国王は首を横に振る。

「すでに妖魔の大群は動き出している。

 最前線で指揮を執らねばならない」

 国王たちは軍の総司令本部となる、湖の高台へと移動をはじめた。


 すでに全てのルシス兵に招集をかけ、

 湖の付近に住まう国民には避難命令が出ている。

 皇国も、この国に駐在している兵や調査団が

 湖を取り囲むように均等に配置されていた。


 荒れ果てた花園と、妖魔が水面で暴れる湖を見つめながら

「全ての妖魔が上陸するのも時間の問題だ。

 この国全体へと、あっという間に被害が広がるだろう。

 この数の妖魔を一体どうやって倒せば良いのだ」

 額に手を当て、思わず弱音が漏れる国王に、

 走って来たルシス国の兵が叫ぶ。

「南側と西側はすでにしました!」

「封鎖だと?! いったいどうやって」

 そう言ってから、国王は気付く。

 養殖所のある東側は、先ほどリベリアがバリアで叩いて湖中に戻した。

 だからあちら側に妖魔の上陸が出ていないのは知っている。

 しかし、なぜこちら側に妖魔がまだ溢れていないのだ?


 その答えを見に、国王とジョゼフ王子は護衛を連れて湖畔の見える位置へ走る。


 クルティラがちょうど、新しい”壁”を作っているところだった。

 一体の巨大な妖魔が湖中から現れ、這うように地面を上ってくる。

 待ち構えていたクルティラが細長い武器を構える。

「!? 切ってはならぬと……」

 ルシス国王はそう叫んだが、クルティラは地面を蹴って高く飛び、

 その武器を妖魔の足へと突き刺したのだ。


 移動を封じられ暴れまわる妖魔を見定めたクルティラは

 次の槍で妖魔の長い腕を地面へと刺し貫いた。


 ギュルルルルル……

 不気味な声をあげて、動かなくなる妖魔。


 それを確認すると、クルティラは次のターゲットへと移動する。


 ジョゼフ王子が感嘆の声を漏らす。

「そういうことか……なんと見事な!」

 たとえ切れたとしても、次から次へと出てくる妖魔を倒していくのは

 この国の兵だけで対応するには、こちらの身が持たないだろう。


 今、必要なことは、皇国の兵やメイナ技能士が到着する時間を稼ぐことだ。


 木材や石材で壁を作るのも良いが、

 上陸してくる妖魔自体を湖面ぎりぎりで固定してしまえば

 それが何よりも手っ取り早い”壁”となってくれるのだ。


 興奮気味に、ルシス国の対策委員が王子に同意する。

「妖魔同士は基本的に、近づくことを避けますからね。

 ああやってあの場にだけで、

 湖から出てきても戻っていく妖魔が多いんですよ」


 クルティラは広範囲を走り回り、適度な大きさの妖魔を見つけると

 皇国兵から槍を受け取り、そちらへ向かう。

 時おり小さな妖魔が攻撃を仕掛けてくるが、

 軽々と宙返りで飛び越え、その頭上を越えていく。


 小さな妖魔なら、皇国兵やルシス兵でも倒せる。

 今は、少しでも多くの”壁”を作ることに専念するのだ。


「彼女はナイフの名手と聞いていたが……攻撃だけではないのだな」

 ルシス国王がつぶやく。


 クルティラの真の強みは、卓越した運動神経と武器のコントロール術だ。

 ナイフで切ることなど、それらを利用した技のほんの一部に過ぎない。


 彼女が属していた冥府に招く貴婦人インフェルドミナと呼ばれる暗殺者集団においては

 とどめを刺すことなど児戯のようなものであり、

 獲物ターゲットを殺すまでのが重要だ。

 そのため、その手法や策は数えきれないほど有しているのだ。


 彼女が着々と”壁”と増やしていく間、

 皇国調査団のメイナが扱える者が、

 その壁の合間に陽のメイナを帯びた柱を立てていく。

 これでさらに、湖から上陸してくる数を極力押さえることができる。


 ルシス国王をジョゼフ王子の顔に希望の色が戻ってくる。

「これで皇国が間に合えば、なんとかなるかもしれない」

 そう、思った時。

 ルシス国の伝令が聞こえた。

「デレク王子を……ほ、捕獲しました!」


 **************


 確かに国王は、養殖所から脱出した際、さまざま指示とともに

 ”デレク王子を見つけ次第捕らえよ”という指令も出していたのだ。


 しかし実際に兵に抑えられる我が子を見ると、

 情が深いルシス国王は激しく動揺してしまう。


 デレク王子は父王に気が付き、いきなり喚き始めた。

「父上! 助けてください!

 早くこいつらに俺から離れるように命じてください!」

「国王様ぁ! 私は何もしておりませんっ!

 デレク王子と……あのメイナ技能士が悪いのですっ!」

 その横で座り込んでいるメイジー伯爵令嬢が喚き散らす。


 しかしルシス国王は悲し気に言った。

「デレクよ。お前はなんということを……」

 それを聞き、デレク王子は一瞬とまどったが

「俺は悪くないんです! この女にだまされただけなんです!

 だから言ったでしょう? 早く婚約破棄したいって!」

「私だって嫌だったわよ! 嫌で嫌でたまらなかったわ!」


 ルシス国王は事態を忘れて、我が子の前に座り顔を覗き込む。

「よく聞け、デレク。お前はもう終わりだ。

 この国だけの罪ならまだしも、古代装置を使用した時点で

 罪人として処罰されることは避けられぬ」


 リベリアと合流し、移動するその最中、

 アスティレアがデレク王子に国外追放されるまでの経緯を聞いていたのだ。


 古代装置を用いて”妖魔の軍団”を作ろうとしたこと。

 それの出現をアスティレアのせいにして、彼女に罪を償うように言い

 自分の妃となってこの国で生涯働き続けるよう強要したこと。

 そしてその作戦が大失敗に終わり、

 はっきり拒絶したアスティレアを国外追放したこと、を。


 それを聞き、ルシス国王はめまいで倒れそうになり、

 ジョゼフ王子はさすがに頭を抱えて俯いてしまったのだ。



 父王がすでに何もかも知っていることに驚き、

 そして最終通告を受けたことにパニックを起こすデレク王子。

「あれが古代装置だとは知らなかったんです!

 便利なものがあるな、と思って、ただ使ってみただけで……

 だいたい、被害者なんて出ていないんですよ?

 なにしろスライムですから! ぜんぶ瞬殺されたんですから!」

 母親である王妃と同じ言い訳を使ってみる。

 知らなかったと言えば、幽閉で済むかもしれない、そう思って。


 国王は悲し気に、幼子に言い聞かせるように諭す。

「ダメだ。ダメなのだ、デレク。

 あの場に見本として古代装置があっただろう?

 お前は見たし、触ったのだ。知らないはずがあるまい?」

 王妃を主犯とするさまざまな罪について、

 ルシス国と皇国とで協議が行われた際のことだ。


 あ! と言った後、思い出したのかデレク王子は黙り込む。

 あの時は本当に知らなくて、一本片手に持ち

「こんなものが”装置”なのか?」

 などと話していたのだ。

 しかし使い方を知っていたのは、あの場で説明書を読んだからだ。


 呆然とするデレク王子に、国王が告げる。

「花を焼き切ったのは、アスティレア殿への腹いせか?

 ……デレクよ、あの花から放出される陽のメイナによって

 妖魔の大群を押さえる役目を果たしていたのだよ」

「えっ? 妖魔の大群って……どこに」

「見ればわかるだろう。 湖の底でひそかに繁殖していたのだ

 お前があの花を焼き払ったせいで、今にも国に大群が押し寄せるだろう」

 クルティラの作った妖魔の”壁”を見て、震え出すデレク王子。


「……知らなかった。知らなかったんです!

 誰も教えてくれなかったから! 知ってたらそんなこと」

「知らなくてもそんなことしませんよ。誰も。

 きちんと調べてから指示しますよ普通は」

 ジョゼフ王子が口を挟む。


 国王は苦々しい顔で言い添える。

「しかも、最も頼りになる者をお前は追放したのだ」

 皇国のメイナ技能士、アスティレアを。


 湖の水面でうじゃうじゃと跳ね回る妖魔を見ながら

 デレク王子は恐怖と悔恨で叫び出しそうになる。

「そんな……俺は……」


 呆然とするデレク王子の前で、ルシス国王は立ち上がる。

 そして兵たちに向けて宣言した。

「緊急事態だが、止むを得まい。

 ここに、デレク王子の嫡廃を宣告する。

 伝令兵は城に戻り、その手続きを進めるよう伝えよ」

「父上!」

 デレク王子は叫び、両手を前に付いて泣き崩れた。

 伝令兵が一瞬気まずそうな顔をしたが、命令通りに城へと急ぐ。


 横でメイジー伯爵令嬢は皮肉な笑みを浮かべて言う。

「いい気味よ。私をこんなことに巻き込むからよ」

 その言葉に涙でグジャグジャの顔でデレクは言い返す。

「お、お前の立てた作戦じゃないか!

 それにお前も共犯だからな!」

「違うわよ! 私はまだ妃じゃないんだから!」


 騒ぐメイジーに、ジョセフ王子は冷淡に言い放った。

 おそらく彼女が一番嫌がるだろう言葉を選んで。

「まったく仲が良い事だな。

 今すぐ伝令に追加の指令を出し、デレクの妃にしてやろう。

 この国の、いや世界の歴史に、”デレクの妻”として名を残すが良い」

「嫌あああああああああ!」

 絶叫するメイジー。


 のたうち回るメイジーにジョセフ王子はさらに追い打ちをかける。

「そうだ。結婚祝いに私が銅像を建てますよ。

 もちろん、みんなが忘れがたいあのシーンですよ。

 あの、兄上があなたにキスをしている銅像です。

 どこに設置しましょうか。中央広場がいいかな? それとも城門前かな」

「やめて絶対にそんなの嫌よ!」

「こちらも大至急手続きを進めよう。

 兄上とメイジー嬢の結婚を祝して、大砲を打たないとな!」

 そう言いながら、泣き叫ぶメイジーを放置し背を向けるジョゼフ王子。


 あまりに王子が号泣し、メイジーが大声を出して暴れるので、

 困惑した兵は彼らにマントをかけた。

 まさに”犯罪者の装い”だったが、彼らはそれを頭から包まって泣いた。


 その時。


 ルシス兵の悲鳴に近い伝令が響き渡った。

「湖の北側に向かって、妖魔が移動を始めました!」

 ルシル国王とジョゼフ王子はハッとなる。

 東側、西側と南側は、クルティラ、そして皇国兵やルシス兵が封じていた。

 しかし北側はほとんど何もしていないのだ。

「まずいな、全ての妖魔があちらから出てくるぞ」

 ジョゼフ王子がそう言うと、リベリアが微笑んで言った。

「それで良いのです。そういう作戦ですから」

 何?! と国王は驚き、リベリアに尋ねる。

「出てきた妖魔はどうするのだ? 誰が対処する?」

 すると、その背後から声がした。


「私が参ります」


 振り返ると、そこには。

 皇国随一のメイナ技能士、アスティレアが立っていたのだ。


 *****************


 国王たちは嬉しそうに声をあげる。

「おお! 戻られたか!」

「良かった!」


 アスティレアはうなずき、湖を見渡して言う。

「北側に向かう前に、やっておくことがあります」

 もう少し、湖の周辺の防御を強化しなくては。

 焼け焦げた神霊女王の蘭を見て眉をひそめたが

 花からのメイナが完全に消えていないことを感じたのだ。


「では、始めます」


 アスティレアはそうつぶやき、

 自分に書けてある幻術を解いた。

 淡い光とともに、たちまち解ける幻術。


 そこに現れたのは、神霊女王ジャスティティアだった。

 真の力を解放したのだ。


 濃い黄金の髪は流れるように波打ち、

 瑠璃色の瞳はキラキラと輝いている。

 肌は真白く、唇は赤く艶のある宝石のようだった。


 茶色かった髪や目の色、肌色などは変わったが、

 顔や体形が変わったわけではない。

 しかし発行するような眩しさに包まれており、

 女王というよりも、まるで女神が現れたかのようだった。


「なぜ神霊女王ジャスティティアがここに!?」

 驚くジョゼフ王子に、ちょっと照れたようにアスティレアが答える。

「直系の子孫なんです、私」


 そして右手に金の錫杖を生み出し、高く掲げる。

 一瞬強い光を放ったかと思うと、

 神霊女王アスティレアの、陽のメイナが風のように吹き荒れ、

 湖の焼け野原に広がっていく。


 焼け焦げた花の根元から、焼けずに残った部分が芽を吹き

 新たな茎を伸ばし、みるみるつぼみを付け……

 そして神霊女王の蘭は、その花を咲かせたのだ。


「花が! 花が咲いている!」

「あの花が咲くの、初めて見たぞ」

「なんと美しい……」

 ルシス兵たちが驚いて騒ぎ出す。

 しかしルシル国王とジョゼフ王子、そして護衛兵はあまり驚かず

 どこか納得した顔でそれを眺めていた。


 リベリアの強靭なバリア、クルティラの美技を見ながら

 卓越した才能や技術を持つ彼女たちが”護衛”するアスティレアとは

 一体何者なのだろう……と密かに思っていたのだ。


 まさか。当世の神霊女王だったとは。


 アスティレアは湖を見渡す。

 まばらにだが、湖畔で花を咲かせた神霊女王の蘭は

 かなり強力な陽のメイナを放出していた。

 これでしばらくの間、周囲はなんとか保つだろう。


 そして振り返って告げる。

「では、北側に向かいますね」


 ******************


 その陰で。

 花の復活に浮かれる兵の目を盗み、密かにその場を逃れる者がいた。


 デレクとメイジーは、まだ手枷など付けられていなかったため

 世にも稀な神霊女王の開花を、

 そしてアスティレアを一目見ようと大騒ぎするルシス兵の足元を

 マントをかぶり、最初は転がるように、そして足早に去っていったのだ。


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