第24話 王太子たちの最後(第三者視点)
24.王太子たちの最後(第三者視点)
デレク王子とメイジーは混乱に乗じて逃げ出した。
「この妖魔たちは、俺の軍団になるのだ。
こいつらを従えて世界の頂点に立てば、
この世の全てのものが俺にひれ伏すだろう」
それには寺院に戻らなくてはならない。
あの寺院には、もっとたくさんの古代装置があったはずだ。
前回、あまりに重たくて持てなかったため、
半分は
公爵家の船着き場は、幸い近くの西側にあった。
妖魔のいる湖は恐ろしくて仕方なかったが、
先ほどアスティレアが神霊女王の蘭を開花させたため
水面は時おり波打つくらいに落ち着いていた。
どのみち彼らは行くしかないのだ。
彼らはクルティラの作った妖魔の壁の横を通り抜け、
船着き場にたどり着き
そっとボートで湖へと出て行った。
兵士たちはまだ騒いでおり、北へ向かうアスティレアを見守っている。
湖上は花を焼いた時の煙や、水魔の吐き出す霧などが
彼らの姿をうまい具合に隠してくれたのだ。
いつもは見ているだけのメイジーも
ボートを押すのも漕ぐのもさすがに協力していた。
彼らはじわじわと中央の島に近づいていく。
そして島の船着き場に降り立つと、二人は笑いが込み上げてくる。
……作戦成功だ。
だがそれは成功などではなく、
自分たちを最悪の死へを追いやる行為だったのだが。
*****************
デレク王子は言った。
「俺は、妖魔軍団の
ルークスに張り合っていることがバレバレの発言だったが
メイジーは憎しみのこもった目でデレクに訴える。
「私は妖魔軍団の女王になるから。
……あんたの妻ではないけどねっ!」
まるで子どもが、ごっこ遊びの役柄を決めているようなやり取りだが、
本人たちはいたって本気だった。
そしてボートを繋ぐと、すぐ側の草むらをゴソゴソと探す。
あの隠し場所からは出したのだが、
船には全部乗せられなくて、この辺の草むらに隠したはずなのだが。
「……なんだよ。この辺まで水が来てたか?」
デレク王子は自国についても勉強不足であり、
このフィレル湖の水位が、晴天が続いた後と降雨後では
大きく異なることを知らなかった。
つまり湖ギリギリに隠したため、雨が続いたその後、
古代装置を収めた袋は湖に沈み、流されていったのだ。
隠したはずの場所が湖と化していることを不思議がりながら
二人はじっと水面を見つめる。
すると水中に影が見えた。
……袋か? そう思い、デレク王子が目を細めると。
それはゆっくりと近づいてきて、水中からデレク王子を
「ひぃ!」
デレク王子は湖から身を離し、後ずさる。
遅れてメイジーが彼の後ろへと回り込んで叫ぶ。
「何よ!? なんなの? 妖魔なの?」
それは水中から、ゆっくりと姿を現した。
それは人間の形をした妖魔だった。
真っ青な肌に、赤い血管のような筋をくねくねと浮かび上がらせ
眼球は赤く染まり膨れ上がり、前に少し飛び出ている。
頭皮はまばらに生えた髪が濡れて張り付き、
薄く開いた口からは水が流れていた。
彼らはオディア妖妃と遭遇したのだ。
先ほど花が焼かれた時、上に植えらえた花だけでは
地下の全てを押さえておくことはできなくなり
オディア妖妃は4人の
あまりにも恐ろしい異形を前にし、
二人は尻もちをつき、悲鳴も出せなかった。
その時、オディア妖妃に異変が起きていた。
デレク王子を前に、真っ赤な眼球をクルクルと動かし、
細かな糸を引きながら口を動かしていた。
真っ青で細かい触手の生えた両手を、胸の前でグネグネと合わせている。
もし皇国生物学研究所員のクリオが見ていたなら興奮しただろう。
「妖魔が王妃の持っていた”記憶”を得て、
その情報を元に行動を起こしたんですね!」
と、妖魔のさらなる進化に、その探求心を刺激されたかもしれない。
デレク王子は、ルシス国王代々の特徴をおおいに受け継いだ相貌だった。
その昔、”側妃は作らない”とオディア王妃に約束したのに
それを破ったうえ、彼女を生きたまま埋葬した王も、
きっとデレク王子と同じ顔をしていたのだろう。
ア……オア……ア……アオ……アア……
言葉にならない音を発しながら、
オディア妖妃はデレク王子に近づいてくる。
「うわあ! 来るなあ! こっちに来るなあ!」
デレク王子はやっとのことで立ち上がり、
メイジーを置いて走り去っていった。
そのまま振り返りもせず、寺院の中へと逃げ込んでいく。
「嘘でしょ!? ちょっと待ちなさいよ!」
メイジーは叫んで立ち上がろうとするが、
水際で足が滑り、うまく立ち上がれない。
「ヒイイイイイイ」
と声を漏らしながら頭を抱えてうずくまるメイジー。
しかし、何も起こらなかった。
恐ろしい人型の妖魔は、ずるずると身体を引きずりながら
長い触手を地面に叩きつけながら
メイジーには目もくれずにデレク王子を追いかけていったのだ。
********************
遠ざかる妖魔がデレク王子を追って寺院の中へと入っていくのを見て、
メイジーはほっと息をついた。
「何なの? あれ……まあいいわ、今のうちに逃げないと」
そういってフラフラと立ち上がる。
実際に間近で妖魔を見ると、これの大群を従えるなど
絶対にできるわけがないことを実感したのだ。
そんな毎日、恐怖のあまりすぐに死んでしまうだろう。
もう”妖魔の軍団”などと言ってる場合ではなかった。
普通に国外に逃げれば良いのだ。
おばあ様にいえば、きっと何とかしてくれる。
ボートの綱をビットから外すために手をかけると
グイっと強い力で綱が引っ張られるのを感じた。
「えっ? 何?」
そう言って振り返ると、ボートが船着き場から遠ざかろうとしていた。
「どうして?! 誰も乗っていないのに!」
綱はピーンと張られている。
メイジーはボートを失うまいと、必死に綱を手繰り寄せた。
そしていざ乗り込もうとして固まる。
ボートの端に、青い手がかかっているのだ。
恐怖のあまり、ゆっくりとボートから離れていくメイジー。
ボートから目を離さないように、ゆっくり、後ずさりしながら。
するとバシャバシャと水音が聞こえた。
振り向くと、船着き場の横、だんだん浅くなっていく水中から
青い肌をした男たちがゆっくりと現れたのだ。
さっきの人型妖魔よりかは、人間に近い姿をしている。
中腰ではあるが、自分の足で歩けているのだ。
しかし絶対に人間ではなかった。
ボロボロの服のいたる所から、短くて細い触手が生えており
好き勝手にピチピチと動いていたから。
どんどん上陸していく彼らを見て、
メイジーは悲鳴をあげないように必死にこらえた。
見つかったら終わりだ。本能がそう叫んでいた。
その時。
ドーン。ドドーン。 ドーン。ドドーン。
城の方角で空砲が打ち上げられたのだ。
メイジーはとっさにその方角に向きを変え、目を泳がせる。
”あれは……確か……祝砲?”
そう思った瞬間、ものすごい形相に変わった。
”あいつ! 本当にやったのね!
私をデレクの妻にしたんだわ!”
先ほどいったんルシス国に捕まった時、
ジョゼフ王子に言われたのだ。
”今すぐ伝令に追加の指令を出し、デレクの妃にしてやろう。
世界の歴史に『デレクの妻』として名を残すがいい”
と。それだけでも耐え難いのに、あいつはさらに言ったのだ。
結婚祝いとして、あの婚約発表の日を再現した、
デレク王子がメイジーにキスをしている銅像を建てると。
発狂しそうな怒りと嫌悪感、
そして恥辱に駆られ、思わず絶叫してしまう。
「ぜったい嫌あああああああああ!」
はっ! と気が付いた時は遅かった。
慌てて振り返ると、そこには。
ゆらゆらと歩きながら、船着き場の上を
メイジーに向かって歩いてくる4人の人型妖魔がいたのだ。
「嫌よ、嫌、嫌……」
首を振って後ずさるメイジー。しかし、この船着き場は短い。
あっという間に取り囲まれ、彼らに腕や頭、肩を掴まれる。
メイジーは大暴れするが、彼らの力は意外に強かった。
そして彼らの口がネバネバと糸を引きながら、
首の下まで大きく開かれた。
妖魔となっても、捕食するのは口からなのだ。
ものすごい悲鳴が湖上に響き渡る。
ガタガタと船着き場は揺れ、辺りは血の匂いでいっぱいとなった。
やがて静かになり、くちゃくちゃという咀嚼音が響き渡る中、
何度目かの空砲が鳴り響いた。
これは祝砲などではなく、
国民への退避命令 第二段階を告げるものだったから。
ジョゼフ王子はこの緊急時、さすがにそのような指令は出さず
ルシス国王とともに着々と国民への対応を進めていただけだった。
しかしメイジーはその最後まで、
自分がデレクの妻となったと思い込み
深い絶望を感じながらこの世を去っていったのだ。
********************
はあ、はあ、はあ……
デレク王子は寺院の中を走り回っていた。
どんなに逃げても逃げても、あの妖魔は自分を追ってくるのだ。
「メイジーのほうには行かなかったのか」
残念そうにそう言うと、そっと振り返り様子を伺う。
今まで誰かに、こんなに追い回されることなどなかった。
いつも自分が追いかけるばかりで、
しかも最後には逃げられてしまうのだった。
そう思いながら、悔しさで顔をゆがめてうつむき
自分の膝を両手ににぎる。
だから今回は絶対に逃したくなかったのに。
最初に一目見た時からこの娘だと思った。
父王に優雅に挨拶するその姿の美しさ。
学者が感心するほど妖魔に対する深い知識や
他国の者にも知られた業績を持つ、その才能。
しかしそれだけではなかった。
知れば知るほど、彼女に惹かれていった。
彼女の持つ、何に対しても揺るがない強い意志。
他人にどう思われることも、どう評価されることも
彼女にとっては何の価値もないことなのだ。
絶対的な自信があるのかと思えば迷いもあり、
意外と失敗するし、苦手なものも多くあるようだった。
それでも彼女は堅固な”己”を貫いていて、
それがとても眩しかった。
彼女が側にいたら、自分も変われるのではないか。
「アスティレア……」
目を閉じ、そっとつぶやくデレク王子。
感傷にひたる彼の鼻腔を、生臭い臭いが満たす。
「……なんの匂いだ?」
そう言って、隠れていた柱の陰から顔を出すと。
その顔の正面に、膨れ上がった真っ赤な目をした顔があったのだ。
「! うわああああああああああああ!」
絶叫しのけぞるデレク王子。
オディア妖妃はゆっくりと彼に青い手を伸ばす。
「来るな! やめろ!」
しかし届いたのは手ではなく、二本の長く太い触手だった。
先日クルティラに切られた部分は、すでに再生していたのだ。
触手の一本は右足に巻き付き、もう一本は左手に巻き付く。
横に倒され、身動きが取れなくなったデレク王子は、
必死にその触手をはがそうと暴れまわる。
青い肌に浮き出た赤い筋は、ピクピクと波打っている。
血のように赤く飛び出た目は、細かく振動し、今にも零れ落ちそうだ。
そして何かを伝えようとしているかのように
粘つくような伸縮をみせながら口を上下に動かしている。
間近で見るこの妖魔は、とても恐ろしかった。
恐怖のあまり、涙で顔がぐしゃぐしゃになるデレク王子。
その場で座り込んでしまう。
オディア妖妃は、ゆっくりと近づいてくる。
「やめろ……」
デレク王子は懇願するが、オディア妖妃の両手が彼の両足を掴んだ。
「やめてくれ……」
オディア妖妃の口が、ねばねばと縦に横にと大きく開く。
喉を越え、胸まで伸び切った。
そして蛇が丸飲みするように、デレク王子を足から飲み込んだのだ。
「うわあ! 痛い! 痛い痛い! やめて助けて」
どんどん体内へと押し込まれていくデレク王子。
「誰か助けてくれえ! 痛いっ!痛いよお……」
オディア妖妃の口からはダラダラと血が垂れ流れる。
中で圧縮され、潰れていくデレク王子の血だ。
すでに悲鳴は聞こえなくなったが、
オディア妖妃の体は大きく膨れ上がって変形し、グネグネと波打っていた。
身をよじりながら、腕で体をかきむしるオディア妖妃。
体中の短い触手はものすごい速さでうねり、
二本の長い触手は寺院の中を鞭うつように跳ねまわる。
そして。
しばらく経った後。
オディア王妃はずるずると身体を引きずりながら、
寺院の外へと向かっていった。
その体はまだ多少膨れており、形もいびつだったが
表面上は元に戻ったようだった。
しかし一か所だけ変化が起きていた。
彼女の腹から突き破るように出ているものがあったのだ。
それは。
デレク王子の首だった。
まだらに青く変色した肌。虚ろな瞳。
そして、その口は絶えず動いていたのだ。
唇を読める者がいたら、わかっただろう。
”イタイ……助ケテクレ……アスティレア……助ケテ”
彼が繰り返し、そう言っていることを。
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