第22話 妖魔の大群(第三者視点)

22.妖魔の大群(第三者視点)


 アスティレアが国外追放された後。


 彼女に詫びるため、第二王妃や他の王子たちも部屋から退出した。

 その場に残った侍従や妖魔対策委員たちも

 デレク王子は広間から追い出してしまう。


 ”今しかない。俺には時間がないのだ”

 デレク王子は焦っていた。

 王太子としての権利を行使できるのは

 父である国王が城に戻るまでの、あとわずかな時間のみ。


 足元でふてくされているメイジー伯爵令嬢を見ながら、

 デレク王子はめまぐるしく頭を働かせる。


 しかし頭に浮かんでくるのは、

 先ほどアスティレアが見せた冷たい視線と言葉だった。

「私と私の心は皇国将軍ルークス様のものです。

 この身を生涯捧げる方はあの方のみです」


 あの式典の日も、仲良く寄り添う二人を見せられ

 死ぬほど悔しい思いをさせられたのだ。


 皇国将軍の顔や言葉を思い出す。

「あれは君のための、神聖な花だからな。

 あの大切な花を見逃すはずはない」 


 あいつらのせいで、この俺が惨めな思いをしたんだ。

 あんな奴らなんか。

 どうにか一矢報いてやりたい。

 ……そうだ。


 デレク王子は急に書類を書きはじめ、自分のサインを入れる。

 そして何も知らない伝令兵を呼び寄せた。


「緊急指令を発動する。これを掲げ、全ての兵に命じろ。

 今すぐ湖畔に植えられたあの花を全部焼き払え」

「えっ? あの……」

「王太子命令だ! 急いですぐに取りかかれ!

 なるべく急いで全て燃やし切るのだ。1本も残すな!」

 伝達兵が大急ぎで走っていくのを見送りながら、

 デレク王子の顔に、いつものニヤニヤが戻ってくる。


 ルシス国の軍で、もっとも緊急度の高い指令として発令したのだ。

 この国を去る準備をしているだろうアスティレアに

 ”彼女の大切な花”が燃やし尽くされる光景を見せることができるだろう。


 後はどうにでもなれ、だ。


 そう思っていたデレク王子に、メイジー伯爵令嬢がささやく。

「ねえ、逃げないと。私たちこのままでは皇国に捕まるわ」

 その言葉を聞きデレク王子は目を見開く。

 もうどうでも良い、などと思っていた気持ちが一瞬で吹き飛んだ。


 皇国に捕まるなど、そんな屈辱は耐えられない。

 縛り上げられた姿で、あの将軍に見下されるなど死んだ方がマシだ。


「父上が戻る前にここを出るぞ」

 デレク王子は集まってきた侍従を振り切り、

 メイジー伯爵令嬢とともに馬車で城を出ていく。


 *******************


 その頃国王は、養殖所の小屋の中から、暗い気持ちで湖を見つめていた。

「なんとか妖魔だけを倒して、この魚を残すことはできないだろうか」

 この湖だけに住むラピアは、この国の大切な収入源だ。

 もし妖魔とともに絶滅してしまうなら、

 この国の豊かな生活は、一気に貧しかった頃に逆戻りだろう。


 悲壮な国王に反し、ジョゼフ王子は淡々と答える。

 彼も最初はこの魚で得られる収益を守るために

 アスティレアに調査を依頼したのだが、結果を見てすぐに諦めたのだ。


「皇国にも相談してみますが、おそらく無理でしょうね。

 あの報告書だと、これは妖魔の産物みたいですし」

 国王は諦めきれないようで反論する。

「……傷の回復に効果があるのは確かなのだぞ」

 それに対しても、ジョゼフ王子はあっさりと希望を打ち砕く。

「副作用の事例が少しずつ増えているのも確かです」


 ルシス国王はため息をつき、この非情で現実的な次男をみつめる。

「お前という奴は……」

 切り替えが早いと言えば聞こえが良いが、薄情とも思えて仕方がなかった。

 ジョゼフ王子は父親の様子を気にもとめず、

「それにしても遅いですね」

 とあたりを見渡す。


 伝令が間違いであり、アスティレアたちは城に来ている、

 と城からの連絡が来た時、

 国王たちは魚について相談したいため、

 逆にアスティレアたちのほうに、

 こちらへ来てもらうように伝えていたのだ。


 それを城へと持ち帰った伝令は、

 アスティレアたちがすでに城を出たと聞き、

 大慌てで探しているところだった。


 そんな経緯により、国王たちはここで待ち続けていたのだ。


「なんだか騒がしいな」

「向こう岸に兵が集まっているな。

 ああ、あちらにも。……あそこの岸にもだ」

 警護兵たちがざわざわし始める。


 なんだなんだと見守るうちに、

 いろんな場所で煙が立ち昇っているのが見えた。

「何を焼いてるんだ?」


 しばらくの間をおき、このあたりもザワザワし始める。

 さすがに国王たちも気が付き、

 小屋から出てきて護衛兵に尋ねる。

「何の騒ぎだ?」

 国王の問いに、一人の兵が確認に走る。


 そして戻ってきて、息を切らしながら叫ぶ。

「大変です! 兵たちが湖畔の花を焼き払っています!」

 思わず立ち上がるルシス国王とジョゼフ王子。

「だ、だれがそんなことを命じた!」

「あの、王太子命令だそうです! それも緊急指令とのことで」


「あの馬鹿が! なんという馬鹿者!」

 あまりの事態に感情的に怒鳴ってしまう国王に対し、

 さすがのジョゼフ王子も多少は慌てて言う。

「そんな分かりきったこと言ってないで、

 早く取り消し命令を出してください父上!

 あの報告書どおりなら、大変なことになりますよ!」

 神霊女王の花が出す陽のメイナによって、

 いままで妖魔たちは封じられていたのだ。

 焼かれることでこの力が弱まるようなことがあれば……


 血の気が引く国王。

「すぐにやめるように通達を出すのだ! 急げ!」


 その結果、現場は大きく混乱してしまった。

 すぐに止めた部隊もあったが、

 移動中で伝令がまだ到達していない他の部隊が

「ここにも残ってるぞ」

 といって結局焼き払ってしまうのだ。


 そしてあっという間に湖の周辺は焼け野原になっていく。


 ****************


 すぐにこの場を離れるべく国王たちは馬車へと急いだ。

「大変な事態となった。すぐに皇国と合流しなくては」


 そう言って乗り込むが、不思議と馬が動かないのだ。

 鞭を鳴らしても、なだめても、じっと前を見ているだけ。

「火を怖がっているのか?」

 そう思い、御者が馬に近づくと。


 その前方、焼け焦げた花園の中を

 何かがゆっくり移動しているのが見える。

「あれは、なんだ?」


 それを見た護衛兵が身構えて叫ぶ。

「妖魔だ! 全員、国王をお守りしろ!」

 その声に国王とジョゼフ王子は馬車の窓から外を見る。

 あれは……まさか。


「そのまま馬車にいるのは危険かもしれません!」

 護衛が叫ぶ。その通りだ。

 あれがもし、なら、馬車ごと溶かされるだろう。


 二人は馬車から飛び降り、警戒しつつ、

 炭と化した花の間を移動するそれを眺める。


 屈強な護衛兵の一人が、震える声でつぶやいた。

「あれは……ヒュドロス」

 名前を呼ばれた水蛇の王は、ゆっくりとその頭を持ち上げこちらを見た。

 最大のものは9つの頭を持つが、これはまだ若く、頭も3つ無い。

 それぞれの頭が持つ頑強なあごで獲物に噛みつく攻撃も恐ろしいが、

 その体が持つ猛毒は、触れるだけで溶け、激痛を感じながら死すという。


 無感情な妖魔の目に見つめられ、人間たちは身動きが取れず固まっていた。


 その時、背後の湖で、大きく何かが跳ねる音がした。

 思わず全員がそちらを振り返ると、湖の水面は激しく泡立っている。


 そして。

 仲間に押されるように、大量の妖魔が湖底から

 ぶわっと溢れ出してきたのが見えた。


 その場にいた全員が戦慄する。

 ついに、妖魔の大群は動き出したのだ。


 ****************


「想像しうる最も最悪の展開になりましたね」

 そう言ってジョゼフ王子は護衛兵に対し、

 隙を見て国王とともにここを去れと命じた。

 そして自分がヒュドロスの注意を引き付けるべく、横に移動していく。


「父上はお逃げ下さい。王太子の不始末で王が殺されたとあっては

 ただでさえ傾きかけているこの国は本格的におしまいです。

 国民に対し、私が責任を取りましょう。

 王子の代わりは、父上のおかげでたくさんいますしね」


 国王は目を見開いた後、この場に合わない苦笑を見せた。

「正直、お前のそういう合理的すぎるところが苦手だった。

 ……わしは国王だが、父親でもあるのだぞ!」

「父上は情が深すぎですね。

 私は結構、そういうところが好きでしたよ」

 そう言って剣を振りながら駆け出す。

 伝説の通りなら、動いているものにより興味を引かれるはずだ。


 案の定、ヒュドロスの3つの頭は先を争って王子を追いかけ、

 道を塞いでいた体をずるずると移動させたのだ。

「ジョゼフ! やめろ!」

 国王は叫ぶが、護衛に押されるように馬へと乗せられる。

 しかし馬はすっかり恐怖で動き出さない。


 しかもヒュドロスの頭の2つが、国王たちに振り返ったのだ。

 ”獲物が多くいる方”に気付いたのかもしれない。


 ジョゼフ王子を追う頭の1つが、その口から毒液を吐き捨てて飛ばす。

 危ういところで王子はそれをかわしたが、

 毒液がかかった野草はみるみる黒く変色し崩れていった。


 ほかの2つの頭も、国王や護衛に向けて毒液を飛ばしてくる。

 まずは動けなくしてから食すつもりなのだろう。


 その場は騒然となり、馬はいななき、国王を振り落とす。

 何人かの足や腕に毒液がかかり、悲鳴があちこちで聞こえる。


 万事休す。

 そう、皆が思ったその時。



 ヒュドロスと国王たちの間に、美しい文様のついた薄い壁が広がったのだ。

 その繊細な麗しさとは裏腹に、とても強固なバリアだった。

 ヒュドロスの毒液はもちろん通さず、

 頭や体がぶつかっても振動すら起こさない。


 国王は離れたところにいるジョゼフ王子を見ると、

 彼も同様のバリアで包まれているのが見え、胸をなでおろす。


 見るとジョゼフ王子は上を指している。

 国王たちが顔を上げると、そこには竜に乗った若い神官服の娘がいた。


 皇国の誇る最強の盾、リベリアが到着したのだ。


 ************


 リベリアは国王たちのところに降り立つと一礼し、

 毒を浴び、のたうち回る護衛兵たちを一瞬で解毒した。

 そして痛みを抑え、ただれた皮膚を少しずつ回復していく。


 そして応急処置が終わると、

「作戦を立てる前に最悪の事態を迎えましたわね」

 そう言って国王に、ニコニコと笑顔を見せたのだ。

 軽い調子に戸惑いつつも、国王は礼を述べたあと尋ねる。

「……アスティレアどのは?」

「デレク王子に国外追放を命じられたため、別行動しております」

 その言葉を聞き、国王は顔面を覆いつぶやく。

「デレクよ……そなたはどこまで……」


「それはもう、限りなく愚かですよ。兄上は」

 ジョゼフ王子が続きを答える。

 バリアが張られたままこちらに歩いてきたのだ。

 そしてリベリアに礼を言い、ヒュドロスに視線を移す。

「それで、どうやってここを抜けましょうか」

 リベリアは首をかしげ、人差し指をあごにあて

「怪我をした方には馬車に乗っていただき、

 他の方は馬か徒歩でしょうか」

 と事も無げに言うので、いやいやと首を振って国王が指摘する。

「あの妖魔をどうするのだ? 

 バリアを張ったまま進むと付いてくるのではないか?」

 とヒュドロスを指し示して言った。


 リベリアはああそれですか、と呟き、

「ついて来られるのは迷惑ですから、いったん湖に戻っていただきましょう。

 皇国の調査結果が出るまでは、安易に切ったり倒したりできませんので」

 切ると増える可能性があることは、調査報告を読んだ国王たちは知っている。

 見ればヒュドロスの胴体にも、黒くて短い触手が生えているのだ。


 困り顔や不安顔の男たちの間を、リベリアは前へと進んだ。

 そして振り返って彼らに言う。

「しばらくの間、バリアが外れます。

 馬車の後ろや小屋などに身を隠していてください」


 彼らがそちらに向かおうとした瞬間。

 バリアが消え……たのではなく、国王たちを包んでいた半球の形を

 垂直に立ち上げたのだ。

 そして勢いよくブワンと回転し、半円の窪んだほうでヒュドロスを捕らえ、

 スプーンで横にすくうように、そのまま湖へと押し飛ばしたのだ。


 あの凶悪な水蛇の王ヒュドロスを、バリアを使ってぶん投げるとは。


 あっけにとられる彼らをよそに、リベリアは湖の様子に眉をしかめる。

「あらら。もうちょっとおとなしくしていただかないと」

 そう言って湖畔にうようよと上陸し始めた妖魔を、

 今度は巨大な平たいバリアでバンバンと叩いて湖面へと落としていく。


 ”私はバリアが、身を守るものだと思ったことはありませんから”

 かつて湖中でアスティレアにそう語った通り、

 ただ癒し、守りに徹するような”最強の盾リベリア”ではないのだ。


 おおよその妖魔を片付けると、振り返ってにこやかに言った。

「お待たせしました。では、行きましょう。」


 国王も、ジョゼフ王子も、護衛兵たちも、何も言えずにうなずくだけだった。


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