第21話 デレク王子の断罪裁判

21.デレク王子の断罪裁判


 事態はかなり深刻であるため、

 ルシス国王との謁見はすぐに行われることになった。


 あらかじめ文書で現状を報告してあり、情報はすでに共有されている。

 あとは今後の具体的な対応策について話し合うのみだ。

 もちろん皇国は惜しみない助力をルシス国に約束している。


 私たちは指定された日時、ルシス国の王城へ久しぶりに登城していた。

「……対策をどうするかだよね。

 まずは国民を避難させた方が良さそうだし」

 そう言いながら、指定された広間へと入ると。


 そこにいたのは、困り果てた大臣や侍従たちに囲まれ

 デレク王子とメイジー伯爵令嬢が立っていたのだ。


 ビックリしている私に気がついて、

 王子はとびきりのニヤつき顔で言い放つ。

「やっと来たな。

 では、始めよう。お前の断罪裁判を」


 *******************


 私はあえて大臣へ向けて問いかける。

「国王はどちらに?」

 デレク王子は嫌な顔をしたが、大臣は動揺を隠そうともせずに答える。

「そ、それが、そちらから急に”謁見場所を養殖所に変えたい”と

 ご連絡いただいたのですが……

 そのため、ジョゼフ王子とご一緒にそちらに向かわれました」

「そのような連絡は一切出しておりません。

 ……何者かが偽の連絡をよこしたのでしょう」


 そう言って私はデレク王子を見る。

 それを聞き、大臣は部屋から大急ぎで出て行った。

 おそらく国王を呼び戻す指示を出しに向かったのだろう。


 デレク王子はニヤついたまま目を逸らして言う。

「まあ、良いではないか。何かの手違いだろう。

 それよりもだな……」

「よくありません。

 皇国の名を騙り、文書偽造した者は厳罰に処されます。

 調べればすぐに経緯がわかることでしょう。至急、対処いたします」

 そういって、きびすを返して出ていこうとした。


 デレク王子は、私に接近禁止命令を出されているため、

 自分から会いに来ることはできない。


 おそらく偽の通達を作り、

 王やジョセフ王子を養殖所に呼び出しておいたのだろう。

 妖魔の件はあくまでも自分が責任者だとでもいうつもりなのか?

 なんにしても皇国を舐め過ぎだ。


 出口に向かう私に、デレク王子は聞き捨てならないことを言う。

「……文書偽造など、お前の罪に比べれば小さなものだ」

 罪? なんか言い出したぞ、この人。


「私の罪、ですか」

 振り返った私に、デレク王子は上から目線で質問してくる。

「聞いただろう? 妖魔が大群で攻めてきたことを」

 なんで知ってるんだろう、私は思った。

 事態が事態だけに、国王が話したのだろうか。

「……まだ攻めてきてはいないようですが」

「ふん、おそらく時間の問題だろう」

 それは確かにその通りた。


 困惑する私たちに対し、デレク王子はとんでもないことを言い出したのだ。

「この妖魔の大群はおまえのせいだぞ。

 どう責任を取るつもりだ」

「……おっしゃる意味がわかりません」

「信じられない。自分でやらかしておいて、無責任な方ね」

 馬鹿にしたように片眉をあげてメイジーが横から言う。


 デレク王子は首を横に振り、残念そうに話し出す。

「わからないだろうな、お前は自分の力を過信しているから。

 お前が妖魔を過剰に攻撃したからだよ。

 そして仲間を殺された妖魔たちが怒り狂って

 より強い妖魔を引き連れてこの国に復讐しに来たのだ」


 ボフッ、という音が私の後ろが聞こえる。

 両手で口を押えたまま、盛大にリベリアが吹き出したのだ。

 そして肩を震わせてつぶやいた。

「幼子でも思いつかないファンタジーの世界ですわ……」

 クルティラも目を細め口元に薄い笑いを浮かべて、

 デレク王子を生暖かく見守っている。


 パニックを起こしたのは私たちではなく、

 ルシス国の大臣や妖魔の対策委員たちだ。

 ありえない説で私に罪をなすり付けようとしているデレク王子を

 必死に止めようとして叫んだり、その前を遮ろうとしている。


「デレク王子! お待ちください! それは……」

「黙れ! 俺はまだ王太子だぞ! その言を遮るつもりか!」

 それは確かにその通りなので、彼らは言葉に詰まり目を見開いて止まる。

 そして全員が悲し気な目で私に振り向いて、首を横に振る。

 ……大丈夫。わかっていますって。


「どうするのだ? あのような大群、このままではこの国が危ないぞ。

 魔猿も一匹や二匹ではないからな。

 ……そういえばお前は以前、魔猿に怯えていたな?」

「怯えてなどいませんが?」

「嘘をつくな。馬車から降りて来なかったろう。

 あの花のアレルギーかと思ったが、そうではなかった。

 ……皇国の将軍あいつも”君のための花”とか言っていたしな。

 まあ、だから、お前は魔猿が怖くて動けなかったのだろう?」

「全然、違います」

 私は呆れて首をふる。


 デレク王子はフン、と鼻をならし、私の言葉を無視して話を進める。

「まあ良い、安心しろ。

 俺が現場に向かい、全て退けてやろう。

 その代わりにお前は生涯、この国にその身を捧げるのだ。

 己の力を過信し、この国を危機にさらした罪。

 その償いと、俺が代わりに倒してやることに対し深く感謝して

 俺の王妃となり、生涯この国で妖魔退治をしながら償うが良い」

「ウフフフ、お世継ぎもたくさん産まないとね。

 王妃の仕事ですもの」

 メイジーがものすごく嬉しそうに割り込んでくる。


 侍従が呼んできたのか、第二王妃やその他の王子もこの場にやってきた。

 全員が、険しい顔でデレク王子を見ている。


 なんだかおかしいことに気が付く。

 どうやら、デレク王子が言っている”妖魔の大群”というのは

 湖の底にいるではないようだ。


 そういえば毎日の定例報告に、

 ”昨日、伯爵家の森に妖魔が数十体現れた”ってあったな。

 ……もしかして、あれのこと?


 付き合いきれない。私はさっさと終わらせることにする。

「妖魔の大群が現れたのは、どこでしょうか?」

 メイジーが前にしゃしゃり出てきて叫ぶ。

「あなたと初めて会った、あの森よ! うちの領地のね!」

 やっぱりね。私は笑ってしまう。


「残念ながら、私は挑発などしておりません」

「嘘を付くな!」

 デレク王子が吠える。しかし私は事実を述べる。

「そもそもあの日以来、その森には行ってませんから。

 あの時もすぐに退去しましたので、一匹たりとも倒してませんし」

「何!? そんなはずは……」


 目をむいてこちらに向かってきそうな王子を数人の侍従が止めている。

 その前に、対策本部の一人が前に出てきて叫んだ。

「その通りでございます!

 昨日、あの森に行ったのは我々のみです!

 あの程度でしたら、私達で充分対応できますし」


 真っ赤な顔でデレク王子が

「皇国に警備の調査を依頼したはずだぞ! なんでお前たちが行くんだ!」

 と言うのを聞き、別の対策委員が泣きそうな怒り顔で言い返す。

「何を言ってるんです? 我が国の妖魔出現情報を、

 我々が知らないなどあり得ないでしょう!

 情報を共有するのは当たり前ですよ!

 というか、ずっと前からそういう決まりですっ!」

 うなずく多くの対策委員たちと大臣。


 彼らの怒りやあきれ顔を見て、デレク王子は急に勢いがなくなる。

「……そう……だっけ?」

 追い打ちをかけるように、さらに別の対策委員が出てきて言う。

「そもそも妖魔の大群など現れていません!

 せいぜい2、30匹程度です」

 え? と一瞬とまどったデレク王子だったが、それでも反論する。

「……立派な大群ではないか!」

「王子! このくらいならしょっちゅう出てますよ!

 本当に、今までちゃんと報告書をお読みくださっていたのでしょうか?

 それに、すでに全て瞬殺しましたよ。ほとんどがスライムでしたし」


 それを聞きデレク王子は今日一番の絶叫をした。

「なんだと! ……あいつら、手を抜きやがってぇ!」

 何かに気付いたようにハッとしたメイジー伯爵令嬢が

 デレク王子に向き直って怒鳴る。

「そういえばあんた”スライムで遊んだ”って言ってたわね?

 それを見たからあいつらも”スライムでいいのか”って思ったんでしょ!

 馬鹿! 馬鹿! あんたのせいじゃない!」

 激昂しているからか、令嬢とは思えぬ口のききかただった。


 今の会話でだいたいわかった。

 リベリアとクルティラを目を合わせ、うなずき合う。


 寺院の中にある、公爵家の記念碑の裏に隠されていた

 古代装置を持ち去ったのは、この二人だ。

 そしてあの森で妖魔に刺すように、無関係な誰かに委託したのだろう。

 目的はさっき自分が明かした通りだ。

 ”私をこの国に縛り付けること”


 私は静かに告げる。

「……まず、妖魔はどんなに攻撃を受けたとしても

 知性の低い彼らが”軍団”を作るなどあり得ません。

 もちろん仲間意識など皆無です」

 私の言葉に、対策委員たちは全員うなずく。


「えっ、そうなのか?」

 驚く王子に、その場に居合わせた初老の男が眉をしかめながら指摘する。

「お教えしましたぞ、デレク王子」

 あ、先生だったのか。私は続ける。

「そもそも過剰に攻撃、つまり倒そうとしたわけですから

 妖魔退治に出向いたメイナ技能士が罪に問われるわけがありません。

 だいたい妖魔を倒すのに、中途半端な攻撃ではこちらの命が危なくなります」

 先ほど同様、全員が深くうなずく。


 デレク王子は口をパクパクさせ、メイジーは真っ赤な顔で睨んでくる。

「そもそも”償い”のために一国に拘留されるなど、

 皇国が許すわけがありません。

 ”妻になれ”なんてそんな刑罰、この世にありませんから。

 裁判になって、皇国に勝てるとお思いですか?」


 その時、第二王妃の冷たい声が響いた。

「あなたは終わりよ、デレク。それからメイジー伯爵令嬢も。

 国王が戻り次第、今回犯した罪によって王太子はおろか、

 罪人として国外に追放されることになるでしょう」

 メイジー伯爵令嬢はいつものかんしゃくを起こし始める。

「だからこんな無能と組むのは嫌だったのよ!」

「お前が言ったんだぞ! そうすればアスティレアが手に入ると!」


 私は最終通告のつもりでデレク王子に宣告する。

「あなた方がどのような策を練ろうと、

 私と私の心は皇国将軍ルークス様のものです。

 この身を生涯捧げる方はあの方のみです」


 その言葉に、デレク王子は真顔になり黙り込む。

 見たこともないほどに真剣な顔だった。そして。


「出ていけ。アスティレア・クラティオ」

 静まり返る室内。


「この国から出ていくのだ。そして、入国禁止にする」

「王子!」

 大臣や侍従たちが叫ぶ。

 第二王妃がつかつかと駆け寄り、私の前に立つ。

「あんな者の言うことを聞く必要はありませんわ」


 デレク王子は怒鳴るかと思いきや、冷静に言葉を返した。

「控えよ。俺はまだ王太子だ」

 皆が沈黙する。確かにその通りなのだ。

 国王は戻っておらず、嫡廃の宣言も手続きもまだなのだ。


「王太子として、アスティレア・クラティオを国外追放とする」

「皇国に対し、その理由を何と答えるおつもりですか!」

 私のために必死になってくれる対策委員たち。


 デレク王子はどうでも良いというように

「俺の気を害した罪だ。それで十分だろう」

 どうせ数時間後には嫡廃され、

 数日後には古代装置を使用した罪人として連行されるのだ。


 今の私は、古代装置の使用の疑いというだけで彼を逮捕する権限を持っていない。

 そしてもし拘留できたとしても、

 彼が持つ王太子としての権利は、現時点で失っていないのだ。


「……承知しました」

 私はその場を去る。

 デレク王子はうつむいて肩で息をしている。

 その横でメイジー伯爵令嬢はうずくまっていた。


 部屋を出ていく私の後から、第二王妃や他の王子が駆け寄り

 デレクの犯した様々な罪について詫びの言葉を述べる。

「国王が戻り次第、すぐに国外追放を取り消します」

 第二王妃の言葉に、私はお礼をいって別れる。


 私は城を出て、リベリアとクルティラに言う。

「とりあえず追放されておくから、後はお願いね」

 二人はうなずく。デレク王子は、彼女たちには言及していない。

「この辺で国王たちをお待ちしていますわ。

 すぐに呼び戻されることになるでしょうし、

 その辺でのんびりしていてくださいな」


 しかし、この後とんでもない展開となり、

 のんびりとは程遠い事態になっていくのだが。


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