第20話 偽装工作(第三者視点)
20.偽装工作(第三者視点)
アスティレアたちが寺院で
さらに湖底にひそむ妖魔の大群を見つけた、その数日前のこと。
”妖魔の大群”という言葉を盗み聞きしたデレク王子は、
古代装置を密かに使って、それを自分が追い払えば、
この国の英雄になれるぞ! と考えたのだ。
嫡廃される自分が王太子に返り咲くためにはそれしかない……と思って。
しかしメイジー伯爵令嬢は、さらなる
妖魔の大群が発生したのは、アスティレアのせいにすれば良い、と。
彼女が妖魔を怒らせたことが原因で、この国の危機が訪れたが
デレク王子の活躍によって無事に解決した、という筋書きだ。
その恩と償いのため、アスティレアはデレク王子の妃となって
死ぬまでこの国で、妖魔退治の仕事をする契約を結ばせる……
というのが彼らの計画だった。
アスティレアをどうしても手に入れたいデレク王子と、
このままデレク王子の妻になるのは
絶対に避けたいメイジー伯爵令嬢の目的が一致したのだ。
すぐにデレク王子とメイジー伯爵令嬢は、
”二人で先祖の皆さまに結婚の報告をしたい”という名目で
寺院へと古代装置の回収へと向かった。
そこにはデレク王子の母親であるシェーナ王妃の指示どおり
公爵家の記念碑の後ろに、大量の古代装置が隠されていた。
「……すごい数だ。さすがは母上」
それらを袋に詰め、二人で宮殿へと持ち帰る。
しかし妖魔の大群の到来を待つのも時間がかかる上、
襲ってきた妖魔たちに古代装置を付けるのは困難極まりない。
というより、彼らには不可能だった。
そのため、彼らは自分たちの手で
”妖魔の大群”を作り上げる計画を立てた。
最初から古代装置を付けている妖魔なら、
いつでも
そのため極秘で、近隣の国から数人の狩人を雇った。
彼らを伯爵家の森へと連れていき
「この針を弓矢か吹き矢に付けて、なるべく多くの妖魔に刺せ」
と命じたのだ。
「妖魔って。……どの妖魔にですか?」
不安を覚えた狩人たちはキョロキョロとあたりを見渡す。
早く済ませないと人目につくため、デレク王子はイライラと指示する。
「どれでもいいから! さっさと刺してみろ!」
狩人は理解しがたい……といった顔をしていたが
うながされるまま、近くの木にいた魔猿を見つけては
古代装置の針を差していく。
通常の獣なら、矢が刺さった時点で痛みで暴れたり
出血や損傷でしばらくすると死んでしまうだろう。
しかし相手は妖魔だ。
刺さった矢はどんどん体へと吸収されていき、
最終的には矢羽根が見えるくらいまでになった。
もちろん攻撃を受けたと思い、しかけてくる魔猿もいたが
たいていは相手にもせずにそのまま去っていく。
「もっとだ! 早くしろ! 急げよ!」
そう叫ぶ王子を面倒くさそうに横目で見ながら
狩人たちは森の奥へと去っていった。
*************
フン! と両手を腰に当て威張っていたデレク王子は、
ふと、自分も刺してみようと試みる。
本当に妖魔を動かせるか、確かめたくなったのだ。
しかし妖魔を前にすると怖くてなかなかできない。
大騒ぎの挙句、やっと一匹の妖魔に刺すことが出来た。
ただし、子どもでも倒せるスライムに、だが。
少し離れた場所でうごめくスライムに向かって
針をダーツの要領でブスっと投げ刺したあと、ダッシュで遠ざかる。
そしてアウグル国の共犯者たちが
ルドヨウムに取り付けていた方の”発信装置”を取り出し、
真ん中に合わせてあったスライドスイッチを”下”に移動させた。
するとスライムは体をうねらせながら、
すごい勢いでデレク王子に向かってきたのだ。
「うわあああ間違えた! あっちいけ!」
そう言いながら、スライドスイッチを”上”に切り替える。
すると妖魔はピタッと停止した後、今度は向こうへと逃げていったのだ。
「ハハハすごいぞ! 本当に移動させられるのだな!」
デレク王子はしばらくの間、子どものように騒ぎながら
妖魔を呼び寄せたり、遠ざけたりして遊んでいた。
あの恐ろしい妖魔を、俺は自由に扱うことが出来るのだ!
笑いながら心の中に、黒い欲望が渦巻いてくる。
これを使って”妖魔の軍隊”を作り上げたら俺は最強だ。
ルシス国王どころか、世界の頂点に立つこともできるかもしれない。
皇国さえもひれ伏すだろう。……あの気に入らない将軍も。
アスティレアが彼と寄り添う姿を思い出し、
怒りと嫉妬でデレク王子の息が荒くなってくる。
その時ちょうど、狩人たちが戻って来た。
「針が無くなりましたが……」
あれだけあった針が、全ての妖魔に刺されたのだ。
「これで妖魔の大群の出来上がりだ!」
世界征服する日が近づいたことを知り、デレク王子はたちまち機嫌を直した。
彼らに報酬を払いながら、このことは決して口外しないように念を押す。
「もし誰かに言えば、針を刺した妖魔の全てが群れをなし
お前たちを襲いに向かうだろう」
デレク王子は声を低くし、狩人たちを脅すように言い渡したが。
しかし狩人の反応は、王子の予想したものとは違った。
顔を見合わせ、プッと吹き出したのだ。
……こいつら、本気にしていないな。
デレク王子はムッとしたが、気を取り直す。
まあいい。作戦が外部にバレるほうがまずいからな。
そして彼らにさっさと去るように言い、
自分もその場から離れた。
森の外、馬車の中でメイジー伯爵令嬢が待っていた。
馬車の中にはほとんど食べ尽くされた茶菓子の籠と、
流行りの恋愛小説が投げ出されていた。
「大群は作れた?」
メイジー伯爵令嬢の問いに、デレク王子は自慢げに答えた。
「ああ。あれが一斉に攻撃し出したら恐ろしいことになるぞ。
国を壊滅させてしまうかもしれないな」
そして馬車が走り出すと、デレク王子は横柄な口調で確認する。
「おい。お前の家にちゃんと頼んでおいたろうな」
「……とっくにやったわよ」
メイジー伯爵令嬢は偉そうに何よ……と呟きながら返す。
メイジーは実家である伯爵家の祖母に対し
”最近うちの領地の森に、危険な妖魔が数多く出没しているようだ。
見回りの回数を増やして欲しい”
という依頼書を明日、
デレク王子は満足そうにうなずく。
「これでアスティレアが毎日あの森を歩き回るだろう。
……いつもみたいに、な」
国のいろんな場所から依頼が来るたびに
あいつは飛んで行っていたからなあ。
そう思いながら、ニヤニヤと笑うデレク王子。
後はメイジーの祖母からの依頼を受けたアスティレアが
この森を歩き回り、数体の妖魔を倒してくれれば……
作戦はほぼ成功したようなものだ。
そして二人はそれぞれニヤニヤ笑いながら、
ビディア宮殿へと戻っていった。
*************
それから数日たった今日。
昨晩遭遇したオディア妖妃と、湖中にいた妖魔の大群について
そのまま休まず三人で報告書をまとめ上げたところだった。
皇国への緊急報告のため、いつもの白シギではなく
皇太子直通の”便”である神鳥ガルーディアを呼び寄せた。
青く美しいその大鳥は、ルシス国の危機が書かれた文書を
豪奢な足環を付けて先ほど飛び去って行ったのだ。
「……やっと終わったけど、これからなんだよね」
アスティレアは机に突っ伏しながらぼやいた。
密閉された棺の中で長い年月をかけ、
オディア王妃は呪物と融合し新たな妖魔となり果てていた。
そして密閉されていた彼女の棺は
呪病の病原菌が詰まった”爆弾”となり、
墓荒らしたちが無理やりこじ開けたあの日、
王妃と病原菌が一気に外へと解放されたのだ。
動き出した王妃に驚いて逃げた彼らは
濃厚な病原菌をまともに食らったため、すぐに発症し死亡した。
のたうち回って死んだその
青く変色した遺体を”呪い”だと恐れた人々は
彼らの遺体ごと、オディア王妃の墓を密封したのだ。
「つまり病原菌を、人々が”呪い”として誤解したことで
再び完全に封じることができた……というわけね」
クルティラの言葉に、アスティレアが残念そうに返す。
「でも結局、棺から解放された病原菌は
湖の水へと溶けだしていたのよね」
オディア妖妃
あの墓所に流れ落ち、染み出ていく水に溶け込み、
長い年月をかけて湖の水と魚を変質させていったのだろう。
睡眠不足のリベリアは眠そうに
「運が良い国ですわね。
オディア王妃を埋葬した時、呪いを恐れて
”神霊女王の蘭を大量に植える”なんて勘違い行動してたのも
結局は妖魔を封じる役割を果たしていたわけですし。
それにもともと王家の寺院がある湖だから、
一般が容易に近づくことがなかった、というのもラッキーですわ」
神霊女王の蘭を植えていたのは全くの偶然だろうが
あれが無ければ、この国は大変なことになっていたかもしれない。
湖の奥底にいた妖魔の大群。
あの後、リベリアのバリアで水中を移動しながら
軍団の規模や活動状態などを調べたところ、
彼らは活動をほとんど停止していることが分かり少しだけ安堵できた。
ときおり仲間に押され、湖面に上昇するものもいたが、
水面に近づけば近づくほど陽のメイナが強まるため、
勢いよく飛び出ても跳ね返されているようだった。
つまり湖周辺の神霊女王の花の葉や根から出る力により、
湖の周りの土と水面が強力な陽のメイナによって包まれていたのだ。
「さあ、次はルシス国王にこの事態を説明して、
一緒に対策を練らないといけないわ」
ルシス国王に対し謁見の申請と、
調査書を届けることを皇国調査団に託し、
彼女たちはひとまず休むことにした。
それぞれの寝所に向かいながらアスティレアがぼやく。
「あれだけの数の妖魔を見たのは初めてだからなあ。
……夢にも大量に現れそう」
それを聞いたリベリアが両手であくびを隠しながら言う。
「それなら妖魔が一匹、妖魔が二匹……と数えたらいかがです?
きっとすぐに眠りにつけましてよ」
実際は三人とも、一匹目を数えることもなく
すぐに深い眠りに落ちていったのだ。
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