第18話 黄泉がえるオディア王妃

18.黄泉よみがえるオディア王妃


「幽霊が出ないと、逆にガッカリするレベルの”不穏な空気”だね!」

 私はワクワクしながら辺りを見渡す。


 真っ暗闇の中でかかげた灯りは、壁のレリーフを不気味に浮かび上がらせる。

 それらは今にも動き出しそうな雰囲気を醸し出し、

 一歩進むごとに身構えてしまいそうになる。


 私たちは闇に紛れ、フィレル湖の中央にある島に来たのだ。

 ここに建つ寺院には、代々の王家や主要な貴族たちが埋葬されている。

 そして無念のまま、呪病で亡くなったオディア王妃の墓も。


 本来ここは、大事な国の収入源である魚の生態を守るため、

 湖に近づくこと自体が厳しく禁じられている。

 昼間はさすがに人目があるため、夜を選んだのだが。


「せっかく眠っていたのに起こされた時の腹立たしさは

 生者も死者も同じなのでは?

 どうぞお静かに探索なさってくださいな」

 リベリアにたしなめられて、私はぐっと口をつぐむ。

 まあお墓だし、はしゃぐほうが悪いのだ。


 でも残念ながら寺院の中には、ヒントになるようなものは何も見つからなかった。

 私たちが外を見てみようと、出口に引き返し始めたとき、

 クルティラが何かに気が付いたように

「……あの記念碑だわ」

 と言って、ひときわ大きな記念碑の前に歩いていった。


 私たちが後を追うと、クルティラは振り向いて言う。

「この寺院に入った時から、何か所かに、

 人が侵入した形跡を見つけていたのよ。二人分の」

「そういや、お掃除に来ていた修道僧はペアで来ていたね」


 私がそういうと、クルティラは首をかしげる。

「ええ。私もそうかと思ったのだけど。

 枯れ葉の状態からいって、掃除に来たのは数日前だわ

 それなのに、足跡や壁に手をついた跡が残っているのはおかしいわ」

「つまり、お掃除ではない目的で侵入した者がいるってことね」


 私がそういうとクルティラはうなずき、大きな記念碑に目をやる。

「この記念碑。動かした形跡があるわ」

「え!? こんなに大きいのに?」

 クルティラは黙って、記念碑の下方を指さす。

「ここ、なんだかパズルみたいになっているでしょう?

 隙間の大きさも不自然だわ」


 私たちは三人で覗き込む。ほんとだ、何らかの規則性を感じる石の配置だ。

 王家や貴族の墓や記念碑に、

 何らかの仕掛けが作られているのはよくあることなのだが。


 しばらく記念碑の周囲を調べていたクルティラは、

 見つけた隙間にナイフを差し込む。

 ゴトン。重たい音がして、一つの石が浮き上がる。

「当たり、ね」


 その石をどけると、古びたハンドルが収まっていた。

 それを手前に引くと。


 記念碑の後ろにあった壁のレリーフが、ゆっくりと開いたのだ。

「隠し通路ですわね」

 リベリアが一歩先に進んで中に入ろうとする。

 その腕を私が掴んで止める。

「待って! この気配」


 三人の間で緊張が高まる。

「ほんのかすかだけど、古代装置の気配を感じるわ」

 私がそういうと、バリアを張りながらリベリアが侵入する。


 しかし。リベリアがつぶやく。

「……何もありませんわ」

 その小部屋は、空っぽだったのだ。

「でもつい最近まで、ここに古代装置があったのよね、きっと」

 クルティラは考え込む。


 おそらくそれは王妃の持ち物だろう。

 三人とも、最初に見た時から気が付いていた。

 この記念碑は公爵家のものだということを。


「ここから出されたものは皇国が回収済みなのか、

 それとも実はもっと隠し持っていたのか。

 調査団に連絡して、時期や数を確認しないとね」

 もし隠し持っていたのなら、大変なことになってしまう。

 誰かがそれを使おうとしている可能性が高いのだ。


 新たなる疑惑を胸に、私たちは外に出て、

 他の王族とは別に作られたという、オディア王妃の墓を探す。


 そして島の隅に、何重にも柵を巡らされた場所を見つけた。

「ここだね、たぶん」

 私たちは柵を乗り越え、先に進もうとすると……あれは! 

 リベリアが瞬時に私を、バリアで囲んでくれる。


 柵の中は神霊女王の蘭が群生していたのだ。

 湖畔では大量にみかけたが、この島と養殖所には無いと思っていたのに。


 この花は、神霊女王わたしのメイナに触れたら咲いてしまう。

 咲いていることに気付いたら、この国は大騒ぎだ。

 ……あの、パルブス国のように。


 私はバリアで包まれた状態でその中を進み、

 群生の中央に、石が積まれガチガチに固められた墓を見つける。


「これはまた、念入りに封じたね」

 私がそういうと、リベリアが辺りを見渡しながら

「さらにその周囲に”魔除け”のつもりでこの花を植えたのでしょうね」

 私はため息をつく。

 確かに神霊女王の蘭は、陽のメイナを大量に発し妖魔を退けるが

 呪いや幽霊を封じる力などないのだ。

「本当に、この国はメイナの知識が不足しているなあ」


 墓石の近くは、湖からの水分なのか

 歩くとなんだかフワフワした感触が返ってくる。

 意外と柔らかい土なのかな、そう思いながら歩き回る。


 リベリアとクルティラがお墓を調べ始めた時。

 私は湖の水面に、大きく波紋が広がったのが見えた。

 何かが、急に潜ったようだった。……それとも魚が跳ねたのか?


 私はもっとよく見ようと、島の端まで歩いていこうとする。

 そして、その何歩めかに。


 急にズボッ! っと床が抜け、私はズルっと下に落ち込んでいく。

 クルティラが駆け寄り、私が伸ばした手を握ろうとしたが。


 僅差で間に合わず、私は下へと落下していったのだ。


 ******************


「いててて……また落ちちゃった」

 デセルタ国での不正を暴いた時以来の落下だ。

 何か気になるものがあると、

 その他への注意が散漫になってしまう悪い私の癖かもしれない。


 メイナを使って明かりを灯す。

 落ちた先は、それなりに広い空間だった。

「バリアを張ってもらって良かったな」

 長い間、閉鎖されていた空間のためか、空気の濁りがものすごい。

 まるで霧のように視界がぼやけているのだ。


 後ろを見ると、土の壁のあちらこちらから水が湧き出し、

 それはまた地面へと流れ込んでいる。


 軽い着地音が聞こえたので再び前を向くと、クルティラが降りて来ていた。

 続けて、リベリアが降りてきて言う。

「最短ルートをご用意していただけるとは。ありがとうございます」

 ……どういたしまして。


「すごく空気が悪いわね。まともに吸えないわ」

 二人ともちゃんとバリアで覆われていたが、不安そうにしている。


 だんだん視界が慣れてくると、見えたのはボロボロのドレスや家財だった。

「これは死者のお気に入りを集めたのかな」

「おそらくそうね。オディア王妃と一緒に収められたものだわ」

 埋葬品にはほとんど手が付けられていないようだ。


 遠くに棺が見える。

 それに向かって少し進むと、手前の床に棺のふたが落ちていた。

 墓荒らしたちが棺を開封した後、乱暴に投げ捨てたのだろう。


 そのふたを覗き込んで息を吞む。

 内側には前面に、激しくかきむしった跡があり、

 はがれた爪まで付着していたのだ。


 私はショックを受けつぶやく。

「オディア王妃は、生きたまま埋められたのね」


 呪病についての対処が、あまり知られてなかった時代だ。

 しかもここは、そういったものがとことん苦手なルシス国。

 呪病の症状のひとつとして、異常に長く眠ることがある。

 長時間動かなくなったオディア王妃を見て、

 死んだと判断し埋葬してしまったのだろう。


 しかしオディア王妃は棺の中で目覚めたのだ。

 どれだけ恐ろしく、そして強い怒りを感じたことか。



 私たちは恐る恐る棺に近づく。

 中に横たわるオディア王妃が見える。


 かなりの年月を経ているというのに、呪病で亡くなったせいか、

 ミイラ化しておらず、まるで最近亡くなったかのような姿だった。


 真っ青な肌に赤い血管のような筋を無数に浮かび上がらせ、

 見開かれた眼球は膨れ上がり、真っ赤に染まっている。

 二本の腕は指を立てた状態で、右手は顔面の、

 左手は胸の上空に、肘が曲がったまま伸ばされていた。

 どうにか棺の蓋を開け、外に出ようと暴れたのだろう。


 知らなかったとはいえ、なんてむごいことを。


 哀れな死者の冥福を祈るため、

 リベリアが手をかざし聖句を唱えようとした瞬間。


 リベリアが目を見開き、バリアを強固なものに変えて叫ぶ。

「……下がってください!」

 私たちは一気に後ろへと飛び下がる。


 ア……アア……ア……ア……アア……


 うめくような、息がもれるような声が棺から聞こえてくる。


 棺の端に、真っ青な手がかけられる。

 そしてゆっくりと上体を起こすが、頭が重たいようでのけぞった形だ。

 ボロボロの髪の毛が背中へと垂れている。

 

 そしてこちらを見た王妃は、ゆっくりと首を傾ける。

 そのままぐるん、と首を後ろに倒す。

 まるで首が安定しない幼子のようだ。


 そしてもう一度グイっと頭を起こし、口をあけた。

 細かい糸を引きながら、どんどん開いていく。

 あごが喉を越え、胸まで伸びていった。


「……人間としては、完全に亡くなっていますわ」

 リベリアが静かに言う。もうそこに魂はないのだろう。


 そうだ、あれは。長い年月をかけ、人間の遺体を培養液にし

 独自の進化を遂げ、新たな妖魔へと変化した”呪病のかたまり”だ。


 オディア王妃だったものは棺から出ようと、

 両腕を棺から伸ばし、そのままズルリと下に崩れ落ちる。

 たぶん粘性の集合体のように軟らかい体の作りなのだろう。


 棺から蛇のような動きでずるずると、その全体の姿を表す。

 体から、黒い触手が無数に生えているのが見える。

 それぞれは細く10センチ足らずだが、

 体の表面を這うようにピチピチと蠢いていた。

 しかし2本だけ、胴の両脇から異常に長く太い触手が生えており、

 手足のように体を支え、体の移動に使われていた。


 じりじりと後ずさる私たち。


 オディア王妃が蘇ったのだ。

 強く吹き出すような”怒り”と”悪意”をまき散らせながら。


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