第17話 三人の思惑(第三者視点)
17.三人の思惑(第三者視点)
デレク王子は国王に、メイジーとの婚約破棄を却下された後、
退出したように見せかけて、ドアの隙間から
アスティレアたちの話を聞いていたのだ。
「
この国に妖魔の大群が
……怖いな。先に逃げておこうかな。
いや、待てよ? たしかあの古代装置は妖魔を操れるんだっけ。
すると彼らを操って退け、俺が倒したことにすれば、
俺はこの国の英雄になれるんじゃないか」
そうなれば、今の状況を一転できるに違いない。
自分は天才ではないか?! そんな思いでいっぱいになる。
古代装置の使用は厳禁であり、
実際に自分の母親がその罰を受け、
北の塔に幽閉されているというのに
彼は目先のことしか考えられなかったのだ。
「あの装置、余ってないのかな。
全て皇国に回収されたと聞いたが。
俺の知る母上は、自分のものを
他人に全て委ねるような方ではないからな。
たぶん、まだ隠し持っているのではないだろうか。
なんとか会って、確認しなくては」
そう思いながら、ビディア宮殿へと戻ってくる。
宮殿の自室に入ると、
そこには怒りくるった婚約者が待っていたのだ。
*****************
メイジー伯爵令嬢は憎しみのこもった眼差しで
「いつまでここにいれば良いのよ!
王太子妃だっていうなら、贅の限りをつくさせてよ!」
と叫び、クッションを投げてくる。
デレク王子は首を傾け顔を真っ赤にしながら反論する。
「知ってるだろ! 皇国に慰謝料と賠償金を支払ったんだ、
俺の私有財産なんて底をついたんだよ。
だいたい、このままでは嫡廃されるかもしれないんだからな!
そんなワガママ言ってる場合かよ!」
言っている内容は情けないことなのに、
メイジー相手に何故か勝ち誇ったようにドヤ顔で言う。
それを聞き、さらに
「何それ信じられない!?
おばあさまもお母様も”王妃になれば贅沢し放題”って言ったのに!
嘘つき! みんな嘘つきだわ!」
「文句があるならさっさと婚約破棄して家に帰るんだな!
俺は次の娘を探すんだ。もっと美しい娘を。」
「ふん! あのメイナ技能士にだって見向きもされなかったくせに。
彼女の婚約者見たでしょ? 本当に素敵な方だったわあ。
ハンサムでかっこよくて、そして誰より強いなんて。
あーあー。私の相手があの人だったら良かったのに」
「俺だってお前みたいな不細工より、
あの女神のように美しいアスティレアが良かったよ」
一瞬にらみ合ったが、頭の悪い彼らも気が付いたのだ。
自分たちの利害は一致している、ということを。
****************
翌日、再び登城したデレク王子は国王に、
「母上が罪を犯したのは、俺が不甲斐ないせいです。
出来るなら母上に詫びたい。そしてこれからは、
努力して生きることを約束して、母上を安心させたいのです」
と涙ながらに語った。
これはメイジーの入れ知恵だ。
相手が気に入りそうな嘘をつくのが得意なメイジーは
どうしたら国王が、デレク王子が王妃に会うことを
許可するか考えたのだ。
それは計算通り、情にもろい国王の心を動かすことに成功した。
デレク王子の正式な嫡廃は、近々正式に発表される。
王妃との約束が守れないことの罪悪感を抱えている国王は
デレク王子の成長した姿を見れば、
王妃の気持ちも少しは慰められるかもしれない、と思ったのだ。
すぐに北の塔への入場許可が出され、
神妙な顔で、デレク王子は王妃の住まう部屋へと入っていった。
********************
「お久しぶりです、母上」
「あら、元気そうで良かったわ」
最後に会った時のように、
嘆き悲しんでいたらどうしようとデレク王子は思っていたが
王妃は健やかな笑顔を浮かべ、
何事もなかったのようにふるまっていた。
お茶と焼き菓子を勧められ、
当たり障りのない話をしている最中。
デレク王子はドア付近に立つ見張りの目を盗んで、
王妃に小さなメモを渡す。
王妃はティーカップの陰で、それにさっと目を通した。
それには”古代装置の残りはもう無いのか? あれば全部欲しい”
と書かれていた。
王妃はフッと笑いをもらし、そのメモを握りつぶす。
そして部屋の片隅にある炉へと向かい
「良い茶葉があるのよ。お湯をもうちょっと沸かすわ」
と言って、そのメモを炉の火に放り投げて燃やしてしまったのだ。
デレク王子はガッカリし、たちまちそれが顔に出てしまう。
”なんだよ、もう無いのか。それとも皇国が怖いのか?”
ちょっと不貞腐れたような態度に代わり、
「いえ。お顔が見れたのでもう帰ります」
と立ち上がる。そんなデレク王子に対し、
キッチンでゴソゴソしていた王妃は振り返り
「あら、もう帰るの? でしたらこの茶葉は持っていきなさい」
そういってノンキに茶葉の入った缶を見せてくる。
そんなもの……と言いかけたデレク王子は、缶の中を見て黙り込む。
中には茶葉に紛れて紙片が入っていたのだ。
「ありがとうございます。メイジーと一緒に楽しみます」
デレク王子の言葉に、ゆっくりとうなずく王妃。
そして言い添える。
「
さすがのデレク王子も意味を理解し答える。
「母上と同じようにしますよ」
読んだ後は火にくべて、ちゃんと燃やします。
そうして母親と別れ、大急ぎで宮殿へと戻っていったのだ。
***************
デレク王子の帰宅を待つメイジーは、
イライラと爪を噛みながら考える。
”あの男、王太子とは言え何回見ても気持ち悪いわ。
いくら贅沢ができるといっても、
あの男と結婚するなんてやっぱり無理。
しかもお世継ぎですって?
……あああ、絶対嫌よ! 無理無理!”
目を丸くして身震いするメイジー。
そしてあの、涎を付けられたキスを思い出し、
再び吐き気をもよおす。
今度は吐かないで済んだが、代わりに怒りが押し寄せる。
”みんな見ていたわ。私の惨めな姿を。ニヤニヤ笑いながら。
何がお似合いよ。なにがずっと仲睦まじく、よ”
たくさんの貴族たちが祝いの言葉を述べながら
あざけるような視線を向け、薄笑いを浮かべていたのだ。
”本当なら、あのメイナ技能士がデレク王子の婚約者として、
この辱めを受けるはずだったのに。
そして私もみんなと一緒に、
「お世継ぎが待ち遠しいわ!」
などとはやし立てようと思っていたのに”
屈辱と悔しさのあまり、涙がこぼれる。
我儘なメイジーは、勝手な理屈で激怒していた。
”……絶対に許せないわ。なんで婚約者を呼んだのよ。
おとなしく王子と結婚してくれれば、
私がこんな目に合わずに済んだのに。
しかも、デレクに抱き寄せられる私を見て笑っていたわ。
自分はあんなに素敵な方にベッタリくっついて”
メイジーの怒りは頂点に達し、花瓶の花を握りつぶす。
”絶対に許せない。
どんな手を使っても、あの女をデレクの妃にしてやる。
私の代わりに、あの醜い男の妻にしてやるわ!”
*************
戻って来たデレク王子は、茶葉の缶の中から紙片を取り出した。
それにはやはり、古代装置の置き場が書かれていたのだ。
それはフィレル湖周辺にある、
公爵家の領地を絶対に通らねばならない場所に保管されていた。
それは王妃の許可なく、
誰にも近づかせることができないということだ。
「……あの寺院の、公爵家の記念碑か」
湖の中央にある島に立つ寺院。
確かにあそこなら滅多に人が来ないし、
湖自体、大切な魚を守るために立ち入り禁止区域になっているのだ。
「よし、今度は先祖の墓参りと称して寺院に行ってくるか」
そう言うデレク王子に、メイジーはニヤニヤ笑いながら告げる。
「ねえ、ただ英雄になるんじゃもったいないわ。
私に良い作戦があるの」
「なんだよ、面倒だな」
「そんなこと言っていいの?
大好きなメイナ技能士が手に入るのに?」
ビックリして立ち上がるデレク王子。
そしてメイジーに駆け寄り両肩をつかむ。
「な、なんだと?! どうするのだ? どうすれば良いのだ?!」
「ちょっと話してよ、気持ち悪……痛いじゃない」
メイジーの筋書きはこうだ。
”アスティレアが己の力を過信し、
妖魔に対し過剰に攻撃をしかけたため
怒った妖魔たちが軍団で攻めてきた。
そこで、今まで力を隠していたデレク王子が颯爽と現れて
全ての妖魔を退け、国を救う。
アスティレアにはルシス国を危機にさらした償いのため、
『この国に生涯その身を捧げ、王妃として一生妖魔退治を行う』
という契約を結ばせるのだ”
それを聞いたデレク王子は大興奮で喜ぶ。
「それは良いな! 名案じゃないか、お前スゴイぞ!」
にんまりと笑ってうなずくメイジー。
この作戦なら、あの女にデレクを押し付けることが出来、
しかもあの素敵な将軍に近づく口実もできるのだ。
”あのメイナ技能士の愚行のために
婚約者を失ったのは私も同じなのです”
涙ながらにそう言って、あのたくましい胸にすがるのだ。
想像すると笑みが止まらなくなってしまう。
この計画を、他の者が聞いたら一笑に付しただろう。
彼らはあまりにもメイナや妖魔に対する知識が無さすぎたのだ。
「さあ、大量の古代装置を取りに行くぞ。
これは人には頼めないからな」
***************
その頃、王妃は窓から広がる森を眺めながら微笑む。
はるか遠くに、フィレル湖が見える。
あの湖の中央にある寺院に、古代装置の残りを隠してあるのだ。
それも、大量に。
王妃は少し微笑む。
あの子はうまくやるかしら?
そして小さくため息をつく。
いいえ、きっとダメね。いつもそうだったわ。
そしてデレク王子の失敗を思い出す。
近隣諸国の言語を始め、歴史や物理学など
どんな分野もすぐに投げ出し、結局なにも習得できなかったこと。
剣の試合の前に、高いお金を払って優秀な先生を付けても
怪我だの病気だのを理由に練習すらしなかったこと。
そのあげく
「教え方が悪い!」
といって先生に当たり散らしたことなど。
国王に言われるまでもなく、
デレクが王として不適格なのは私が一番分かっていたわ。
それでも。
デレク王子が不出来なままでも。
国王が私との約束を守り、次の王にしてくれるなら。
それが国王の、私への愛だと思えただろうに。
第二王妃よりも、第三王妃よりも
私を選んだことになるはずだったのに。
しかし現実は違ったのだ。
国の決まりや周囲の意見に屈し、
国王はおそらくデレクを王太子から降ろすだろう。
全てが終わったのだ。
もう、涙は枯れ果てた。
王妃の醸し出す穏やかさは、
絶望した者の生み出す静謐さに過ぎなかった。
王妃はもう一度、はるか遠くの湖を見る。
デレク王子は何を企んでいるのかしら。
”あるだけ全ての古代装置が欲しい”ということは
大量の妖魔をこの国で動かそうとしているのだろう。
なんて愚かな子だ。笑ってしまうくらいに。
でも失敗しても良いのよ、デレク。
あなたが継げないこの国なんて、
滅んでしまえば良いのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます