第16話 妖魔の進化

16.妖魔の進化


「よっしゃあ! これでガッツリ妖魔の調査に集中できるぞ!」

 そう言って握りこぶしを両手に作る私に、

「今までのストレスを全て妖魔にぶつける勢いでいきましょう」

 と、リベリアが同意する。


 古代装置の件は、すでに皇国調査団とメイナースの仕事として移行された。

 王妃たちが古代装置かどうか知っていたかの立証は難しいと予測されている。

「”メイナや妖魔に関することがとことん苦手な国”

 というマイナス面が、逆に身を助けたわね」

 クルティラが呆れたように言う。


 しかし、やる気に満ち溢れた私達のところに、

 皇国の生物学研究所員 クリオから”重要”と書かれた速達が届いたのだ。

「なんだろう? 何かあったのかな?」

 私はすぐに開封し、読んでみると。


 届いた手紙の一行目に書かれていた言葉は

「すぐにその国から退避してください」

 という警告だった。


 *******************


 前回の彼女からの手紙に書かれていたのは、

 ”妖獣トリプドから生えていた謎の触手の先に何かが増殖している”

 という報告だった。

 それは見たところ、トリプドの体の一部のようだと。


 今回の手紙はその観察記録の続きと考察だ。

 私が彼女に持っていったあの”ピロピロ”は

 すでに妖獣トリプドを形成しつつあるそうだ。

 つまり”切られたプラナリア”のように

 その数だけ復元するように変化したのだろう。


 クリオいわく、

 ”これは間違いなく、妖魔の進化です”


 そしてさらに警告は続いた。

 ”前回持ち込まれた調査報告書と、この生体を見るだけでも、

 その国がとても危険な状態であることがわかります”


 出現範囲や頻度など、さまざまな要素を考慮して推測すると、

 すでに大量発生している可能性が高いそうだ。

 それも、恐ろしい数になっているはずだと。


「そうなの? アウグル国の共犯者たちは、

 妖魔の確保に困ってるくらいだったよね?」

「ええ。可哀そうに水棲の妖獣ナブレムブまで、

 かり出されるはめになったのですから」

 私の疑問にリベリアが答える。

 しかし、クルティラが首を横に振って言う。

「見えないからといって、いないわけではないわ。

 ある意味、もっと恐ろしいことになっているのかも」


 私たちは不安を抱えながら、手紙の先を読む。

「さらに驚異的な回復力だけはありません。

 妖魔のメイナ属性についても変化が見受けられるのです」

 それは、いつもの倒し方である”陽のメイナ”が効かないどころか、

 作用によっては私にどんな影響をもたらすか分からないそうだ。

 だから、できればその国から離れてほしい、と。


 クリオは案じているのだ。

 前回の事件で破滅の道化師が残した言葉。

「先代の神霊女王は、我々に殺されたのだ。

 メイナの女王がメイナで殺される、こんな面白い話があるか?」

 ”彼らは再び、それを狙っている可能性が高い”

 と皇国の分析結果が出ているから。


 そして追伸として、ルシス国の収入源である魚の治療薬も

 思わぬ副作用があることがわかったそうだ。

 呪病にかかりやすくなり、妖魔に襲われやすく、と。

 それは、つまり。私はつぶやく。

「陰のメイナを帯びてしまうのね……」


 私は迷った。危険性が高いのはよく分かる。

 でも妖魔が大量にいると知りながら、ここを離れるわけにはいかない。


 クレオに返信を書く。

「ここに残ります。妖魔がもし進化したなら……」


 *****************


 私は国王に謁見を願い出て、時間を作っていただいた。

 情報の共有は早さも重要だ。


 私が謁見の間に着くと、そこにはすでに先客がいた。

 侍従の話だと、デレク王子が先ほどやってきて

 ”国王と話をさせろ”と割り込んできたそうなのだ。


「だからダメだと言っているだろう」

 国王の厳しい声が響き渡る。

「でも俺をあんなに侮辱しまくった女を、妃にするのは嫌です!

 新たな娘を探させてください、父上!」


 国王は今度は諭すような口調で続ける。

「お前が発したお世継ぎについての宣言のせいで、

 伯爵家が怒り狂っていたのだぞ?

 もはやこの先、メイジーに求婚する者はいなくなった、と。

 その彼女を婚約破棄してみろ。この国の全ての貴族から見放されるぞ」


 デレク王子は自分のせいだと言われて黙り込む。

 確かにここで彼女を捨てれば、貴族たちから総スカンを食らうだろう。


 国王は優しい声でデレク王子に言う。

「幸い、彼女がお前を侮辱したことを知っているのは

 あの映像を見た、ごくわずかなものだけだ」

「……絶対に知られたくなかった者ばかりが知っているのに」

 第二王妃やジョセフ王子のことだろう。

「仕方あるまい。とにかく、今すぐの婚約破棄は無理だ。

 しばしの間、大人しく過ごすが良い」

 沈黙が続いている。


「どうなさいました? 中にどうぞお入りください」

 私たちの後ろから、ジョセフ王子が歩いてきて言う。

 苦笑いしながら礼をし、遠慮しながらも室内へと入っていく。


 デレク王子は私を見て目を輝かせ、

 走り寄ろうとしたところを兵に止められる。

 一瞬ムッとして兵を退けようとするが、国王に

「接近禁止命令が出ているだろう。あちらの扉から退出しなさい」

 と言われ、私を恨みがましい目で見ながらトボトボと歩いていく。

 そして扉の前でじっとこちらを見て動かない。

「……早く行きなさい」

 国王に言われ、やっと出ていくデレク王子。


 ジョセフ王子が呆れたように言う。

「今回、兄上はたいした罪には問われなかったが

 婚約者の騒動をはじめ、恥のかきっぱなしだったな。

 王妃や公爵家とも遮断され、さらに追い込まれたのだ。

 おとなしくしていて欲しいものだが」

「……ジョセフ」

 国王が静かにたしなめる。


 デレク王子がどうあろうと、国王はやはり父親なのだ。


 *************


 私は、国王とジョセフ王子に皇国の調査結果と考察を話した。


 一通り話を聞いた後、国王は私に尋ねる。

「しかし、その大量の妖魔はどこにいるのだ?

 それに何故、動き出さない?」

「わかりません」

 首を横に振る私。


 しかしその答えをクルティラが代わって答える。

「私は以前、”人が消える”と言われる古い城に行ったことがあります。

 到着しましたが、そこには誰もおらず、妖魔の姿も見つかりませんでした」

 不思議そうに話を聞いている国王とジョセフ王子。

 その城をどんなに歩き回っても、妖魔は現れなかったそうだ。

 それでも、確かに視線を感じていたんだと。


「しかし、一度戻ろうかと思って出口に着いて気が付いたのです」

 何も現れない古城。そんなもの、あるわけがない、と。

 人はいなくても、普通は虫や野獣の棲み家になっているのだ。


「私が集中して耳を澄ませると、それはかすかに聞こえてきました。

 ガリガリ……ガリガリ……」

「! それって」

「そう、呪われた岩”カースロック”よ。

 城のほとんどの石材には目があって、こちらを見ていたわ」

 城自体がカースロックという妖魔で出来ていたのだ。

 さぞかしゾッとする光景だろう。

 壁や床のほとんどが妖魔で、こちらの隙をうかがっているなんて。


「目に見えていない時の方が、たくさんいることもあるのです」


 ******************


 黙り込む彼らに、私たちは質問してみる。


 魚が取れ始めたのはここ数年だ。それもあの発掘以降。

 どう考えても、あれが何かのきっかけであるように思えてならない。


 先祖の墓を荒らすなど、この国にとっては忘れたい記憶だろうし

 こちらも、とても聞きづらいことではあったが。


 私たちの問いに、国王は一瞬たじろいだが、

 さすがに合理主義のジョセフ王子、スラスラ答えてくれた。


 でも発掘作業で人が亡くなったのは間違いないが、

 分からないことだらけだそうだ。

 どうやらわざと記録に残さなかった部分もあるらしい。

「まあ、そりゃそうだよな。恥ずべき行為なんだし」

 あっさりと言い捨てるジョセフ王子。


 封印されていたのは、やはり例のオディア王妃の墓だった。

 彼女は奇病にかかり、突然なくなったというのも間違いなかった。

 クルティラが質問する。

「封印したのは何故でしょうか?」

「その理由も不明だが、皆の想像では

 ”側室を迎えない”という約束を破ってしまったから、

 当時の王は復讐されるのが怖かったのでは? と言われているよ」

 うーん、幽霊って、物理的に封じることができるのかなあ。


「なぜ墓を暴いて死んだ男たちを普通に埋葬せず、

 彼女の墓に入れて封印したの?」

 一番気になっていたことを尋ねると、それは国王が答えてくれた。

「”彼らの死体も見る間に青く変わったから”だと記録にあった」

「青く?!」

「”オディア王妃と同じ病気になる呪いだ”、と言われているそうだ」


 私たちは驚いて顔を見合わせる。それって。

「ちょっとお待ちください。オディア王妃の病気って」

 国王はその記録を覚えていた。子どもの頃、とても恐ろしかったと。

 その症状は。

 ”肌が青くなり、奇行が増え、目が真っ赤になる”

 私はつぶやく。そういうことか。


「オディア王妃は、呪病にかかっていたのね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る