第15話 王妃の罪
15.王妃の罪
あの式典の後、デレク王子は宣言通り、
メイジー伯爵令嬢をビディア宮殿へと連れて行ったそうだ。
というより、気を失った彼女を勝手に運んだというべきだろう。
皇国調査団によれば、メイジー伯爵令嬢が目覚めて、
自分がビディア宮殿のベッドの上だと知るや否や、
またもや盛大に吐いてしまったというから、
そのショックの大きさがうかがえる。
その後、メイジー伯爵令嬢の母親や祖母が、
涙ながらにこんこんと彼女を説得したそうだ。
「あなたはもう、デレク王子に嫁ぐしかないのよ」
なぜなら式典の最中にデレク王子が叫んだ
「まずは世継ぎだ!」
という言葉はまたたく間に、面白おかしく知れ渡り、
彼女が式典後、この宮殿に滞在していることも周知されている。
実際は”王妃教育”など受けていなくても
メイジー伯爵令嬢はもう、他の貴族から求婚されることはないだろう。
私に対して仕組んだはずの
”無理やり公表することで身動きが取れなくする”作戦に
自らが捕らえられてしまったのだ。
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ルークスは式典の翌朝、慌ただしく北へ戻っていった。
「”破滅の道化師”の現在の動きだが、
安価で気軽に使える古代装置を量販していることが分かっている。
古代装置を”身近で便利なもの”として認知させるつもりらしい。
そうすることで徐々に、人々の感覚を麻痺させるつもりなのだろう」
語りながらルークスは厳しい顔になる。
一般の人々が、古代装置に対して持っている恐怖のイメージを払拭し
”使い方さえ間違えなければ、これは便利なのでは?”
と思わせたいのだろう。
残念ながら、人は間違うのだ。必ずといって良いほどに。
「それから皇国調査団の調べでわかったのは、
闇のオークションに参加していたのは王妃の弟だそうだ」
それらの情報を私たちに告げるとルークスは
北の抗争を収めに戻っていってしまった。
「こちらはもう少しで収束するだろう。
もしこの国の件が長引くようなら、ぜひ知らせてくれ」
と言いながら。
北の抗争が収まったら、少しは休んで欲しいな。
私はそう思っていた。……その時は。
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そして本日。
王妃を主犯とするさまざまな罪について、
ルシス国と皇国とで協議が行われることになっている。
裁判などせず、いったんこのような形を取った理由は
相手が一国の王妃であるため、
皇国に訴えられ逮捕されたとあれば、諸外国に大変な影響を及ぼす可能性が高い。
出来る限り内密に済ませてほしいというルシス側の要求をのんだ形だ。
ルシス国王を始めとする王族はもちろん、
加担した公爵家の人々も皆、捜査に対して非常に協力的だったこともある。
皇国は私たちを拘束し、婚約を強要した件にかこつけて
王妃の周辺を公爵家を徹底的に調べ上げることができた。
犯人はやはり王太子派、つまり王妃の実家の公爵家の一部だった。
王子に実績を作るため、対策委員に古株の侍従を送り込み、
犯行を計画・実行させていたようだ。
テーブルが置かれた広間に集められたのは、
ルシス国王と第二王妃や第三王妃、王子が全員。
王妃、デレク王子、メイジー伯爵令嬢。
王妃の兄である公爵当主と王妃の弟、今回関わった侍従や侍女たち。
そして多くの大臣が見守っている。
皇国からは、私とリベリア、クルティラ。
そしてルークスの代わりにディクシャー侯爵が復活している。
移動に次ぐ移動で、負担をかけて本当に申し訳なかったが
当の本人はいつもの穏やかな口調で
「北のお土産に銀狐のコートを妻に贈ったら、とても喜んでくれましたよ」
などと朗らかに笑いながら話してくれた。
これが終われば、くだらないことから解放され
無意味な妨害を受けることもなく
本来の仕事である妖魔と古代装置の件に集中できるのだ。
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……そして今、こんなに大勢の人が集まっているにも関わらず
この広間は静まり返っている。
皇国が提示した数々の証拠だけでも十分なくらいだったが、
録画機が映し出したあの日の映像は、
見守る人々だけでなく、デレク王子に最も衝撃を与えたのだ。
嫌がる私に対し、仲間を人質に取るだけでなく
本人に対しても殺すなどと無理やり婚約を強いたことが明らかになり
”身分の違いで泣く泣く身を引いた”のではないことや
自分に対しての好意など最初から全く無かったことを
やっと、ついに、ようやく、知ったのだ。
「お前は……俺と結婚するのが嫌だったのか?」
「そんなの最初から”絶対にしません”とお伝えしております」
「俺が好きではなかったのか?」
「はい。他国の王子としての敬意は持っておりますが、異性としては全く」
この際だから、ハッキリ言っておかねば。
そのかいあって、その時初めて、
デレク王子の脳に言葉が到達したようだった。
やはりルークスを会わせ、二人でいるところを見せた効果だろう。
「……あの男が好きなのか?」
「はい、心の底から愛しております」
ハッキリと言う私にデレク王子は椅子に崩れ落ちるように座った。
そして急に勢いよく立ち上がったかと思うと、
王妃とメイジー伯爵令嬢を罵り始めた。
「俺を騙したな! 嘘つきどもめ!」
しかし、それだけではない。
メイジー伯爵令嬢の発した数々の暴言が流れた時は、
憤怒と羞恥のあまりに顔を真っ赤にして目を見開いていた。
”本当に虫唾が走ったわ。
あんな男、触れられるどころか側に立つのも嫌だわ。
無能で国の役にも立たない上に、
あんなにも不細工で気持ちの悪い男に嫁ぐなんて、私には絶対無理”
この言葉を聞いて、第二王妃や兄弟の王子たちは残酷にも吹き出し、
デレク王子は隣に座った未来の妻に掴みかかっていったのだ。
国王に命じられた兵に取り押さえられながらデレク王子は
「俺だってお前なんか絶対に嫌だったんだよ!
アスティレアの百分の一も美しくないくせに! 自分の顔と比べてみろよ!
だいたい自分だって何の技能もない役立たずだろ!」
喚きながら床に転がる王子に、メイジー伯爵令嬢は
「ごめんなさい、本当に申し訳ございません……」
を繰り返す。たぶんデレク王子ではなく、
ものすごい目で睨みつける王妃が怖くて仕方ないのだろう。
物事がすっかり明らかになり、デレク王子を落ち着かせている間。
「シェーナ。お前は何ということをしてくれたのだ」
公爵当主である王妃の兄が、怒りに震えながら責め立てる。
「全ては王太子のためですわ」
しれっと返す王妃に、公爵はにらみつけながら告げる。
「関与した者は全て、皇国に対し正確に事実を証言させたぞ」
つまり、妹の味方はしないということだ。
公爵家がみずから操作し全て詳細まで認め、
証拠まで提出することで完全に協力してくれたために
ディクシャー侯爵が交渉をするまでもなかった。
「まあお兄様。私を裏切りますの?」
「そうではない。お前が公爵家を裏切り、捨てたのだ。
王子の乳母だった者は、父親が逮捕されたと聞き、寝込んでしまったよ。
今回の件でも、どれだけの逮捕者が公爵家から出るか分かっているのか?」
私は着替えるように命じた女中頭や、あの屋敷で私を脅した兵を思い出す。
彼らはすでに拘束されている。
もちろん悪いのは命じた者だが、王妃はまったく反省などしていなかった。
「そんなの知りませんわ。
デレクのためなら皆、身を犠牲にするのが当然でしょう」
公爵当主は疲れたように首を横にふって呟く。
「……今は亡き父上が”お前は王妃になる娘”だと甘やかしたからか。
とんでもない疫病神に育ってくれたものだ。
その疫病神が生み、育てたものは
世継ぎにもなれぬ、ただの木偶の坊だというのに」
兄が息子の悪口を言った瞬間、それまで平静だった王妃が鬼の形相になる。
「お黙りなさい! お兄様に、デレクの何がわかるというの?」
にらみ合う兄妹を国王が鎮める。
そして皇国やフォルティアス家、そして私たちに対する
謝罪の言葉を述べるよう王妃をうながす。
「……大変申し訳ございませんでした。お詫び申し上げます」
あくまでも形式的ではあるが、とりあえず素直に謝罪する王妃。
そして損害賠償金や慰謝料などを、
公爵家と王妃、そしてデレク王子の私有財産から
支払われることとなった。
それが決定した際、ディクシャー侯爵がすかさず交渉する。
「フィレル湖周辺への無期限・無制限の立ち入りを許可願います」
それに対し、公爵家からは問答無用で承諾を得ることが出来た。
しかし問題は古代装置を購入・使用した件だ。
王妃と、購入し王妃に渡した王妃の弟は処分の対象となるはずだが。
しかし王妃と購入した彼女の弟は、
これが古代装置だとは知らなかったと言い張ったのだ。
「どこにも書いてないじゃない。
便利なものがこの世にはあるのねって思っただけよ」
もちろん”法の不知はこれを許さず”だが、
薬物などと同様に、それだと知らなかった場合は別の判断となるのだ。
彼らが古代装置だと知っていたと立証するのは、今の段階では難しい。
さらに王妃は、きっぱりとデレク王子の関与を否定したのだ。
当の本人も知らなかったと証言している。
「これは私が独断でやったことですわ。
そもそもデレクが関与していたという証拠はありまして?」
確かに、デレク王子が出る幕はまるでないのだ。
購入したのは王妃の弟。
命じたのは王妃。
配布したのは王子の乳母だった者の父親。
使用したのはアウグル国の兵器製造業の者たち。
そして妖魔を倒したのは、私だ。
これにはさすがのジョセフ王子も首をひねる。
「確かに何から何まで、兄上に出来ることは何一つありませんね」
言い方はヒドイが、本当にそうだった。
この挑発にもデレク王子は乗ることなく、
「俺の仕事は、対策委員長として皆を見守ることだ!」
と言い、皆に冷たい目で見られただけだった。
王妃は、とりあえず北の塔に幽閉されることになる。
今後は皇国の、そしてメイナースの判断により、
もっと厳しい処分が下る可能性もある。
そのくらい、古代装置の購入・所持・使用教唆は罪が重いのだ。
そしてデレク王子の処分は。
私たちの誘拐の件についても、彼は全く手出しはしておらず
”私が身分の違いを気にして
泣く泣く身を引くというのを引き留める作戦”
だと本気で思っていたのは、残念ながら明らかだった。
嫌がる私を無理やり婚約者に仕立てたと知り、
怒り狂って王妃とメイジー伯爵令嬢を
激しく責め立てた姿は演技ではなかった。
それでも私に対する異常なつきまといは迷惑行為の範疇を越えている。
皇国に対し接触厳禁の命令を受け、むせび泣くデレク王子。
その姿を見て、国王は静かに言った。
「デレク王子。お前は一番、私に顔が似ていたな。
もっとも血を強く受け継いでると、思っておったのに残念だ」
王太子の廃嫡を匂わせる国王に対し、絶叫する王妃。
「あなた! 約束をお守りください!」
その時、他の臣下が口を挟んだ。
「王はずっと、そのおつもりで、皆を説得していたのです!
もう少し待ってやってくれ、と」
驚いて目を見張る王妃に国王は静かに諭す。
「ワシと約束するだけではなく、
お前は何故、デレクに対して、
立派な王になるよう努力せよと言わなかったのだ?
甘やかすばかりで、義務すら果たさせず、
何もできない男に育てたのはお前だぞ、シェーラ」
何も言えずに夫の顔を見つめる王妃に、
国王は悲し気に告げる。
「王になる条件は、決して1つではないのだ。
ワシ一人が認めるだけでは意味がない。
シェーラ、お前はいくつかの罪を犯したが、
デレクをこんな男にしたことも大罪のひとつだ」
いつものように強気で言い返すこともせず、泣き崩れる王妃。
それを見て、デレク王子は呆然と立っていた。
”こんな男”と父に言われ、実質、嫡廃宣言されたこと。
自分を溺愛する母親が絶望し号泣していること。
デレク王子は、自分にはもはや後がないことを知ったのだ。
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