第14話 追い詰められるデレク王子
14.追い詰められるデレク王子
録画機にショックを受ける王妃を見て、国王は何かを勘づいて睨みつける。
「違うのです! きっと誤解ですわ!」
その視線に気が付き、慌てて否定する王妃。
二人の間を剣呑な空気が流れたが、ルークスが落ち着いた声でとりなす。
「皇国は、本日の式典をつつがなく開催されることを願っております」
同意する私を見ながら、国王は少しうつむいた後
さっと気持ちを切り替えたように顔を上げ、威厳を取り戻して言う。
「本日の来訪嬉しく思う。”皇国の守護者”とその婚約者どの。では、後ほど」
そう言って、他の来賓へと向かっていく国王。
礼をする私たちのところに、
息を切らせたデレク王子とメイジー伯爵令嬢がやってきた。
裏切者を見るような目をするデレク王子に対し、私は
「これはデレク王子様。こちらが以前お話ししました
私の婚約者、皇国将軍ルークス・フォルティアス様です」
と、にこやかに紹介する。
甘えるように、頭をルークスの肩に寄せることを忘れない。
ルークスも王子に向き直り挨拶をした後、冷たく厳しい目で言う。
「彼女は俺の大事な婚約者です。
アスティレアと婚約した際、必ず守ると約束しております」
ただし、彼が守ると約束したのは、私ではなく”世界”だが。
ルークスは私を包むように腕を回し、私は彼の胸の中で顔を見上げて言う。
「私も、心からお慕い申し上げております」
怒りと恐怖が拮抗したような顔で、何も言えないデレク王子に代わり
メイジー伯爵令嬢が目を見開いて私たちを見比べながら尋ねる。
「本当に、婚約して……婚約されていらっしゃったのね」
私の代わりにルークスが笑顔で答える。
「ああ、もう二年近く前にな」
ルークスと目が合い、たちまちメイジー伯爵令嬢の頬が赤らむ。
集まって来たルシス国の貴族の娘たちも、
ルークスを見てキャアキャア騒いでいる。
それでもメイジー伯爵令嬢は疑うような質問をしてきた。
「婚約って、公式のでしょうか? 何か形だけの……」
私を平民だと思っており、しかも古い価値観を持つ彼女は、
皇国の将軍が本妻に選ぶとは思えないのだろう。
形だけという質問の意味が分からず、ルークスは首をひねる。
「確かに俺は任務で忙しいが、彼女は唯一無二の存在だ。
心の底から大切に思っているのは間違いないぞ?
彼女が望むものは服でも宝石でも花でも、何でも与えたいと思っているし、
どんなことでも実行するつもりだ。決して形だけということはない」
それを聞きメイジー伯爵令嬢はショックを受けた顔になる。
そしてルークスはふと思い出したように私に向かって言った。
「花といえば、こちらに来る途中に
”神霊女王の花”が群生している場所を見かけたな」
「フィレル湖上空を通ったの? 良く見つけたね」
ルークスが花に気が付くなんて。すると彼は私を見つめながら
「あれは君のための、神聖な花だからな。
あの大切な花を見逃すはずはない」
その言葉に、顔をゆがめたのはデレク王子だった。
「これは将軍。お久しぶりです」
その声は、偶然居合わせた4大王国の貴族だった。
彼は話の流れから、私たちが以前から婚約していたことを証明してくれた。
もうこれで、虚言癖だの妄想癖だの言われなくて済むだろう。
案の定、それを聞いた貴族の娘たちは、
メイジー伯爵令嬢をからかうように、
「え、全然聞いていたことと違うわよね。本当にご婚約されてるじゃない」
「メイジー、あなたのほうが嘘つきだったってことね」
と、口々にはやし立てる。……結構、嫌われてるのかな、この子。
真っ赤な顔で口をへの字にして、何故か私を睨みつけてくるメイジー伯爵令嬢。
充分に、私の真の婚約者を、王妃とデレク王子、
そしてルシス国内の人々に”実証”することができたようだ。
後での尋問に備えるため、私たちは今度こそ退出しようとしたが。
歩み寄って来た第二王妃がにこやかに話しかけてきたのだ。
「本当に素敵な、よくお似合いのお二人だこと。
物語に出てくるような、凛々しい騎士と美しい姫を見ている気分だわ」
そういって私たちに微笑みかけたあと、デレク王子に向かって尋ねる。
「それで、王太子様のご婚約者はいつになったらご紹介くださるの?
皆さん、ずっと楽しみに待っているのに」
後ろに控えていたジョセフ王子も冷やかすような口調で言う。
「母上の言う通りですよ、兄上。あんまりもったいぶると、
皆に”本当はいないのでは?”と思われますよ」
その言葉に何も言えず、口をパクパクさせるだけのデレク王子。
……相変わらず煽りまくるなあ、ジョセフ王子。
すると王妃が走り寄ってきて、デレク王子をかばうように、
「ちょっとしたトラブルですわ。……おそらく侍従が間違えたのかと」
それは第二王妃へではなく、ルークスに対する必死の言い訳だった。
王妃は懇願するように続ける。
「違うのよ。後で充分に彼らを罰して、謝罪させるわ。だから……」
だから穏便に済ませてくれというのだろう。
この人は、またトカゲのしっぽのように使用人を切り捨てるつもりなのだ。
しかし私は彼女の背後で、信じられないものを見るように王妃を見た後、
真っ赤な顔で怒りに震える公爵家の侍従たちを見逃さなかった。
「では結局、誰なのだ? デレクの婚約者とは」
王妃の様子がおかしいため、こちらに戻ってきた国王が尋ねてくる。
まずいな、この流れは。
式典をつつがなく終わらせることは難しくなるかもしれない。
答えに窮した王妃は、しばしの間逡巡したあと、
キッと振り返り、メイジー伯爵令嬢を見据える。
有無を言わせぬものすごい視線に、見つめられた彼女は縮こまる。
まさか。
「さっき、見た通りですわ。デレクがお迎えに行ったでしょう?
このメイジー伯爵令嬢がデレクの妃となる娘ですわ」
「王妃様!」
思わず叫ぶメイジー伯爵令嬢の声をかき消すように、
周囲の貴族たちから歓声があがる。
王妃の突然の宣言に、デレク王子は一瞬ビックリしたが、
天敵である第二王妃とその息子ジョセフ王子と目が合って動きを止めた。
”やはり婚約者などいなかったのか”と言われるのが嫌なのだろう。
顔を赤らめ、つばを飛ばしながら叫んだ。
「そ、そうだ! 俺はこの娘と婚約したのだ!」
そして乱暴に彼女の腕をつかむと、自分に引き寄せて私を睨む。
俺にだって相手はいるんだぞ、そう言っているかのように。
「器量はいまひとつだが、彼女はなんといっても貴族の出だからな」
ヒドイことを言う彼に、メイジー伯爵令嬢はムッとした顔になる。
私は、式典をつつがなく終わるために
彼女を婚約者とする王妃の作戦に乗ることにした。
「まあ、とってもお似合いですわ」
しかし私の言葉を聞いたメイジー伯爵令嬢はカッとなったらしく
いつものかんしゃくを起こしかけ、私に向かって掴みかかろうとする。
しかしデレク王子に腕を掴まれていたことと、
ルークスがさり気なく私を引き寄せ、その腕の中に収めたことにより
何もできずに悔し気に腕をおろした。
ざまあみろ。
”触れられるどころか側に立つのも嫌”だと言っていた男に
腕を掴まれて引き寄せられた気分はいかがかしら?
次にメイジー伯爵令嬢は必死に王妃へ目ですがりながら、
「あ、あの、いえ、私は、違うので、あの」
と繰り返している。
王妃は威圧するような笑みを浮かべながら
「もう良いのよ。”秘密にして”というお願いは、もうおしまい」
そう言ってメイジー伯爵令嬢に近づく。
そして扇で口元を隠し、そっと何かを囁く。
たちまち体を硬直させ黙り込むメイジー伯爵令嬢。
まちがいなく、何らかの脅しを受けたのだろう。
メイジー伯爵令嬢の友人たちも、そういえば、という顔つきで
「彼女は式典の予定にも詳しかったわね。そういうこと?」
とつぶやいている。
真っ青な顔でうつむき、震えるメイジー伯爵令嬢。
それでも耐え難いと思ったのか、涙目で首を横に振り
「あの、お願いです、王妃様……」
と、なおも王妃に懇願する。
その様子を見て私はちょっと復讐することにした。
「ご婚約、本当におめでとうございます。
メイジー様の首飾りに王妃様の印が入っているから、
そうではないかと思ってましたわ」
そう言って、ウフフと笑ってやる。
国王はそれまでいぶかし気に話を聞いていたが
メイジー伯爵令嬢が身につけているルビーのネックレスが
見覚えのあるものだと気付き、合点がいったようだった。
「おお! 確かにそれは王妃のお気に入りのものだ。
そうか……すでに決まっていたのだな。
メイジーといったな? デレクを頼むぞ」
国王の言葉を聞き、潰されたカエルのような声をあげて
顔を覆うメイジー伯爵令嬢。
ものすごく恥ずかしがっているようにも、見えなくない仕草だ。
今回、私をデレク王子の婚約者に仕立て上げる作戦の”報酬”が
王妃とメイジー伯爵令嬢のつながりを証明することになるとは。
公衆の面前で、そして国王にまで認められてしまっては
もう逃げられない。
私はとびっきりの笑顔で彼女に呼び掛ける。
「さあ、皆様の祝福をお受けくださいな、デレク王子の婚約者様」
叫びたいのを必死で堪え、目を見開いて固まるメイジー伯爵令嬢。
私の言葉を皮切りに、周囲の人々が祝いの言葉を叫び出す。
「デレク王子の婚約者がメイジー様だったとは!」
「ご婚約おめでとうございます! デレク王子とメイジー様!」
「とてもお似合いですわ! 末永くお幸せに!」
あまりに多くの人々に”デレク王子の婚約者”と呼ばれ、
お似合いだの仲睦まじいだの言われたメイジーは
今にも泣きそうな真っ赤な顔をしていた。
その横でデレク王子は、久しぶりに皆の注目を集め、
祝いの言葉をかけられたことに気分を良くしたらしく
メイジー伯爵令嬢の腰に手を回し、ニヤけた顔で皆に手を振っている。
そんななか、やはりケチをつけたかったのか、
「それにしても、お妃教育はまだでしょう?
城でまったくお見掛けしませんでしたし」
という第二王妃の言葉に、公爵家の侍従がフォローのつもりなのか
「この後すぐ、ビディア宮殿に移動して充分に学ばれるご予定です!」
と言い、その言葉にデレク王子が反応して肯定する。
「そ、そうだぞ! 今日からずっと24時間、
俺がしっかりと、妻の務めを教えてやるのだ!」
それを聞いて卒倒しそうになるメイジー伯爵令嬢。
案の定、周囲の貴族から好奇と侮蔑の視線が集まる。
「24時間ご一緒なんて、まあ、なんて大胆な!」
「……恥ずかしいことを。私なら耐えられませんわ」
「そもそも私は……絶対無理だわ」
貴族の娘たちは馬鹿にするような、憐れむような目でクスクス笑い、
「これはお気の早い! お世継ぎに恵まれるのも時間の問題だな」
と、男たちは冷やかすような目でニヤニヤと見守っている。
メイジー伯爵令嬢は顔を覆ったまま必死に首を横に振るが、
婚約者の発言を恥じらっているようにも見える。
”あんなにも不細工で気持ちの悪い男に嫁ぐなんて、私には絶対無理”
私にそう言っていた彼女は、数多くの人にその言葉を囁かれていた。
まさに因果応報だろう。
彼女の心中はともかく、一見は
”新しく生まれたロイヤルカップルを皆で楽しく冷やかしている”
そんな場面であったが。
しかしその空気は、ジョセフ王子の言葉で一転する。
「あとは国に対する業績を残すだけですな、兄上。
今のところ何一つございませんので、皆が心配しておりますし」
ムッとしてデレク王子が
「業績など俺はいつでも作れる!」
と言うと、第二王妃は憐れむような目で
「このままではご婚約された令嬢がお可哀そうですわ。
きっと奥様も、夫の活躍を期待しているでしょうに」
すでに夫婦扱いされたことで引きつりながらも
歯を食いしばって耐えているメイジー伯爵令嬢。
ジョセフ王子は話を続ける。
「先日、大臣たちを国法の見直しを検討していた際……
ああ、兄上は参加されていませんでしたか。
おかしいですね? 皆に王太子だと認められていないのかな?
とにかく、その会議でも話題になっていましたよ。
規約でも”国に貢献できない者は王にはなれぬ”とあることが」
重要な会議に呼ばれていなかったこともショックだが
そのような規約があることを知らなかったデレク王子は絶句する。
ジョセフ王子は情け容赦なく続ける。
「妖魔対策委員のお仕事も、途中で投げ出されたので
私がお引き受けしたのですが……。
まあ、妖魔について何もご存じない兄上には
最初から無理な仕事だったのかもしれませんが」
「そんなことはない! 俺は妖魔には詳しい!」
怒ったデレク王子がそう叫ぶと、ジョセフ王子は面白そうに尋ねる。
「それでは先ほど現れた妖魔の名前や特性などお聞かせください」
私はそれを聞き、さすがに知ってるでしょ、と思ったが。
デレク王子は目をキョロキョロさせて、
誰かが答えをそっと教えてくれるのを待っているだけだった。
嘘……名前さえ出てこないの?
私以外の人々も、ドン引きしている。
「ど忘れした」
そうつぶやくデレク王子に、肩をすくめるジョセフ王子。
「剣の腕前も末の王子にすら劣り、知識も皆無。
本当にこの国を守れるおつもりですか?」
「控えなさい、ジョセフ王子! この子は王太子よ。
次期国王であることは……」
王妃がそこまで言った時、後ろから国王の声がこれを叩き切った。
「まだ確定していない」
王妃は抗議しようと振り返ると、そこには国王だけでなく
おびただしい数の皇国兵が立っていたのだ。
それを見て、王妃は瞬時に理解する。
……全てがバレたのだ。
何もわかっていないデレク王子は、
「剣の腕など不要、戦いは兵の仕事だ! 知識など臣下が知っていれば良い!
俺は結婚し、この国の世継ぎを残して父上を安心させるのだ! なあ?」
と叫び、無理やりメイジーを両手で抱き寄せた。
メイジー伯爵令嬢は”不快の極み”という顔をしながら
必死に離れようと暴れ、バランスを崩してよろける。
それをデレク王子は不格好な形で支え……ちらりと私を見た後。
先ほどルークスが私の
彼女の額にキスをしたのだ。
ブチュル。
タコが吸い付くような気持ちの悪い音が聞こえる。
ものすごい形相で固まるメイジー伯爵令嬢。
デレク王子が唇を離すと、よだれが短く糸を引いた。
誰も歓声をあげず、ドン引き……といった空気が広がっていく。
そのとたん、口を押えて向こうを向くメイジー伯爵令嬢。
予想と違うその反応に、デレク王子はムッとして、
腕をつかんで無理やり自分に向かせる。
するとその反動で、メイジー伯爵令嬢は勢いよく吐いてしまったのだ。
吐き出したものが、デレク王子の服に思い切りかかる。
「汚ったねええ! 何をする、この女!」
パニックを起こし叫びまくる王子。
メイジー伯爵令嬢はそのまま、ゆっくりを倒れ込んでしまう。
会場は一時騒然となり、私たちも困惑しながら退出した。
帰り際、国王からジョセフ王子が
「……やりすぎだ」
とたしなめられるのが聞こえた。
叱られているはずのジョセフ王子には全然反省の色がみえず
「そうでしょうか? 国内だけでなく他国の者たちに
兄上が王として不適合であることを
ハッキリ理解してもらう良い機会になったと思いますよ」
と、いつものように飄々とした調子で反論していた。
彼はおそらく最初から、
この式典で徹底的にデレク王子を排除するつもりだったのだろう。
そんなことをしなくても、この後皇国によって、
王妃と王太子は厳しく罰せられるのだが。
しかしデレク王子を追い込み過ぎたことが
のちのち大事件を引き起こす一端になるなど、
全員が予想すらしていなかったのだ。
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