第13話 本物の婚約者(第三者目線)

13.本物の婚約者(第三者目線)


 城の前庭に設営された式典会場では、王家と来賓が楽し気に歓談し、

 ちょっと離れた場所には国民も集まって飲食を楽しむなど、

 それぞれが今日のイベントを楽しんでいた。


 第二王妃が嫌味ったらしく王妃に向かって

「やっとデレク王子のご結婚が決まったそうね? 

 と言うと、王妃は目も会わさずにすました顔で答える。

「ええ、後ほどご紹介いたしますわ。

 この国の未来の王妃ですから、ぜひご挨拶なさったら?」

 その冷ややかなやり取りを聞き、来賓たちはとりなすように王妃に言う。

「それは安泰でございますね。

 さぞかし国王様もお喜びでございましょう」

「そうでしょうとも。

 昔から自分に顔がそっくりなデレク王子を大変可愛がっておられたし」

 彼らの話を聞き、優雅に微笑みながら王妃は心の中で毒づいた。


 ”王が可愛がっていたのは、第二王妃を迎えるまでの事よ。

 しかも第二王妃が子どもを産んだら、今度はそっちに夢中になったわ”


 当のデレク王子は、ずっと遠くを眺めている。

 城まで続く大通りを、森を抜けて馬車がやってくるのを待っているのだ。

 そしてニヤニヤしながら、いつものように妄想している。


 ”彼女は、母上が用意したあのドレスを見て感激しただろうな。

 身分の違いを気にして、身を引こうとしていたのだ。

 王妃に選んでもらったことを深く感謝しただろう。

 喜びの涙でなかなか化粧が出来なかったかもしれない。

 馬車を降りた時、感激のあまり俺に駆け寄ってくるだろうか”


 そしてその後を想像して目が垂れてくる。

 ”『一生、この身をあなたに捧げます』と俺に誓わせよう。

 そしてすぐに王妃教育を始めなくてはならないな。

 あいつは平民出だから、何もわかってないようだし、

 妻の務めと言うものをしっかりと教え込まねばならないぞ”

 グフグフ笑うデレク王子を気味悪がって、

 周囲の人がそっと自分から離れていくのも気付かずにいた。


 しかし肝心の婚約者は現れない。

 予定の時間を少々過ぎたころ、一台の馬車がこちらに向かってくるのが見えた。

 それは大通りではなく、側道をひっそりと進んできたのだ。

「御者の奴、間違えたのだな」

 イラっとしたが、とにかくアスティレアを迎えに行こうと、

 馬車が着いた先へと歩いていくデレク王子。

 国王や来賓も、彼が馬車に向かうのを見て”もしや?”という顔になる。


 デレク王子もそれに気が付き、誇らしげに馬車へと歩いていく。

 さあ、お披露目だ。みな、俺の婚約者を見るが良い。

 皇国生まれの、まばゆいほどの絶世の美女で、

 メイナの技能に長けた、この国の役に立つ女だぞ。


 王子は止まったばかりの馬車の前に立った。

 ドアが開き、ドレス姿の娘が降りてくる。

 ほお……あの娘が……と静かな声が来賓の間で広がる。


 しかし当の王子は、降りてきた娘を見て唖然として呟く。

「お前じゃない……」 

 娘はアスティレアではなく、メイジー伯爵令嬢だったのだ。

 彼女の方もビックリした顔で言い放つ。

「なぜ王子がこちらに? あの娘はどうなさったの?!」

「アスティレアはまだ着いていないぞ!」

「そんな! 私より先に出発したのに!」


 なんだか揉めているような二人の雰囲気に、

 周囲はどうして良いかわからず見守っている。

 王妃は大慌てで公爵家のものを呼び寄せている。


 その時。


 止まった馬車のはるか後方から、何かが跳ねながら現れたのだ。

 蚤のみのような姿で、小さな頭が巨大な胴についており

 その背中はパックリと縦に割れ、無数の牙を見せていた。

 会場に集まっているたくさんの人間エサを見て、

 興奮しているようだった。


「あれは……妖獣トリプドだあ!」

 妖魔対策委員の誰かが叫んだ。

 この場にそぐわない客の襲来に、城内が騒然とする。


 悲鳴や怒号が広がる中、兵が大慌てでデレク王子に集まってる。

 トリプドは突進を止めず、巨体を跳ねながら向かってくる。

 わあわあと情けない声をあげ、腰をぬかして立てないデレク王子と

 金切り声をあげてしゃがみ込むメイジー伯爵令嬢。


 するとトリプドめがけて、空を何かが横切っていった。

 敵の気配に前足を持ち上げて戦闘態勢に入ったトリプドを

 オレンジ色の光が一閃し、その身を貫いたのだ。

 たちまち炎に包まれて崩れ去る妖獣トリプド。


「あれは……火竜サラマンディア!」

 皇国からの出席者の声に、人々は驚喜の声をあげる。


 華麗な火竜に乗っていたのはもちろん、

 皇国の将軍ルークスと、その最愛の婚約者アスティレアだった。


 ******************


 馬車の中でアスティレアが感じた気配は、あり得ないものだった。

 あの重責に追われ多忙な彼が、この場に来るはずなどないのだ。

 しかし馬車が急停止し、空を見ると、そこには火竜に乗った彼がいた。


 舞い降りた火竜から飛び降り、駆け寄るルークス。

 アスティレアは飛びつき、その胸に顔をうずめる。

 その瞬間、張り詰めていたものが切れたかのように涙が出てしまった。

「だいぶ、無理をしたようだな」

 髪を撫でてくれる手と、懐かしくも温かい声に、

 歯を食いしばろうとも嗚咽が止まらない。


 どんなにこれが皇国の策略のうちであり、

 絶対にデレクと結婚するなどあり得ないと分かっていても

 みっともないドレスを着て、趣味の悪い髪型にされ、

 メイジー伯爵令嬢に”デレク王子の婚約者”だと言われるたびに

 心の片隅は悲鳴をあげていたのだ。


「北の……抗争は?」

 アスティレアが問うと、ルークスは笑って答える。

「しばらく状況が鎮静化したこともあり、

 俺の代わりにディクシャー侯爵と、

 数人のメイナ技能士が請け負ってくれたのだ」


 アスティレアは目を丸くする。

 ディクシャー侯爵は皇国立法院の上級議員だ。

 本来、こちらに来てアスティレアを保護した後、

 国王に王妃がしたことを、糾弾する役目をする予定だったのだ。

「案ずるな。彼は軍師としても剣士としても一流の男だ」

 アスティレアはうなずきながらも、

 いきなり戦地に向かった夫を心配しているであろう

 ディクシャー侯爵夫人の気持ちを思うといたたまれなくなった。


 黙り込むアスティレアの顔を上げさせ、ルークスは優しく諭す。

「この采配を決めたのはディクシャー侯爵だ。

 妖魔や古代装置の件は自分でも解決できるが、

 王妃と王太子……デレクといったな?

 彼らの振る舞いを完全に封じるには、これが最適解だと」

 確かにそうだ。実際に会わせるのが何よりの効果をあげるだろう。


 世界一安心できる場で少し泣いた後、アスティレアは顔を上げる。

「大丈夫。証拠もたくさんとれたわ。会場にいきましょう」

 そう言ってメイナを使い、ドレスを真っ黒に変色させる。

 そしてドレスの裾から上に向かって深紅のグラデーションに染め上げる。

 黒いマントに深紅の軍服というルークスの装いに合わせ、

 自分のドレスも黒と深紅に変えたのだ。

 これでどう見ても、彼らはペアの招待客に見えるだろう。


 さらにルークスの胸に付いた数多くの勲章から、

 とりわけ華やかなものを指し尋ねる。

「これ、ちょっと借りて良い?」

「もちろんかまわないが、どうするのだ」


 アスティレアはそれに、髪を結い上げた時に使ったピンを取り付け

 左耳の上側に取りつけた。

 右側の肩にストレートの髪を全て流し、ワンサイドヘアを作る。

 黒いドレスに似合った、シックで魅惑的な髪型だ。


 そして、その勲章の中央には皇国の紋章が描かれている。

 これで自分は皇国の者だとアピールするのだ。


「これで、良し。ああ、化粧は落ちちゃったなあ」

 そう言って笑顔を見せるアスティレアにルークスは言う。

「君は化粧などしなくても世界で一番美しい。

 ……ただ口紅がまだ濃いようだな」

 先ほどのお屋敷で髪を結われた際、唇に塗られたのは

 クレヨンのようなべったりしたピンク色だったのだ。

「そうなんだよね、この変なピンク色、何とかならないかな」


 そして火竜で城まで移動する間、

 ルークスはアスティレアの口紅を落とし続けたのだ。


 ***********************


 どよめく人々に向かって、火竜の上で手を振る二人の登場に、

 ルシス国の音声拡張機器から、がアナウンスを始めた。


「皇国より、将軍ルークス・フォルティアス様と

 その婚約者のメイナ技能士 アスティレア・クラティオ様のご到着です」


 かの有名な”皇国の守護者”がこの場に来たと聞き、さらに高まる歓声。

 アスティレアは思わず吹き出してしまう。

「あのアナウンスの声、リベリアだわ」


 待機していたリベリアが、この場の全員に伝わるように

 ルシス国の音声拡張機器を拝借してアナウンスしたのだ。

 彼女の周りにはバリアが張ってあり、誰も近づくことが出来ない。

 慌てたルシス国の兵たちがバリアを剣や槍で壊そうとするが、

 ドラゴンの炎さえ退ける”最強の盾”に効くわけがなかった。


 バリアをドンドン叩いて”放送を止めろ!”と怒鳴る兵に向かって

 リベリアは満面の笑みで小さく手を振りながら、アナウンスを続ける。

「お二人はかねてからご婚約されており、

 その仲の睦まじさは皇帝や皇太子もお認めになるほどです。

 もし最愛の妃であるアスティレア様の御身に害なすものあれば

 その者は間違いなく、ルークス様のとてつもない怒りにふれ

 かの名剣マルミアドイズに全てを焼き尽くされることでしょう」


 その言葉に、叫んでいた兵が一斉に大人しくなる。

 そして火竜を見上げて、全員が恐怖で固まってしまう。


 そして離れた場所、国王の斜め後ろに立った王妃は

 その放送を聞いて唇をわなわな震わせていた。


 ******************


 リベリアとクルティラは抑留された後、

「いつでも逃げられるけど、合流せずこのままルシス側にいたほうが、

 婚約発表を潰しやすいわね」

「大々的に発表することで否定できなくするおつもりでしたら、

 他にもいろいろ準備をしていそうですし」

 と話し合い、見張りを気絶させ城内へと向かい、

 婚約発表に関する準備を叩き潰し始めたのだ。

 王妃が指示を出す相手の動きを追えば、それは簡単なことだった。


 手始めに、公爵家が大量に用意していた”バナー”と呼ばれる小旗を見つけた。

 これはデレク王子とアスティレアの名前が並んで大きく描かれていた。

 アスティレアの登場と同時に、来賓や国民に配布される手はずだったが、

 それらがクルティラによって、あっという間に切り裂かれ、

 細切れになっていくのを公爵家のものは見ているしかなかった。


「急いで作らせたから、ものすごい金がかかったんだぞ!」

 そう言ってわめく公爵家の侍従を、クルティラは鼻で笑い

「”刻んでいただいてありがとうございました”と言うべきところよ?

 万が一、これが皆の目にさらされるようなことがあれば、

 公爵家は取りつぶしになるだけじゃなくて、多額の借金を抱え、

 数多くのものが重刑を受けたでしょうね」



 また二人は城の高い位置に、用意されていた横断幕を見つけた。

 これにもデレク王子とアスティレアの名前が連なって描かれていた。


 掲示のタイミングについて相談する彼らをそこから首尾よく遠ざけた隙に、

 リベリアが大量の油をふりかけ、クルティラが火を放った。


 勢いよく燃え上がる横断幕に気付き、彼らは慌てて駆け寄るが、

 火の勢いが強すぎて近づけない。

 パニックを起こす彼らに対し、偶然通りすがった者のように

「あら大変。予備の品はございませんの?」

 とリベリアが尋ねると、彼らは半泣きになりながら

「あるわけないだろう! 急な命令だったから

 これだけでも用意するのも大変だったんだぞ!」

 と答える。それを聞いてにっこりと笑うリベリア。

「そうですか。 なら結構です」

 唖然とする彼らをおいて、立ち去るリベリア達。


 こうして、公爵家が多大な金と手間をかけて用意した準備を

 ことごとく潰していったのだ。


 旗を刻まれた公爵家の侍従たちは、

 王妃に何と報告するか頭を悩ませていたが

 先ほど、皇国の将軍と共に登場したアスティレアを見て驚き、

 続いてリベリアのアナウンスを聞き、震えながらつぶやいていた。

「刻んでいただいてありがとうございました……」


 *****************


 会場でも、分散した皇国調査団や皇国兵が一斉に、

 周囲のルシス国民に対し、ルークスとアスティレアは

 かねてからの婚約者だとふれまわっている。


 皆が見守る中、火竜から降りた二人は、

 ピッタリと寄り添いながら向かって歩いてくる。

 その途中、つまずきかけたアスティレアを

 ルーカスは包み込むように支え、その額に軽くキスをする。

 可愛らしく舌を出し、肩をすくめるアスティレア。

 美男美女のほほえましいやり取りに、

 わあっと盛り上がる来賓や国民たち。


 二人はルシス国王と、顔面蒼白の王妃の前までやってくる。

 デレク王子とメイジー伯爵令嬢は未だに馬車の前で立ち尽くしていた。


 ルークスは優美なボウ&スクレイプで挨拶した後、

「我が婚約者アスティレアが、

 この国にお力添え出来、嬉しく思います」

 戸惑いながらも、世界の英雄の登場に興奮が隠せない国王と

 引きつって言葉も出ない王妃。

 必死に、意味が分からない目配せをアスティレアにしてくる。

 おそらく黙っていろと言いたいのだろう。


 デレク王子は真っ赤な顔でそれを見ていたが

 諦めきれなかったらしく、こちらに駆けてくる。

 その後を、嘘よ、嘘でしょ、とつぶやきながらメイジー伯爵令嬢がやってくる。


 打ち合わせと異なる展開に、混乱する公爵家の侍従たち。

 青ざめた王妃に、次々と公爵家の侍従が訪れ、

 用意していたものが破壊されたことや、計画の失敗を告げていく。


 バタバタと混乱する様子を見て、訳が分からない国王は必死に笑顔を作った。

「よもや皇国の将軍がいらっしゃるとは」

 ルークスは涼しい顔で、王妃を見据えてハッキリと言った。

「俺の婚約者であるアスティレアの身に危険があったゆえ、急いで参りました」

 王妃はすでに顔面蒼白だ。国王は驚いて言う。

「なんと、それは本当か!」


 来賓も多く、いろいろな人を巻き添えにする必要はない。

 そう考えたアスティレアは、国王に微笑みかけ

「私はもう大丈夫です。後ほど詳しくご説明いたしますわ。

 今はこの式典をお進めください」

 と答えた。王妃は引きつりながらも

「あら、なにか混乱なさっているご様子ね?

 何か勘違いなさっただけなのでは?」

 と震える声で言う。


 おそらく拉致され婚約者に仕立て上げられたことをアスティレアが言おうと

 そんな事実はない、自分は知らないで押し切る魂胆なのだろう。


 しかし、アスティレアの手には録画機があった。

 国王はいぶかし気に尋ねる。

「それは……」

「録画機ですわ。後で何があったか全てお見せいたします」

 凍りつく王妃。思わず録画機を奪おうと手が伸びてしまう。

 その様子に、何かを察する国王。

「お前……まさか……」


 さあ、完全に退場していただきましょう。

 アスティレアは王妃に微笑みかけながら、心の中で呟いていた。


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