第12話 捏造される婚約者
12.
私たちは一昨日、対策委員のホランド氏を
”古代装置の配布”と”教唆”の疑いで逮捕した。
しかしまだ取り調べの最中ということもあり、
ルシス国側には「事情聴取」という扱いにしてある。
絶対に
もう少し、やらなければならないことがあるのだ。
******************
そして今日はこの国で式典が行われる日。
皇国をはじめ、4大王国の貴族だけでなく
この魚を用いて作られた薬を研究している機関など
諸外国より、かなり多くの来賓が招かれている一大イベントなのだ。
私は先日、国王より呼び出され、
「皇国のメイナ技能士代表として出席してほしい」
と言われ、出席することなっている。
つい先日まで、この国の王太子であるデレク王子に
しつこく付きまとわれていた身としては参加などしたくなかったが
”デレク王子の婚約も決まった。
式典の日にお相手を発表するので安心して参加せよ”と
王妃様が仰り、皇国と相談して出席を決めたのだ。
どのみち、古代装置にまつわる犯罪の主犯が確定していない以上、
このイベントに水を差すようなことはするべきではない。
式典が問題なく終わるまで、
****************
「お迎えに上がりました。控えの場までご案内いたします」
朝も早くから、王家から馬車で迎えが来た。それも2台。
リベリアとクルティラは、侍従に
「本日のご説明がございますので、こちらにお乗りください。
アスティレア様とは後ほど合流いたします」
と言われ、私とは違う馬車へと案内されていった。
馬車が出立して、しばらくの後。
私は後方についてきているはずの、
リベリア達が乗った馬車が消えていることに気が付いた。
どうやら”始まった”みたいね。
私は密かに、口元をほころばせる。
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深い森を抜け、どこかの小さなお屋敷に到着した。
私は馬車を降りながら、わざと不思議そうな顔をして、
「あら? 私の連れはどちらに?」
と尋ねてみる。侍従は焦ったように
「……馬車に不具合があり、後ほど合流されます」
と答えた。嘘が下手だなあ、額に汗をかいてるよ。
屋敷の中へと案内され、玄関で出迎えたのは
侍女頭と思われる貫禄のある女性だった。
「貴女様を本日の大切な主賓としてご用意させていただきます。
まずは着替えていただきます」
といきなり早口で言われて驚く。
私は慌てて
「
必ず着ることを義務付けられておりますので」
と話し固辞したが、侍女頭は厳しい顔つきのまま、
「こちらの国の式典に参加される以上、こちらのルールをお守りください」
と返され、着替えの間まで押されるように連れていかれる。
そして部屋に入ると、
「こちらをお召しになってください」
と言われて見せられたのは、なんと真っ白なドレスだった。
俗に言う”プリンセスライン”と呼ばれる、
ウエストから下が大きく膨らんだスタイルのドレスだ。
全体的にフリルで覆われ、
胸元や裾など、いろんな場所に大きなリボンがついている。
一言でいえば”ものすごくダサい”。
皇国なら、三歳の幼子でも着ないような幼稚なデザインだ。
呆れかえった私は
「この式典に参加する女性は、みなこのようなドレスを着るのですか?」
と言うと、侍女頭は怒ったような、厳しい口調で答えた。
「貴方様のような立場の方は、お召しになられるのがしきたりです」
「私の立場は、こちらの国王様がおっしゃった通り
”皇国のメイナ技能士代表”ですが」
私がそう答えると、彼女は押し黙った。
そしてドレスを見つめたまま、命令口調で私に言い放つ。
「……良いから着なさい。自分の立場をわきまえるのです」
私はあえて、にこやかな顔で反論する。
「わきまえているからこそ、
このような華美なドレスを着るわけには参りません。
メイナ技能士の立場を遵守させていただきます」
そういって拒否に、部屋から出ようとした時。
いかつい兵士たちがぞろぞろと部屋に入ってくる。
見れば、みな大仰なマントで身を包んでいる。
おそらく、なるべく素性を隠すように言われているのだろう。
その中の隊長と思われる中年の男が、苦々しい顔で言い放つ。
「大人しく従え。さもなくば、お前の連れの安全は保障できない」
私は頭の悪い子のように、彼に質問する。
「安全を保障できないって、どういうことですかあ?」
すると彼はムッとしたように言い直す。
「……命に危険があるということだ」
「えええ?私がドレスを着ないと、なんで彼女たちが危険になるんですか?
このドレスにどんな仕組みがあるんですかあ?」
私がノンキそうにそういうと、苛立った彼はついに叫ぶ。
「お前が言うことを聞かなければ、彼女たちを殺すと言っている!」
はい、言質とれました。
彼らがこういう交渉に慣れていないのは間違いない。
もっと狡猾で手慣れた犯罪者なら、最後までそのようなことは言わないはずだ。
私はメイナを使って風を起こし、彼らのマントをひるがえさせる。
突然室内で起こった突風に驚き、
全員がマントを正す前に、腰の剣に手をあてて身構える。
いいね、その体制。鎧の胸にある公爵家の紋章が丸見えだ。
……王妃の実家である公爵家の。
隊長は私を睨みつつ、次の挙動を待っている。
しかし私が風を起こすくらいしかできないようだとふんだのか
態勢を戻し、私に剣を向けた。
「もし歯向かうようなら、お前の命もここまでだ」
あーあ。言っちゃった。私がそう思っていると。
ドアの後ろから、どこかで聞いた声が響いた。
「だから言ったでしょ?
どんなに虚勢を張っても権力には逆らえないって。
早く運命を受け入れて、大人しく従いなさい?」
そう言ってクスクス笑いながら現れたのは、
デレク王子の婚約者のはずの、メイジー伯爵令嬢だった。
さすがに私が驚いていると、彼女は私を見下げ、さげすむような顔で言う。
「さあ、早く着替えるのよ。デレク王子の婚約者さん」
********************
私は鏡に映った自分の姿に、心の底から羞恥していた。
ドレスを着替えた後、化粧をされ、髪を結い上げられたのだが。
その髪型はルシス国風というだけでなく、とてつもなく古臭いものだった。
サイドすくい上げ、それを上に高く結い上げられ、
残した髪は全て縦ロールにされた。
古い時代の、それも子どもの絵本のお姫様のようだ。
こんな姿をリベリアに見られたら彼女の腹筋は崩壊するだろう。
そして髪飾りは、ルシス国の刻印が大きく入ったティアラ。
真珠やルビーなどそれなりに宝石が使用されたものだが、
センスのかけらもない、陳腐なシロモノだ。
指輪をするように言われたら、さすがにメイナで潰してやろうと思っていたら
それは王子が持っているらしい。
代わりにピンクの薔薇の花束を持たされる。
そんな準備を着々と進められる私の背後で、
メイジー伯爵令嬢は面白そうにずっと見守りながら
「泣く泣く王妃様のお茶会に出たら、頼まれただけだったのよ。
”
などと、勝手にベラベラと真相を語り出す。
「皇国のメイナ技能士が言うことを聞かなくて困っているって。
婚約者など居もしないのにデレク王子の求婚を断るなど
この国の名誉に関わることだから、協力して欲しいってね」
王子の婚約者は自分だと、
私を含む皇国のものたちに思わせて油断させるためだ。
「……ねえ、もっと泣き叫ぶかと思ったわ。もう観念したの?
せっかくあなたを騙して、デレク王子のお相手にしてやったのに。
ショックを受けるあなたを見たくてこの屋敷まで来たのよ、私」
そう言いながら不満そうに、鏡越しに私を眺めるメイジー伯爵令嬢。
そして忌々しそうに吐き捨てる。
「”皇国から可愛い子が来た”って噂が出たころからずっと
あなたが気に食わなかったのよ。
ちょっと美人だからって、調子に乗るからこんなことになるのね」
そんな噂は初耳だ。登城するたびに見知らぬ貴族がこぞって挨拶に来るのは
妖魔対策に対するお礼なのだと思っていたのだ。
「別に泣いても何の意味もありませんから」
私がつまらなそうにそう言うと、メイジー伯爵令嬢は口を曲げる。
そして思い直したように、意地悪な顔で言い放つ。
「そうよね、泣いても叫んでも、あなたは
もう証拠としては十分なくらいだったが、私は念のために聞いておく。
「でもデレク王子もご存じなのかしら?
私を見て”お前じゃない!”なんておっしゃるのでは?」
メイジー伯爵令嬢はフフン、と鼻で笑って
「安心なさい。デレク王子ももちろんご存じよ。
王妃様の計画をお聞きになって、とおーっても大喜びでしたわ」
そして嫌味な笑顔で、私の顔を覗き込んで言う。
「それでね、デレク王子なんて言ったと思う?
『婚約発表を済ませたらすぐにビディア宮殿に連れていくぞ!
24時間ずっと、お妃教育をしなければならないからな!』ですって!
ウフフフ、ねえ”24時間”って意味わかる?」
無反応を貫く私に対し、彼女は耳元でささやいた。
「『結婚の次はお世継ぎだ! お世継ぎを急がねば』って。
目をむいて真っ赤な顔で、ヨダレを飛ばして興奮していたの。
本当に虫唾が走ったわ。あんな男、触れられるどころか側に立つのも嫌だわ。
無能で国の役にも立たない上に、
あんなにも不細工で気持ちの悪い男に嫁ぐなんて、私には絶対無理」
「……自国の王子に対して、そのようなことは言うべきではないのでは?」
あくまでも冷静な私の返答に、メイジー伯爵令嬢は一瞬ひるんだが、
口をへの字に曲げてブツブツと反論する。
「……大丈夫よ。”そんなこと言ってない”って言えば、誰も信じないわ」
私はにこやかに言い添える。
「万が一、私が王妃になったとしたら、
あなたのお立場が危うくなるかも、とはお考えにならないようですわね?」
その言葉に今度こそ、メイジー伯爵令嬢は顔色を変える。
そんな当たり前のことなのに、なんでこの子は思慮が浅いのだろう。
それでも彼女は必死に、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「外国の、しかも平民出の王妃に、たいした権力なんてないはずよ。
それに結婚に協力した私は生涯優遇してもらえる約束なんだから……」
「あら? その約束は誰となさったの? 侍従の口約束など意味が無くてよ」
「侍従などではないわ! 王妃様よっ!
それに口約束なんかじゃなくて、
王妃様の印が入ったネックレスをくれたんだから!」
そう言って、胸元を飾る大きなルビーのネックレスを見せつけた。
「まあ、立派な品ね。……それでしたら間違いありませんわ」
私の言葉にいぶかし気なメイジー伯爵令嬢。
証拠は充分だ。そう思って、この部屋のいたるところにある録画機を見渡す。
私たちの会話は映像付きで、全てこれに残されているのだ。
********************
「いよいよ皆様にお披露目ね!」
メイジー伯爵令嬢は嬉しそうに私の前で叫んだ。
「ウフフフ、今日はきっと、忘れられない日になるわよ?
あの気色の悪い醜い男に”24時間ベッタリ”されるのですものねえ」
あああ気持ち悪っ!と言いながら、彼女は大笑いする。
……本当に性格が悪い女だなあ。
私たちが部屋を出ると、兵がぞろぞろと現れ、私の前、両脇、背後に立つ。
そして隊長が厳しい顔で私に念を押した。
「良いか。絶対に変な気を起こすなよ。
もし”自分は婚約者ではない”などと騒ぐようなら
その場で仲間だけでなく、お前の命はないと思え」
私は静かに笑って言い返す。
「命より大切なものが、この世にはありますわ」
隊長は眉をひそめ、ものすごい形相で睨んでくる。
あちらも必死なのだろう。
「もしご自分のご家族、例えば妹や娘が、
愛する者と婚前間近であるにも関わらず
私のような目にあわされたとお考えになってください。
それでも”黙って従え”とお言いになれますか?」
隊長は目を見開き、周囲の兵士たちは顔を背けた。
長い沈黙の後、彼は小さく呟いた。
「……俺たちにはどうすることもできない。すまない」
私は最後のチャンスを与えたが、それは意味を成さなかった。
まあ、彼らにはどうしようもないだろう。
そして私は笑顔で、彼らに言った。
「さあ、さっさと参りましょう?」
唖然とした彼らは、私がすっかり観念したと思ったのか
次々に馬車に乗り込んだ。
1台めには4人の兵士が、2台めには私と3人の兵士が。
そしてニヤニヤ顔で私を見送るメイジー伯爵令嬢に
思いっきりの笑顔を向け、仲の良い友達のように元気よく手を振る。
その様子に、口をぽかんと開け、
目を丸くするメイジー伯爵令嬢が遠ざかっていく。
*******************
馬車はどんどん進み、やっと森へと差し掛かった。
ここから森を抜け、城まで30分もかからないだろう。
……さっさと始めますか。
私は罪悪感で死にそうな彼らに視線を向ける。
私は手に持たされたピンクの薔薇の花束を
「ちょっと持っていてくださる?」
と言い、正面の兵に渡す。黙って受け取る兵士。
私は下に視線を落とし、わざと驚いた声を上げて立ち上がる。
「嫌だわ! 足元に大きな虫がいるじゃない!」
3人のうち、2人が下を覗き込み、1人は足を浮かせるのみ。
覗き込んだ2人の首の側面を手刀で仕留める。
足を浮かせていた兵が大慌てで
「お前っ! 仲間がどうなっても……」
私は思わず笑ってしまいながら彼に言う。
「あの二人、何度も捕まったことあるのよ。
ある時は盗賊団、ある時は軍隊。またある時は違法薬物の組織に」
その言葉に眉をしかめる兵。どういう経歴なんだ? という表情。
「でもね、一度も生きて見つかったことはないの。
……もちろん、彼女を捕まえた者たちが」
彼が目を見開いた瞬間、私は彼の腹部を殴打し
体を二つ折りにしたところを手刀を食らわせる。
見張りの兵を全て気絶させた後、
ルシス国印の入ったティアラを乱暴に外し、メイナを使って潰す。
本来その必要はないのだが、さすがにストレスが溜まっていたのだろう。
リベリアとクルティラは間違いなく無事だ。
”破滅の道化師”でさえ手出しが出来なかった彼女たちを
一介の国兵がどうこうできるわけはないだろう。
そもそも今回の式典参加は、皇国の仕組んだ罠だったのだ。
ディクシャー侯爵が手紙で連絡してきた内容は
「式典に参加し、もし王妃と王子が何らかの違法行為をしたなら
それを理由に彼らの動きを完全に封じるとともに、
王妃と王子、そして公爵家を、皇国が徹底的に捜査する権利を得る」
というものだった。
古代装置の配布や使用の教唆に関与しているのは間違いないのだが、
一国の王妃や王子を疑惑だけで取り調べることは、さすがに難しい。
だから彼らが何か企んでいるのは間違いなかったから、
それに賭けたのだ。
何かやってくれるだろうとは期待していたが、
ここまで
私のことを監視する白シギは、
朝、馬車に乗ってから、さっきのお屋敷を出るまでずっと追いかけて来ていた。
私が髪をセットされている間も、窓の外に止まっているのが見えていたし。
もうすぐ、この森を抜けるまでに皇国の用意した馬車が私を迎えにくるだろう。
ドレスはこのままでも平気なのかもしれないが、
馬車を降りた時、私だけがあまりにも派手に正装をしていると
国民や来賓に”あの人が婚約者か?”と思われる可能性がある。
ティアラが無いくらいじゃ弱いだろう。
私はアップにした髪を降ろしてメイナで空気中の水分を集めて濡らす。
そうして恥ずかしい縦ロールをのばし、いつものストレートにする。
皇国の馬車に移っても、着替えている時間はないだろう。
ドレスのリボンをむしり取り、メイナで他の色に変えようとした時。
”ありえない気配”を感じて上を向く。
……嘘でしょ?!
その瞬間、前方からものすごい破壊音と悲鳴が聞こえた。
続いて私の馬車が道から外れ、森につっこんで急停車する。
大急ぎで態勢を整え窓から見ると、
前の馬車が森の中に横転しているではないか。
それは本当に想定外だった。
私は信じられない気持ちで空を見上げた。
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