第12話 仲間との合流

12.仲間との合流


 メイナ監査官と別れ、目立って動くと意図を読まれる恐れがあったので

 私は誰にも見つからないように潜み、今後に備えて準備していた。

 それでも有事に対応すべく、国内にいるメイナ監査官や役人とは、

 皇国の連絡鳥である白シギを使って連絡を取り続けておく。


 ここはパルブス国内の山岳地帯、標高の高い場所にある山小屋だ。

 見た目は近寄る価値もなさそうなボロさに作ってあるが、

 中はすっかり手を加えられ、清潔を保たれている。

 水回りやベッドなど、一通りの設備や家具もあり、

 布団や食器などの生活用品まで用意されていた。

 小さくとも立派な仮の住まいだ。

 ありがとう、皇国補給隊のみなさん。


 正直、この生活はものすごく楽しかった。

 独り暮らし。なんて甘美な響きなんでしょう。

 今までずっと、いっつも誰かに囲まれていて、

 お世話という名の管理をされる毎日だったから。


 誰に気を遣うこともなく、自由で、気ままな生活。

 もちろん事務的な仕事はしてるけど、それを含めて

 ”働きながら一人で暮らす女の子”になるのは本当に嬉しかった。


 ……とはいえ自分の役割を終えたも、もうすぐこちらに来るだろう。

 合流したら、まず何をしようかな。


 私がメイナ監査官から受け取ったリストを

 ベッドに寝転んで眺めていた、その時。

 私は急に飛び起きて上を見上げる。

「……うそ」

 良く知る人の気配が近づいてくるのを感じる。

 でも絶対ここにいるはずのない人だから、信じられなかったのだ。


 山小屋の上空で、これまた良く知るバサッ、バサッという翼の音がする。

 私は山小屋を飛び出して外に出ると、そこには彼がいた。

「君が国外追放されたと聞いて来た」

 皇国の将星ルークスと、彼の火竜サラマンディア。


「任務は……」

 せっかく来てくれたのに色気のない反応だが、

 そのくらい彼が担っているエリアや役割は広く大きい。

 ”皇国の守護神”。

 彼の通り名は別に”皇国を守るもの”という意味ではない。

 皇国は世界の中心であり、そこを拠点に問題の場所へ向かうためだ。

 言うなれば”皇国から到来する世界の守護者”ということだ。


「仕事はオルドやモドゥスが代わってくれた。

 みな、弁論終結が近いことが分かっているからな」

 中将たちにお任せしたのか。では、遠慮なく。

 私はバフっと抱きつく。会いたかったよ。


 ぎゅっと抱き返してくれる腕の中で彼に尋ねる。

「追放の理由、聞いた?」

「知ってる。聖女ではないからと。

 余りにひどい”主張”にみな呆れていた」

「……ま、別に計画が早まっただけだから。

 全然良いんだけどね。大丈夫だよ」


 ルークスは私の両肩を押さえて、顔を覗き込む。

「良くはない。実害がなかろうと、君がダメージを受けなくとも

 君が受けた侮辱を俺は見過ごすことはしない。

 のちに、彼らには必ずその償いをしてもらう。

 ……とは別にだ」

 私は嬉しさと気恥ずかしさで顔が赤くなる。

 私は強い。守られずとも十分なくらいに、だ。

 しかし彼にとっては、そんなことは重要ではなく、

 いつも”一人の人間として”という基準で接してくれるのが、心から嬉しい。



 サラマンディアに挨拶し、水を飲ませて休ませた。

 そして山小屋の中に入って、お茶を用意する。

「今後しばらくは、私が国の周辺をしようと思って」

 予定が急に早まったため、皇国の兵を呼ぶことなく、

 状況検分がてら、私が直に現場に当たろうと思ったのだ。


 今後、パルブス国にがあった場合、

 混乱を狙った周辺から、国民は格好の餌食となる恐れが高い。

 また魔獣の侵入といった大きな厄災に見舞われた時の対応は

 どうしても遅くなってしまうだろう。それを避けるためだ。


 彼はメイナ監査官がくれた例のリストを見ていたが、

「この件はもう俺が完了した。消しても大丈夫だ」

 と指さしたのは”ディダーラ出現の懸念”と書かれたところだ。

 そうか。めんどくさいのが一件消えたな。

 話を聞けば、ここに来る途中に偶然出くわしたらしい。

 まさに天意を得たタイミングだ。


 彼はその他も見て、大型の魔獣の討伐や、

 任務の合間に解決できそうなものをメモに移していった。


「ありがと。これでこっちはに専念できます」

「そうか。しかし無理は不要だ」

 そう言って、ぐるっと中を見渡すルークス。

「しばらくはここで暮らすのか? 不自由はないか?」

「いやー、独り暮らし最高! って感じだよ。

 朝、目覚めたらお掃除して、パンとか食べて、

 昼間は働いて、夕方帰ってくるの」

 たとえ、その昼間の仕事が、血なまぐさいものだったとしても。


「のどかで、のんびりしてて、誰もいなくて。すごく気楽なんだから。

 ……もう、ずっとここで暮らそうかと思うくらい」

「はは、それは良いな。ここは眺めも良いし空気も澄んでいる。

 では俺は、近くの森で獲物を取って、それを街に売りに行こう」

「いいね、じゃあミルクと小麦粉を買ってきてください」

「そうか。土産は焼き菓子がいいか? チョコレートか?」

 そう言って笑いあう。


 でも、私たちは分かっている。そんなのは絵空事だ。

 ルークスが生まれた時から背負っていた名門フォルティアス家嫡男の肩書、

 自分の実績で手に入れたグベルノス軍将星の地位、たくさんの部下。

 そして私は私であることをのがれられないしげるわけにはいかない。


 1年前のあの日、ルークスはその宿命を半分背負ってくれると約束した。

 ただでさえ重責の彼に、そんなことさせるのは酷すぎるのかもしれない。

 いろんなものを失わせる可能性だってあるのだ。


 でも、私は”私のために……ごめんなさい”なんて嘆いたりしない。

 そんなことしても、彼は嬉しくもないし、何にもならないから。

 背負ってもらえることを私が大喜びして、気兼ねなく任せることが

 彼にとって最も望ましいことだとわかっているから。


 彼が私の腕を引き寄せる。

 そう、喜ぶふりなんてまったく必要ない。

 この温かい目を、誰よりも一番近くで見られる私は、ほんとに幸せ者だから。


 ********************


 次の早朝、近隣の任務に向かっていったルーカス。

 最終口頭弁論の日程はまだ未定だけど、

 決まり次第、必ず来てくれると約束をした。


 彼が去り、私が掃除を終えるころ、ドアをノックする音が聞こえた。

 遅いぞ。いや、遅れてくれてありがとう、か。


 ドアを開けると、そこにはクルティラとリベリアが立っていた。

「お久しぶりです、偽の聖女様」

 リベリアがそう言って笑った。


 ********************


 あのパーティーの件をさっそくいじってきたか。

 苦笑いで中に招き入れ、とりあえず座ってとうながす。


「まあ、皇国の想像を越えていましたわね、いろんな悪い意味で」

 とリベリア。大富豪の娘といった姿から元の通り、

 髪は左右でそれぞれ三つ編みにして、頭の両横でまるめており

 神官らしく緑の修道士の服の下にズボンをはき、裾を白いブーツに入れている。

「何かの喜劇を見ているようだった。それか、悪夢か」

 クルティラは皇国上兵が着ているスーツをアレンジしたもので、

 色は彼女に似つかわしく濃いグレーだ。


 私はお茶を入れながら、追放に至るあの情けない経緯を話した。

 だいたい報告書を読んで知っていたらしく

「思慮が浅いというより全く無いのですね。

 グラナト王子を知ると、クラゲが知的に思えますわ」

 リベリアは治癒や浄化を得意とする神官だ。見た目も優し気な美しさがある。

 しかし口から出る言葉はいつも、鋭利なトゲか、徐々に効く毒の二択だ。

 ……よく城内での生活で我慢してたな。


「王妃もとても浅薄な人間だった。こちらが恐ろしくなるほど無防備で」

 無表情のまま(これもいつも通り)クルティラはつぶやく。

 そりゃそうだろう。いくら大好きな翡翠とはいえ、行動が軽薄すぎだ。

 トリアネア国は確かに翡翠の原産国だが、加工は決して得意ではない。

 あのクルティラが王妃に贈った翡翠のネックレスをちゃんと見たら

 その洗練されたデザインや加工の技術が、他の国によるものだと気付けるはずだ。

 ……そう、皇国のものだと。


「国民はみんな、働き者だし頑張り屋なんだよ」

 私がそういうと、彼女たちはうなづく。

「あの生活や文化はそのままに、害悪だけを取り除きたいものですわね」

「そうそう。パティヤが廃れてたまるか」

 私は仕事の合間に食べた数々のパティヤを話そうとしたら

 リベリアもすでに数多くを食していたらしく、

 二人であの店のパティヤは肉がゴロゴロ入ってる、

 〇〇通りにあった店のはトマトソースにチーズがたっぷりで

 でも甘いのもクリームとフルーツが信じられないほどマッチして……

 と話が止まらなくなってしまった。


 その時クルティラがポツンと

「私は海鮮が入ったものが一番美味しかった」

 といい、私とリベリアを震撼させた。なにそれ!? そんなのあったの?

「エビには弾力があり、ホタテも柔らかく、味はしっかりついていて」

 ウンウン頷きながら聞き入ってしまう。それ絶対美味しいヤツだ。


 私たちは一通りパティヤに関する情報を報告・交換した後。

 身支度を整え、やっと出発することにする。


「さて、この辺の盗賊を全部、殲滅せんめつしておきますか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る