第11話 第一王子ロクタス(第三者視点)

11.第一王子ロクタス(第三者視点)


 クルティラが去った後、グラナト王子はしばらく震えていたが

 ここにいるのは危険と判断し、おそるおそる部屋を出た。

 どこから狙われているかわからないと、

 壁に背をつけ、ひどく怯えた様子でじりじりと歩く。

 誰かを呼びつけようにも、その前にやられたら終わりだ。

 声を上げようとした時の、クルティラの言葉が頭から離れない。

 思わず喉を押さえる。


 途中、お茶を運ぶ侍女とすれ違ったが

 ガタガタ震え座り込む王子を心配した侍女が

「どうかされましたか?」

 と声をかけ近づいてきても、

「こっちに来るなあ! さっさと行け!」

 と怒鳴る始末だ。

 そして振り返り振り返り去ってゆく侍女が見えなくなるまで

 その場を動こうとはしなかった。


 ようやく自室の前にたどり着くと、

 3人の侍従たちが入り口で何か話しているのが見える。

 よく見ると、彼らも手の甲などに切り傷があり、

 服もところどころ、小さく切り裂かれているではないか。


「どうした! その傷はまさか」

「はい! 城内にウインドビーストが現れました」

「え? は? ウインドビースト?」

 ウインドビーストとは、超小型の魔物の一種で、

 風を使って切り裂き人間に小傷を負わせるが、

 それは肌表面程度の深さであり、妖魔としての危険性は極めて低い。

「先ほど王子の部屋に書類をお持ちした時に、廊下で発見しました」

「すでに捕獲し駆除しております」

 口を開けたまま、あっけにとられる王子。

 なんだよ……なんだよっ、ウインドビーストのせいかよ!

 ぶわっと安堵の気持ちが押し寄せる。


 いつもの彼なら発見が遅い! と侍従たちを叱責するところだが、

 今はむしろ、種明かしを見つけてくれた彼らに対し、

 感謝の念すら浮かんでくる。

 さらに報告を続けようとする彼らに、

 もういいから行けと命令し、自室のイスに座り込んだ。


 ……あの女はちゃんと、自分は全く分からないって言ってたじゃないか。

 皇国が暗殺を企てるわけがないし、

 誰にも知られずに切るなんてことが、人間に出来るわけがない。


 急に笑いが込み上げてきて、王子はひとり、

 部屋の中で大声で狂ったように笑い出した。


 短慮な王子は気付くことができない。

 侍従たちは肌を切られ、出血もしていたことを。

 切り傷の形状も、王子の切られ方とは全く別のものだということを。



 *****************


 その後日。

 王太子の事務室で、今度は第一王子ロクタスが戦慄していた。


 この王位継承権を持つ王子は幼いころより、

 ”民衆は満足させてはいけない。すぐにそれ以上を望むからだ。

  不満が爆発しそうになったら、一つだけ解消してやれば、

  今度は褒めたたえられ、ご機嫌になってくれる。

  まつりごとは知性と教養があり、生まれも育ちも良く、

  徳の高いものが行い、民衆は黙ってついてくれば良い”

 などという、パルブス国特有の教育を受けてきた。


 しかし彼はこのところ、国がさらに荒廃していくのを感じていた。

 あまりにも問題が多く、解決しようにもうまくいかない、とも。


 ロクタス王子は、貴族の価値が軽んじられ、民衆との関係が悪化したのは

 あの皇国から来たメイナ技能士のせいだと判断した。

 あいつは必要以上に民衆を満足させ、

 最も重要視すべき王族や貴族への対応を甚だしく怠ったのだ。

 そう考え、グラナト王子の”追放したい”という願いに

 父王とともに許可を出した。



 しかしその後、ロクタス王子は以前よりさらに思い悩むことになった。


 ……よりによって今、どうして、我々王族の力が落ちているのだ?

 がうまく動いていないということか?

 あの近辺を調査したが、掘り起こした形跡も皆無で、

 地上の様子はまったく変化も異常もみられなかったと報告があった。

 しかも100年以上も前に祖先がしたものだ。

 掘り起こして調べたとしても、我々には何もわからないだろうし、

 直すことなど出来るわけがない


 最近は、この国が周囲の国からも

 なんとなく低い扱いを受けているように感じられ耐えられない。

 今まではとにかく、周囲の国よりも格上でありたいと思っていたのに。


 隣国から来た大豪商がさまざまな逸品を持って来た時も、

「高貴な方にこそふさわしい」

「珍しいもので、特別な者しか持てない」

 などという我々に似つかわしい品々を持ってきたから、

 我々王族と貴族は全部買い占めてやった。


 しかしその大豪商の娘、リベリアといったか?

 世間知らずの可愛らしい娘、といった雰囲気を持ち、貴族の間でも評判だった。

 彼女が、我々の流行りや好みが知りたいというから

 城内で過ごすことを許したのに。

 でもアイツは帰り際、この国の王太子である俺に対し、

 とんでもない発言をしたのだ。


 あのメイナ技能士を追放した翌日だった。

 帰国するというリベリアに、

「また何か我々にふさわしいものを手に入れたら来ても良いぞ」

 と言ったら、ふふふと可愛らしく笑い

「ノクスプリキュラでたくさん見つけられそうですわ。探して参りますね」

 と答えた。ノクスプリキュラ? 知る人ぞ知る宝石店か? と判断し、

「うむ、ノクスプリキュラなら、我々に似合うものがあるかもしれないな」

 と頷いてしまった。

 そしてその後、昨夜の追放について話が及ぶと

「あの時のみなさまのご様子は、パルプムテのようでしたわ」

 などと手を合わせウットリと語った。パルプムテも何かわからず、

 しかし目下のものに物知らずと思われるのもしゃくだったので

 そうだろうそうだろう、と答えてしまったのだ。


 しかし彼女が帰国した後、ふと思いついて調べてみると

「ノクスプリキュラ。

 辺境の未開民族がときおり開く、彼らの不要物を売り出す市場。

 その商品は虫の抜け殻や穴の開いた鍋、食べかけの乾燥肉など」

「パルプムテ。

 平原地帯に生息する小さな昆虫。

 常に群れており、怒ると小さな砂粒を拾い投げてくるが

 たいていはその攻撃さえ気づかれず、踏み潰される事が多い」


 文字を目で追っていて、頭にカッと血が上るのが分かった。

 俺たちは、俺は、バカにされたのか?! 下級な商人ふぜいの娘に。

 これは一国の王太子として、絶対許せることではない!



 そして怒ったロクタス王子は、大富豪を糾弾し謝罪と慰謝料を請求するため

 すぐに隣国に使者を出し、ヤツに連絡したいと言い伝えたのだ。


 その回答が先ほど、隣国から届いたのだ。

 使者からひったくるようにして受け取り、乱暴に文書を開く。

 文字を目で追いながら、顔色が急速に赤から青に変わっていく。


 まず、確かに先日まで、この国にその男の支店があったが、

 すでに無くなったことが書かれており。そして。

「その店の本店は皇国にあり、皇国直営のため

 何らかの要望がある場合は、直接皇帝に要求されたし」


 その文言を読み、凍り付いたように動けなくなったロクタス王子は

 自分たちはもしかしたら、

 とてつもない大きな手の中にいるのかもしれない……

 そう思い、ぞっとして身震いするのだった。


 ********************


 貴族の不満が爆発寸前となったある日、

 事の発端となったグラナト王子とルシオラは

 とうとう国王にその責任を追及させることになった。


 引きこもっていたルシオラも、

 国王の呼び出しとあっては行かざるを得ない。


 国王は、苦々しく二人に言い放つ。

「ワシからも近隣諸国にメイナ技能士を頼んだが、みな断りおった」

 その理由はやはり、クルティラが述べた理由と同じだった。

 横の宰相が怖い顔でさらに責める。

「どういうことですか王子。あの追放したメイナ技能士が行方不明とは。

 そのせいで、わが国に監禁されたとか、殺されたのではないか、

 という噂まで流布していると聞いております」


 でも、とか、いや、と小声で反論しつつ、

 下を向き不貞腐れるグラナト王子と

 両手で顔を覆ってシクシク泣くばかりのルシオラ。


 しかし、国王がもっとショックなことを告げたのだ。

「皇国より正式に、追放を非難する文書が届いた」

 思わず顔を上げ、目を見開く二人。

「後日、使者を派遣し、尋問を行うそうだ」


 あの日”お前ごときを追い出したくらいで”と言ったグラナト王子。

 そのツケは彼の想像をはるかに超えたものとなった。


 国王は静かに命じた。

「使者が来る前にあのメイナ技能士を見つけ出し、事態を収めよ」

 彼女を見つけ出し、追放自体をなかったことにすれば

 近隣諸国や皇国に対しても面目が保ち、

 王族や貴族間で起きている問題も彼女に処理させることができる。

 そうだ、全てまるく収まるのだ。


 グラナト王子は父王に対し退席の礼をしながら、

 久しぶりに、いつものニヤリとした笑みを浮かべていた。

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