第10話 第二王子ガルス(第三者視点)
10.第二王子ガルス(第三者視点)
一人残された部屋の中、グラナト王子がショックと恐怖で震えていたころ。
その兄であるパルブス国の第二王子ガルスは国境の付近にいた。
先日、山岳地帯の警備より、”ディダーラ”という巨大な妖魔が
国境を越えて侵入しているという知らせが届いたのだ。
ディダーラは人間をひとくちで飲み込めるほど巨大で、
またその食欲はとどまることを知らない。
巨体に反し、動作は意外と素早く、
今までに襲われて全滅した村の数はかなりのものとなる。
その報を得て、国が始めにやったことは、
"対策議会"なるものを設置することだった。
もちろんこれも必要なことだが、
本来最も大切なのは現場に対する迅速な対応、すなわち軍の派遣である。
あまり意味のない会議を経てからの出動となり、
軍隊長であるガルス王子が軍隊を率い、やっとそちらに向かったのは、
最初の報告から2日を過ぎていた。
初動は失敗に終わり、妖魔に国内への侵入を許してしまい、
しかも姿を見失った後だった。
ガルス王子は、子どもの頃から体つくりや剣術の基礎などは無視し、
メイナ頼りの攻撃法で”まやかしの強さ”を誇ってきた男だ。
それなりに背は高くがっしりとした体格のため、強そうにも見えるが
剣術や筋力を鍛えるなど、根気のいることは一切苦手である。
その装備は、頭から足の先まで増幅器で固められており、
力の強さも、剣に魔力をまとわせることも、自前のものは何一つない。
また自身をすっぽりと包むほどのバリアを張れるため、
誰も彼を傷つけることはできなかった。
そのため本人は自分の強さを誤解し、
常に「俺、最強」とふるまい、日々、周囲の兵を馬鹿にしていた。
せめて兵法や戦術を学び、軍師として支えてくれれば良かったのだが
そちらは剣術以上に不得手であり、ずる賢さはあれど浅はかなもので
周りの兵士の心労は、肉体の疲れよりも蓄積していた。
そのため今回も無策でいどみ、国境付近に着いてから考える始末である。
周囲には何もなく、一面に砂漠が広がっていて、
とても見通しがよく、何かが隠れるような場所はない。
ガルスはあくびをし、首を回しながら、
「たぶん、逃げたんじゃないのか? お前ら行って見てこい」
と、1つの班に向かって命令した。
「ど、どのあたりまで見て参りますか」
とその班の兵長が尋ねる。すると、ガルス王子は意地の悪い笑みを浮かべ、
離れたところに合図を送れる小型の装置を投げてよこした。
ガルス王子の増幅したメイナを使えば、
多少の距離があっても音ぐらい鳴らせるのだ。
「これが鳴るまで帰ってくるなよ。どんどん進め」
おそらく、いつもの兵いじめだ。
どんどん歩かせるだけ歩かせて、それを見て笑っているのだろう。
それにずっと先まで見に行って、もしディダーラがいたらどうなるのか。
俺たちが真っ先に食われるだけだろう。
そう思いながらも、運悪く選ばれた偵察班は、嫌々その先に向かうしかなかった。
どんどん進み、軍が小さく見えるほど離れ、周囲を確認する。
「本当に、何もないですねえ」
新入りの兵がいう。それを聞いて、兵士の一人が気付く。
「おかしくないか? ここ、山岳地のはずじゃ……」
兵長と他の兵も地図を広げて不思議がる。なんで、砂漠なんだ?
その時。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
突然、軍と偵察隊の間の地面が割れ、
大きな地響きとともに、土中から巨大妖魔ディダーラが現れた。
みな、初めて見るその姿に驚愕する。
小山のように巨体で、頭だけでも2、3メートルはある。
人間の上半身のような型をしているが、形状はいびつで崩れたミイラのよう。
わずかについた肉もドロドロと崩れ、ところどころに大きな穴が開いている。
永遠の餓えにとらわれ、人のみを食す呪われた妖魔。
パルブス国兵士は知らなかった。
死者の邪念をまとったその体は、地下にいることを好み、
ディダーラの埋まったエリアは荒廃し、土さえ死を迎えることを。
さらに、ディダーラのところどころに空いた穴から、
長いくちばしを持った怪鳥ペリュトンが飛び出してくる。
ディターラのおこぼれを狙って、その体内に潜み、待ち伏せしてたのか。
あっという間に数十体のペリュトンが空を覆う。
この怪鳥のくちばしは、剣など弾き返してしまうほどに硬い。
隙を見せたら最後、柔らかい内臓を狙って人間の腹に一突きしてくるだろう。
この巨大な姿。この敵の数。
とても太刀打ちできるものじゃない。
しかし偶然にも軍と偵察班の間に出現したディターラは
距離としては偵察班が近いが、向いているのは軍の方だった。
そして、そのまま前に向かおうと動き始める。
みんな早く逃げてくれ!
自分たちもどう逃げようかと、偵察班が考えたその時。
ピーピーピーピーピーピーピーピーピー……
王子に持たされた通信装置が爆音で鳴り始めたのだ。
ゆっくりと振り返るディターラ。
はるか遠くで、煙のようにメイナに包まれた王子が見える。つまり。
自分の方に向かってくる妖魔に焦ったガルス王子が、
より近くの偵察班をおとりにするために、
持てるメイナ全出力で音を出したのだ。
自分の背後の
ズズズと身体を引きずりながら、ものすごい勢いで近づいてくる。
そして腕をふりまわし、偵察班を何人か跳ね飛ばす。
しかし最初の攻撃を上手く避けた兵長と新入りは
他の兵とは逆に、ディターラの足元に残されることになってしまった。
そして倒れた兵士のうちの一人を捕獲し、ティダーラは大きく口を開ける。
ねばねばと伸びる皮膚。ガタガタの鋭い歯がみえる。
仲間が食われるのを必死に阻止しようと、
兵長と新入りで体の下方を攻撃するが
ドロドロした表皮に剣が流されるばかりで何にもならない。
妖魔に跳ね飛ばされた際、
体を打った痛みで転げまわる他の兵士たちを狙って、
怪鳥ペリュトンがギャアギャア声を上げながら向かってくるのが見える。
もうダメだ! と崩れ落ちかけた兵長が空を仰いだ時、
ペリュトンのはるか上、雲の影に飛ぶものをみつける。
どこかの国の配達員が通りがかったのか?
とっさに、点滅式のライトで万国共通の信号を送る。
「こちらに来るな、危険」
せめて巻き込まないよう。これ以上の死人が出ないよう。
しかし、その飛行体は急に進路を変え、
こちらに一直線で向かってきたのだ。
右手に囚われた兵士がディダーラに食われる寸前、
明るいオレンジの閃光が横一文字に流れ、
魔獣の上あごから上がズリズリと右にずれ、そのまま落下する。
いったん消えた光が、今度はディダーラの右手辺りで、
何かの文様を描くように広がった。
それと同時にティダーラの指が落ち、捕まっていた兵が宙に浮く。
それは落下する前に、滑り込むように現れた赤い火竜の背に拾われた。
そしてそのままこちらに向かってくる。
何が起きたのだ? 光の文様……どこかで、聞いたことがある……
座ったまま見とれる兵長たちの前に、一人の男が現れた。
そして見たこともないほど壮麗な火竜サラマンディアから
ディダーラに囚われていた兵士を軽々と降ろし、
兵長の横に寝かせる。彼は気を失っていた。
お礼を言おうと、その男に向き直る。
オレンジ色の髪、整った顔の中の意志の強そうな、温かい瞳。
男は片膝をつき、自分のマントを兵長に差し出す。
彼は気絶している兵士を見ながら、短く、
「8秒後に散開する」
とだけ言い、サラマンディアに飛び乗り、一直線に急上昇していく。
兵長はすぐに新入りとともに、倒れている兵士と一緒にマントをかぶる。
7、6……
男を乗せたサラマンディアは一度、上空についたのち、
ディダーラの周りを、らせんを描きながら下降していく。
5、4、3、2……
それに合わせて閃光が連なり、多くのペリュトンが焼け落ちていく。
1。
そしてサラマンディアが一番下に着いた瞬間、
広幅の光線が下から上へと駆け抜け、
轟音とともに、ディダーラを全て包み込むほどの火焔が立ち昇ったのだ。
ディダーラは一瞬にして灰となり、
下から上への爆風に乗って空高く舞い上がる。
あっという間の出来事だった。
呆然としながら、兵長たちは男が手に持っていた素晴らしい剣を思い出す。
あれは、まさか?
この世には多くの名剣、名刀がある。
金色に輝くクリュセイオール。
凍てつく刃の蒼きアルマス。
優しい死を招くミスティルテイン。
皇帝一族に受け継がれる、闇より黒きカラドボルグ。
そして、火焔光背のマルミアドイズ。
この世界の少年たちは遊ぶとき、そんな名剣から好きなものを選び
その辺の木の枝にその名を付けて、戦いごっこにいそしむ。
なかでもマルミアドイズはその格好の良さから人気が高く、
みなの憧れでもあった。
言い伝え通りの姿、想像以上の強さ。
その、実物を目にすることができるとは。
安堵と感動で視界がにじんでいく。
*************************
サラマンディアから降りてきた男は、
全員の無事を確かめるとこう言った。
「信号で逃げろと送ったのは君か。ありがとう。
あの状況でそれが出来るのは並みのことではない。
素晴らしいな、君は」
いつも酒場でふざけている時の兵長なら
「わずか数秒で巨大な妖魔を倒す方が並みのことじゃねえだろ!」
などとまぜ返すところだが、そんな気持ちにはなれなかった。
相手が、自分たちが直面した死の恐怖を理解し、
それを乗り越えたことを労わってくれる気持ちを
茶化したくはなかったのだ。
「あ、あの、お礼を……」
そこまで言って、言葉を飲み込む。
当然お礼をするべきだが、あのケチな王子が何か出すとは思えない。
もし連れて行っても無視されたら、恥をかくのはこの人だ。
偵察班はみな同じ気持ちで、くやしさと恥ずかしさで涙が出そうだった。
すると男はにこやかに笑い、
「俺が自分の判断でやったことだ。何もする必要はない。
それに申し訳ないが先を急いでいる」
そう言って、すぐに飛び去ってしまった。
遠ざかる姿を見ながら思ったのは、深い感謝と同時に
”ああ、もう一度、マルミアドイズを見せてほしかった”
という正直な気持ちだった。
*******************
軍に合流すると、ガルス王子からは詫びはもちろん、
労いも言い訳も何もなかった。
そしてさらに、耳を疑うような言葉を口にしたのだ。
「よし。妖魔も
兵長たちは、歩き去っていく王子の背中を見つめながら
心だけでなく体も、彼についていくことを拒み、
いつまでも歩き出すことが出来ずにたたずんでいた。
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