第9話 転落と暗躍(第三者視点)

9.転落と暗躍(第三者視点)


 アスティレアが追放になって、わずか3日後。

 グラナト王子とルシオラは、膨大な数の仕事を前に呆然としていた。

「どうするんだよ……これ」

 青い顔でつぶやく王子に、ひたすら泣いているルシオラ。


 最初2人は今後、国民からどんな依頼が来たとしても、

「この力は選ばれし者のための力だ!」

 とつっぱねるつもりだった。

 一般国民のためにわざわざ出向いて、無償で何かしてやるなど、

 考えただけでもバカバカしい、と。


 しかし予想に反し、国民からの懇願は全く来なかった。

 なにしろ城以外の場所にもメイナが復活したのだ。

 民間で起こる、メイナの技が必要な事案は、

 メイナ監査官ものたちが密かに対応し片付けている。

 もう貴族に何も頼まなくても良い状態を、すでに作り得ていたのだ。


 だから王子たちが抱えている大量の依頼は、

 すべてが貴族仲間から持ち込まれたものだった。

 メイナ中継機をほとんど破壊され、貴族の力は極端に弱体化しており、

 もはや自分たちの手では対応しきれなくなっていたのだ。

 しかしプライドの高い貴族は、民衆より力が劣ることを知られるのが怖く、

 自分よりも身分の低いものに助けを頼むなんてできなかった。


「聖女なんでしょ? なんとかしてよ!」

「あのメイナ技能士の仕事を引き継ぐって宣言していたよな?!」

 そしてルシオラが聖女となったこと、

 全ての仕事を引き継いだと本人が宣言したことは、貴族全員に伝わっている。

 そのため、全ての問題が彼女に集中したのだ。


 さらに王子も、今まで何もしなくても良かったはずなのに

 メイナ事務局長として矢面に立たされ、

 さまざまな対応に追われることになってしまったのだ。


 貴族たちは、国民の問題は他人事だと長年放置していたくせに

 いざ自分の身に起きて、手に負えないとなったとたんに大騒ぎし、

 早急な解決を当然のように要求してきた。

「今すぐ解決してください! 王子!」


 ”メイナは選ばれた者のための力”理論でいけば

 喜んで働かなくてはならない相手の依頼だ。

 2人はなすすべもなく、受ける以外の選択肢はなかった。


 彼らの屋敷や身に起こるさまざまな怪異を

 すぐに解決するよう命じられた二人はしぶしぶ現場に向かうのだが、

 ルシオラの増幅器が吸い込んだアスティリアの特別なメイナなど

 とっくに底をついており、簡単な呪病すら解決できないありさまだった。


「聖女なんだろ、やってみろ!」

「あの女は同じこと、一日何十件もこなしてたぞ!」

「なんで追放したんだ! まだ働かせればよかっただろう!」


 苛立った貴族に罵倒され、しくしく泣くばかりのルシオラと

 おかしいな、なんでだよ、を繰り返すばかりの王子。


 とうとうルシオラは”金の錫杖”がないことを理由に

 全ての仕事を拒絶し引きこもってしまった。

「メイナの力を使うには、あれが必要なのっ!

 もう私のものなのに、あの子が盗んでいったんだわっ!」

 と主張するが、荷造りも見張っていた女官数人をはじめ

 一緒に国内で退魔や除霊の作業をした兵や市民に調査しても

 そんな錫杖を見たことある者など、誰一人いないのだ。


 ただの言い訳と思われ、誰にも相手にされず、

 彼女に対する貴族間の評判は、わずかの期間に地に落ちていった。

 それどころか聖女と偽った罪まで問われるようになっていく。


 頼みの”聖女”がそんな状態となり、慌てたグラナト王子は、

 国外からメイナ技能士を呼び寄せることにした。

 お金はかかるが、背に腹は代えられない。

 アスティレアあんな奴の代わりはいくらでもいるだろ、と考えて。


 近隣諸国か。どこが良いかな。

「ちょうどピッタリの奴がいるじゃないか」

 グラナト王子は笑みを浮かべる。

 ちょうどこの国に留学に来ていた、他国の令嬢クルティラのことだ。

 滞在させてやった恩を返せと言えば

 何人かのメイナ技能士をよこすだろうと考え、彼女の部屋に向かった。


 しかし、部屋にいたクルティラと目があった瞬間。


 何も言えなくなってしまったのだ。

 なんという目だ。なんて恐ろしい。


 長い銀髪を高い位置で結び、シンプルで気品ある飾りをつけている。

 まだ二十歳くらいなのに、濃いグレーのドレスを着ているが、

 高い身長とスタイルの良さによって、逆になまめかしく色っぽく見える。

 切れ長の瞳は紫で、薄く形の良い唇。顔の造形も整って美しい。


 しかし、その視線たるや、大の男が震えて硬直するほど。

 無機質でいながら、冷たく刺すようなまなざしだった。


「あ、あの、その、クルティラ、さま……」

 それでも勇気を振り絞りながら、王子は用件を伝えた。

 冷や汗を流しながら、必死にメイナ技能士の要請を嘆願する王子。

 クルティラの、彼を見つめるその目にはまったく感情がない。


(何を恐れているのだ? 俺は)

 平和な生活を送ってきたグラナト王子は気づいていないが

 いま彼が感じているのは、死の恐怖だ。

 捕食者に見つかった、逃げ場のない獲物の気持ち。


 これまでクルティラを見かけた時に、

 自分の知ってる貴族とは何か違うと思ってはいたが、

 それは他国のものだからだろう、と結論づけていたのだ。

 本当に、そうだったのだろうか。今さら疑問が湧く。


 震えながらも一生懸命頼んだのに、

 扇を胸元に掲げながら、無表情のまま彼女は言い切った。

「お断りします。自国の大切なメイナ技能士が、

 さんざん働かされて、国外追放されたらたまりませんから」


 いきなりの正論にぐうの音も出ない王子が、

 それでも弁解しようと口を開きかけたが

「おそらく近隣の国も同様です。すでに私が通達を出しましたので」

 と、恐ろしいことを言う。さすがに怒りを覚えた王子は

「なんでそんなことするんだ!」

 とつい怒鳴ると、さらっと、まるで興味なさげに

「近隣諸国には友人が多いので。被害にあったら可哀想ですから」

 という。嘘だ、絶対ウソだ。

 この冷たい女が、友だちだの、可哀想だの。


 こいつ、こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがって。

 まともに国に帰れると思うなよ。その前に確認しておこう。

 こいつの国はどこだっけ? 

 その辺の小さな国なら、怒らせても問題ないだろう。

「あのさ、お前の国ってどこだっけ?

 こんな恩知らずを国から出したことの文句を言ってやるから。

 長く滞在させてやった恩も忘れやがって、生意気な」


 その時、クルティラは鼻で笑った。

 女が鼻で笑っただけなのに、心底ぞっとする。

「恩知らず。とてつもない自己紹介ですわね。いえ、失礼でした。

 尽力してくださった方を追い出した国には、私など足元に及びませんわ」

 カッなった王子が右手を刀に手を伸ばした時。その袖を何かがかすめた。


 驚いた王子が袖口を見ると、なんとパックリ切られているではないか。

 それだけではない。気が付くと、左の肩口、右の二の腕。

 ズボンのいたるところ、そして。

 クルティラの部屋の鏡に映った、自分の後ろ姿を見て息をのんだ。

 背中が斜めに、ざっくりと切られているではないか。


 全て、器用に洋服だけを切り裂いており、

 身にはキズひとつ付いていない。それがかえって恐ろしい。

 いつでも、どのようにでも殺れる証明にほかならないからだ。


 いつの間に? 誰が? 自室にいる時はもちろん切れてなぞいなかった。

 恐怖のあまり大声を出そうとドアを振り返った瞬間、

 ぴしゃりとクルティラが言い放つ。

「あんまり動くと、喉元も危ないのでは?」

 ひぃ! と叫んで喉を押さえる王子。


「あら大変。どうしてそんなお姿に。私には全く分かりませんわ。

 毒針でなくて、良かったですわね。次はわかりませんけど」

 恐怖で固まって動けない王子に、クルティラはドアに向けて歩き出す。

「こちらに滞在したのは、私が翡翠のネックレスをさしあげたら

 王妃様が好きなだけ滞在して良いとおっしゃったからです」

 王妃の翡翠好きは有名で、クルティラの用意した極上のネックレスを見て歓喜し

 さらに欲を出した王妃は、クルティラの滞在を長引かせて、

 彼女が持つイヤリングや腕輪も手に入れようと目論んだのだ。

「だから、恩も何もありませんわ。それに」


 ちょうど良いタイミングで、ドアが開き、

 見慣れぬ制服姿の男が数人立っている。

 こいつらが洋服を切った犯人か?! と思い、後ずさる。


 しかし男たちは不思議そうに王子を見た後、

「お迎えに参りました。クルティラ様」

 と一礼する。

 クルティラはうなずき、出ていく前にいったん立ち止まる。


「私がここに来る前に滞在した国はトリアネア国。

 だから”トリアネア国から来た”と紹介して頂いただけです。

 あの国に文句を言っても無駄ですわ。もし、文句が言いたいなら」

 そして優雅に歩き出し、

「皇国にどうぞ」

 と言い残し、振り返りもせず部屋を出て行った。

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