第8話 終わりの始まり

 8.終わりの始まり


 城から出ると、私は鞄を片手にどんどん歩いた。

 もちろん、後ろから二人の兵士がついてきているのには気付いている。

 下手な尾行だなあ。

 目的はおそらく、私が国民に接触するのを防ぐためだ。

 国を出るまで監視するよう、王子に命令されたのだろう。


 私は城下町までの一本道を、途中でわざと脇の森へと入っていく。

 そして一瞬のうちに高い木の枝に飛び乗って隠れる。

 滞在中はホントに大人しくしてたから

 みんな、私の身体能力の高さを知らないのだ。

 私を見失った兵士が、大慌てで森の奥へ走っていくのを見届けてから

 木からストンと降り、一本道へと戻る。簡単な奴らめ。


 道へ戻り進もうとすると、ちょうど後ろから馬車が来るのが見えた。

 帽子を深くかぶった御者と目があう。

 ……なるほど、OK。


 馬車は近づくにつれ減速していくが、決して止まりはしなかった。

 私の横を通り過ぎる瞬間、客車の扉が全開になっているのを確認し

 そこに向かって私はタイミングよく飛び込む。

 ふたたび速度を上げる馬車。


 客車の中で隠れながら後ろを振り返ると

 すぐに、さっきの二人の兵士が横から飛び出してくるのが見えた。

 でも、この馬車が一度も止まる事なく進んでいたことを

 二人ともしっかり見ていたらしく、すぐに興味を失い、

 ふたたびキョロキョロと森へ戻っていった。

 ……ごくろうさま。


 私は小窓から御者に声をかける。

「ありがと。早かったね」

「あの集まりが始まる前に、リベリア様からご指示がありました」

 あの会場で笑いを堪えていた、だったリベリアだ。

 パーティー前に、国外追放計画の情報を手に入れたのか。さすがだ。

「そちらの袋の中にはお着替えが入っております」


 私はお礼を言い、小窓のカーテンを閉め、用意してくれた服に着替える。

 白いブラウスに、大きな刺しゅうが入ったベストとスカート。

 髪を二つに分け、それぞれを三つ編みにする。

 それに今、ちまたで大流行の丸い帽子をかぶれば、

 国内のどこにでもいる、パルブス国風・町娘の出来上がりだ。


 この茶色の髪と目は、本当に便利なんだから。


 *******************


 私は信頼できる人に会うため、彼がいる可能性が高い場所を考える。

 この格好をしていても、接触できる機会は今日だけだろう。

 翌日以降は、さすがに着替えた可能性のほうが高くなるからね。


 私は野菜を入れた籠(本当に用意周到だな、リベリア)を持ち、馬車から降りる。

 そして夕食が食べられて、お酒も飲めるお店に入っていった。

 よし、やっぱりこの時間はここか。

 お目当てのメイナ監査官を見つける。


 そしてそっと近づき、テーブルの上に、馬車で書いておいたメモを置く。

 ん? という顔でそれに目を通し、驚いて顔を上げる。

 私は口を横一文字にし、首を細かく横に振る。何も言わないで。

 メモには”国外追放になった。頼んでいた書類が欲しい”と書いてある。


「呼びに来たよ。おばさん、怒ってるんだから。早く帰りなよ」

 私の言葉にメイナ監査官はうつむき、額に手をあてて考えた後

「そうかー、仕方ないなー、じゃあ帰るか」

 と棒読みで言い、ちょっとぎこちない歩き方でお会計に向かった。

 ホントは嘘とか演技とか苦手なんだろうな。


 外で待っていた馬車に乗り込むと、彼はいきなり前に突っ伏した。

「恩を仇で返すようなことになって、本当に申し訳ない!」

「いやいや、王家のご意向ですから。どうぞ気になさらず」

「何を言ってるんだ、もし君が来てくれなかったらと思うと……」

「この国の人は大丈夫ですよ。我慢強くて、働き者だから」

「何もしないアイツらの代わりに、君がどれだけ……くそっ! あの野郎!」


 前かがみになり、両手で顔を覆いながら悔しがっていたが、

 急にバッと顔を上げ、私に問いかける。

「いや、それよりどうするんだ? どうやって国に帰る? お金や馬車は……」

「その辺は大丈夫です、ご覧の通り、全て準備万端です」

 私はスカートを横に広げたあと、帽子を軽くかかげる。


「それに、しばらく国には帰りません。まだ、することがあるので」

 そのために、この人にリストの用意をお願いしていたのだ。

 彼は驚き、続いて悩み、最後に首を横に振った。

「君にこんな失礼な対応をした国のために、これ以上働くことはない」


 そう言われると、良心が痛んだ。違うんだ、そもそも。

「私は一度たりとも、この国のために働いたことはありません」

 え? と言い、とまどう彼に、私は先生のような口調で質問を出す。

「メイナは? 誰のためのものですか?」

「メイナは……万人のもの」

 さすが技能士、よくできました。そうです、人のための力です。


 もしパルブス王家が、国のために私を呼んだのだとしたら申し訳ない。

 皇国が私をここに送り込んだ理由は。


「だから例のリスト、渡してもらえます?」

 にこにこ顔の私を見つめた後、やっとうなずいて

 持っていた鞄の中からクルクルに巻かれた紙を取り出した。

「いつ、どこで会えるか分からないので、持ち歩いてたんだよ」

 確かに。小さな国とはいえ、飛び回ってたからなあ。


 私はお礼を言って受け取り、その紙を開く。

 中には、パルブス国内ではなく、

 その国境付近において、すでに問題となっていることや、

 懸念されている事案の数々が箇条書きで書かれていた。


 もくもくと目を通す私に

「無理はしないでくれよ。少しはアイツらに働いてもらいたいし」

 と気遣う彼に対し、私は紙から目を離さないまま答えた。

「んー、彼らはもう、何も出来なくなるからなあ」

 彼は今日一番の驚き顔を見せ、言葉の意味を理解した後は

 ふたたび前かがみになり、両手で顔を覆いながら、静かに嗚咽していた。


 長い長い我慢の生活は、もうちょっとだよ。


 皇国がこの国に目を付けたのは一年前。

 そして長く綿密な調査の結果、結論が出た。そして。


 皇国が私をここに送り込んだのは、この国の王族を終わらせるためだ。

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