第6話 ルシオラの協力

 6.ルシオラの協力


 仕事を手伝いたいというルシオラの申し出は、

 私を明るい気持ちにしてくれた。

 国民の役に立ちたいと思う貴族が、まだこの国にはいるのだ、と。


 たった一人の貴族でも、この国のいびつさに疑問を持ち

 民衆を助け、国政を見直していくことに協力してくれるなら、

 その人をきっかけに、この国は大きく変わっていけるかもしれない。


 メイナ技能士は司法の番人だ。

 しかし裁判官,検察官,弁護士の「法曹三者」を兼任する以上

 被害者の救済だけでなく、被告の進退についても

 最善の道を探らなくてはならないのだ。


 しかし、そんな期待は裏切られ、その経過と結果はショックなものだった。

 わずか3件の仕事に”参加”しただけで、

 彼女は二度と来なくなってしまったうえ、

 民衆を完全に見捨てるという”最悪の選択”をされる結末となったのだ。


 *******************


 最初の一回目は、なんと王子に紹介された翌日だった。

 約束の場所にニコニコと現れた彼女は、

 これから魔獣がうなり、邪気の渦巻くところへ行く人とは思えない姿だった。

 真っ白なフワフワドレス、パールを散りばめた髪飾り、

 歩きにくそうなサテンの靴に、アクセサリーの数々。


 私を一瞥すると、薄笑いを浮かべながら尋ねてくる。

「いつも、そのようなお姿で、お仕事なさってるの?」

 私はいつも通り、立て襟の紺色ワンピースの下に同色のズボンを履き、

 その裾を茶色のブーツに入れている。

「なんというか、男の方みたい。あんまり、その、らしくないですわ」

 彼女の「らしい」とは、もしかしてジャスティティア?

 白いドレスじゃ、ハイキックも回し蹴りもできないでしょうが。


 困惑する私を可哀そうなものを見るように(口元は笑っているが)

「でもまあ、その茶色い髪と目に、お似合いですっ」

 はいはい、ありがとうございますっと。

 私自身はこの髪も目も、仕事がしやすくて、

 アレンジも効くから気に入ってるんだけどね。


 その日、彼女はやる気満々で、親し気にまとわりつき、

 腕を組んだり、手をつなごうとしたり

 あたかも友人同士でピクニックにいくかのように上機嫌だった。

 もう、嫌な予感しかしなかった。


 現場に向かう馬車で(歩きたくないという彼女のために用意された)

 向かい合ったルシオラがウキウキと話す。

「ね、最近みんなが話してる、怖ぁーいウワサ、知ってます?

 こんな風に魔物がいっぱい出るのは、何かの前触れじゃないか、って」

「……存じませんが、何の前触れでございますか?」


 私が尋ねると、ルシオラはいたずらっぽい表情で、

 まるで怪談話を楽しむかのように小声で続けた。

「ほらぁ、聞いたことありません?

 一年くらい前……”悪魔の咆哮”? でしたっけ」

 そこまで聞いて、私の心臓は止まりそうになる。

「一夜にして砂に沈んだ王国がある、ってお話。

 あれがまた起こるんじゃないかってウワサですっ。きゃー!」

 固まっている私を、怖がっていると勘違いしたルシオラは、ウフフッと笑い、

「大丈夫ですっ。ただのウワサですから」


 そういうとルシオラは、今日のドレスは白だから汚れないようにしないと、

 あ、本物のジャスティティアが来たと思われたらどうしましょう!

 ……なとど、とりとめもない話を始めた。


 あの想像を絶する悲劇が、遠く離れたこの国では、

 女の子たちが楽しむような怪談扱いになるのか。

 そしてあれは、そんな風に言い伝えられているのか。

 浮きたつ彼女とは正反対に、私の気持ちは一気に沈み込んだ。



 現場に着き、内容は初回に同じく、呪病の退魔作業だったが

 彼女は青緑の肌色を見るや、

 近づくのは絶対イヤッ! と離れたところに避難し、

 私が呪いの本体をつぶし、対象者の口から吐き出させた時には

 その場の全員が飛び上がるほどの大きな声で悲鳴をあげた。


 そして出発時とは大違いの、ゲッソリとした顔で、

「……今日は、私の出番はありませんわね……失礼しますっ……」

 と帰っていった。



 二度目、彼女が参加したのは、その三日後。

 みんなの憩いの場だった公園の木が、次々と腐っていく問題だった。

 それを聞き、なぜか嬉しそうに抱きついてきて

「今日はっ、たくさんの木を、一度に治さなくてはダメよね?

 ウフフッ、やっぱり空から……」

「別に木は治しません。根本的な解決になりませんから」

 というと、一瞬で表情が曇り、口がへの字に結ばれた。


 一度腐った木は諦めるしかない。

 中途半端に蘇生するのは、むしろ問題を長引かせるだけだ。

 まずその原因となった、小さな霊障をひとつひとつ丁寧に祓い、

 その次は土や水の陰の気を、陽のメイナで少しずつ中和するだけだ。

 とても地味で細かい作業を、ルシオラは何もせずベンチに座って

 退屈そうにこちらを眺めているだけだった。


 しかし帰り際、じろじろ私の顔を見ながら、

「あなたって、もしかして……」

 といいかけ、急にウフフと両手で口をおさえて笑い、

「いいわ、二人だけのヒミツにしてあげますっ」

 と言い、ナイショねっ! と人差し指を口に当てながら去っていった。

 本当に、わけが分からない人だ。



 そしてとうとう三度目。前回来た日から一週間以上空いていた。

 魔獣侵入の速報に対し、慌てて現場に向かおうとする私に

「今日はっ、今日こそはっ、道具を使わないとダメですよねっ?!」

 と、まとわりついてきた。

「そうですね、魔獣の撃退に必要なものは炭ですね。

 それなりの量があるとやりやすいのですが……」

 と答えた。ルシオラは露骨に嫌な顔をする。

 急いでいるのに。なんなんだろう。


 それでもルシオラはノコノコついてきたが、

 その時は彼女にとって運の悪いことに、ただの魔獣ではなかった。

 おびただしい数の腐乱した猪や蛇などの死体が

 何体も団子のように組み合わさって出来た妖魔だったのだ。

 それが前方から腐敗臭を漂わせながらこちらに転がり落ちてくる。

 ルシオラはそれを一目見て、

 悲鳴をあげる間もなく気絶してしまったのだ。


 そして全てが終わったころに、私が回復し目覚めさせると

「ひどいわ! あんなもの見せるなんて! 二度と来ませんわっ!

 あんなのほっとけばいいのに! 城には絶対入ってこないんだからあ!」

 と泣きじゃくり、付き人に支えられて帰っていったのだ。


 その場に残った役人や兵士が、やれやれ……と顔を見合わせる。

「……もう来ないって言ってくれたから、魔獣に感謝だな」

「ほんと、こっちに転がってくるなんて、まさに”天意を得たり”だったな」

 これまで邪魔でしかなかったルシオラの対応には

 みんな、ほとほと困っていたのだろう。


 でも私は、貴族に対する期待や希望を失ったことを辛く感じていた。

 ここの王族や貴族に、何かを期待するのは間違っていたのだろうか。


 ルシオラに、一般国民に対する悪意なんてものはない。

 でも関心だってない。全て知ったこっちゃないのだ。

 なんで王族と貴族だけがメイナを扱えるのか、

 メイナを使って何をすべきなのか、なんて

 生まれて一度も考えたことないのだろう。


 でもね、ルシオラ。

「法の不知はこれを許さず」なんだよ。

 メイナの掟。これは世界中に広められ、遵守するものとされているから。

 あなたのジャスティティアが決めたことだよ。

 心の中でそうつぶやくと、私はこの国の貴族にも見切りをつけたのだった。


 *************************


 そして、その後も私は国中をちょこまかと忙しく動き回っていたので、

 城内で大変なことが起こっているとは、知る由もなかったのだ。

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