第5話 神霊女王ジャスティティア

 5.神霊女王ジャスティティア


 自分で”緊急性の高いものに案内して”とお願いしておいてなんだけど

 最初の一週間は、本当に休む間もなく働いていた。

 どれだけあったんだ、緊急性の高い案件。


 最初は役人の人たちも、感謝しながらも遠慮がちに

「次は南東の農家をお願いいたします。よろしくお願いしますね」

 なんてふうに案内してくれてたけど、場をこなすうちに、

 次第に、強引で性急な指示へと変わっていった。


 なんでもかんでも仕事をまわしてきて、

 なかにはメイナ技能士の職務でない仕事もやらせようとしてくる。

「大急ぎでお願いしますね、そのあとは工場の負傷者を……」

「それはメイナ技能士の仕事ではありません。

 お医者様か、治癒のできる神官をお呼びください」

「……そんな。あなたの上司に報告しますよ!」

「どうぞお伝えください」

「……」


 でも誤解のないように言えば、彼らはとても真面目で働き者だ。

 呪病の件でも、あの役人は貴族の暴言にじっと耐えつつ

 市民のために頭を下げていたのである。

 決して私に押し付けてラクをしようというわけではなく、

 本当に人手が足らないのだ。


 彼らの挙動からは、これまでが、いかに大変だったかうかがえる。

 噴出する問題の対応に追われているのに、

 何もしてくれない王家や貴族からは

 無意味な圧力をかけられ苦しめられたのだ。

 その反動で、解決できる者を逃したくないという気迫が溢れている。


 ”貴族あんなやつらに頼まなくていいし、

  しかも仕事はちゃんとこなしてくれる。

  でも、いつまでこの国にいるかわからない。

  だから、やってほしいことはみんなやってもらわないと”


 私に対し、そんな願いや焦りがひしひしと伝わってくるのだ。

 でも、こういうやり方で良いわけがない。

 本来の、人としてまっとうな働き方を思い出してほしい。


 支援というのは、魚を与えるのではなく、魚の取り方を教えることだ。


 最初の呪病の件のあと、私が役人にしたお願いは2つだった。

 緊急性の高い案件への案内と、もう一つは。

「城の周囲にある、全ての銅像に案内してください」


 向こうは観光気分かよ! と思ったかもしれない。

 でも実際は、メイナが城に一点集中するしくみを破壊するのが目的だ。


 あらかじめ受け取っていた地図と、メイナの動きを察するに、

 城の周囲に点在する、この国の英雄(と王家が名乗っている)の像に

 メイナがいったん集められ、そのあと城内へと送り込まれているように感じる。

 つまり、その中継機をできるだけ多く破壊すれば、

 流れを強制され、他へ行くことを完全阻止されているメイナがなくなるのだ。


 そうすれば、誰もがメイナを得ることが可能となるため、

 あんな恩着せがましいくせに役立たずな貴族に頼らずとも、

 メイナ監査官、いやメイナ技能者によって

 健全で迅速な対応ができる、ということだ。


 でもまだ、このカラクリを市井の人々に告げるわけにはいかない。

 長年王家がやってきたことを、今の時点で知ってしまったら

 民衆の不満はついに爆発し、抗議するため城へと押し寄せるだろう。

 しかしメイナはまだ、王家と貴族の手中にある。

 そしてあの性格の王家や貴族が、素直に頭を下げるとは思えない。

 おそらく戦いとなり、どれだけの血が流れるだろうか。


 細心の注意を払い、改革への道のりを進めていかねばならない。

 皇国はそのために、多大な時間を手間をのだ。


**************


 私は依頼された”井戸に住み着いた邪霊を退治する”仕事を終え、

 その近くの城壁にあった銅像を調べてみた。

 ごく平凡な騎士の像で、名前が記された石板が足元にあるが

 誰なのか、何を成した人なのかまったくわからない銅像だった。


 私はその前に立ち、じっと気配を探った。

 古代装置の持つエネルギーは独特だ。

 わざわざ地面を掘る必要もない。

 なぜなら、もし古代装置が近くにあるとしたら、

 髪の毛一本引っ張られるような、

 そんな不快な感覚が私を襲うのだ。


 あった。


 ここの地下深くに、古代装置の気配をつかむことに成功し

 同時に身震いしてしまう。

 ……相変わらず、気持ち悪いな。


 パルブス王家はこれに近づかれないよう、

 この場に英雄の銅像を建てたのだろう。

 周りをチェックし、誰もいないことを確認する。

 ずいぶんと英雄だこと。


 ”中継機”とはいえ、古代装置フラントルの一部。

 いつものやり方で破壊するのは困難だ。


 私は右手に意識を集中させ、メイナを凝縮させる。

 それは次第に金の錫杖の姿に変わった。


 そして右手に金の錫杖を、左手を前に掲げる。

 集中すると体の周囲が金色に発光してくるのがわかる。

 誰も見てないと良いな。


 目を閉じて意識し、地下にある中継機の位置を測定する。

 ……ここだな。

「これでも食らえ」

 いささか乱暴な言葉を発しながら、

 私は錫杖を光の剣に変形させ、それに向かって打ち込む。

 それはシュン! と音を立て地面に吸いこまれるように飛び、

 地中の中継機に突き刺さる。


 まるで雷光が、地面などの障害物をすり抜け

 地下に埋没された装置に直撃したような衝撃が起こった。

 

 地表には一見、何の変化も見えないが、

 地中に埋まった中継機はすぐに反応を始めた。

 中継機が、ブブブと振動した後、

 やがて生物のようにグニュグニュとうごめく気配を感じる。

 古代装置の発する独特の気配が、どんどん細分化していく。

 そして最後は砂のように崩れ、不快な感覚は一切感じなくなっていった。


 もはや古代装置として機能することはない。

 おそらく周囲の土に混ざり、跡形もなく消えるのだろう。


 消失にあわせ、これを一直線に目指していたメイナの流れが停止した。

 そして徐々に本来のゆるやかで自由な動きを見せ始める。

「これで大丈夫」

 私は自由にたゆたうメイナを感じ、おもわず頬をゆるませる。

 さあ早く、なるべくたくさんの中継機を壊さないと。


 王族に頼らず、自分たちで全て解決し、運営できる。

 そうならなくてはいけないのだ、この国は。


 さいわい民衆は、こんな状況でも活気を失いきっているわけではない。

 王族の圧政にも屈せず、それなりに栄えている理由は、

 逆境に強く、働き者の国民性だからなのかもしれない。


 私は皇国の調査書に記された国民についての情報とともに

 この国の名物料理が記載されていたことを思い出す。

 パン・パティヤ。

 まあるく伸ばした生地の中に、具を挟んで半分におったもの。

 もちもちしたパンの中に入っているのは、煮込んだ肉などが人気だけど

 クリームなど甘いものもあって、お店がそれぞれ個性を競っているのだ。


 まだ食べてなかったな。

 せっかくだから、いろんな味のパティヤに挑戦してみよう。

 本物の観光気分を味わいながら、ふと城壁の上側を見上げる。

 すると城壁の奥、城のベランダに、ドレスをまとった若い女性が見えた。

 呆然とたたずんでいる。えっ、いつから見てた?


 私は仕方なく笑顔を作り、膝をかがめる。

 それでも相手は人形のように動かない。

 こっちが見えていないのかも、そう考えて、私はその場を後にした。


 *********************


 そんなに忙しいのにアホ王子、もといメイナ事務局長のグラナト第三王子は

 手伝うどころかジャマばかりしてきた。

 やれ「俺の主催のパーティーに出ろ」だの

「食事会に呼んでやろう」だの、うっとおしいにもほどがある。


 それでも業務の報告をせよ、と呼び出されたので行ってみると、

 そこにはグラナト王子とともに、城のベランダで見かけた彼女がいたのだ。

 やばい! 何か見ていて、王子に言った?


 そんな私の動揺をよそに、ノンキな声で王子が紹介してきた。

「あー、彼女はルシオラだ。伯爵の娘だぞ、失礼のないようにな」

 私は様子をうかがいつつも名乗り、ご挨拶する。

 当のルシオラは期待に満ちたような、なんだか落ち着きない様子で黙っている。

 グラナト王子は面倒くさそうに、また興味なさそうに続ける。

「彼女は神記が好きだそうだ。だからお前を紹介してほしいと言われた」

 はあ、神の伝承が好きで、クラティオと話がしたいって?


 ”紹介してほしい”と願ったわりにルシオラは何も言わず、

 両手をあわせてモジモジしたり、急に体ごと横をむいてみたりしている。

 えーっと、なんだろう。困っていると、やっとルシオラが声を出した。

「……似てませんかっ、私っ」

「恐れ入りますが、どなたにでしょうか」

「え? あ、あのっ、金色の波打つ長い髪で青い目、

 白いドレスで……顔も……その」

 世界にどれだけ金髪碧眼がいると思ってるんだ。

 じれったそうに、ルシオラが言い放つ。

「わ、私、ジャスティティアに似てるって言われるんですっ! みんなに!」

 …………はああああ?! っと声を出しそうになるが、必死に抑えた。

 あははさようでございますか、と乾いた笑いでごまかす。


 このメイナ事務室の壁には、

 神霊女王ジャスティティアの巨大な壁画がある。

 どの国もメイナにまつわる場には必ずある、お馴染みの絵だ。

 絵の中でジャスティティアは白い衣を身にまとい、真横を向いている。

 右手には錫杖、左手には正義を量る天秤。

(さっきの横向きはこれの再現?!)

 その腕には丸い輪がからまり、腰には帯が流れている。

 空からは雨のように光が降り注いでいる。


 そして絵の前には大きな壺がならんでおり、

 ジャスティティアの花だといわれる「神霊女王の蘭」が活けられている。

 この花は通常、つぼみのままで枯れてしまう。

 メイナの力に触れなければ、決して咲くことはないのだ。

 それを承知で飾られるのが、一般的な慣習だ。


 その蘭を鉢から一本抜きとり、杖のようにかざす。う、うーん。

「これまでいろんな人に、そっくりとか、生まれ変わりだって言われましたぁ」

「さ、さようでございますか」

 私は何と言って良いかわからず、同じ言葉を繰り替えす。

「いつか力が目覚めたら、みんなのために恵みの光を降らすの……」

 とウットリしながらささやく。

 恵みの光? この光を、そんな風に思ってるってことは、

 さては古代ラティナ語も勉強せず、神記なんてろくすっぽ読んでないな。

 みると格好も、腕の輪っかを真似た増幅器! や、幅広いリボンだの、

 割と忠実にジャスティティアの恰好を再現しようとしてることがわかる。

 でもね、全然違いますよ、それ。ちゃんとラティナ語を解読してほしい。

 それではただの伝説愛好家ではないのか?


 複雑な心中の私に気付くこともなく、ルシオラは私に近づき

 私の周りをじろじろ見ながら一周した。

「今日は、何もお持ちでないの?」

「はい、今日は口頭での報告のみですので。書面ではすでに提出済みです」

「……そう」

 調査結果が気になるのかな。やっぱり、あの時なにか見たのかも。


 そしていきなり私の右手を、彼女の両手で包み込んだ。

「ワタクシにもぜひ、お手伝いさせてくださいませ!」

 急にワタクシ……? もしかして、なりきってるつもり?

 まあ、国民のために動く気持ちがある貴族に会えたのは

 暗闇の中の小さな希望の光だけど。


 退屈になったグラナト王子がもういいか? とルシオラに聞くと

 彼女は嬉しそうにうなづき、手に持っていた蘭を鉢に戻した。


 この一連のやり取りが、国外追放の遠因にもなった

 今回私の犯した最大のミスだったかもしれない。

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