第4話 この国の秘密

 4.この国の秘密


 とりあえず急いだほうが良い事案から処理しようと、城下町を進んだ。

 歩きながら私の気持ちはどんどん沈み、ついにはため息をついた。

 町のいたるところが、なんでこんなになるまでほっといたんですか?!

 と言いたくなるような惨状だった。


「あの、この国では、妖魔などの対応処置について

 どのようなシステムになっているのでしょうか」

 案内してくれる、この国の「メイナ監査官」という役職の人に聞いてみる。

 彼は会った時から無気力で、なにもかもめんどくさそうにしていた。

 というか、メイナ監査官ってなんだよ、見守るだけなの?


「システムねえ……。とりあえず上に報告するよ。

 んで、上もまた、その上に報告するの。その繰り返し」

「ではメイナ技能が必要な作業は、どの段階で行われているんですか?」

「この国で使えるのは王族か貴族だけだよ。メイナ技能士なんていない」

 鼻で笑う彼。それは知ってるけど……私が返答につまっていると

「何度も何度も頼むと、たまーにやってくれるよ。

 ま、やったらやったでまた大変なんだけどね」

 それはどういうことだろう、と思っていた矢先、

 その現場に遭遇することになったのだ。


「はああああ、お前らってホントに無能な?

 こんな簡単なヤツでさえ自分たちで解決できないなんて」

 若くて派手な格好をした貴族の男が叫んでいるのに出くわす。

 その前で、役所の担当者らしき人が頭を下げている。


 貴族の男は、民家の前に立つ、その家の人たちに向かって

「お前らはな、俺たちがいないと、生きてけないんだからな!

 しっかりと感謝しろよ、まったく」

 何をやったのかは知らないけど、おおげさだなあ。


 ふとみると、家の人の腕には、1,2歳くらいの小さな子どもがいる。

 肌が青緑になり、目はうつろでグッタリしている。

 この子……ちょっと待って、全然苦しそうじゃん。

 せめて、救ってから感謝を要求してくださいよ。


「あの、ちょっと、よろしいですか?」

「あ? なんだよ……って、へえ、君、どこの子? どこから来たの?

 この国の子じゃないよね? 名前は? あ、俺は伯爵家……」

「このたび、パルブス国王様のご依頼により、

 皇国より参りましたクラティオでございます」

 名乗ってたまるか。名乗られてたまるか。

「クラティオって、メイナの……なにそれ、ほんとかよ」

「せっかくの、お邪魔をして申し訳ございません」

 対応中、というのに力をこめる。やるんだったら早くやれ。

 ふふん、と偉そうに顎をあげてこちらを見やる。

「ま、俺がいるから大丈夫さ。さっさと終わらせて遊びに行こうぜ」


 何言ってんの? と思いつつ、子どもに近づくと、

 かなり苦しんでいる様子が伝わり心が苦しくなる。

 抱きかかえている母親らしき人を見ると、

 額に汗を浮かばせ、じっと目を伏せ、苦痛に耐えているようだ。

 ……そうか。


「すぐに対処いたします」

 私が母親に告げると、貴族の男はカッコいいとこ見せようと思ったのか、

「ま、俺にまかせておきな」と言い、

 子どもに向かって手をかざした。手をかざす? 

 そう思っていると、子どもの顔色がみるみる良くなり、呼吸も楽になってきた。

 家族や役人から安堵の声がもれる。しかし、表情は不安そうなままだ。

「よし、治ったな」

 貴族の男はひとりでご満悦だ。いや、違うでしょ。

「またかかったら俺がなおしてやるよ」

 と、家族や子どもにではなく、私に言う。

 ”またかかったら”、つまり、いつもこれをくり返していたのか。


 私はこの貴族の両腕に、貴金属でできたアクセサリーに紛れて

 いくつかの増幅器がついているのを見つけ、

 苦々しい思いに顔をしかめる。

 本来メイナを扱う力や知識を持たざる者が、

 その力について正しく学ぶ事なく、

 その効果のみを得ようとするから、こんなことになるのだ。


 やはりこの国は、皇国の調査どおり、大きな不正をしている。

 これまで皇国は再三、忠告や警告をしてきたのだか、

 倫理観や道徳観とともに、危機感までなくしてしまっているようだ。


 しかし、ここでこの男の顔を潰すようなことをしたら、

 二度と市民のために、力を使おうとしないかもしれない。

 この国の行く末がまだ未確定である以上、それは困る。


 私はあくまでも穏やかに、

「ご立派ですわ」

 と微笑み、そっと母親に近づいた。そして、

「あら、お母様もちょっとお怪我なさっているのね。

 これくらいは、私に治させていただいてもよろしいかしら?

 何もせず帰るのはなんだか申し訳なくって」

 と、貴族の男に言う。その後ろで役人が、何か気付いたようにハッとする。

 案内してくれたメイナ監査官も目を見開いている。

「あー、いいんじゃない? やってみれば?」


 うふふ、ありがとうございます、なんて呟きながら、

 母親に頼み、子どもを父親に渡してもらう。

 子どもはスヤスヤと寝ていた。


 私は右手をかかげ、親指を外側にこぶしを作り、

 母親の背後に回り、その背中に小指部分をドン! と当てる。

 一瞬バシュッ! という音がしたと同時に

 母親が前のめりになり、口からぶわっと緑青のドロドロを吐き出した。


「うわっ汚ったねえ」

 貴族の男が後ろに飛び跳ねる。お前の方が一億倍汚いわ。

 母親に水で口をすすぐよう促しながら、

「もう、背中の出来物はなくなりましたよ」

 というと、驚いたようにこちらを振りむき、

「なんで知ってるんですか!?」

 と叫んだ。誰にも言ってないし、見せてないのに、と。


 それが、呪病の本体だったんですよ。言葉を飲み込む。

 子どもは、その影響を受けていたに過ぎない。

 母と幼い子どもはさまざまな形で連帯しているからだ。

 

 そもそも呪病に必要なのは手かざしのような治癒ではなく、

 私が行ったような”退魔”だ。誰にも見えてはいないけど、

 握ったこぶしの中にはメイナでできた短い槍が生成されており

 母親の背中の本体めがけてそれを突き刺して”退治”したのだ。


 貴族の男は服やブーツに汚れがついてないか、しきりに気にしていたが

「気持ち悪いもん見た。帰るわ。おい、お前、後で挨拶に来いよ」

 と私にいい捨て、従者を従えて帰っていった。


「ありがとうございました」

 父親が礼を述べ、母親も嬉しそうに

「今まで、子どもの治療の後に『私も治してください』とは言えなくて」

 そりゃそうだろう。私は苦笑いで返す。

 治療の前からあんなに恩着せがましく大騒ぎされたら、言えないよね。


 役人が近づいてきて、そっとささやく。

「あの、いつまでこちらに滞在されますか?

 他にも大勢、メイナの技が必要な事案がたくさんありまして」

 母親も子どもを抱きかかえながら、不安そうに言う。

「またかかったらと思うと心配ですし」

 すると、メイナ監査官がまさかのネタばらしをしてしまったのだ。

「もう、二度と起きませんよ。奥さんの背中にいたのが呪いの本体ですから」

 驚く役人と家族、と私。この人、ちゃんと分かっていたんだ。


 でもメイナを王家と貴族が密かに独占しているせいで、

 技能を発するのに必要なメイナが十分に得られず、

 何一つ仕事ができないでいるんだ。

 だから「メイナ監査官」。無気力の理由がわかった。

 技能を保有してるのに、見ているだけを強制される役職。

 どれだけ歯がゆく、苛立しい気持ちだったろうか。


 私は悔しさと怒りでいっぱいになった。

 皇国を出発する前に、ある程度の”スジ”は読めていたけど。

 この国に着き、最初の仕事ですでに、私の心は決まっていた。


「合理的な疑いを入れない程度の証明」は問題なさそうだし

「刑の執行」は……もっと容易たやすい。


 しかし問題はそのあとなのだ。

 国も、国民の生活はずっと続いていくのだから。


 私は顔をあげ、役人とメイナ監査官に伝えた。

「緊急性の高いものから、すぐに案内してください。そして……」

 私の要求は、二人を驚かせるものだった。

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