第3話 将星ルークス

 3.将星ルークス


 初めて彼に会った時、私は瘴気にまみれた姿だった。


 あれは二年くらい前。普段は風光明媚な山里に、

 突如、毒気を吐きまくるベネナムドラゴンが現れたのだ。

 早くここでくい止めないと、近くの村や畑に甚大な被害が出てしまう。


 緊急のことだったため、私は一人で現場に向かった。

 そもそも普段から、皇国内だけでなく所属する組織メイナースの中でも

 ”掟破りの女王”とため息交じりに呼ばれていた私は

 起動性が高いフットワークが良いゆえ、おのずと単独行動をすることが多かったのだ。


 私は深い森に広がる紫灰色の瘴気の中を進み、ドラゴンの斜め左に隠れた。

 そして体制を整え、大きく首を振るドラゴンの隙をうかがっていた時。

 唐突に、皇国軍特有の合図音が聞こえてきたのだ。

 意味は「直線攻撃スル、動クナ」。

 もう軍が来たの?! 早くない?

 そう思いつつ、私はすぐに「承知」の合図音を出し、様子を見る。


 でも正直、ドラゴンに効く攻撃かな、と案じていた。

 ベネナムドラゴンの外皮は、硬いウロコで覆われている。

 下手すると逆に、攻撃にキレたドラゴンの反撃を食らう可能性もあるのだ。


 しかし、その心配は大きく裏切られた。

 私の目の前、つまりドラゴン前方の濃い瘴気の中、

 オレンジ色の大きな光がすごい勢いで膨張しはじめたのだ。


 これは!? と驚き、余波を食らわぬよう、

 あわてて腰を落とし重心を低くする。


 そしてバシュッ! という炸裂音とともに、

 紫がかった濃い灰色の瘴気を切り裂いて、

 明るい閃光が一直線に伸び、ドラゴンの首を2つに分断したのだ。

 メイナの力を帯びた光により、そのまま炎に包まれるドラゴン。


 なんて見事な一刀だろう。

 威力だけでなく、攻撃部位やタイミングも完璧だった。

 こんなことができる人間はそういない。

 少なくとも、皇国の上級、いや最上級の……


 燃えさかるドラゴンを見つめていると、横から声がした。

「大丈夫か?」

 そこには、世間に疎い私でさえ知っている、皇国の誇る剣士が立っていた。


 将星ルークス・フォルティアス。

 知性と高貴な生まれを感じさせる美しく整った容姿だが、

 オレンジの髪と明るい茶色の目が温かく、優しさと親近感を抱かせた。

 すらっと高く、鍛えられた姿勢の良い体躯。

 深紅をベースに、金の縁取りをされた制服が良く似合っている。

 胸には数々の勲章と将星の証。


 そしてその手には、名剣マルミアドイズ。

 神が創りあげたとされ、フォルティアス家に代々受け継がれてきた

 ”世界の至宝”ともいわれる素晴らしい剣。


 彼は皇国の行政を受け持つグベルノス軍に属し、

 ”皇国の守護神”と呼ばれる三大剣士のうちの一人だ。


 腰を落としたままの私に手を伸ばしてきたけど

 頭も顔も、全身がぬるつく瘴気の穢れだらけだったので

「大丈夫です」

 と一人で立ち上がった。

 それなのに、かまわず腕を引かれ、

 そのまま子どもが高い高いされるように持ち上げられ

 安全で綺麗な場所に運ばれた上、そっと置かれてしまった。


 面食らって何も言えずにいる私に、彼は優しく言葉をかけた。

「まずは軍の到着が遅れたことを詫びよう」

 そして手布を取り出し、私の汚れを拭きだした。

 私はなすがままになりながらも必死にフォローした。

「……知ってます。山岳にもニーズホッグが現れたから仕方ないかと」

「いや、言い訳にはならないだろう。

 だからあちらが片付いたと同時に、俺のみ、こちらに先行してきた」

 自軍を置いて、独りで来たんだ。あっけにとられていると、

「君の力が強いことは俺にもわかる。相当なメイナの使い手だろう」

 彼は私の腕をゴシゴシと拭きながら続ける。

「だが、こういった場合の単独行動はいけない」

 そう言いながら、するべき行動とその理由を説明する。


 ぼーっとそれを聞きながら、私は思った。

 この人はきっと、誰も見ていなくても、

 誰の評価を得なくても、自分の最善を尽くす人だ。

 分け隔てなく万人に対し、その力を惜しみなく使う人だろう。

 だんだん灰紫の霧が薄れていくのと同時に、

 私の心も明るい気持ちで満たされていった。


 その後も、何度も現場でかちあったり、共闘したりで

 彼の人柄をさらに知り、私にとって最も信頼できる人になっていった。

 天賦の才に加え、血のにじむ努力によって得た技術を

 国や身分にとらわれず全ての人のために惜しみなく使う崇高な精神。

 それと同時におおらかで朗らか、けっして愚痴や弱音を吐かず

 


 そして一年前のあの日、生涯を共に歩む約束をしたのだ。

 荒れ狂う砂塵の中で慟哭する私に誓ってくれた。


 ”必ず守る”と。


***************


 ……。

 ま、そんなこんなで、今回の仕事となったわけだけど

 対象が対象だけに、長い任期となりそうだったので、

 彼と離れるのは名残惜しかった。

 ここは、彼の乗る火竜サラマンディアでも1日近くはかかる距離。


「しばらく会えないが、お互い頑張ろう!」

「手紙をいっぱい書くからね!」

「体には気を付けて、無理はしないことだぞ!」

「お近くに出撃の際は、ぜひお立ち寄りくださいね!」

 ……なんてやり取りを延々くり返して別れたのだった。


 でも、わずか二か月で「国外追放されたので帰ってきました」とか。

 言いづらいな、さすがに。


 まあ、もうしばらくは、この辺の後始末をしてからだな。

 二か月弱の滞在期間における、問題解決と称した視察で、

 怪しいところ、気になるところはしっかり押さえたし。


 城内にはじまって、城下町から国域ギリギリの村まで、

 だいたいのメイナの状態はつかめた。というより、

 国内のメイナが全て、城に向けて一直線に集まっていることがわかったのだ。


 メイナという力は、普段は世界中をゆったりと流れている。

 そういった力を、メイナ使いは、

 自分の中にいったん吸収して、あらゆる形で使いこなす。


 まずは攻撃や防御などの戦闘に。

 メイナは陰と陽の気を持っており、基本的には陽であるため、

 陰の気でできている邪霊や妖魔に対して”効く”のだ。

 この陰・陽を用いて五行である木・火・水・金・土に作用できる。

 これでルークスがベネナムドラゴンを焼いたみたいに火の気を帯びさせ、

 ただの火よりも格段に攻撃力を増すことができるのだ。


 またメイナは”極”も持つため、流れや動きを持たせる事ができるので

 これをコントロールすることで床に落ちた紙を拾ったり、

 小石を投げたりするのだ。


 そういった陰・陽の変転や極のコントロールが出来る者が、

 正式にメイナ技能士として認められることになる。

 ただし、これらの技能を全て出来るものはメイナ技能士でも数少ない。

 より多くのメイナを迅速に吸収するのも、

 自分の思うままに扱うのも、才能や修練が必要だからだ。


 このメイナを中途半端に知る者は、魔法みたいで便利な力だと思うらしい。

 でも実際これは、あくまでも司法を守るための、秩序やルールを有した力だ。

 磁力や電力などのように法則があるから使い方も気を付けなければならないし

 ましてや悪いことに使うなど、絶対に許されることではないのだ。


 でも、この国はおかしい。 

 自然発生しているメイナは一か所に留まることはないが、

 逆にまとまった動きをみせることもないのに、一点を目指して流れるなんて。

 これは皇国の予想通り、城内のどこかに、

 人為的にメイナを操作できる「古代装置フラントル」があるのだろう。

 彼らの無骨な指輪や腕輪も、それを使っている証拠の一つだ。


 あの悲惨な戦争を巻き起こす原因となった「古代装置フラントル」。

 これのために人類は一度滅びかけ、

 多くの人命と文化を失うことになったのだ。


 現在、使用だけでなく所持も禁じされており、

 たとえ国家であっても厳罰の対象となる。

 メイナをそういう形で使うことは、結局大きな厄災を招くことになるからと

 多大な代償の果てにそれを学んだはずなのに。


 実際、パルブス国内の諸問題はみんな、それが原因で起こっていた。

 私が到着後(あのアホ王子との初対面後)、

 すぐに現場へ向かって見たものは、

 異様な穢れがところどころに湧き出ている悲惨な町並みだったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る