第2話 茶番の発端

2.茶番の発端 


 こりゃ結構、計画を変更しなくちゃだな。

 廊下を歩きながら、ここに来た経緯を回想する。



 この国に来る前に、皇国調査室より渡されたレポートには

 パルブス国および王家と支配階級について書かれていた。


 王家である国王夫妻と三人の王子、そして周囲の貴族も

 極端な選民思想(貴族にあらずは人にあらず、的な)や

 享楽的な性質(豪華で楽しいことバンザイ!)を持っていること、

 国家予算と支出についての不審な点や、

 そして長きにわたる圧政や、最近多発する魔獣の侵入や呪病の蔓延などで

 国民の不満は爆発寸前であること、などが書かれていた。


 ついでに、王子についての調査結果も書かれていたのだが、

 ……簡単な言葉で言えば、

 一番上は凡庸な王太子、二番目は脳筋の軍隊長。

 そして先ほどの三番目は、うつけ。要はアホということだ。

 それを読んだ時には、仮にも一国の王子の評価が……と思ったけど、

 いざ国に来てみれば、本当にアホだった。

 パルブスでの役割も、この国では特にすることもない

「メイナ事務官長」とやらを任されているし。


 初めて謁見した時、じろじろとこちらを見ていた王子の第一声は

「お前は目も髪も暗い茶色で地味だが、顔立ちは悪くないな!

 うん、けっこう美人じゃないか。

 なぜドレスを着ない? その長い髪も巻けば華やかになるぞ」

 だった。いきなりアホを惜しみなく露呈してきた!


 私は立て襟の紺色ワンピースの下に同色のズボンを履き、

 その裾を茶色のブーツに入れている。

 ストレートロングの髪はそのまま背に流しているだけだ。

「任務中は制服と決まっておりますから」


 私の答えに、面白くなさそうに王子はブツブツ言っている。

「メイナが使えるということは貴族か……。

 でも働かなくちゃいけないんだから、貧乏な下級だな、うん」

 と決めつけ、アホの上塗りをする始末。

 皇国では公爵や伯爵の子息も自分の責務を果たしていますよ、

 といいたいとこだけど、違いすぎる価値観の人とは話しても無駄なだけだ。

 私は適当に受け流し、早々に失礼しようとした。


「まあ、待て。仕事はそのうちで良い。

 とりあえず俺の友人たちとの集まりに参加させてやろう」

 さあ喜べ! という顔で腕を組み、水色の瞳で見下してくる王子。

 淡い金髪は整えられ、最上級の衣服をまとっているせいもあり

 顔かたちなど見た目はそれなりだが、

 いかんせん王子としての知性や風格がみじんも感じられないのが悲しい。


「恐れ入りますが、どのような会合でしょうか。

 任期中は任務外の作業は禁じられていますし

 会合などの出席は報告義務がありますので」

「バカか、言わなきゃバレないだろ。上流階級のやつらばっかだぞ?

 お前にはめったにない機会だろ」

 司法の番人とも言えるメイナ技能士に対して”言わなきゃバレない”とは。

 裁判官,検察官,弁護士のいわゆる「法曹三者」を兼任する者が

 そんな初歩的な過ちを犯すとでも思っているのだろうか。


「いえ、任務の最中は不正や不備がないよう

 皇国により常に監視・記録されています。

 そのため任務以外の会合には参加出来かねます」

 もちろん、例外もある。懇親会なども大切な外交のひとつだ。

 でも、この王子に関することは間違いなく、ただの時間の浪費だろう。


「……なんだよそれ」

「契約を賜った際、書類にその旨記載があったかと」

 王子は口を曲げて、なんだよそれ、を繰り返していた。

 さてはまったく読んでないな。


「それでは、努めを果たして参ります。

 この国のために働けること、光栄に存じますわ」

 軽く持ち上げてやると、やっと王子は相好を崩す。

 そうだろう、そうだろう、とニヤニヤしている。

「まあ、働きによってはずっとこの国で雇ってやっても良いからな。せいぜい頑張れ」

 カーテシーで退席する。真面目にうざいわ。

 ま、機嫌を損ねるといろいろ面倒だし、ほっておこう。


 仕事、仕事っと。

 でも、私がこの国に来た本当の目的は、それだけじゃない。

 この国は、不可解なことや疑惑を多く抱えているのだ。


 第一に、この国でメイナが使えるのはほぼ王族のみ、ということ。

 そう、不自然なくらいに。

 ”王族”と、”彼らにうまく取り入ることが出来ている貴族”のみが

 メイナを扱えているという事実が、皇国の調査ではっきりしている。


 本来メイナの力はそういう能力ではない。

 身分も、性別も、年齢も関係ないのだ。

 もちろん出自や家系などは重要だが、

 一般市民の出でも、かなりの実力者は生まれてきていて、

 皇国公認のメイナ技能士であるクラティオにも、多数任命されているくらいだ。


 そのクラティオを管理するのがメイナースとよばれる組織で、

 議会や行政機関とは別に、皇国において「司法権」を有している。

 メイナは”世界を律し秩序をもたらす力”だから。

 メイナースは世界の調和と規律のかなめであり、

 クラティオはその具現者だ。


 しかし、このパルブス国は違う。

 そしてメイナが扱えるという特権を用いて、

 王家と貴族の私腹を肥やしているのも明らかになっている。

 そのくせ彼らにとってメイナとは、自分たちにあって当たり前で、

 教えや戒めなどは単なる伝説扱いとなっているようだった。


 そんな昨今、パルブス国内でさまざまな被害が増えてきたのだ。

 国境沿いから魔獣がたびたび侵入し人を襲い、

 街中にも邪霊による霊障で井戸水が濁る事件が起こった。

 また畑の作物が一瞬で枯れてしまったり、さらに呪病が蔓延したり。

 王族と貴族の手には余る状態となり、さすがの彼らにも焦りが生じる。


 困った彼らのもとに、タイミングよく”美味しい話”が舞い降りた。

 それは訪れた他国の大豪商が、

 数々の品物を披露している際、貴族の愚痴を聞いて、

 「妖魔が多発?ならば皇国のメイナ技能士を使えば良いではありませんか。

  タダで全部やってくれるそうですよ」

 との情報をもたらしてくれたということだ。 

 このような怪異は、皇国のメイナースが

 無償でクラティオを遣わし、全てを解消してくれると。


 パルブス国はすぐに皇国に対し、メイナ技能士の派遣を依頼した。

 自分たちのメイナは消費したくないし、

 そもそも一般人のためになど働きたくないのが、この王家と貴族の本音だ。

 国民のためにお金を使うなどもってのほか、という彼らには

 まさにうってつけの方法だったのだろう。


 そして第二の疑惑。

 それはこの国が異常に豊かであることだ。

 鉱山や農作物など、他国に売り出すようなものがあるわけではないのに

 王族や貴族は貴金属や駿馬などに大金を使い、

 その食事も贅の限りをつくしたものだった。

 この資金はいったい、どこから来ているのか。


 妖魔退治の名目で、それらの謎を解くために

 私がメイナース本部より派遣されたのだ。


 で、来てから2ヶ月弱、仕事に追われる毎日だったけど

 不自然な王家のメイナ独占は、すでに明らかになっている。

 だからこそ……


 皇国本部で立てた計画では、本当は、せめて半年、

 できれば一年くらいかけて、って内容だったんだけどね。

 なんといっても一国の前途に関わることだし。

 アホが想像上にアホで、予定を大幅に早めることになってしまった。


「でもまあ、仕方ないか」

 私はつぶやいた。どのみち、この国は荒れ果てている。

 王家や貴族は享楽にいそしみ、行政を放置し、

 反して市民は爆発寸前の不満を抱えている。

 こんなのほっといても、もう持たなかっただろう。



 皇国が永く栄えている理由の1つに、ノブレスオブリージュがある。

 位高ければ、徳高きを要す。

 社会的権力や地位など力を持つものは、義務も伴い、

 持たざる者のために働かねばならない、ということだ。


 力は、力を持たない人のために使う。


 今、一番会いたい人の顔が思い浮かんだ。

 くせのあるオレンジの髪、明るく澄んだ茶色の瞳。

 意志の強さを表す眉、引き締まった口元。


 ここに来る前の、彼との最後の会話を思い出す。

「今度の君の任務は長くなりそうだな」

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