断罪のアスティレア

はちめんタイムズ

王国崩壊編~せっかく貴方たちの国のために働いたのに国外追放とは、さらに罪を重ねて大丈夫?そんなに早く滅びたい?~

第1話 私が断罪……

1私が断罪


「アスティレア・クラティオ。今日を以てお前を国外追放とする」

 グラナト王子の声がフロア全体に響き渡る。

 私を追放するって……何を言い出したの? この人。


 何かの余興とか、王子の悪ふざけなの? と思い、周囲を見渡すと、

 大勢の参加客も驚きの表情でざわめいていた。

 遠巻きに固唾をのんで、いや、ニヤニヤしながらこちらを見ている。

 そのほとんどがこの国の貴族の子女で、王子の取り巻きだ。


 他国から遣わされた客人ともいえる者に対して

(しかもまだ18歳にもならない婦人わたしに対して!)

 王子がこういった振る舞いをしていることに、

 誰も諫言するわけでも、場をとりなそうとするわけでもない。

 まともな人はいないのか、この国は。


 グラナト王子はこの国、パルブス国の第三王子である。

 まだ二十歳にも満たない青年だが、

 精神年齢は実年齢より遙かに下だろう。


 いまは第三王子主催の勉強会、

 という名のパーティが開かれている真っ最中だ。

 彼はこのような無意味なパーティーをしょっちゅう開いているのだけど、

 これまでは、何度誘われても参加を断り続けていた。


 もちろん今回も仕事を理由に断ろうとすると、

「ダメだ! お前に関する勅令があるからな!」と言われたので

 仕方なく参加したのだが。

 まさか、しょっぱなから国外追放の宣告をされるとは。


 やれやれと思い王子に視線を戻す前、見知った顔に気が付いた。

 数か月前からこの国に留学していると聞いた、他国の令嬢クルティラと、

 先週から国に滞在している、王族御用達の大豪商の娘リベリアだ。

 他の人同様に驚きながらも、何が起こっているのかよく見えるようにか

 私と王子たちを斜め横から眺められる至近距離まで来ている。

 クルティラは暑くもないのに扇をバサバサゆらし、

 リベリアは胸元の大きなブローチをせわしなくいじっている。

 私は巻き込まないよう、目で制しておく。



 さて、追放ですか。いきなり「主文」なのはともかく、

 判決には、必ず「理由」を付けなければならないと決まってる。


 私は本来、このように粗雑な物言いをするけど、

 一応他国に派遣されている身であり、相手は一国の王子。

 気品ある対応で、穏やかに問いかけることにしよう。


「理由をお聞かせ願えますか」

「ふん。お前の正体がバレたのだ。観念しろ」

 えええ!? ! 私は目を見開いて驚愕する。

 その顔にしてやったり! という表情で、王子は言葉を続けた。

「人を欺いた罪を思い知るがよい! この偽物の聖女め!」

 え? 聖女? なにそれ。どこからそんな単語が来たの? と思ったが

 王子の横に歩み寄ってきた、この国の伯爵令嬢ルシオラを見て納得がいく。

 袖幅が広い、純白のドレス、ウエストから伸びる大きなリボン。

 長い金髪をおろし、頭に小さな冠。

 そして腕には、太くて円盤のような腕輪。

 なるほど、そういうことか。


「……偽物の聖女? ……でございますか?」

「お前は聖女ではないだろう! 正直に言え!」

「ええ、まあ……

 では、聖女ではないから、国外追放ということでしょうか」

「そうだ。本来ならば処罰されても仕方ないが、

 皇国から来た者を投獄するわけにもいかないからな。

 国外追放で済ませてやるぞ。ありがたく思え」

 どうだ! ざまあみろ! と言わんばかりのドヤ顔で言い放つグラナト王子。

 そんな彼に寄り添うように、ルシオラが両手を胸の前で握りしめて立っている。

 心配そうな顔を作ってはいるが、ワクワクしているのが伝わってくる。

「あの、あの王子、私、あの……」

 と、舌足らずな甘え声で繰り返している。

 早く、自分こそ真の聖女なのだと、みなに知らしめたいのだろう。

 ……いや絶対違うけどね。


 そもそも他国のものである私を追放って……

 ただ「帰れ」で良いのではないの?

 それはそれで大問題にはなりますが。


 何故なら”井の中の蛙”の王子は忘れているらしいが

 この世界は、私の祖国である「皇国エルシオン」を中心に、

 その東西南北に4大王国が栄えている。

 さらにその周りを、大小さまざまな国が存在していて、

 このパルブス国もそのうちのひとつに過ぎない。


 この立地がそのまま世界の関係を示しており、

 強大な皇国エルシオンは全てを統治する存在なのだ。

 そこから遣わされたものに対して無礼を働いた結末を

 彼は想像できないのだろう。


 そうでなくとも、この世は因果応報だ。

 他人を故意に傷つける振る舞いは、多かれ少なかれ

 何かしらの報いを受けることになるのだ。


 気を取り直して、とりあえず丁寧に誤解を解くことにする。

「そもそも私は、聖女としてこちらの国に遣わされたのではありませんが」

 はあ? と素っ頓狂な声を出すグラナト王子。

「何を言ってる。お前は聖なる力であるメイナの使い手だろう」


 メイナとは古くから伝わる、魔を退け奇跡を起こす、聖なる力だ。

 その使い方は持ち主の能力によって千差万別で、

 物に触れることなく自由に扱ったり

 何もないところから火や水を出し、風を起こしたりもできる。

 もちろん剣にまとわせて攻撃に、バリアとして防御にも使える。

 だが、これは単なる”不思議な力”なんてものではなく、

 一定の秩序やルールを持った、公正さや正義のための力である。


「左様でございます。私はクラティオと呼ばれるメイナ技能士として……」

 最初に王子に名指しされた時の”クラティオ”は姓ではなく、役職だ。

 メイナ技能士は素性も身分にも囚われることなく働くために

 名前+クラティオが通称となるのだ。

「名目は何でもいい! お前はこの国でメイナが使える聖女としてふるまい、

 特別扱いを強要し、王族と国民を欺いたのだ!」

 遮るように叫ぶ王子。ああもう、めんどくさいな。


「しかしながら殿下、聖女と名乗ったことは一度もありませんし、

 そのような扱いをされたこともありませんが」

「メイナを使っていろいろやっただろ!」

「ご依頼の通り、呪病の処置や魔物払いなど行いました。

 それがメイナ技能士の仕事ですから」

「それはこの国において選ばれし者の仕事なのだ!

 聖女でもないヤツにできるわけがない!」

「ですが実際に、依頼された件は全て、問題なく処置いたしました。

 そもそも皇国エルシオンに対し、パルブス国王様より直々に

 これらを解決できる”技能士”の要請があったため、私が参ったのです」

 最近パルブスで多発している怪異や魔獣の侵入を、

 この国の者では手に負えないから、と頼んできたくせに。


 実際、王子はいつもゴツゴツした形の指輪や腕輪を大量に装備している。

 服装や冠など笑ってしまうくらい派手なデザインなのに、

 宝石などのアクセサリー混ざってそんな無骨なものを付けている理由は

 自身のメイナを増幅させるためでほかならない。

 それ無しではきっと、王族の面目が保てない程度の”力”なのだろう。


 もとから断罪の理由を立証なぞする気がなかったらしく、

 面倒になってきた王子は、話の論点を変えだした。

「何かの手違いだ。こちらは聖女を呼んだはずだぞ」

「皇国やメイナースにおいて、聖女という役職はありません」

「……ふん! それなら皇国は、この国の役に立たないということだな」

 彼は偉そうにそっくり返る。


「まあいい。我が国に聖女が現れたからな。お前はどのみち不要だ」

 横のルシオラがやっとこの時が来た! と顔を上気させ、体を伸び上がらせる。

「このルシオラこそ、真の聖女だ。彼女が”神霊女王の蘭”を咲かせた」

 おおーっと貴族の子女から賞賛の声が上がる。

 ルシオラは満面の笑みのまま、カーテシーでこたえる。

「あのっ、ワタクシ、皆さんのためにっ精一杯……祈りますぅ!」

 本気でズッコケた。祈るって。

 それでもグラナト王子は満足そうに頷くと、さらに私に言いつのった。

「ルシオラの力は目覚ましく成長している。すでにお前以上だ」

 観衆の賛辞はさらに大きくなり、拍手するものや歓声をあげるもの、

 そして私に対して役立たず! 出ていけ! などと怒鳴る声が上がり始める。

 周りまで調子に乗って、このイベントを楽しみ始めたようだ。

 ……やれやれ。この国の貴族は仕方ないな。


 それにしても私以上の力とは。思わず頬が緩んでしまう。

 どうやって比較したのかは知らないが、

 この世界でそれはことなのに。

「私以上なんですか。それは安心できますわ。

 では国内の諸問題は全てお引き受けくださるのですね?」

 というと、ルシオラは嬉しそうに

「はいっ、すべてお仕事は、私が聖女として引き継ぎますっ」

 といった後、あわてたように

「だから、メイナのお道具はぜんぶ引き渡してくださいねっ!

 全部ですよっ! 絶対に! なにもかもっ!」

「メイナの道具?」

 皇国やこの国から受け取った地図や組織図、トラブルリストのことかな?

 私が考え込んでいるのを拒否と勘違いした王子が、

 目は気の毒そうに、口元はあざ笑うように宣言した。

「従え。聖女ではないお前は、もはやこの国にとって罪人だ。

 よって国外追放となるのだ」


 もう話にならない。私はそっと視線を外すと、

 令嬢クルティラは目を伏せ口元を扇で隠して立っている。

 リベリアは胸の豪華なブローチをかかえつつ、

 笑いをかみこらえているのがわかる。

 ……あなたたち、覚えてなさい。


 まさか私が断罪されるとは。何かの冗談なのか。

 唖然としたが、気を取り直して問いかけてみる。これが最後のチャンスだ。

 本当に、誰も、彼の愚行を止めないのね?

「大変恐れ入りますが、それは国としての決定でございましょうか」

「もちろんだ。王子である俺の決定は絶対だ」

 にやにやと嫌な笑い方をする。が、ふと思い直したように、

「まあ、行くところがないだろう。

 どうしてもこの国で働きたいというなら、いろいろ使ってやっても良い。

 まずは、そうだな……」

「結構でございます。ご辞退いたします」

 今度はこちらが遮る番だ。残ることに何の意味もない。

 もう、これ以上は相手にしていられない。


 はっきりとした拒絶にプライドが傷つけられて目をむく王子に対し

「では書類でその旨をしたため、正式な勅令書を賜りたく存じ上げます」

 と告げる。念書をかわしておかないとね。

 もう後に引けなくなった王子は、イライラした様子で

 すぐに公的文書を用意するよう家臣に命じた。


 その最中、調子に乗った王子の取り巻きのうち、

 多少メイナが使える者(もちろん力の増幅アイテムを大量装備)が

 私に向けて、ぴっぴっと人差し指と親指をはじくようにして

 メイナによって作られた、小さな石や氷のつぶてを投げてきた。


 、そんなの一つも私にぶつかるわけがなく。

 

 何回やっても当たらず、どこかに消え去るつぶてに

 彼らはなんなんだよ……と焦りや苛立ちの声をあげ始めた。


 それには気づかず、王子は私に見せつけるように

 用意された書類にサインを記入し、わざわざ床に投げる。

「拾えよ」


 私は”メイナの力”を用いて落ちている書類を浮き上がらせ、

 立ったまま手に入れる。念のため、内容を確認しないとね。

 書類が発光し、王子のサインが認証される。


 たぶん、そんなことすらできないだろう王子は、

 その一連の作業に目をみはり、さらに苛立ちをつのらせた。

 それは私がこの国を追われる理由のひとつでもあるからだ。

 自分たちには出来ないことを、私が国民のために易々やすやすと行うのを見て

 彼らの能力の低さが国民にバレることを危惧していたから。


 そして出口のドアを荒々しく指さして怒鳴る。

「今日中に、いや、いますぐ出ていけ!」

「それは皇国との国交に差し支えあるのでは?」

「お前ごときを追い出したくらいであるわけないだろ! すぐに出ていけ!」

 これも勅令だと騒ぎ立てる王子。

 それにかぶせるように、ルシオラが声を張り上げる。

「道具、ぜんぶ、ちゃんと置いて行ってくださいねっ!」


 はいはい。わかりました。カーテシーで挨拶。

 茶番劇から退場しよう。

「それでは皆様、ごきげんよう」


 ドアを閉めると同時に、私はメイナの力を使用する。

 ”リバース”。

 すると小石を投げつけた者には小石が、

 氷を投げたものには氷の塊が、その額にパチン! と音を立てて当っていく。

 当然、全ての者に、同時に。


 皇国、いやこの世界随一のメイナ技能士にとって、それは簡単なことだから。


 痛ってえー! なんでだよ! と口々に叫ぶ彼らの声を後ろに、

 私は微笑みながら廊下を進んだ。


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