第8話 入学式の後

「それでは今日のところは以上で解散とします」


 場面は変わって学園のとある教室。目の前の男性教員の号令を聞いて俺は息を漏らしていた。


(……ふぅ、やっと一日が終わった)

 

 新入生は今、ようやくと本日全ての日程を終えたところである。入学式の後、各々のクラスに移動との指示があり、それから今まで教本の受け取りや授業日程、学園施設の利用方法等々の説明が行われていたのだ。


 この世界にくる前は、休日家に篭りっぱなしだったのも要因の一つだろう。久々に長時間立ったり座ったりでどっと疲れが出た。

 

「……なぁ、ニコラ。学園長先生といい担任の教師といい話が長いよな? もっと簡潔に言ってほしいぜ」


 そして、次々と解散していくクラスメイトの間をぬって歩み寄る人影がひとつ。


「……ルーカスも相当こたえてるみたいだね」

「ああ、当たり前だろ。特に大講堂でずっと立ってるのは苦痛だった」


 あの普段は呑気なルーカスも不平を垂れるくらいに疲弊の色が見えていた。


(確かに、入学式の話はなかなかの長尺だったなー)


 学園長先生の挨拶を舐めていた。その演説はとどまるところを知らず、開始からかれこれ一時間続いたのだ。ゲームで知っていたのは全体のうちの一部分だけだった。カットなし完全版恐るべし。


「早く昼飯食いにいこーぜ? もう喋る気力も無くなってきた」

「……うん。そうだね」

 

 時刻はもう少しで正午に差し掛かろうかという頃。早いとこ昼食を取りたいタイミングである。

 

 ちなみに学内には食堂も完備されていて、しかもなんとお代は無料と言っていた。一人暮らしの俺には痛いほどそのありがたみが分かる。ルーカスが昼ごはんを食べに行こうとしているのも、その学内食堂だろう。

 

(でも、それにしても……)


 だが、ルーカスに催促されながら荷物の支度を進める俺はふと、手元にある一冊の教本に目を落とした。


 一つだけ、教科書を配られた際に気になる点があったのだ。


 (……まさか、書かれているのがだとは思わなかったな)


 なんとその表紙には、日本語ではない文字が並べられていたのだ。普通、日本製のゲームの中なら日本語が使用されていてもおかしくないはず。それがきちんとこの世界特有の言語になっているのは驚いた。


(でも、一番びっくりしたのはそれを簡単に読めてしまう自分なんだけどね)

 

 さらに驚くべきことに、この見知らぬ言語が不思議と読めてしまう。実のところ街中の看板なんかも違和感がなさすぎて別言語だと気づかなかったレベルだ。


 もちろん原理はわからない。この言語も裏設定か何かだろうか?


 ストーリーに登場しない生徒たち、使われている見知らぬ言語、ゲームでは行ったことのない街の区画などなど。改めて考えてみると、この世界はめちゃくちゃ細かく造り込まれているみたいだ。


 これからエレメントマギアの攻略を進めるにあたって、それが吉と出るか凶と出るかは未知の領域。もしかしたらゲームにない展開もあるかもしれない。


(……今後は念のため、気を引き締めて行動するべきだろうな)


 イレギュラーの起こる確率がある以上、石橋を叩いて渡るに越したことはない。後々取り返しのつかない事態になるのは避けた方がいいだろう。


 これから始まるシナリオ攻略をなるべく着実に進める方針を固めた。具体的に言えば、ヒロインとの接触やステータスの強化、必要なアイテムの回収などを計画的に実行しようと言うことである。


「おーい。また固まってるぞ。今朝の寮の時からこの調子だけど大丈夫か?」

「……え?」


 突如、ルーカスによって思考が引き戻された。

 

「あれ? もう誰もいない」


 辺りを見ると既にクラスメイト全員が教室を後にしているところだった。しんと静まり返る室内に残っているのは自分とルーカスの二人だけである。


「やっぱり二コラも疲れてるのか? こういう時は早く飯食って休息を取るに限るぜ」

「あ、ありがと。そうするよ」


 ぼーっと考え込んでいたせいで、手が止まっていたみたいだ。彼の言う通り、少し疲れているのかもしれない。ルーカスの心遣いに感謝しつつ、教本を詰めた鞄を持って立ち上がった。


「なあ、ルーカス」


 と、俺はそこで。

 

「ん? どうした?」

「待っててもらって申し訳ないんだけど、今からちょっと行きたいところがあるんだ。先に食堂行っててくれない?」


 ルーカスにある事を言い忘れていたのを思い出した。入学式の後、すなわちプロローグの後半に行くべき場所があったのだ。


「ん? 昼食も食べてないのにどこに行くんだ?」

「ちょっと学内のに、ね」


 教会? と不思議がるルーカスを傍目に、教室の窓から学園の隅にある三角の屋根を視認する。

 

 ――いよいよ、ステータス機能の解放の時だ。

 

 脳裏に序盤のイベントのワンシーンが浮かべながら、俺は胸を躍らせた。

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