第7話 ヒロインたち

「いやー、同じクラスとは運がいいな! 今年もよろしく頼むぜ!」

「うん、よろしくね」


 クラス分けの結果、俺とルーカスは同じクラスになった。


 大講堂に来てすぐに受付の教員に該当する組分けを告げられたのだ。もちろん結果は記憶の通りである。同じクラスの方が色々と都合がいいからね。ルーカスがニコラの幼なじみというキャラクターの関係上、当然の配置だろう。


「これからは友でありライバルであるわけだな。クラスメイトの女子の視線は譲らないぜ!」

「う、うん。頑張ってね」


 ルーカスは相変わらずの様子である。たまに変なスイッチが入る彼の様子に気押されながら、建物内で入学式の開始を待ち侘びていた。


(やっぱり結構人がいるなー。ひと学年百人以上いるって言ったし、本編に登場しない生徒達も沢山いるみたいだ)


 大講堂内はぎっしりと生徒で埋まっている。新入生は各々のクラスで固まって横一列に並んでいた。加えて、後ろの方には在学生である二、三年生の姿も見える。


(さてと、確か入学式といっても学園長の言葉を聞くだけだったはず)

 

 全校生徒、これだけの人数が集まる入学式。だけど実は、内容自体はそう大したことではない。


 ここは学園長先生のありがたいお言葉をいただく場面だ。

 話す内容は、ここは王国一の魔法の学舎だとか、これから誠心誠意魔法を学びましょうだとか、将来王国に貢献できる立派な魔法使いを育成していますだとか、要するに物語の方向性や世界観の概要みたいな感じ。


 当然のことながら聞いたことのある内容だ。エレメントマギアを何度もプレイしている自分にとってはあくびが出てきそうな話である。世界が変わってもやはり校長先生の話は退屈なのだ。スキップ機能が欲しいところだな。


 と、ストーリーを早く進めたいと思案していたその時。


「なあ、ニコラ。向こう見てみろよ」

「……ん? 急にどうしたんだ?」


 なぜか真剣な表情のルーカスの横顔。何か気になるものが視界に入ったようだ。


(向こう……は新入生の列だけど)


 その視線の先は他のクラスの同級生の並んでいる場所だ。一見したところ特に変わったところはない。


「……いったい何見てるんだ? 気になるようなことは何もないけど」

「いや、もっと周りを見てみろ。みんなの視線が集まってるから」

「周り?」


(確かに言われてみれば、ほとんどの生徒が偏った方向に頭を向けているような気が……?)


 言われた通りに前方の同級生たちに目を移すと、生徒の視線にはある程度の規則性があった。それを頼りに少しずつ彼らの意識が向かう先を辿る。


「知ってるか? 今年の入学生の中でもとびきり優秀な三人の噂」

 

 そして、まるで周知の事実であるかのように告げるルーカス。その言葉には思い当たる節があった。無論、現実世界の自分の部屋でコントローラを握りながら聞いた言葉だが。


「……とびきり優秀な三人」


 そう反芻するのと同時に、ようやく同級生の注目の的となる人物を発見する。

 エレメントマギアのストーリーにおいて最も重要な人物達。たとえ後ろ姿だけだったとしても、容易にあの立ち絵が脳内に映し出された。


 ――そこにいたのは、エレメントマギアのメインヒロインたちだったのだ。


 ルーカスは目当てのものを見つけたこちらの様子を横目に確認すると、前を向いたまま続ける。


「まず、あっちにいる桃色の髪の子は『ニーナ・イルズ』。学年一の魔法の天才だ」

 癖っ毛混じりの肩までの桃髪。薔薇色の瞳。口の端から覗く八重歯が特徴の一人目のヒロイン。


「その二列前にいる金髪ロングのお嬢様が『クラリス・グリニッド』。何をやらせても完璧と名高い博学者だな」

 腰まである美しい金色の長髪、髪と同色の煌めく瞳、黒のカチューシャが特徴の二人目のヒロイン。


「そんで、右端に見えるひとつ結びの子が『サリア・トルワンド』。近接戦闘において右に出るものはいない凄腕剣士」

 ばっさりと切り揃えられた藍色の髪を後ろでひとつにまとめた、空色の目が特徴の三人目のヒロイン。

 

 以上の女子生徒に視線を向けながらルーカスは一人一人の簡単な紹介を終了した。


「とまあ、こんなところだ。今年一番話題の生徒だぜ? 残念ながら俺たちとは違うクラスだけどな」

「……うん、ご丁寧に説明ありがとう」

「いいってことよ! お前ってあんまり周りの噂とかに興味ないだろ。だから一応教えてやろうと思ってな!」


 ゲームのテキスト通りに、やや説明口調のルーカス。そんな彼に従って、脳裏にヒロインの姿が鮮明に浮かんだ。


 満を持してついに登場したメインヒロインたち。エレメントマギアにおいて攻略対象となる三人である。

 

 思わず息を呑んだ。画面越しのヒロイン達が現実に存在している。同じ空間で、実体として。


(……すごい! 本物だ!)


 それはエレメントマギアのファンからすれば、この上ない興奮と熱狂を呼び起こす一幕だった。

 

 流石は主要キャラクター。他の生徒とは纏ってるオーラが全くの別物だ。これがヒロイン補正というやつか。

 

 ルーカスの説明の通り、彼女達は各々突出した能力と美貌を兼ね備えている。もしあんな人物が現実にいればクラスのカーストの頂点に君臨するのは確実だろう。

 

(……後々はあの三人と交流することになるんだよな)


 だが、いくらパッとしない生徒であるニコラでも、一応このゲームの主人公。尚且つエレメントマギアは恋愛アドベンチャーゲーム。


 シナリオ攻略ためにもヒロインの好感度を上げることは必須な仕様になっているのだ。彼女達との交流を避けてこのゲームシナリオを攻略することはできない。


時には学園の危機を救ったり、俺自身に降りかかる困難なイベントも存在するしね。最終的には必ず彼女達の力を借りることになるのだ。


(……とりあえず明日から元のストーリーをなぞる形で接近してみるか。今日のところは彼女達の存在が確認できただけでもよしとしよう)


 叫び出したいほどに興奮していたが、流石に人前でそんな奇天烈な行動はできない。理性をフル活用して冷静を装う。


 念願のヒロイン達を確認できて安心した。ヒロインのいない恋愛ゲームなんて、銃の存在しないシューティングゲームみたいなもんだからね!


 そしてヒロインの姿を確認したのち、入学式は始まるのだった。

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