第9話 教会にて

「と、いうわけでやってきました、教会!」


 現在地は学園敷地内の隅にひっそりと建てられた教会。某有名RPGや異世界ものでお馴染みの真っ白な石造りの建造物だ。少し古びた壁面には無数のつるが這っている。


 そんな誰もいない教会の正面で、俺はひとりほくそ笑んでいた。

 

(ついに来たぞ! ステータス機能解放イベントっ!)


 そう、ストーリーを進める上で欠かせないを手に入れるためにここに来たのだ。


「その名も【天啓てんけいの指輪】! これがあれば自身のステータスを見ることができる!」


 つい興奮から拳を握りしめる。テンションが上がるのも許してほしい。なんせ入学式が終わってからはずっとこのアイテムのことを考えていたのだ。


(ようやくゲームっぽくなるぞ。楽しみだなー!)


 能力値やステータスは、誰しもが一度は憧れたことがある代物だ。自分の強さが数値化されるとか男のロマンだよね。


 そんな高鳴る気持ちを胸に、早足で教会の入口へと足を運ぶ。そして――


「ごめんくださーい」


 意を決して、教会の真っ白な両開きの扉を開け放った。


 教会内はしんと静まり返っていた。ステンドガラスから光が差し込む薄暗い室内には、まだ昼間だと言うのに人の気配は一切感じられない。


(さて、記憶の通りならここで待ってればが聞こえてくるはずだけど……?)


 ここからは目的のイベントが発生するまで待つしかない。プロローグでの強制イベントだし、発生しないことはないはずだ。


 手持ち無沙汰に頬を掻きつつ、キョロキョロと視線を泳がせる。


 天井や壁面は様々な装飾で彩られた女神の絵画が存在する。素人目でも神聖な雰囲気はまじまじと感じられた。

 

 ここは『創世神そうせいしん』を祀る教会だ。創世神とは、文字通りこの世界の創造主とされる存在のことで、この教会もその神様を崇める宗教の系譜に属している。たしか『創世教会』とかいう名前だったはずだ。


 ストーリーには頻繁に登場しないが、この神様が重要な役割を果たすのは間違いない。


 ――なぜなら、その創世神こそ目的の人物。俺が教会に足を運んで会いに来た存在だからだ。


(普通に考えたら神様と会話するとかありえないよな)


 正確には天の声として登場し、天啓の指輪を主人公に授ける役回り。ここがゲームの世界で、魔法みたいな神秘の術がはびこる世界観を考慮してようやく、ギリギリ納得できるだろう。こんな超常的な経験はそうそうできることではない。

 

(……そろそろかな?)


 そして待つこと数秒。さらに教会の奥に一歩踏み出したその時だった。


『聞こえますか、天啓に導かれた選ばれし子よ』


 予想通り、透き通った綺麗な声が脳内に響いた。本編のセリフと一致する。間違いなく目的のイベントだ。


(来た! 待ってました!)


 イベントがきちんと発生した安堵と、早くステータス画面を見たいという心持ちから息を呑む。


『我が名は創世神エルステラ。創世教会の崇める存在にして、この世界の創造主たる者』


 やがて、脳内に響く声は『エルステラ』と名乗った。テレパシーのような意志の伝達方法。流石はファンタジー世界といったところだ。

 

『あなたがニコラ・エヴァンスですね。どうかこれから告げる話聞いてほしい。』

「はい! 喜んで!」

『感謝します。選ばれし子よ』


 嬉々として即答した。もちろん答えはイエスだ。早くステータス見られるようになりたいしね。


 目を輝かせる俺の前で、一呼吸おいて神様の話は始まった。


『ニコラ・エヴァンス。あなたは近い未来、世界の破滅を目論む魔神の復活を阻止することになります。これは運命によって定められた使命です』


 主人公に与えられし試練。それはこの世界に復活する魔神の討伐だ。

 

 もう言っちゃうけど、その魔神こそ本作のラスボスなのだ。世界を破滅に導くザ悪役。ニコラが勇者だとすれば、魔王ポジションに位置する奴である。


『およそ三百年前、突如復活を果たした魔神は数多の眷属を用いて王国を窮地に追いやりました。当時のグランベル王国の国王は多数の兵を率いてこれを撃退したのですが、それは始まりに過ぎなかったのです――』


(……お、回想に入ったな)


 やがて、ゲーム序盤特有の世界観設定が登場した。もちろん入学式と同様、シナリオはすでに知っている内容だ。重厚感のある世界観もエレメントマギアの売りではあるんだけど、一度聞いたことのある内容だから……その、少し退屈かもしれない。


 話の内容は、三百年前に魔神がいかに世界を混乱の渦に巻き込んだのか、についてだ。時系列順に王国にどのような被害をもたらしたか、魔神との戦争の詳細な歴史などが語られている。


 俺は教会でひとり、神様の美声に意識を向ける。

 

『――特に大陸東に位置する大森林や、北端の山脈では、モンスターの凶暴化により多くの人間の命が失われました。この災いを重くみた隣国の騎士達も事態の収集に奔走し――』

 

 うんうん、なるほど。

 

『――その大規模戦争から3年が経ったある日。再び魔の手が王国西部の街を次々と飲み込み、王政府の依頼した魔法師団の対抗虚しく――』

 

 ……へえ、そうなんだ。

 

『――その翌年には鉱山の地下深くに魔神が出没したとの噂が出回り調査に乗り出した騎士団が消息を絶ち――』


 …………。


 一言、言わせて欲しい。


(ダメだ、こんなのいつまで経っても終わる気がしない!?)


 イラストなし、BGMなしの過去の回想は軽く拷問だった。まるで時間の進みが遅くなったような感覚に襲われる。朗読だけだとこんなに味気がないんだね……。


「あの、ちょっといいですか」

『――はい? どうかされましたか?』


 姿の見えない声の主に心ばかりの挙手をして、その話を遮った。

 

「ええと……つまり、魔神が国を滅ぼそうとしたけど、結局最後には崇高な三人の魔法使いに封印されたんですよね」


 話のオチを先取りして時短を図ることにした。神様には無礼極まりないけど、先の入学式の疲れもあってか話を聞くのが億劫になってきたのだ。


『……は、はい。そうですが……なぜそれを?』

「ええと、本で見たことあったんです」

『……なるほど、話が早くて助かります』


(もういいや、このまま押し切っちゃえ)


 さらにはそれにとどまらず、次々と神様の話を先取りしていくことにした。もう音声だけの説明は勘弁願いたい。

 

「魔神の封印場所は王国の地下。詳しい場所はわかっていないけど、ダンジョンの奥底に眠っている。そうですよね?」

『ええ、その通りです。お詳しいですね』

「それから、自分の他に選ばれた三人のメインヒロインと協力して、復活した魔神やその眷属を倒すんですよね。任せてください。王国の平和を守って見せますから」

『……って、ええ!? なぜそこまでご存じなのですか? まだあなた以外の三人については何も説明していませんよ!?』


 ストーリー上でのヒロインとの交流のきっかけは、神様のお告げということになっている。それらを網羅している俺は、三人のヒロインと協力して魔神を倒す旨を簡潔に伝えたのだ。

 

「そのためにも、【天啓の指輪】を下さい! 能力値が見たいんです!」

「ええ!? ち、ちょっと、なんで指輪の存在まで知っているんですか!?」


 天の声はその神秘さに似合わない動揺の色を滲ませていた。まあ、内容を突然予知して伝えれば普通に驚くだろうな。

 

「お願いします!」

『……』

 

 姿は見えないが、声の主が何かを思案しているのが伝わった。……流石にやりすぎたか?


『……わかりました。まあいいでしょう』

「え、ということはつまり……?」

『はい。先ほど言った通り【天啓の指輪】を差し上げます。なぜこちらの考えを予知したのかは知りませんが、いづれにしろこれはあなたに渡す物ですから』


 すると、その言葉を引き金に光の粒が手のひらに収束する。やがて現れたのは真っ白な金属製の指輪だった。


(おお、画面越しのイラストと全く同じだ! これが天啓の指輪!)


 これこそ求めていた最重要アイテムだ。ひとまずは目的達成である。


『あなたのことですから既に知っているかもしれませんが、これは能力値を可視化する魔道具。使用方法は能力値の表示を心に念じることです。どうかうまく利用してください』

「ありがとうございます! ――それじゃあ用も済んだので俺はここで!」


 そして、回れ右して教会入り口へと体を向けた。


(ここじゃ暗いから外で使ってみよっと!)


 無論、ステータスを明るい場所で確認するためだ。

 

『あ、ちょっと待ちなさい! まだ共に戦う運命にある三人の少女の名を言っていません!』

「ニーナ・イルズ、クラリス・グリニット、サリア・トルワンドですよね! 覚えているので大丈夫です!」

『……はい。その通りです。……健闘を祈ります』


 やがて、バタン! とドアが閉められる。


『……一体どうやって話の内容を予知したのでしょうか?』

 

 誰もいない教会に落とされる呟き。言いたい事を全て取られてしまった創世神エルステラはわかりやすく唖然とした。

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