第3話 ゲームの世界!

「……」

「おーい、どうした? さっきから口開けて固まってるけど?」


 目の前には制服姿の茶髪の少年。彼はこちらに声をかけているが、俺の意識はその背後の景観に向けられていた。


(ここ、俺の部屋じゃないよね……!?)


 目が覚めると、そこは自宅マンションではなかった。廊下の窓の外にはいわゆる中世ヨーロッパ風の建築物が並んでいたのだ。漫画やアニメ顔負けのファンタジーな世界観。思わず唖然としてしまうのも無理はない。


(まさか寝不足で幻覚が見えてるわけじゃないよな?)


 自室のドアの向こうには絨毯の弾かれた石造りの廊下が広がっていた。真正面にはガラス張りの窓、対角線上には木製のドアが並んでいる。


一見、年季の入ったホテルのような内装だ。隅々まで緻密に作られており、これら内装が到底偽物には見えない。窓の外の風景も同様だ。


 (やっぱり、ここは……)

 

 そして、わずかな逡巡の後、1つの結論に辿り着いた。


 『エレメントマギア』の世界だ!?


 ――エレメントマギア。


 それは、つい昨夜までプレイしていた恋愛アドベンチャーゲームである。剣と魔法のファンタジー世界を舞台に、学園、恋愛、ダンジョン等々てんこ盛りのコンテンツを内包した名作だ。


 記憶に新しい画面越しの景観と目の前の風景が一致する。何度もプレイしてきたし見間違えるはずがない、憧れのあの世界に来てしまったのだ。

 

 ゲーム世界に入り込むという一大事に、先程までの眠気は跡形もなく吹き飛んだ。


(すごい。ゲーム背景とまったく同じだ)


 景色は全てエレメントマギア本編に登場したものと同じ。まるでゲームのワンシーンを綺麗に切り取ったようだ。こんなのを見せられて冷静でいるなんて無理な話である。混乱や疑問を遥かに上回る好奇心に、胸を膨らませた。

 

 と、そんなこちらの表情の急変ぶりに目の前の少年は驚きを隠しきれない様子で尋ねる。

 

「びっくりさせるなよ、いきなり叫んだりして。エレメントなんたら……って何のことだ?」


(あ、そうだ。こいつ主人公の幼なじみの……)


 よく見ると、目の前の人物に心当たりがあった。咄嗟のことで、今まで彼の素性が出てこなかったのだ。

 

「なんでもないよルーカス。ごめん、ちょっと寝ぼけちゃってて」

 

 そう、この少年の名は『ルーカス・マクベスト』。このゲームの主人公と同じ街出身の幼馴染キャラクターだ。


 どうりでさっき既視感があったわけだ。シナリオ繰り返すごとにずっと一緒にいたんだから、覚えてて当然だよな。


 無意識のうちにうんうんと頷く。とても見覚えのある顔には安心感さえ湧いてきた。


 ……で、目の前にルーカスがいるということは、こちらの正体は分かったも同然だ。


「俺って『ニコラ・エヴァンス』だよね?」

「ん? なんでそんな当たり前のことを聞くんだ?」


 戸惑うルーカスを置いてけぼりにして、予想的中、と指を鳴らした。


 自身が何者であるのかは一目瞭然だった。


 本作の主人公、ニコラ・エヴァンス。今年から魔法学園に通うことになった一人の生徒である。


 彼は主人公といえど、黒髪黒目で、いったって平凡な顔つきの少年だ。華やかな見た目や強烈な個性はなく、立ち絵もパッケージくらいにしか載っていない地味っぷり。

 

 おそらく感情移入しやすいキャラクターデザインにするために日本人風になっているのだろう。ゲームの世界とは言え、現実世界の元の容姿とあまり差はない。髪が伸びて身長が縮んだくらいだ。

 

(よし、今から田所ヒロト改め、ニコラエヴァンスだ!)


 自分に言い聞かせるように心の中で自己紹介を唱える。ルーカスもいるし、ニコラであることはすんなり受け入れられた。わざわざ鏡を見る必要もないだろう。あと他に気になるところと言えば……。


「今日って学園の入学式?」

「ん? そうだけど、何かおかしな所でもあるのか?」


 どうやらゲームのシナリオにも相違はないみたいだ。


 エレメントマギアのストーリーは、ニコラがルーカスと共に魔法学園へ登校する所から始まる。今日は入学式。状況的に見て物語のスタート地点に違いない。全てのシナリオに共通するプロローグである。


(……となると現在地は学生寮だな)


 学園の生徒は大半が寮から学園に向かっている設定だ。この寮は学園敷地外に位置しているが、校舎までは徒歩で数分ほどの近距離である。


(うん、これだけ把握できれば問題ないな)


 念のため、これまでに集めた状況を整理すると。

 

 俺はエレメントマギアの主人公、ニコラエヴァンスに憑依転生した。幼なじみのルーカスと周辺の景色からして、現在地は学園寮。つまりゲームのスタート地点にいる。


 顎に手を当てながらここまで瞬時に思考する。やっぱり大好きなゲームだと設定は頭に焼き付いてるものである。


(よし! ここまで分かったなら話は早い。早速ストーリーを進めていくしかないな!)


 思わず不敵な微笑みを浮かべた。側から見ると軽く引かれるほどの形相である。


 俺はこの先の展開も、もちろん把握している。本作の舞台となる『王立グランベル魔法学園』へ行って入学式を受けて、それからとある重要なアイテムを手に入れて……ひとまずはプロローグを終わらせなきゃならない。この序盤を終えない限りは、ヒロインとの交流やステータス強化といったゲーム本番を迎えられないのだ。


 ああ、この先のイベントを考えるだけでワクワクするなぁ! 早くゲームシナリオを進めたい!


「よし、早速学校へいってみよう! 行こうルーカス!」

「え……お、おいちょっと待てって!」


 感情が赴くままに勢いよくドアを開け放つ。

 だが、なぜだか慌ててルーカスに腕を掴まれ、動きを止めた。


「……む、どうした?」

「お前その格好で学校行くつもりか? 自分の姿をよく見てみろ」

「……自分の姿?」


 ゲーム主人公の二コラというのはすでに知ってるけど……もしかして、どこか記憶と違うところでもあるのかな。そんなことを思いつつ視線を下ろす。


「……あ」

「ようやく気付いたようだな」


 今の俺の服装は一言でいえば、完全なる部屋着姿だった。


 エレメントマギアの世界の私服。素で薄っぺらい麻のシャツに、くたびれた短パンを身に纏っている。制服も着ずに学園へと向かおうとしていたのだ。


(……着替えとか、その辺はリアルなのね)


 そんなこんなで、エレメントマギアのストーリーが幕を開ける。

 

 ゲームとの差異により慣れない感覚を味わいつつも、この後、部屋に戻って制服に着替え始めるのだった。

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