雨宿り

西順

雨宿り

 私の町は山間にあり、年間を通して雨が良く降る地域として国内では有名だ。いや、有名ではないかな。人間、雨が降る地域になんて興味が無いし。


 それにしてもこの土砂降りである。バケツをひっくり返したとは良く聞く表現だが、これではドラム缶をひっくり返したと表現したくなる程の豪雨だ。そんな中、屋根付きのバス停で三十分に一本のバスを、もう二時間も待っている。


「来ませんね」


 私の横には、二人分の間を開けて同僚の女性がベンチに座っていた。その彼女が話し掛けてきたのだ。


「この雨じゃあ、ワイパーも意味をなさないでしょうし、道も水浸しで、バスを走らすのも難しいのかも知れませんね」


 私はそれらしい事を口にした。が、会話がそこで途切れる。いや、そっちから振ってきたんだから、何か返してよ。私の気も知らずに、彼女はスマホをいじっている。こんな天気でもスマホは動くのだから、便利な世の中だ。


 私もスマホで天気予報を調べる事にした。どうやらこの豪雨も、あと数時間すれば小康状態まで落ち着くらしい。止む訳では無いのがこの地域らしいが。小康状態までなれば、バスも運転再開となるだろう。問題はそれまで横の彼女と二人きりな事だ。


「吉野さん、何観ているんですか?」


 私の問い掛けに、彼女は驚いたようにこちらを振り向いた。あれ? そんなに聞かれたくない内容だったんだろうか?


「あ、答えたくないなら、答えなくても良いですよ」


「いえ、私の名前、覚えてくれていたんですね」


 それ程大きな会社じゃないから、社員の名前くらい嫌でも覚える。嘘だ。前々から気になっていたから、他部署の彼女の名前も覚えていたのだ。


 経理の彼女との接点は会社ではほぼ無く、このバスでの行き帰りくらいが唯一と言って良い彼女との接点だった。まあ、バスで少し挨拶を交わす程度だけど。


「日田さんは、何を観ているんですか?」


「え? わ、私ですか? 天気予報ですけど……」


 吉野さんも私の名前を覚えていてくれたのか。いや、経理であれば領収書やらで社員の名前に触れる機会も少なくないのか?


「吉野さんは?」


「……ゲーム、です」


 真っ赤になって照れている。可愛い。


「へえ、ゲームお好きなんですか?」


「え!? え〜と〜」


 思いっきり目を逸らされた。何だ? スマホでゲームなんて今時誰だってやるだろう? 恥ずかしがる理由が分からない。


「私もゲームやりますよ。落ちゲーとかパズルゲームがメインですけど。スキマ時間の暇潰しに良いんですよねえ」


「ねえ。ですよねえ」


 目を合わせてくれない。そっち系のゲームじゃなかったのか? もしかしてFPS系とかアクションゲームか? でもそれならもっと手元の動きが激しくなっていてもおかしくない。となると、


「RPGですか?」


「あー、そう言う感じ……かなあ」


 はっきりしない。私としてはこの機会に彼女との距離を縮めたかったのだが、ゲームを話題にしたのは失敗だったか?


「吉野さんって、休日何をされているんですか?」


「へ? あー、テレビを観たり? 動画観たり? 本を読んだり?」


 インドア派か。私もアウトドア派かインドア派かと分けるなら、インドア派だ。これは話が合うんじゃないか?


「何かオススメとかあります? ドラマとか、映画とか、小説とか」


「う〜ん、いや、日田さん向けのはちょっと……ないかなあ?」


 はあ。どうやら私は吉野さんに嫌われているらしい。


「すみません、なんか変な事聞いて」


「いえ! 悪いのは私であって、日田さんじゃありませんから!」


 全力否定されたけど、それが嫌われているのを感じさせて、余計に傷付く。


「あ〜〜〜〜〜〜〜〜、これ! これなら日田さんも楽しめると思います!」


 私が意気消沈しているので気を使わせてしまったらしく、吉野さんは一度ゲームを終了させてから、別のゲームを薦めてくれた。


「RPGですか」


「それなら一般人向けですから!」


「一般人向け?」


「何でもありません。こっちの話です」


 まあ、何であれ会話のきっかけが出来た。これを今からダウンロードして、始めてみるとしよう。


「…………」


「…………」


 ダウンロード時間が長いな。ゲームってこんなにダウンロードに時間掛かるっけ? でもまあ、バスが来るまでにはダウンロードも終わるだろう。


「…………」


「…………」


「…………これって、どう言うゲームなんですか?」


「SFファンタジーRPGです。キャラが400人、シナリオも小説100冊分になるので、どうしてもロードに時間が掛かってしまって」


「そ、それは凄いですね」


「でしょ!? 400人もいるのにキャラは一人一人立っているし、シナリオは泣けるし、ゲームシステムのUIもユーザビリティが高いから、ストレス無くゲームの世界に没頭出来るんです! 日田さんもやれば絶対ハマりますよ!」


 先程までのよそよそしさはどこへやら、まくし立てるようにゲームの説明をする吉野さん。余程このゲームに思い入れがあるらしい。最初に選ぶべきキャラは誰が良いだとか、何章のシナリオが泣けるだとか、そんな話を聞いているうちに、いつの間にかゲームのロードは終わっていた。


「ええと、このキャラで進めていけば良いんですよね?」


「そうです! くう! 私が始めた当初はまだそのキャラ選べなかったんですよ! 後発の強みですよねえ! 私もあの子とかあの子とかあの子とかと初めから冒険したかった! いや、でもそれでこれまでの冒険の思い出が無かった事になるのはなあ」


 あ、熱い。凄い熱量だ。これは私も心してプレイしなければ、吉野さんと話を合わせられないかも知れない。


 なんて事を一時間前まで思っていました。え? 何このゲーム。始めたら止まらないんですけど?


「え? そんな? こんな序盤でこんな重要キャラが亡くなるんですか?」


「うう、そうなんですよ~」


 二時間経った頃には、そのシナリオに涙している自分と吉野さんがいた。


 そして三時間後━━。


「お客さんたち、乗らないの?」


 いつの間にか来ていたバスの運転手の声掛けにハッとして、私と吉野さんはいそいそとバスに乗り込んだのだ。


 その後も吉野さんとこのゲームを通して交流を続けた私は、無事に吉野さんとお付き合いする運びとなり、そして初めて吉野さんのお家に招かれた時に、色々と悟ったのだった。

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雨宿り 西順 @nisijun624

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