アフタークライシス
ハヤシカレー
『アフタークライシス』
二十五日前だったかな、二十六日前だったかな?
僕が生まれた時にはもう、既に文明は十分発達しており、空を見なくとも時間が、そしてある時から今の時まで何日経過しているのかが、瞬時に理解出来る様になっていた。
だから、文明を失った僕は、あれがどれくらい昔の事だったのか、判断出来ない。
同種というだけで、生きる時も、生きる場所も、何もかもが違う、結局は他人の作り出した物に頼っていたから、僕はもう、何も分からない。
「どっちもハズレ、あの日から、今の日まで、その間に跨いだ日付は全部で三十だよ。一ヶ月経ってるよ」
その声の主は少女であった。
いや、まあ、彼女を少女と呼べたのはずっと前——十五年前の事であって、今は怪物としか呼べない外見をしているのだけれど。
ギョロり……と、そんな擬音が聞こえそうな、大きく真っ白な瞳に、真っ黒な、ラバースーツみたいな肉体、所々か鎧みたく硬質化した肌——そんな、いつか、丁度十五年前の頃、僕が熱狂していたヒーロー番組の、敵役みたいな見た目、そういう怪物、それが僕の隣に座る人。
もう、あれから一か月も経つのか……。
「もうって、そんなに経ってないでしょ。十五年に比べればさ」
と、彼女はそう、シニカルっぽく言ってから、「大丈夫、別に恨んじゃいないよ。君は悪くないよ」 と、励ます様に言葉を掛けてくれた。
けれど、そんな言葉が慰めになる事は無い。
だって、彼女の、僕への情が人類を滅ぼしたと言っても、過言じゃあないのだから。
過言じゃないというか、事実である。
一か月前、虐殺が始まった。
区別する事無く、差別する事無く——まあ、区別も差別もあったのだけれど、とにかくほぼ全ての人間が殺された。
誰に殺されたのかといえば、紛れもなく彼女である。
僕の、隣に座り、
僕の、愛すべき——というか、責任を持って愛さなければならない彼女、怪物である。
最初は何故、彼女がそんな事をしたのか分からなかった。
何故、僕だけが殺されずに済んだのか、特別扱いされたのか——その理由もである。
まあ、その区別に大きな理由は無く、人類滅亡のキッカケは小さな物であった。
彼女にとっては、何よりも重大な事なのだろうけれど。
「懐かしいねえ、あの日、初めて会った日」
あの日——と、彼女が呼ぶその日、僕は森の中を歩いていた。
なんで歩いていたのか、どこの森だったのか、今となってはもう思い出せない。
「サンドイッチくれたよね、挟んで一つにするからサンドイッチって呼ぶのかなあ——とか、話しながらさ、美味しかったよね」
僕はその森の奥にある、社の前で、腹を空かせて倒れていた少女——現在の彼女にサンドイッチを食べさせた。
彼女曰く、その日生まれたらしく、親も何も居なかったらしい。
「全く、人間は物覚えが悪いよね、千年後に生まれ変わってくるから、お供えものしてねって、ちゃんと伝えてたのに」
ため息混じりに言ってから、
「けど、そのおかげで君と出会えたんだから、むしろ感謝だよね」
その感謝の果てに、結局人類は滅ぼされたのだけれども。
「そうして私は、君に恋をした」
今思えば、あれは生まれたばかりで、親となる存在を求めていたから好きになっただけで、君じゃなくても良かったのかもしれないけれど、でも、結果的に選ばれたのは君だよ——と、そんな事を、しみじみと、少し言い訳するみたいに語る。
「でも君は、私と永遠に生きようっていう、私の言葉を拒絶した——というか、なあなあにしたよね、先送りにしたよね」
今は家族とか、友達とかが居て、学校の事もあるから……大人になったら、君と一緒になれるよ。
この森で、君とだけ関わって生きるよと、そう約束した。
「ま、あの約束を鵜呑みにした私も私なのかな。もう既に、人間は約束を忘れるって知ってたはずなのに」
そう、僕はその約束を忘れて、大人になっても彼女の元へは行かなかった。
だから、彼女は、僕の家族や友達……そして、同種である人間を滅ぼした。
共に生きる事、それを断る理由を、無くしたのである。
「はは、恨んでるかな?」
「恨んじゃいないよ、結局、キッカケは僕なんだからさ」
彼女と僕は、会話する。
だけれど、その声はどちらも彼女の——というか、私の物であった。
「恨んでないなら、もう拗ねるのやめてよね」
私は声を震わしながら言う。
懇願する様に、僕の——ではなく、彼の、冷えきった手を握りしめながら。
「早く返事してよ、そろそろお人形遊びにも飽きるころだよ? 人間って、高い所から落ちても平気なんだよね? だから飛び降りたんだよね……?」
私は言い続ける。
いつまでも、人類を失ったこの星で、
いつまでも、温度を失った彼に向けて——
アフタークライシス ハヤシカレー @hayashikare
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