夜坂斬鴉の秘密
図書室にて顛末を夏凛さんに話した。開かずの本の仕組みや犯人については事前に斬鴉さんが話していたが、不明だった動機の部分に関して、彼女は「ほえー」と丹羽さんのお兄さんに感心しているようだった。
当然のようにいない利用者はもとより、気づけば常木先生もいなくなっており、この図書室には僕たち三人しかいない。いつも通りと言えばそれまでなのだが、直前にイベントが発生したこともあってどこか物悲しく感じる。
五時半にはまだ少しだけ時間がある。斬鴉さんは読書に戻り、夏凛さんはスマホをいじっている。僕はとあることについて悶々と悩んでいた。
五時半が近づくにつれて学校全体が静寂に満ちていく。時間的にもうそろそろ片付けをしようという話になってしまうかもしれない。
うだうだと悩んでいても仕方がない。訊くならこのタイミングしかないのではないか。先ほど気づいてしまった、事実について。
僕は深呼吸をして、ゆっくりと口を開いた。
「斬鴉さんに、訊きたいことがあります」
普段とは異なる厳かな口調に、黙々と読書をしていた斬鴉さんが眉をひそめた。
「どうした。改まって」
「……僕に何か、隠していませんか?」
言ってから思う。まずった……。なんか恋人に浮気を問い詰める人みたいになっちゃったよ。恥ずかしい。しかし、
「隠しているって、何をだ?」
いつも通り抑揚のない声の発する斬鴉さんの後ろで、バツの悪そうな顔を浮かべる夏凛さんを見て確信する。やはり二人は隠し事をしている。
ここまで来たら放出するしかない。頭の中で情報を整理しつつ、
「斬鴉さんの言動と行動には不自然な点が多い。まず、野上さんのこと。真壁曰わく、あの人は去年にも問題を起こしている。前期の中間テストの勉強中、ジュースを図書室の本に零したって。……でもそれにしては、あのとき、踏み台のために本を借りにきた彼に対する斬鴉さんの反応は、あまりにも普通でした。警戒している様子が見られなかったんです。自分が入学する前に本にコーヒーを零した相手には、あれだけ激怒していたのに」
野上さんが図書室に現れたときの斬鴉さんは、訝しんではいたものの、めったに本を読まないクラスメイトがやってきた以上の反応ではなかった。しかし、押し花騒動の直前に見つかった染み塗れの本に対しては、犯人にとめどない殺意を燃やしていた。ならば前科者である野上さんに対しても、もっと警戒心を抱くべきではないか。
難しい顔で黙り込む斬鴉さんに注目しながら続ける。
「未だに解決をみていない押し花騒動のときにも、おかしなことがありました。斬鴉さんは自分のハンカチを秋富士さんが編んだことと、彼が手芸部員であることを知らなかった。ここはいいです。去年まであの人とは完全に他人だったわけですから。けど、ハンカチを買ったはずの手芸部の部室がどこなのかを忘れているのは流石に不自然です」
斬鴉さんは手芸部室の位置を僕たちに尋ねてきた。彼女なりのボケだろうか。否。そんなことをするタイプじゃない。
「最後に、昨日斬鴉さんは開かずの本がいつからあるのか『知らない』と答えていました。でも、開かずの本があったのは去年の九月からですよ? 『憶えてない』ならともかく『知らない』というのはおかしい。この学校で一番長く図書室にいるだろう斬鴉さんが知らないわけない」
斬鴉さんは神妙な面持ちで、僕に鋭い目を向けてきた。こんなときでも美しさに見とれそうになる。
「結局、古町は何が言いたい?」
一つ、咳払いをした。警戒するはずの人物を警戒せず、知っていることを知らないと言う。彼女は一体、何なのか?
「斬鴉さんは、所々得ているはずの情報が欠落しているように感じられます。それを踏まえて訊きます。……あなたは誰ですか?」
緊張して心臓の鼓動がかつてないほど急速に脈動しているのを感じる。古町光太郎、一世一代の大推理。果たして斬鴉さんの反応はというと……。
斬鴉さんはがっかりした様子で頭を抱えていた。……あれ?
見れば夏凛さんも腕を組んで何とも言えない表情を浮かべている。
「……僕、変なこと言いました?」
「逆に変じゃないと思ったのか。あたしが夜坂斬鴉の双子の姉妹ないし、そっくりさんだとでも?」
うんざりしたように吐き捨てる斬鴉さん。
「ち、違いました?」
「当たり前だろ。あたしは一人っ子だし、目つきが似た相手がいるならお目にかかりたいくらいだ」
目つきが鋭いの、気にしてるのかな。最大のチャームポイントだと思うのだが……。
彼女は椅子に深く背をもたれかける。
「お前は存外鋭いから、いつかばれるとは思っていた。けど、まさかそんな突飛な想像をするとはな」
どうやら僕は過程には正解したものの、答えで盛大に間違えたらしい。
「じゃあ、どういうことなんですか?」
唇を尖らせながら尋ねると、斬鴉さんと夏凛さんが目を合わせて頷いた。
夏凛さんが神妙な面持ちで口を開く。放たれたのは、あまりにも衝撃的な真実だった。
「キリちゃんはね……去年の十一月に記憶喪失に陥って、まだその記憶を取り戻せていないの」
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