第一章 図書室の番人

古町光太郎と夜坂斬鴉

 ホームルームが終わった。僕はあくびを噛み殺しながら、のろのろと教科書やノートをバッグへ突っ込んでいく。

 五月の中旬。春らしい新鮮な空気はとっくに消え去り、新環境に対する慣れが転じて惰性になっていく時期になった。周りから「だるい」という単語を聞く機会が増え、大半のクラスメイトが未だにゴールデンウイークの幻影に囚われているのが想像に難しくない。みんな五月病と格闘している、そんな昨今。

 達川高校に入学してもうすぐ二ヶ月が経つけれど、今のところは板書だけでも授業には付いていけている。中間テストも近づいてきているが、まだ勉強をするときではないはず。それに、赤点さえ取らなければどうとでもなるだろう。……これは五月病ではなく僕のデフォルトなので、実質五月は無敵期間と言える。

 むしろ試験が近づいて困るのは別のところだ。つい、ため息を吐いてしまった。

「どうしたの、こうちゃん。そんな物憂げな表情しちゃって」

 目の前に、爽やかな顔の優男が首を傾げて立っていた。小学校からの友人、ソーイチ君だ。

 僕は再びのため息とともに頬杖を着いた。

「中間テストが近づいて来てるでしょ?」

「どれだけ勉強したくないのさ。まあこの学校に進学するために受験勉強頑張っていたのも、光ちゃん史上天変地異レベルの出来事だから、それで燃え尽きちゃったのかな」

 どうして一言疑問を投げかけただけで、そんなボロクソに言われなきゃいけないのか。

「図書室に試験勉強しに来る生徒が増えたら嫌だなあって」

「ああ、そういう理由ね。今日も図書室に行くんだ?」

 呆れた様子のソーイチ君にそのつもりだと頷き、立ち上がった。二人で廊下に出ると一階を目指す。

「光ちゃんがここまで真面目に図書委員の仕事をするとは思わなかったなあ。……いや、真面目と言えるかはわからないけど」

「心外だなあ。動機はともかくとして、仕事は大真面目にやってるよ。部活を頻繁にさぼっているソーイチ君と違ってね」

 彼は別段本を読まないのに何故か文芸部に所属している。

「遊び相手がいなくなってこっちは寂しいもんさ」

 ソーイチ君はそう言うが、僕ら、休日はいつも遊んでいる。

真壁まかべにもさっき遊ぶ約束ドタキャンされたんだ。今日は野球部の練習休みって話だったのに」

 真壁とは、僕たちと中学からの付き合いである真壁雄大ゆうだいだろう。そういえば、先ほど教室で姿を確認できなかったな。一目散で帰ったのだろう。

「珍しいね。真壁が遊びの誘いを断るなんて。毎日朝練と遅くまでの練習で娯楽に餓えているだろうに」

「急な予定が入ったらしいけど、怪しいものだね。野球部の先輩と仲良くしているらしいから、僕は捨てられたのかもしれない」

「面倒な彼女みたいだよ、ソーイチ君」

 僕たちは一階で別れた。ソーイチ君は昇降口へ向かい、僕は職員室の先……廊下の端にある図書室へ足を運ぶ。


 僕の名前は古町こまち光太郎こうたろう。おそらくどこにでもいると思われる普通の高校生だ。ただ、図書委員という一点からある程度は数が絞られるかもしれない。

 本を読むかと言われたらそこそこで、好きかと言われてもそこそこな僕だが、じゃあどうして図書委員になったのかと訊かれたら「静かなところが好きだから」と答える。実際はそんなすかした理由ではなく、美人な先輩とお近づきになりたかった、という欲にまみれたしょうもない理由なのだが。

 横に返却ポストが据えられた図書室ならではの扉に手をかけようとしたところ、突然扉が開いた。驚いて仰け反ると、中から出てきた女子生徒もびくりと肩を震わせる。中学からの顔見知りだった。

「あ、梅木うめきさん」

「うわっ、古町君? びっくりしたあ」

 小柄な彼女は胸を撫で下ろし、ずれた眼鏡の位置を正す。廊下へ出ると扉を閉めた。

「どうして図書室に?」

 梅木さんは扉を振り向き、

「夜坂先輩に来月のオススメ図書を訊きに来てたの。それと、学校を揺るがすほどの大スクープについて、意見を伺おっかなって」

「大スクープ? 何それ?」

 梅木さんはがっくりと肩を落とした。

「古町君も校内新聞読んでないんだ……。夜坂先輩もまだ読んでなかったし」

 新聞部の彼女的に悲しいものがあるのだろう。しかし、普段から読んでいないわけではないのでフォローしておく。

「僕はいつも帰ってから家で読んでるんだ」

「あ、そうなの」

 正確に伝わっているかは定かではないが、読むときはいつも家で……というだけで、新聞を毎回読んでいるわけではない。まあこの手の誤解はさせておくに限る。

 梅木さんと別れて図書室の扉を開けた。中をぐるりと見回す。広い空間にはいくつもの本棚が並んでいた。各本棚には、『小説(文庫本)』『小説(単行本)』『学術書』など収納されている本が一目してわかる貼り紙がなされていて親切だ。そのうち『学術書』などはさらに細かく分類されている。

 本棚の他には読書や勉強に使う椅子とテーブルがいくつか設置されている。

 まだ人の姿は見えなかった。カウンターで校内新聞を読んでいる女子生徒を除いて。……心の中でガッツポーズをする。二人きりだ。テストが近くなると、こうはいかないかも。

 長く艶やかな、しかし寝癖のついた黒髪を下に垂らし、見惚れるほど鋭い目を文章に落としている。そんな、一見すると殺し屋のようにも見えなくもない容姿とぶっきらぼうな性格も手伝って、彼女は無自覚で周囲に威圧感を振りまいている。

 名は夜坂斬鴉。この尋常ならざる名前からわかるだろうが、彼女はどこにでもいる普通の高校生である僕とは違って、そうそういない普通じゃない高校生である。

 斬鴉さんは無類の読書好きで本好きだ。この人が本を手離しているところを見たことがない。漫画も小説も雑誌も実用書も自己啓発本もあらゆる本を貪り読む雑食家。生粋の文学少女と言える。……しかし、彼女の容姿や性格から、斬鴉さんを文学少女だと見抜ける人はまず皆無だろう。

 僕が図書委員になった最大の理由にして、何ならこの学校に是が非でも進学したいと思った切欠の人でもある。

 斬鴉さんの鋭い目が僕を捉えた。

「さっさと閉めろ、古町」

 図書室にハスキーな声が静かに響く。

「あ、すみません」

 僕は慌てて後ろを向き、開きっぱなしになっていた扉を閉めた。そそくさとカウンターへ寄ると、マジックで『図書委員当番記録』と書かれた青色のファイルを開き、今日の日付と自身の名前を書き込む。図書委員の仕事をした者はこれを書く義務があるのだ。

 記録をよく見ると――よく見なくとも――斬鴉さんの名前がずらっと達筆な字で載っている。

 基本的に図書室の当番は図書委員が持ち回りでするのだが、斬鴉さんは常にシフトに入っており、そのおかげで図書委員の何人かは非常に楽ができている。図書室で斬鴉さんを見ないのはアルバイトをしているらしい金曜日の放課後くらいで、それ以外は昼休みにも放課後にもカウンターに鎮座している。

 カウンターの中に回り込み、斬鴉さんの隣に座った。バッグを床に置き、

「校内新聞ですか? 今、図書室の前で梅木さんと会いましたけど」

「ああ。まだ読んでなかったからな。読み進めている本がある間は、読書の浮気はしないと決めている。さっきこいつを読み終わったばかりだ」

 斬鴉さんは手元の文庫本を撫でた。書店でくれるような紙製のブックカバーを被っている。黒字に緑のラインが入っており、薄く書店名が印字されていた。あまり見覚えのないブックカバーだ。

「ここらの書店のじゃないですよね、それ」

「おっ、気づいたか」

 斬鴉さんはお目が高いとばかりに、にやりと笑った。

「これは春休みに母さんと金沢旅行にいったとき、立ち寄った書店で手に入れたものだ。格好いいだろ」

「まあ格好いいですけど……。斬鴉さん、いちいちブックカバー貰うんですね」

「紙のブックカバーはすぐ劣化するからな。いくつあっても足りない。本を買う度に付けてもらっている」

「そこまでブックカバーに拘らなくても……」

 斬鴉さんはわかっていないとばかりに首を振った。

「飼い犬や飼い猫に服を着させる飼い主がいるだろ? それと同じだ。本にとってブックカバーや栞はおしゃれなんだよ。だからあたしは自分の本にはブックカバーを着せてあげたい」

 僕にはわからない世界だ。装丁の描かれているオリジナルのカバーでは駄目なのか。咳払いをして話を戻す。

「えっと、読み進めている本があるうちは他の本に浮気しないって、つまり教科書も読まないんですか?」

「当たり前だろ」

 そんなわけないだろ、というつっこみを期待して言ったのだが、斬鴉さんならそれも仕方がない。

「そもそも教科書はもう読んだしな」

「教科書は読書欲を満たすために存在してるんじゃありませんよ」

「あたしからしたら、あらゆる文章は読書欲を満たすために存在している。……読むか?」

 むちゃくちゃなことを言いながら校内新聞を突き出してくる。ここで読まないのは梅木さんに悪いよなあ。

 僕は斬鴉さんから校内新聞を受け取った。新聞と言っても、両面印刷されたA4用紙三枚に過ぎない。それでも僕からしたらかなりの文章量に感じる。

「さっき梅木さんが来てから読んだんですよね? 斬鴉さん、相変わらず速読だなあ」

「全部読んだわけじゃない。気になったのを読んだだけだ。新聞はそういうものだろ。それに、言うほどあたしは速読じゃないぞ」

 斬鴉さんはどうでもよさそうに語ると、手元の文庫本をバッグにしまった。組まれていた黒いストッキングに包まれた長い脚を緩めて立ち上がり、『俳句・詩』という貼り紙がされている本棚へふらふら向かっていく。読書をし続けなければ禁断症状が出てしまうらしい。本当かどうかは知らない。

 僕もどれどれと校内新聞に向き合う。目を走らせると気になる見出しを見つけた。

『英雄の魂、消失』

 これ絶対梅木さんが書いた記事だなと、見出しのセンスで確信する。読み進めると、興味深いことが書かれていた。何でも、野球部の部室に保管されている地元出身のプロ野球選手、高梨たかなしさとしのサイン入りボールが紛失していたことが昨日わかったらしい。

 昨日ということは、随分ギリギリに書いたようだ。けど、一般の新聞も同じようなものか。情報は鮮度が命だと、梅木さんもよく言っていた。

 この記事の出来事は知っていた。詳細は知らなかったけれど、昼間、あちこちから『高梨』という言葉が聞こえてきたのだ。なんなら真壁から愚痴を聞かされた。

 斬鴉さんが薄い『夏の俳句集』という本を持って戻ってきた。僕は記事を指さしながら呟く。

「僕の野球部の友達、これを盗んだんじゃないかって疑われたらしいですよ。昨日、先輩たちと一緒に一番早く部室にやってきていたみたいで」

「それは災難だな。そいつが犯人でなければ」

「流石にないと信じたいですけどね」

 斬鴉さんの手厳しい言い分につい苦笑してしまう。

「この高梨選手って、地元がここなのは知ってますけど、達川高校出身なんですか?」

「いや。地元出身なだけで母校は別だ。同じ県の、もっと強いところ。全国クラスのな。田舎の公立高校からプロが出ていたら、たぶんもっと取り上げられてるだろ」

 この県で高校野球が全国クラスと言うと、大体二校ほど思いつく。ここらにはあまり縁のない高校だ。途端に興味を失った。

「そういえば、来月のオススメ図書どうします?」

 斬鴉さんは俳句集を読みながら、一瞥もせず返す。

「何も考えてない。そもそも月によってオススメする本なんて変わらないしな。年中オススメの本はいくらでもあるが」

「また身も蓋もないことを……。夏の話とか冬の話とかあるでしょ。来月は六月なので、梅雨の時期の話ですね」

「もう俳句でも読ませとけよ」

 斬鴉さんはうんざりしたように吐き捨てた。

 突然、図書室の扉が開いた。現れたのは女子生徒。見覚えはないので常連ではなさそうだ。彼女は他に利用者がいないことに一瞬不安そうな顔をしたが、そのままゆっくりと室内に入ってくる。

 きょろきょろと辺りを見回した彼女は、ある本棚に目線を固定させた。その先にあるのは『自己啓発本』の本棚だ。彼女はそこから一冊の本を取り出すとカウンターの前までやってきた。

「これ、借りたいです」

 それは『思考はリアルとなる』というタイトルの本だった。僕は生徒手帳の提示を求める。貸出期間を過ぎても放送で呼び出せるよう、本を貸し出す相手の本名を知る必要があるのだ。

 女子生徒が生徒手帳を取り出す間に本の裏表紙のバーコードシールを読み込む。古くて大きいパソコンの画面に出てきた本のタイトルが現物と一致していることを確認して、『貸出』という欄をクリックしてチェックを入れた。

 斬鴉さんはその本を手繰り寄せると、状態をぺらぺらと確認している。

 僕は画面に表示された『名前』の欄に、女子生徒から提示された学生証に記されていた名前を遅いタイピングで入力する。そして『完了』をクリック。

「貸出期間は一週間です。期間を過ぎたら放送で呼び出しますので」

 女子生徒はこくりと頷くと、斬鴉さんから渡された本をバッグに入れて図書室をあとにした。

「貸出期間が一週間って……短いですよね。市立図書館だと二週間なのに」

 僕が何となく呟くと、斬鴉さんは興味なさそうな声で、

「学校の図書室なら、そんなもんだろ。それより、同時に借りられるのが二冊までというルールの方が謎だ」

「いや、そっちは別に謎じゃないでしょう。一週間で二冊以上も読書する高校生の方が少ないと思います」

 次から次へと本を読む斬鴉さんが異端なのだ。

 女子生徒が去って数十秒後、再び扉が開いた。入ってきたのはスクールバッグを肩にかけた大柄で角刈りの男子生徒だ。まさかの人物に、つい驚いてしまう。

「ま、真壁?」

 僕の声に彼の身体が大きく震えた。噂をすれば……と言うべきなのだろうか。

「お、おお。古町じゃないか。どうした、こんなところで」

 真壁がおどけたように声をかけてくる。僕はやや不審に思いつつ、

「僕、図書委員だし。そっちこそどうして図書室に来たの? 本なんて漫画しか読まないくせに」

「なあに。ちょっと読みたい本ができただけさ」

「ソーイチ君と遊ぶ約束を断って読書? 真壁が? この町に雪でも降らす気?」

「あ、あはは。ソーイチ君には悪いことしたかもな」

 乾いた笑い声を上げながら、緊張したような面持ちでちらりと斬鴉さんに目を向けた。彼女が俳句集からぎろりと視線を上げると、真壁は逃げるようにふらふらと本棚を見回しながら室内を周回していく。

 室内を一周して、さらには二周目に突入した真壁は『小説(文庫本)』という本棚の前で立ち止まった。そこから二冊の本を取り出してカウンターへ歩いてくるが……彼が両手に持つそれに、僕は顔をしかめてしまう。

「この二冊を借りるぞ」

 小説のタイトルは『魑魅ちみはこ』と『土蜘蛛つちぐもことわり』という、同じ作者のシリーズものだった。確か推理小説だったはずだ。それはいいのだが、

「真壁……本当に読めるの、このページ量……」

 二冊とも凄まじく分厚いのだ。一体何ページあるのかもわからない。千ページは超えているのではないか?

「何とか読むさ。それより、急いでるんだ。早くしてくれ」

 本人が借りると言っているのだ。せっかく読書に目覚めた友人の行動を、図書委員としては止めるべくもない。

 僕が貸出の手続きを済ませると、真壁はバッグの真ん中で閉まっていたファスナーを開けて二冊の本を中へ突っ込んだ。バッグの底が大きく膨れた。本の角が見て取れる。

真壁は僕を一瞥して別れの挨拶を告げると、斬鴉さんにも会釈して、いそいそと図書室をあとにした。すると、

「あいつ、知り合いか?」

 静観していた斬鴉さんが視線をこちらへ向けてきた。

「はい。友達ですよ。ほら、さっき話した野球部の……。あいつがどうかしました?」

「何を企んでいるんだろうな、と思ってな」

「企んでいるって、真壁が? 本を借りに来ただけでしょう。まあ、読書に慣れていないあいつが、あんな分厚い本を二冊も一週間で読み切れるのか、とは思いましたけど」

 斬鴉さんは視線だけではなく顔もこちらへ向け、

「それが不自然だろ。読書慣れしている人間でもあの分厚さはびびるぞ。それなのに読書慣れしていない人間が手を出すと思うか?」

「それは……前の作品が面白かったから借りたんじゃないんですか? 確か、シリーズものでしたよね? 分厚くても気になったとか」

「ところがどっこい、あの作品は全作品分厚いんだよ。少なくとも読書慣れしていない人間が尻込みするぐらいにはな。あたしからしたら読み応えがあるとしか思えないが」

 そりゃあ、斬鴉さんに言わせればそうだろうが……。

「じゃあ映画やらドラマやらを見たから原作を読んでみたくなったとか。たぶんメディアミックス化、されてますよね?」

「されているな。だけど二冊同時に借りるとは思えない。どうせ一週間で読み切れないんだから一冊で十分だ」

「読書慣れしてなくても読むのが凄く速いということもあるでしょう」

「それを言ったら元も子もないな。……それでも、不自然なところはある。あたしはあれを見て真壁が何か企んでいると思ったんだから」

「何ですか? あれというのは……」

 斬鴉さんは図書室を見回した。

「あいつ、読みたい本ができたから図書室にきたって言っていただろ」

「はい」

「それなのに、どうしてあいつは図書室を一周したんだ?」

 僕ははっとした。確かにそうだ。

「この図書室はジャンルごとに本棚がわけられている。どこにどういう本があるのか、本棚に貼り紙がしてあるよな。。まるで一周目で借りる本を見定めていたみたいにな」

 借りたい本の形式が文庫本なのか単行本なのか真壁がわからなかったとしても、貼り紙には『小説(文庫本)』や『小説(単行本)』とわかりやすく記されている。まずはそのいずれかに向かったはずだ。扉からも、それは見える。僕もさっき見たし。

「い、言われてみれば……。でも、単に図書室が物珍しかったから眺めていたってこともあるんじゃないんですか?」

「急いでいるからって、急かしたくせにか?」

 そうだった。真壁は僕に手続きを急がせてきたのだ。理由もなく図書室を物色するとは思えない。

 腑に落ちない点が色々と出てきて、少しばかり不安に駆られる。

「真壁は一体、どうしてあれらの本を借りたんでしょう……?」

「それはわからない。けど、嘘を吐いたってことは、よからぬことを企んでいるんだろうな」

 斬鴉さんのこの手の直感というか、推理みたいなものは非常によく当たるのだ。むしろ、これが斬鴉さんをそうそういない普通じゃない高校生たらしめる理由だと言ってもよい。

 斬鴉さんは本に対する取り扱いに関しては非常に厳しい。本を傷つける者、本を悪用しようとする者を決して許さない。他者から違和感を見つけ出す洞察力。隠された真実を手繰り寄せる推理力。そして相手を怯えさせ、精神的に屈服させる威圧感。それらを駆使して、必ず本の敵を炙り出し、さらけ出し、断罪する。

 故に彼女は図書室をよく利用する生徒からこう呼ばれている。図書室の番人、と……。

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